肉体と技術で分からせろ

「っ!!」


 呼吸を整え、燈は地面を蹴り前方へと踏み出した。目指すは当然ブランカだ。彼に自分の拳を叩き込む、そのために燈は走る。


「うおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

「ハハハハハハ!!良い突進です!!」


 威勢の良い雄叫びを上げながら自分の元へと向かってくる燈を称賛しながらブランカは構えを取る。


「らあぁ!!!」


 ブランカの目前まで到達した燈は右腕を引いてから拳を放った。狙うはブランカの顔面だ。


「フム!!」


 だがその一撃はブランカに容易に避けられてしまう。


「ま、まだまだぁ!!」


 当然そんなものでめげる燈ではない。すぐに次の攻撃へと転じるために体制を整える。エリスに享受されたものを十全に発揮しようとしているのだ。

 時は一か月前に遡る。


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『アカシ、まずてめぇに足りないのは基本的な戦闘技術だ』

『は、はぁ』

『ピンと来てねぇって顔だな。いいか?何も力技のゴリ押しだけで勝てるほど戦いは甘くねぇ。相手を見る力、次に相手が何をしてくるかを予測して自分の動きをどうするか考える必要がある。戦いってのはその積み重ねの上に勝ちか負けがあんだよ』

『な、なるほど…』

『つー事で今日からてめぇに「騎士組手」を教える』

『「騎士組手」?』

『あぁ、アタシら騎士が剣を使わずに戦う戦い方だ。訓練でよくやる。さっき言った事を鍛えるには打ってつけだぜ』

『そうなのか…』

『つーことでだ…』

『ん…?』


 突然不穏な空気が包み込んだ事を燈は察した。


『早速訓練開始だぜぇ!!ワリィがアタシは人にモノ教えた事なんて無いからよぉ、ちっと手荒になんのは許せよなぁ!!』

『ぎゃあああぁぁぁぁぁぁぁ!!!???』


 エリスの限度を知らないスパルタ教育はこうして始まった。


-----------------------


 ここで突き!!そんで意識を腹に集中させて足に蹴りを…!!!


 勝負の最中、燈は自分の攻撃で相手がどう動くかを予測し次の攻撃を組み立てていった。


「ハハハハハ!いいですねぇ、頭を使って戦われるのは好きデスヨ!!」


 だがそれらは悉くブランカにあしらわれてしまう。


「では、そろそろこちらから行かせていただきマスヨォ!」

「っ!?」


 今まで燈の攻撃をいなす事だけに徹していたブランカが蹴りを入れようとした燈の足を取る。


「いっきマスヨォォォォォォォォォォ!!!」

「おぉぉぉぉぉぉわああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 足を掴んだブランカは燈を振り回す。そして自身の手を放して燈を吹き飛ばした。


「っとぉ…お!!いてっ…!?」


 地面に身体を打ち付けてしまった燈、何とか身体へのダメージを軽減しようと受け身を取るがそれでも相当の痛みが彼を襲う。


「くっそ…!!」


 すぐに立ち上がる燈、しかし立ち上がった瞬間その眼前にはブランカの姿があった。


「トォウ!!」

「っ!!!」


 繰り出されるブランカの拳の嵐、しかも質の悪い事にただ拳を乱発している訳ではない。足を動かし的確に急所を狙おうとしてくる。顔と腹部に腕を据えておけばいいという訳ではない。何とかいなそうとする燈だがあまりにも経験値が違い過ぎる。ブランカが十発拳を放てばその内の半分以上は当たるという結果だった。

 それでも腹部への攻撃だけは意地でも対処していた燈。しかし腕や足、顔面へのダメージは確かに蓄積されていく。


「どうしましたカァ!!その程度ですカァ!!」


 言いながらもブランカは拳の速度や威力を落とす事は無い。寧ろそのどちらも上がっていると言ってもいい。


 まだだ…!!耐えろ、堪えろ…!! 


 燈は腕と顔面に確かな痛みを感じながらも機を窺っていた。

『機』、そんなものがこの対面において存在するのか甚だ疑問ではあるが燈は確かにそれを待っている。


 最初から分かってた!!俺がこの人に一撃入れるのは、この人が攻撃するタイミング…カウンターしかない…!!

 

 燈はただ圧倒的な力の差の前に攻撃を防ぎ続けている訳ではない。攻撃を食らい続けながら目の前のブランカの攻撃の『癖』を調べていた。

 そして既にその調べは終わっている。燈は気付いた、足の動きや体の向きを変えながら拳を放ち続けるブランカの攻撃に一定のリズムがと呼吸がある事を。

 攻撃を受け続け燈はそのリズムと呼吸を体に馴染ませていたのだ。


「フゥン!!」


 来た!!この攻撃なら次はもう片方の拳が飛んでくる!!そしてそれが来るまでの時間、狙うのはここしかない……!!!


