夢と現

「ん……」


 燈はゆっくりと目を開ける。


「こ、ここは……っ」


 体を起こそうとするがその瞬間、とてつもない激痛が燈の体中を襲った。それにより燈はベッドに背中を預ける事を余儀なくされる。


「動けない……」


 大きな声を出して誰か人を呼びたいがそれをすれば体中が軋み痛みが増長される事が容易に想像出来た燈はその行為を断念した。


「お、起きやがったか」


 ドアの開閉音と共にそんな声が燈の耳に届いた。首を曲げる事すら厳しいためその姿を見る事は出来ないがその声がエリスのものである事はすぐに分かった。


「エ、エリス」

「ったく、無茶しやがって」


 言いながらエリスはベッドのすぐ近くにある椅子に腰かける。燈の視界の端にエリスが映り込んだ。


「でもまぁ、見てるこっちも何か熱くなった。良いモン見れたぜ」

「ハハハ…っ!?そりゃ、良かった」


 笑ったことで痛みを感じる燈だが小声で何とか自分の言いたい事を最後まで繋げた。


「とりあえずあの勝負はてめぇの勝ちだ。『聖地』に行けるぞアタシ達」


 ニヤリとエリスは笑みを浮かべる。


「ま、まだ喋るのはツレェだろ。とりあえず他の奴にも起きたって伝えに行ってくるぜ」


 部屋を後にするエリス、当然燈はその様を見れないため再び扉の開閉音のみを聞く事になった。


 何か、意外だったな。エリス《あいつ》の事だから俺の事を笑いながら叩いてきると思ったけど…。


 想像していたエリスの反応が予想外だった事に燈は驚いた。


 っというか、まだ眠いな。もう一回…寝よう。


 体がまだ基礎値まで回復しておらず、調子もあまり良くない燈。回復のためのとてつもない睡眠欲求に抗う事が出来なかった彼は微睡まどろみに意識を持っていかれた。



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「あー神父?テノラだよー」

『首尾はどうだ?』

「とりあえず順調かなぁー。今アカシ達の仲間になって次は一緒に『聖地』に行く所」


 ユースティア王国のサルス国王と同じようにペンダントを通じてテノラは神父と連絡を連絡を取っていた。


『その観察対象のアカシ・カンダは?』

「まだその無効化の力を見てないけど、今の所すっごい弱っちぃ」

『そうか』

「でもー」

『「でも」?』

「見てて全然飽きない!弱っちぃのに必死で足掻いてるのが無様で滑稽で、見てて楽しいの!」

『…そうか』

「もういい?そろそろ戻らないと怪しまれちゃう」

『あぁ。報告ご苦労だった』

「じゃあねー」

『いや、待てテノラ。最後に一つ、言っておく事がある』

「ん?」

『弱者の意志を侮るな。お前の、というよりお前とヒューマの悪い癖だ』

「えーと、どういう事?」


 神父の言葉にテノラは変わらぬ様子で首を傾げる。


『……それは自分で確かめろ』


 だが神父は解を言わず、そのまま通信は途切れた。


「何だったんだろ。ま、いっか!早くもーどろ」


 話の要領を掴めぬまま、テノラはペンダントをしまいその場を後にした。



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『アカシ』

『……え。お、お前は……!!』


 突然掛けられた声、その声のする方向を見た燈はそこにいた者に思わず息を呑んだ。


『ヒトリ……!!』


 燈をこの世界に送った張本人、自らを「管理者」と称する神のような存在がそこにいた。


『見たところチートを一つ回収できたみたいだね。おめでとう……って何だいその顔は?』

『お、驚いてるんだよ……というか何だ今これはどういう状況なんだ!!』

『相変わらず動揺してるね。まぁいいや、今君が置かれている状況は簡単に言えば「夢」だ』

『ゆ、夢?』

『あぁ、僕は今君の夢に干渉している。と言っても本来はこういった形での干渉も世界にどんな影響を与えるか分からないからなるべくしたくは無かったけど、出来るだけ影響を与えないような手段を取ったつもりではある。とりあえず簡単に言うと、今君は夢で僕と会っている。それだけだ。目覚める際、夢の内容は忘れるから君が僕と会った事は現実世界に戻った時覚えていないけどね』

