俺達さすらいの舞踏家
「ここが、聖地…」
ブランカによるサインと、テノラが渡した金品により通行証を手にした燈一行は遂に『聖地』への立ち入りを果たした。
「最近緑ばかり見ていたから、景色がすごく新鮮です」
バアルの言うように、この聖地は森の木々を利用した建物などは存在せずユースティア王国の王都のような雰囲気を放っていた。
「ブランカさんが言うにはこの聖地の中央部に神殿があって、そこにエルフの巫女って人がいるらしい」
「っしゃあ!早速行こうぜぇ」
勇むように駆け出すエリスだがそれを燈は制止する。
「いきなり行っても無理みたいだ。何でもその神殿ってのは一般人の入場をある理由を除いては許可してなくて、入れるのは聖地を守る
「ならどうすんだ?」
「言ったろ?一般人の入場は「一部の理由」を除いて許可されてないって」
「その理由ってのが、神殿に入るカギになるのか…」
「てことでエリス…今から俺達は踊り手になるぞ!」
「……は?嫌だが?」
「「嫌だが?」じゃねぇよ!!しょうがないだろ、これしか俺ら一般人が神殿に入れる方法は無いんだから!幸いテノラが音楽を披露する時に踊り手として一緒に出れば便乗出来る。こんなに条件が整ってるなんて運が良いぞ俺達」
「一緒にやろうテノラお姉ちゃん!」
唯一一般人が神殿へと入る手段、それは芸者になる事だった。神殿側が芸者を招き入れるのは当然巫女に芸を見せて楽しませるため。そこで芸を披露し気に入られた芸者は相当の金を得られるらしい。神殿での専属芸人となり稼ぐようになる者もいる程である。
「嫌だ嫌だ嫌だ!!てかアタシ踊り手になるなんて聞いてねぇぞ!!アタシの許可なく勝手に話し進めてたのは許さねぇ!!」
「言ったよ!!」
「いーや!!言ってたらアタシはそこで反対してたな!!つまりお前はアタシに言ってない!!」
「それはお前が俺の話聞こうとしないでずっと飯食ってたからだろ!!」
「そういう時はもっとガシッとアタシの肩掴んでしっかり話聞かせるとかよぉ!!色々やりようあっただろうが!!」
「すっごい逆ギレ!?」
かつてないほどの傲慢な開き直りっぷりに燈は目を見開く。
「とにかく、アタシは…絶対踊らねぇぞ」
「あのなぁ…。駄々こねたってこれしか方法が無いんだよ。分かってくれエリス、ていうか何でそんな嫌がるんだよ?」
「う…っ。それは……」
何気ない燈の質問にドキリとしたエリスは口籠る。だがやがてゆっくりとその口を開いた。
「……………手…なんだよ」
「へ?」
「だーかーら!!苦手なんだよ!!踊るの!!」
「マジで!?」
あまりに予想外の理由に燈は再度目を見開く。
「嘘だろ…お前すごい運動神経いいのに」
「うるせぇ…踊りは何か、こう…ゆったりしてるからアタシの性格と動きに噛み合わねぇんだよ。城とかでやる舞踏会の踊りもアタシには遅く感じんだ」
ゆったり…?
エリスの言葉が燈に一筋の疑問を生じさせる。
「そ、それだけじゃ無いだろ?ダンスってこう、もっと激しいやつとかも…」
「あぁ?何言ってんだ燈。激しい踊りなんかねぇ…つーか何だダンスって」
………………エ?
