交渉?

「「「……」」」


 その異様な格好と比例しているテンションに燈達三人は一堂に面食らった。


「アハハハハ何この人おもしろーい!!」


 ただ一人、テノラだけはケラケラとその奇抜な姿に笑う。


「どうしましたカー?私の顔に何かついてル?」

「い、いや……あの……」


 燈は目の前に立つ『南の森』領主、ブランカの姿を脳で処理し切れずにいた。


 や、やばい……どうしよう。もっと怖そうな人想定してたから、何かその……ギャップがすごい!?


 やがてその姿をようやく受け入れた燈はゴクリと固唾を飲み込み、口を開いた。


「お、お時間をいただきありがとうございます!私旅をしている燈と申します!!こちらは行動を共にしているバアル、エリス、テノラです」


 何とか平静を保ちながら燈は自分達の紹介を済ます。


「オー!話は先程聞きまシタ!!見ればまだ若そうなのに関心デスネー!!私もあなたくらいの頃は自分を探しによく国を飛び出してそこら中を回ったものデース!!」

「そ、そうですか……!気が合いますね!!」

「そうデスネ!!」


 ……。


「あ、あはははははははは!!!」

「ハハハハハハハハハハハ!!!」


 やっべぇ、どうしよう会話の糸口何にも掴めないんだけど!?ていうかこの人も何か笑ってくれてる、どういう感情!?


 今までに類を見ないタイプの人間性に燈は非常に混乱していた。


 と、とりあえず何か言わないと……えーと……。


「そ、そのお恰好は自前ですか……?」


 何言ってんだ俺は……?


 燈は冷静に自分に呆れる。


「えぇそうデスヨ!!私の魅力を最大限引き出すため私自らがデザインしまシタ!!」

「ほぇーそうなんですね……」


 誰か助けて下さい……。


 助け船を求めるように燈は涙目で他三人を見る。バアルは苦笑い、エリスは阿保面を晒し、テノラは事の成り行きを楽しんでいた。


 く……!!誰も助けちゃくれねぇ!!ええいままよ……!!


 他三人に期待出来ないと分かった燈は覚悟を決めた。


「きょ、今日ここに来たのはブランカさん。あなたにサインをいただきに来ました!!」

「ナルホド!あなた達私のファンの方デスカ!承知しまシタ!!」


 ブランカは納得したように近くの棚から色紙のようなものを取り出すとそこに芸能人のサインのようなものを書き燈に手渡す。


「ドウゾ!」

「ありがとうございます!」


 いや違う、多分これ違う……!!


 色紙をもらいながら燈は苦渋に満ちた顔をする。


「あ、あの……そうじゃなくて……」

「ン?」


 全く察せていないブランカは笑顔で首を傾げた。


「通行証をもらうためのサインが……ほしいんデス……!!」

「……ナルホド!!」


 燈の決死の一言、それを聞いたブランカは顎に手を当てた。ようやく、燈達の目的を理解したのだ。


「では付いてきて下サイ!!」

「え……?」


 何故場所を変えねばならないのか、それが分からなかった燈は思わずそんな声を漏らすがブランカがそう言う以上行かねばならない。燈以外も要領を得ておらなかったが一先ずはブランカの言葉に従うべく全員はブランカの後ろを歩き彼の目的地まで同行する事にした。


-------------------


「着きマシタ!!」


 ブランカがそう言って連れて来たのは領主館の裏庭であった。そこはとても広く少し立派な農場でも作れるのではないかというくらいのものだ。

 

「こ、ここで一体何を……?」


 しかし当然ここに連れて来られた燈達は状況を理解できていない。一体サインとこの場所に何の関連性があるのか皆目見当がつかないのである。


「通行証をもらうためのサインが欲しいとの事ですヨネ?」

「え、あ……はい」


 燈の返答にブランカはにっこりと笑みを浮かべると次にこう言った。


「でしたら私と戦って下サァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァイ!!!!」


 裏庭で、そう叫んだのだ。


「……え?」


 当然だが、燈はブランカの言っている事が理解出来ないかった。


「成程な」


 だがここでエリスは合点がいったようである。


「な、何が成程なんだよエリス?」

「昨日の案内役の姉ちゃんが森に住むエルフでもサインをもらうのが難しいって言ってた理由に納得したって事だ。多分、そこの奴は『聖地』側が招集をかけてる以外の場合……毎回サインをもらおうとするエルフに勝負を吹っ掛けて、勝って来てるんだろ?」

