ウルファスについて

「本日はこの森の案内を務めさせていただきます、エポラーナと申します。皆さんどうかよろしくお願いします」


 ダイナーの計らいで、燈達はエポラーナという森の案内人を務める女性のエルフを紹介された。


「「よろしくお願いします!」」


 エポラーナはとても礼儀正しい女性でそれに感化されるように燈とバアルは挨拶を返す。


「なぁここって美味いモン何があるんだ?」


 ただ一人を除いて……。


「美味しい食べ物ですか?それでしたら」


 しかしそんなエリスの態度に何の不満を抱く素振りも無く真面目に考えるエポラーナ、その様子に燈はまるで天使のような人だと感動すら覚える。


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 エリスの要望に応えたエポラーナが連れて来たのは飲食店だった。何でもこの国名物の料理はカァリィというものらしく、製粉した穀物を加熱したものに野菜を含んだ粘性の高い液体にスパイスで味付けをしそれを掛けたものだという。


「お、美味しいです!」

「むしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃ……!!!!」


 初めて食べる料理にバアルは美味しそうに、エリスは感想を言う時間も惜しいのかガツガツと料理を胃の中に掻き込んでいった。


「……」


 しかし燈はその料理を見て目を細めるだけだった。


「どうかなさいましたか?」


 料理を口に運ばない燈を不思議に思ったのか、エポラ―ナはそんな事を彼に聞く。


「い、いや……あはは、すっごく美味しそうです!!美味しそうなんですけど……」


 言いながらちらりと燈は机の上に鎮座する料理を見る。


 これ……カレーだよな?


 その通りであった。ウルファスの名物料理、それは紛れもなく燈が元の世界で食べていた料理の一つである『カレー』だった。見た目、匂いと何もかもがカレーと言うに相応しい出来栄えでありそれ以上でもそれ以下でもない。


 そう言えば、この世界の人間は日本語が通じる……本も日本語で書かれてるし……一体どうなってるんだ?


 今までの奇妙、しかしあまり気に留めていなかった疑問が沸々と湧き上がる燈。しかし


 まぁ今そんな事を気にしてもしょうがないか!!ってかカレー久しぶりに食える!!!


 半年以上目にしていなかった馴染みある料理を食べられる事に歓喜した彼は頭のモヤモヤを振り払いバアルやエリスと同じようにウルファスの名物に舌鼓を打つのだった。


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「そうだ。エポラ―ナさん、この国って全体が森なんですか?」


 一通りの食事が完了した後、一服した燈は同席するエポラ―ナに気になっていた事を聞く。


「いえ、違いますよ」

「ふーん、てことはアタシの国みてぇな場所もあるって事か」


 エリスは自分が住んでいた王都を思い浮かべる。


「エリス様の住んでいた国が何処なのかは存じ上げませんが、この国には『聖地』と呼ばれる場所が存在します」

「『聖地』、ですか?」

「あぁ、聞いた事だけはあるな。ウルファスの中心地、まぁユースティア王国でいう王都サルファスみてぇなもんだろ」


 バアルの疑問にエリスは答える。


「はい、エリス様の言う通り聖地はウルファスの中心地です。そして聖地を囲うように東西南北に森が存在しています。私や皆さんが今いるこの森は『南の森』です」

「じゃ、じゃあそこ以外この国は全部森って言う事ですか?」

「その通りですね」


 驚いたように尋ねる燈にエポラ―ナは笑顔で言った。


「東西南北森で囲まれてるって事は、『北の森』、『西の森』、『東の森』っていうのもあんのか?」

「はい、それぞれの森が境界線を決め名称を区分していますよ」

「へぇー……なんか、すごいですね。国のほとんどが森って」


 感心するように燈は言葉を漏らす。


「私達からしたらそうでない方が不思議ですよ」


 エポラ―ナは微笑む。


「そ、それもそうですね」


 国によって文化や地形、風習や住む人種が異なる。それはこの世界も一緒なのだと燈は実感した。


「中心地って事は、そこには王様がいるんですか?」

 

 話しを変えようと、燈は少し深堀した事をエポラ―ナに聞く。


「以前はいましたが、現在王様は私達の国にはいません。その代わりにこの国には巫女様がいらっしゃいます」

「巫女様?」


「はい。神に力を与えられたお方です。その力にてられた前王政府は数十年前に権力を巫女様に委譲し現在では巫女様がウルファスの最高権力者です」


 神に与えられた力……。


「その力って言うのは……?」


「私もこの目で見た事はありませんが、聞く所によればどんな怪我も病も、治せると伺っています」

「そ、それは…」


 間違いなく『チート』だと、燈はそう確信した。


 情報収集にはもう少し掛かるかと思われていた燈だったが、ウルファスには間違いなくチーターが存在し、そのチーターは中心地である聖地という場所に居るという事まで掴めたのはあまりにも行幸である。


「じゃあよぉ。その聖地ってのはどうすりゃあ行けんだ?」

「はい?」

 

 エリスの質問にエポラ―ナは一瞬固まった。その様子を見逃さなかった燈はエリスの肩を掴み小声で話し掛ける。


(突然何言ってんだよエリス!?)