エリスの返答に燈の困惑は増すばかりだった。
しかしその困惑から、「もしかして…」という一つの予測が彼の脳に導き出される。
「な、なぁ。バアル君とかテノラって…踊り踊れる?」
「ぼ、僕は踊った事が無いので…」
「私踊れるー!」
バアルは指をもじもじさせながら言い、テノラは大きく手を挙げてアピールをする。
「そ、そうか。ならちょっと踊ってくれない?」
「分かった!」
燈の頼みをテノラは快諾した。
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「はい、こんな感じだよ!」
軽く、テノラは踊りを燈の目の前で披露する。
「…なるほど」
それを見て燈の「もしかして」が確信に変わった。
こういうのって何て言うんだっけ…「舞い」?後エリスがさっき言ってた舞踏会の踊りって多分、俺が元の世界で見た映画とかで見る感じの奴だよな。確かにああいう踊りってあんまり激しくやるイメージ無い。
……でも、これではっきりした。この世界には「激しい踊り」っていう概念が無いんだ。ロックダンスとか、そういう奴が。
合点のいった燈、そうと分かりすぐさまエリスに話し掛けた。
「な、なぁエリス」
「何だよ…」
プクーと頬を膨らませているエリス、どうやらテノラが踊れる事が大分うらやましいらしい。
「お、俺思ったんだけどさ…こういう踊りとか…あってもいいんじゃないか?」
ふと今自分で思いついたかのような口振りをした燈はそれっぽい激しい踊りを無音状態でエリスに見せた。
「っと、こんな感じで」
キリの良い所で踊りを中断した燈はエリスの方を見る。
「……」
するとエリスは恍惚に似た表情で燈を見ていた。
「ど、どうだった?」
あまりにも見た事の無いエリスの表情に若干不気味さを覚えた燈は恐る恐る彼女に聞く。
「すっげえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!」
エリスは大絶賛した。
「何だよそれ!!すっげぇ動くしカッケェし!!完全にアタシのためにある踊りじゃねぇか!!」
「そ、そうか。これなら出来そうかエリス?」
「おうおうおう!!これなら寧ろ大歓迎だぜ!!幾らでも踊ってやるよ!!アタシの踊りで神殿の奴らの目ぇ釘付けにしてやるぜ!!」
さっきとはあまりにも違う態度の豹変ぶりを見せるエリス。
「てことは踊ってくれるか!!」
「勿論だ!!今日からアタシは最強の踊り子を目指す!!」
「最強の踊り子ってのが意味分からんけど助かる!!」
燈とエリスは固い握手を交わした。
「にしても燈がこんな踊りを知ってるとはなぁ。記憶喪失なのにそんな事ばっかり覚えてんのな?」
「いっ!?」
しかし突如として発された何気無いエリスの言葉に燈の心臓がドキリと鳴る。
「えー記憶喪失!?何々アカシって記憶喪失なのー!?」
「なっ!?」
テノラもエリスの言葉に食い付いて来た事で燈の心拍数は更に上昇していった。
ま、まずいすっかり忘れてたけど俺記憶喪失って設定だった!!何とか誤魔化さないと…!!てかさっきのダンスって言うなよ俺!!馬鹿か!!
自分のミスに内心頭を抱えながら燈は言い訳の言葉を捻出する。
「い、いやぁべ、別に覚えてた訳じゃない!!こ、こういう踊りがあってもいいんじゃないかって思いついただけだ!!」
ど、どうだ……!?
何とか出したその言葉の反応を待つ燈、待つその間が無限のように感じた。
「ほーん、何だそういう事かよ」
なるほどといった風に納得するエリス。
「……ふーん、分かった!」
何か腑に落ちないと思いながらもそれ以上追求しない様子を見せるテノラ。
二人を見て燈は安堵する。
誤魔化せた、よな…?
だがその感情を抱いた次の瞬間、ほんの少しだけ不安と罪悪感が彼の体を駆け巡る。だがその直後、エリスの言葉に彼は現実に引き戻された。
「でもその枠に囚われねぇ感じ、いいな!!記憶喪失だからそんな風に色々思いつくんだったらアタシも記憶喪失なりてぇもんだぜ!!」
「は、ハハハ…」
燈はただ、乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
むー、記憶喪失は多分ウソってシスターから話は聞いてたけどこれは間違いないなー。アカシ絶対記憶喪失なんてなってないもん。でもここで下手に追及するのは私が変な目で見られて良くないから、もっと機を狙わないとなー。
燈とエリスが話しているのを見ながらテノラは思考した。
「っし、そうと決まれば踊りの練習だな!!じゃあ教えてくれよアカシ!!」
「えっ俺!?」
「ったりめぇだろ?アタシがまだ踊り苦手な事は変わりねぇんだから。それにあの踊りのセンスすげぇ良かったと思う!アタシに教えてくれよ!!」
お、おぉ…。エリスが俺にこんな風に言ってくれるなんて…。いつも罵詈雑言浴びせられながら騎士組手と魔法の訓練やらされてたからなんか新鮮…。
いつも教えられる側の立場だった燈だがそれが今逆転している。教える側としてマウントが取れる事に違和感を覚えているのだ。
ま、まぁ大学時代ダンスサークルの友達にイベントの欠員補充とかでよく駆り出されてたから多少は踊れるし教えられると思うけど…。
先程燈が軽く見せるように踊ったり、ロックダンスなどという単語を知っていたのはこれが理由である。
しかしこれは決して燈の人望が厚いとかそんな理由ではなく、講義のノートを見せてほしいという契約の元行われた打算的なものであるため決して美談ではない。
ま、まぁ何はともあれ俺は今この瞬間エリスに勝ってる!!ならこの状況に甘んじない理由はない!!