-------------------------


『いいかアカシ、有属性は特性を持ってるかもってないかだが無属性魔法は誰でも使えるってのは知ってるよな?』

『あぁ、ルークから聞いたよ』

『無属性魔法で出来る事は『回復』、『身体強化』、『契約』だ』


 エリスが挙げた三つは燈もこの目で目撃しているためすんなりと受け入れる。


『まぁすぐに全部出来ろなんて言わねぇ。とりあえず『身体強化』くらいは出来るようにしとけ。体の中にある魔力を力込めて体内で爆発させるイメージ、それを今日から毎日反復して繰り返し続けろ』

『つっても、俺魔法使った事ないからよく分からないんだよな。一回ルークに魔力をあげた事はあるけど、それもかなり切羽詰まった危機的状況で火事場の馬鹿力が働いた感じだし…』

『へー「切羽詰まった危機的状況」、なぁ?』


『ん…?』


 再び不穏な空気が包み込んだ事を燈は察した。


『だったらその状況造り出せば手っ取り早いよなぁ!!さっきも言ったがアタシは人にモノ教えた事なんて無いからよぉ、ちっと手荒になんのは許せよなぁ!!』

『ぎゃあああぁぁぁぁぁぁぁ!!!???』


 エリスの限度を知らないスパルタ教育:魔法編はこうして始まった。


------------------------


「身体強化……!!」

「オォ!!」


 右拳が放たれてから左拳が放たれるまでにある一定の空白、そこに拳を叩き込む。

 ブランカからすれば先程まで防御一転だったのが突然攻撃に転じたのだ。驚き、動揺する。

 極めつけにその攻撃は身体強化を施した拳である。

 強烈な不意打ち、これが今出来る燈の全力だった。

 だが


「ぐぅ……っ!!!!」


 その一撃は、ブランカによっていとも容易く受け止められてしまう。


「良い拳デスネェ。中々悪くは無いデス。デスガ……」


 右手で燈の拳を受け止めたブランカはそのまま燈の拳を握り絞める。


「があああぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!!」


 ブランカの見た目通りの握力、手の骨が軋むような感覚に燈は叫びを上げる。

 腕を引き抜こうとするがそれは叶わない。


「らあぁ!!」

「っとぉ危ナイ!!」


 蹴りを入れようとした事でブランカは燈の手を放しその場から距離を取る。

 この勝負における燈の勝利条件はブランカに攻撃を一発でも当てる事、つまりブランカはどんな攻撃だろうと燈の攻撃を受ける事は許されない。今の状況では燈の蹴りは入る所だった。そのためブランカは離脱を余儀なくされたのだ。


「惜しかったデスネェ。あと少しで私に攻撃を当てられたノニ」

「はぁ……はぁ……はぁ……!!」


 握り絞められた右手を優しく抑えながら燈はブランカを見る。


 くそ……!!届かなかった、あと一歩、あと一歩だったのに……!!


 あまりの悔しさに燈は唇を噛み締めた。


 俺がもっと身体強化をうまく使えていれば……!!


 燈の反省点はそこだった。


 彼が無属性魔法の身体強化を使えるようになったのはつい一週間前の事だ。しかもその効果は鍛えている人間より少し強くなった程度。この戦いで考えれば微々たるものだ。

 燈はエリスの言葉を思い出す。


『魔法の強さは魔力量と魔法の質で決まる。今てめぇに大事なのは質だ。質が高けりゃその魔法に使う魔力量も減らせるし、魔法の威力も上げられる。使う魔力量を減らして身体強化の効果量を上げる、それがてめぇが強くなる第一歩だ』


 駄目だ……今の俺の身体強化じゃ。まだ強化状態の維持も難しいしそれに、一回使っただけでこれだけ身体が疲れてる……。


 自分の弱さを再認識する燈。その様をブランカはしっかりと目にしていた。


 サァ、ここで打ちひしがれるだけデスカ青年ヨ。それならばアナタはその程度の人間だったという事デス。


 ブランカは燈の元へ向かい再び歩いて行く。地面と足が接触する音が燈の耳に響いた。


 来る……ブランカさんが俺の所に。多分、次あの人の攻撃を受けたら、俺の意識は飛ぶ。俺の負け、サインは手に入らず通行証への道は閉ざされる。


「っ!!」


 燈は目を見開きブランカを見据える。まだその目は死んでいなかった。


「フゥム。まだやれるようデスネ!!」


 まだ、だ!!まだ後一回チャンスはある……!!気持ちで負けるな!!!自分が弱いなんて最初から分かってた事だろ……!!!こんなんじゃあルークに笑われるぞ、気張れ俺……!!!


 今燈を奮い立たせているものの一つにルークの存在がある。チートを持ちながらも才覚の無さから自身が弱い事を知った男、だが諦めずに努力を続けた男。

 その存在は今、燈の道を切り開く一筋の光となっている。


 諦めない……!!絶対に……!!!


 ブランカの攻撃射程に燈は入った。


「サァ、行きマスカ!!」


 その声をスタート合図に、再びブランカの猛攻が再開された。


 身体、強化ぁ……!!!!!!