「その通りデース!!」


 エリスの質問にブランカは両手を広げて答えた。


「本来『聖地』に行くにはそれ相応の資質というものが必要になりマス!私は『聖地』に赴きたい者がその資格足り得るか戦闘によって図っているのデス!!」


「ハハハハハ!!いいなぁそういう分かりやすいの好きだぜ!!じゃあ早速戦おうぜ!!」


 高らかに言うブランカにエリスは笑いながら言う。


「ノンノン、戦うのはあなたじゃあ無いデスガール!」

「あぁ!?」


 ちっちっちと指を振りながらブランカはエリスを見る。


「あなただけが『聖地』に入るのならばあなたと戦うのはやぶさかではありまセン。しかしあなた達は旅の一行、全員での『聖地』入りを望むのですヨネ?それならば私が戦うべきはあなたではナイ。あなた達のリーダーデス!!」

「リーダーだぁ……ってなるほどな……」


 ブランカの言葉の意味を理解したエリスはブランカが言う「リーダー」の顔を見た。


「えっ、何……俺?」


 エリスに見られた燈は恐る恐る自分を指差しながら冷や汗を流す。


「イエェェェェェェェェェェェェェス!!アカシ、あなたデス!!」

「えええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!???」


 裏庭に燈の驚きの声が響き渡った。


「安心して下サイ!!あなたと私の力の差は歴然!!流石に私を倒せなどと無理な事は言いまセン!!……イッパツ、私に攻撃を当ててみて下サイ!!」


 いや多分それ十分難易度高い!!


 ブランカに一撃を入れる。ブランカ本人がその条件を提示している以上、その条件達成すらも困難なのは明白である。


「ア、アカシさん僕が行きます!!」


 バアルは言いながら身を乗り出す。しかしそれを制止したのは先程まで戦いたいという欲を見せていたエリスだった。 


「無駄だバアル、あのエルフはアカシとの勝負をご所望だ。アタシ達がしゃしゃり出た所でサインなんてくれやしねぇだろ」

「で、でも……!!」

「アタシだってアイツと戦いてぇ……!!けどここで出しゃばんのは野暮ってもんだぜ……ホントに戦いてぇけど、すげぇ戦いてぇけど!!!」


 悔しさを滲ませながらエリスは言った。旅のリーダーである燈にその資質を見出そうとする意義を彼女は理解していたのだ。


「サァ準備はよろしいデスカアカシ!!」


 俺が……戦う、この人と……。


 突きつけられた事態に燈は戸惑う。だが、その戸惑いは一瞬のものだった。


「……一発でも俺の攻撃を当てられたら……サイン、してくれるんですよね?」

「……ハイ!!」


 いくら俺が素人でも分かる……この人は、強い。でもそんな人に俺の攻撃が当たるのか……とか、そんな事考えてる場合じゃない。やるしかないんだ。ブランカさんがこう言っている以上、俺が戦って、俺が条件を達成しない事には話が進まない。


 燈は拳を握りしめる。


「分かり、ました。その勝負……やらせて下さい!!」


 心を決めた燈は真っすぐブランカを見て言った。


「良い返事デス!!それでは早速始めまショウ!!」


------------------


 燈は持っていた荷物をバアルに渡し軽装にすると、ブランカの待つ裏庭の中央まで歩いて行った。

 その背中をバアル達三人は見詰めていた。


「頑張れー!アカシー!!」


 テノラは元気にそう言いながら試合観戦をするような趣で燈とブランカの勝負を楽しもうとしている。


「アカシさん……」


 バアルは対照的にとても不安げな様子だ。やはりアカシの事が心配のようだ。


「エリスさん……アカシさんは大丈夫なんでしょうか?」

「大丈夫って……そりゃあ分からねぇな」


 ポリポリと頭を掻くエリスは最早勝負を見るスタイルへと完全に移行しており暢気のんきな声を上げる。

 そんな会話をしていると、どうやら勝負が始められる体制が整ったようである。

 アカシとブランカの二人は約十メートルの距離を保って立ち、先程のエルフが仕切りや審判のような役割で二人の中央付近に立っていた。


「倒すのは無理だ……けど、イッパツ入れるだけなら……アイツアカシでも出来ない事はねぇと思う。ていうか相手側も不可能な条件は提示しねぇはずだ。可能だと、そう思ってっからこの条件にしたはず。だから後はアイツアカシがどう上手くやるかって所だな」


「場所はこの裏庭全体、武器の使用は許可。挑戦者側の勝利条件はブランカ様に一回でも攻撃を当てる事、対してブランカ様側の勝利条件は挑戦者を戦闘不能にさせる事。それでは双方、準備はよろしいですか?」

「ハイ!!OKデス!!」


 審判役の声に元気よくブランカは答えた。


 自分を信じろ、この一か月、エリスにしごかれたんだ。自信を持て!!


「……俺も大丈夫です!」


 俺は、出来る……!!


「それでは……始め!!」


 審判がそう言って、勝負の火蓋が切って落とされた。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る