『そうかよ…』

『あれ、もっと動揺すると思ったけどあんまりだね?虚無の空間で初めて会った時の君とは大違いだ』

『この世界に来てから、色々あったからな……』

『なるほど、元の世界とあまりに異なる文明や価値観、概念を見て少しは逞しくなったといった所か』


 ヒトリは表情一つ変化させなかったが、そこには「納得した」という様子が燈にも読み取れた。


『で?何の用だよ!!』

『アカシに何かを言いに来たわけじゃない。僕は君の『経過』を確認したかっただけだ。目的の進行度と、君の肉体のね』

『は……?』

『今言った二つの確認は済んだから要件は果たせた。アカシは何も気にしないでそのままチートの回収に勤しんでくれ。それじゃあね』

『お、おい待て!!勝手に来て勝手に行くとか勝手すぎるだろ!!』

『勝手なんだ僕は。君達人間に対してはそういう性質だからね。それじゃ、もうこういった形で干渉しに来ることも無いから』

『待てやああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』


 燈の断末魔にも似た叫びが夢の崩壊を告げた。

 

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「ん…」


 再び同じベッドで目を醒ます燈、今度は一度目の目覚めよりも目覚めが良い。


「何だ…何か、あったような……」


 頭に手を当てる燈だが当然、夢の中の出来事は何一つ覚えてはいない。しかし感覚は残っていた。その感覚を頼りに少しでも思い出そうと努力をするが


「あ、起きましたかアカシさん!大丈夫ですか!?」


 近くに居たバアルの声により、その違和感すらも消し飛んだ。


「バ、バアル君…え、えーっと今は朝で、合ってる?」

「はい今は朝です!それよりも体の方は大丈夫ですか!?」


 矢継ぎ早に燈の体調を心配するバアルは燈に顔を接近させる。


「まだ全然大丈夫ではないけど…とりあえず何か腹に入れたいかな」


 前回起きた時はあまりの気だるさと体の痛みでそれどころでは無かったが、流石に今回は燈の体全体が食を欲していた。


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「はむっ!うっま!!ガツガツガツ…!!」

「良い食べっぷりデスネェ。私の何か口に入れたくなってしまいマス!」


 部屋に運び込まれた食事を片っ端から腹に収める燈を見ながらブランカはそんな事を言う。

 燈が寝ていた部屋は領主館の一室であり、燈はここで丸二日間目を覚まさなかったらしい。そして目を覚ましてエリスと軽く会話をした後また丸一日寝たというのだから驚きだった。

 つまり燈は三日間何一つ口に入れる事無く寝ていたのだ。食欲が旺盛なのも当然である。


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「体の方は順調に回復に向かっています。後二、三日もすれば通常の状態に戻れるでしょう」

「そ、そうですか!ありがとうございます!」

 

 食事の後、領主館内で勤めているエルフの診察に燈は安堵した。


「それにしても運が良かったですね。運ばれてきた時はボロボロで一時はどうなるかと思いましたが、確認できた怪我は全身打撲と内出血のみ。後一週間もすれば万全の状態に回復できますよ。」

「全身打撲と内出血って…そ、それは運が良かったって言うんでしょうか…?」

「はい。内臓の損傷や骨折などは回復魔法による治療がとても難航しますから。少なく見積もって一か月以上はここで安静にしていないといけませんでしたよ?」

「へ、へぇ…」


 それを聞いた燈は引き攣った笑みを浮かべながら自分が運が良かったと認識を改める。


 考えてみればこの世界に来てから俺ってかなり怪我してるけど、何とかなってるな…。ひょっとして俺かなり恵まれてる?