(あぁ?だってどう考えたってこの国で神異があんのってそこだろ?だったらさっさと行って回収に行こうぜ)

(そんな簡単な話じゃないだろ!!もっと入念に準備とかしないと…!!!)


「あ、あのぉ……?」


 小声でヒソヒソと喋る二人を見てエポラ―ナは可愛らしく首を傾げる。


「は、はい!?い、いやぁすみませんウチの者が突然!!」


 アハハと頭を掻きながら燈はエリスの背中をポンポンと叩いた。


「聖地へ行くのでしたら通行証が必要ですよ?」

「あ、教えてくれるんですか!?」


 あっさりと答えるエポラ―ナに燈は堪らず叫んだ。


「えぇ、別に隠すような事でもないですから」


 そ、そう言えば俺も何かノリでどんな力ですかとか軽率な事聞いてたのに答えてたな…。てか今思ったらアブねぇ……!!あの時みたいに疑われて監獄に入れられるとかそんな展開になるところだったかもしれないのに……!!


 燈はそこでようやく先程の自分の何気ない発言の危うさを自覚した。


 で、でも考えてみればチート保有者が現れたのが四十年前って言ってたし、もうどんな力なんだとか一般の人で知っている人が居ても全然不思議じゃないのか。


 時というのは人の価値観を変容させる。まさにそれを体現させているのが現在のウルファスの状況であった。チートが認識されているのは勿論、それを持つ保有者を巫女として崇拝する社会体制。ユースティア王国ではルークというチート保有者が現れまだ数年しか経っていなかったためそういった事に対して敏感だったのだろう。それに比べウルファスでは『神の力を持つ巫女』という存在が数十年という年月を経て大々的に認知され称えられている。先程言ったようにまさしくそういった面も「国によって異なる」のだ。


「ですが『聖地』に入るための通行証というのは非常に入手が困難ですよ。私達森の民ですら難しいのに旅でここに寄った燈さん達ではとても……」

「構いません!教えてください通行証の入手方法を!!」


 机から身を乗り出し燈はエポラ―ナに接近した。


「……わ、分かりました。そこまで必死に仰るのなら」


 熱意の籠った眼差しで見詰められたエポラ―ナは少し恥ずかしそうに眼を逸らしながら通行証の入手法を燈達に話し出した。



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 エポラ―ナの案内で燈達は『南の森』唯一の宿泊施設に来ていた。森を生活の拠点としているこの地では建物も大木を改造したものが建ち並んでおりそれはその宿泊施設も例外ではなかった。まるでツリーハウスのようであり、寝る場所もベットではなくハンモックだったため、燈は少し昔の少年心をくすぐられた。


「うぅぅぅぅぅぅぅぅ……ん」

 

 そんな燈は部屋に設置してある木の株のような形をしている椅子に座りながら悩んでいた。

 エポラ―ナから聞いた話ではどうやら通行証には森の領主のサインに加え入る際に何かしらの金品を渡さなければならないと聞いたからだ。

 領主のサインなどここに来たばかりの人間がもらえるとは到底思えない、加えて何かしらの金品など旅に必要な道具や食料しか持って来ていない燈達が入れるのはかなり難易度が高いと言わざるを得ない。


「どうしたもんかなぁ……」

「領主のサインは領主脅して書かせる。金品は馬渡すもしくは押通る。これでいいだろ」

「良い訳ないだろ!?」


 エリスの頭の悪い解決策を聞いた燈は部屋中に響き渡る声を上げた。


「で、でも本当にどうしましょうか」

「そうなんだよなぁ……」


 バアルの言葉で現実問題の壁に帰結した燈は頭を抱えた。


「それなら考えがあるよぉー」

「え、何だよエリスあるなら言ってくれって」

「あぁ?今アタシ何も言ってねぇぞ」

「え、じゃあバアル君?」

「ぼ、僕でも無いです」

「……エ?」


 今この部屋には燈、バアル、エリスの三名しかいない。ならば今燈に話し掛けたのはバアルかエリスの二択しかない。だがその両名とも声を発したのは自分ではないという。

 だったら今喋ったのは誰なんだ、そう燈が疑問に思うのは必然事項であり別の第三者の存在に恐怖するのもまた必然事項である。


「こんばんわーーーーーーー!!!」

「わああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!?????」

「……」


 突然天井から出現した少女、まるでホラー映画のような体験に燈は叫ばずにはいられなかった。バアルはあまりの恐怖に声も出せずに固まった。


「誰だてめぇ……?」


 唯一我を忘れずに行動を起こしたエリス、彼女は少女の姿を目視した瞬間、大剣を取り刃先を向けた。


「私の名前はテノラ!あなた達のパーティーに入れて!!」


 向けられた剣に動じる様子も無く、愛らしい笑みを浮かべた少女は元気にそう名乗った。

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