 体の耐久値を上げブランカの攻撃を燈は受ける。


 くっ!!魔力が切れてきて体力も減る!!だけど今身体強化を解けばブランカさんの攻撃で俺の意識が飛ぶ!!というかどっちにしろ俺が身体強化を維持出来るのはせいぜい後十秒くらい……!!!どうすればいい、どうすれば……!!!


 八方塞がりとは正にこのことだろう。圧倒的に劣勢の燈に可能な選択肢とは何なのか、そしてその中で最善のものを選ばなければこの勝負には勝てない。


 ま、まずい……。意識が……。


 燈に残された時間は僅かだった。せいぜい後四秒程度、それを過ぎれば彼は気を失う。

 だがこの絶望的な状況が、限界を極めて劣勢が燈の記憶を掘り起こした。勝つために必要な記憶を、走馬灯とでも言うべき勝利への糸を。


-------------------------


『っててて……』

『全く馬鹿ね。燈は私よりも弱いんだからあぁいう輩に関わったら駄目』

 事の発端はつい先ほどの事だった。今日は燈とマキがデートをする日であり二人は何時もの場所で待ち合わせをしていた。燈は待ち合わせ時間の十分前に到着したのだがマキはそれよりも早くにその場所に到着していた。燈は申し訳なさを抱えながらもマキに声を掛けようとしたのだが燈よりも先にガラの悪い三人の男がマキに声を掛けたのだ。所謂ナンパである。

 燈はすぐにその男達とマキの間に割って入った。当然マキを守るためである。

「自分は彼女の恋人だ」、それだけで燈はその場が収まると思っていた。だが事はそう上手くは運ばなかった。何が起こったかと言うと三人の男の内の一人が怒り出し燈を殴りつけたのである。

 そして後はそれを見たマキがその男を殴り飛ばし、それを見た他の男達が恐怖し逃げ出したという訳だ。

『それは無理だな。これからも、マキが何か危ない状況になったら俺は迷わずマキを助けるよ』

『はぁ…』

 恋人の言葉を聞き軽くため息を吐くマキ、やがてやれやれといった様子で彼女は言葉を続けた。

『だったらせめて、自衛手段くらい持ちなさい。教えてあげるから。助けに来て、あなたが傷つくのは私の精神衛生上良くないのよ』

『わ、分かった』

『でも…』

『ん…?』

『さっき、助けてくれたのは嬉しかったわ。ありがとう』

 マキはそう言って軽く頬を赤く染めながら笑顔を見せた。

 燈はそれを見て、自分がマキの彼氏で良かったと心底思ったのだ。


----------------------


「そろそろ限界デショウ!!終わりデース!!!」

「……」

 大……振りの、拳。来る……、い、くぞ……。合わせろに……。多分、避け切れない。多少……当たる。けど……一瞬だけでいい……耐えろ……!!

 後コンマ一秒、薄氷の上でおぼつかない足で歩くようなふわふわとした感覚、ほぼ無意識と言っても良い燈は最後の抵抗を試みる。

「ハァ!!」

 ブランカの攻撃はこの戦いの中で燈が受けてきたどの攻撃よりも強い拳だった。溜めのモーションがあった事から、それは分かる。

 これで意識を断ち切るという自信を込めた、純然たる殴りである。

 だが、それが良くなかった。


「ナ!?」


 攻撃が当たる直前、身体を若干横にずらし直撃を避ける事で辛うじて意識消失を免れた燈はその大振りの腕を掴んだ。

 そしてその腕を引っ張った。ブランカは拳を振り抜いた体勢であったため本来なら燈の引っ張りなどに身体が動じるはずも無いが、この場合ばかりは話が別である。

 ブランカの右腕を燈が右腕を以て引っ張り、ブランカの体勢を崩している。瞬間的に発生したこの状況、だが燈が自身の左腕で無防備になったブランカの横腹に拳を入れるには十分過ぎる時間だった。

 …パシ。

 燈の拳がブランカの身体に当たった事でそんなか弱い音が発生した。


「……」


 燈はそのまま意識が消え、地面へと倒れる。

 場は静寂に包まれた。周りで見ていたバアル達も、拳を当てられたブランカすらも沈黙していた。


「しょ、勝者……アカシ・カンダ!!」


 だが呆然としていた審判役がそう声を発した事で静寂は消え去る。その声を発端にバアル達は燈達へと駆け寄った。


「アカシさん、アカシさん!!」

「おいアカシ!!」

「大丈夫ーアカシ?」


 三人が声を掛けるが当然燈は返事をしない。気絶している。


「フ、フハハハハハハハハハハハ!!!!!」


 やがてその場に立ちすくんでいたブランカは大きなで笑い出す。


「素晴ラシイ!!見せてもらいマシタあなたのシシツ、カクゴ!!いいでショウ!!アカシ、そして仲間の皆サン!!通行証のためのサインを『南の森領主』ブランカが、書かせていただきマス!!」


 領主館の裏庭で行われた激戦は、こうして幕を閉じた。

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