 燈はこう思ってはいるが当たるはずの無いトラックに当たり死んで、傲慢な神にチートを回収しろと言われ生と死が隣り合わせの異世界へと転移させられた時点で随分と不運である。逆にここまで不幸な男も珍しいレベルだが燈はそこまで考えるに至っていないので本人の中では「自分は運が良い方」のカテゴリに自分を入れてしまった。滑稽な話だ。


「じゃあ『聖地』入りは一週間後だな!!っしゃあ楽しみだぜぇ!!どんな奴がいんのかよぉ!!」

「楽しみだねぇエリスお姉ちゃん!」

「おうよ!!」


 エリスとテノラはそう言ってはしゃいでいた。


「で、でもいくら一週間で回復するって言っても…もう少し待って方がいいんじゃないですか?」


 バアルは対照的に燈の事を心配していた。確かに回復したばかりの体で向かうというのはどうかとも思う。体を慣らす、それも選択肢の一つだ。


「心配してくれてありがとう。でも大丈夫」

「そ、そうですか」


 燈の言葉にバアルはそれ以上何も言わなかったが、表情は心配を過分に表していた。


「方針は決まったようデスネ!!それではアカシ、一先ず私との勝負に勝ったのでこれをお渡しシマス!」

「これって……」

「通行証を発行する際に渡す私のサインデス!!」

「これってサインだったんですか!?てっきり芸能人…じゃなくて有名な方がファンに書くサインだと思ってたんですけど!?」


 燈は驚く。ブランカが燈に渡したのは先日彼が燈に渡した色紙に書いたサインと全く同じものだったからだ。

 

「この前のものとは違いマース!!よく見て下さい!!ここの字の払いが…」

「いや分からないですよ!?俺からしたらどっちも!!」


 あまりに細かな違いを指摘するブランカに堪らず燈はツッコんだ。


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 一週間後、領主館での療養を終えた燈はバアルたちと共に館を後にした。その背中を二人の男が見送る。


「中々、愉快な方々でしたね」


 館の門番がそう言ってブランカを見る。


「えぇ、そうデスネ」


 対するブランカはいつものようなハイテンションでは無く、どこか儚げな…恰好をもう少し一般人に寄せた控えめなものにすれば絵になるただずまいをしていた。

 ブランカは数日前、燈と交わした会話を思い出していたのだ。



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『アカシ』

『はい?』

『あの勝負、武器の使用は許可されていマシタ。なのに、あなたは使用しなカッタ。何故デス?拳や蹴りよりも、刃物を使った方が容易に私に一撃を与える事が出来たかもしれまセンヨ?』


 ブランカの言葉に、燈は「あー…」と言いながら人差し指で頬を掻いた。

 

『え、えーっと。理由は二つあります』

『二ツ?』

『一つは、俺が戦闘で刃物を使った事が無いから。ナイフとかを使えばそれをいなされて逆に利用される。そうすれば俺に勝ち目は絶対ない…そう思ったからです。事実、ブランカさんは俺の攻撃をことごとく避けた。今でも使わなくて良かったって思います。で、もう一つの理由は…』

『理由ハ?』

『……痛いじゃないですか刃物って』

『ハ……?』


 燈の返答に流石のブランカも唖然とした。


『武器を使って一撃与えるって、つまりどうやっても斬ったり刺したりするって事で…別にあの勝負でそんなする必要ない。出来るだけ、俺は人を傷つける事を……したくなかった』


 言いながら燈は自分の右拳を左手で包み込む。


『何故、ソコマデ?』

『誰かを傷つけるって…心が痛むんです。それが例え、誰かを助けたり守ったりするためでも。武器を使うなら、なおさら』

『それが、二つ目の……理由デスカ?』

『はい』


 はにかむようにに燈は笑う。



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 私は、彼の言葉に何も言えなカッタ…初めてデス。あんな感覚ハ。


 神田燈という人間、その人間性を垣間見たブランカは燈たちの姿が完全に見えなくなっても尚も彼らが通った道を見続けた。 

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