「いいのか?…俺の特訓は、厳しいぞ?」
「おう!!何でも乗り越えてやるぜ!!」
「バアル君もテノラも、俺が踊りを教えるって事でいい?」
「は、はい!僕もアカシさんに教わりたいです!」
「アカシの踊り面白かった!私もやってみたーい!」
「そうか…!」
他の二人の同意も確認した事で燈は一層意気込む。
「テノラ、次の披露会まで一週間だったよな?」
「うん、そうだよ!」
披露会、神殿内で芸者たちが巫女に各々の芸を披露する会。その日程を確認した燈は高らかに宣言した。
「よし三人共!今日から俺の事は「先生」と呼べ!俺がお前らを最高のステージに立たせてやる!!」
「「「はい先生!!」」」
この瞬間青い春、すなわち青春の香りが四人を包み込んだ。
『ほらそこ違う!!もっと足を水平に!!』
『はい!』
時に厳しく。
『私、もうやめる…!!』
『待てよテノラ!!お前が居なくなってどうすんだ!!アタシ達、全員でステージに立たねぇと…意味ねぇだろうが!!』
『エリスお姉ちゃん…!!』
時に挫折し、壁にぶつかりながらも乗り越え。
『良くやった。お前達…俺から教える事はもう…何も無い…!!』
『『『先生!』』』
『いよいよ明日披露会だ!!皆今日はしっかり寝て備えろ!!』
『『『はい!!!』』』
バアル、エリス、テノラは燈の指導の
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披露会当日、数多くの芸者が集まり順番に芸を披露していた。
「どうですかなサーラ様。良い芸者は居ましたか?」
エルフの巫女、サーラに声を掛けるのはこの神殿内で古くから神官を務める齢三百を超えるエルフのウォイドである。
「……」
ウォイドの問いにサーラは無言だった。つまりはまだお眼鏡にかなった芸者は居ないという事だ。
踊りも、音楽も、火吹きなどの大道芸でもサーラは笑わない。その様子が次第に芸者たちの頬に汗が伝わせる。
「だ、大丈夫でしょうか…?」
冷ややかな空気が会場で流れ続けている最中、控えの舞台袖でそれを眺めるバアルは心配そうに言った。
「おいおいバアル、アタシ達のこの一週間の努力を忘れちまったのか?」
「そうだよバアルー!私達ならやれる!!」
「バアル君、本番直前に緊張するのはよく分かる。でもここまで来たんだ。後は楽しもうじゃないか!」
「そ、そうですよね…!」
サムズアップで親指を立てる燈を見たバアルは再度自分を鼓舞した。
燈たちの番は次に迫っており今は四人で踊りと音楽の再確認をしている。後には引けない、やるしかないのだ。
「次、エントリーナンバー十五!!」
そして遂に前の番が終わり、防人が燈達に与えられた番号を口にした。
「よし、俺達の番だ!!いいか、自分を信じろ!そして不安になったら周りを見ろ!!そこには仲間がいる!!この一週間の集大成、見せてやろうぜ!!」
「「「おおおおぉぉぉぉ!!!」」」
燈の言葉に士気が上がる。そうして勢いよく舞台へと飛び出す四人。
各々が定位置に、テノラは楽器を演奏するための場所に、燈たちは等間隔に横並びでテノラよりも前に立つ。
阿吽の呼吸、この一週間で培われたそれはテノラの指に四人にとって最高のタイミングで弦を弾かせる。
こうしてショータイムが始まった。
「あ」
そして曲の初めの一小節、そこでの踊り出し。燈は思わずそんな声を上げて足を滑らせた。
バタン、何とか受け身を取りそんな音で倒れる燈。その様にテノラは琴を弾くのをやめ、バアルは茫然と燈を見る。
会場は今まで以上に冷え切り、何とも言えない静寂が神殿内を侵し尽くす。
「何やってんだアカシてめええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!???????」
エリスが叫ぶ。
その瞬間、四人を覆っていた青い春の香りは完膚なきまでに消え去り、圧倒的危機が到来した。
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