入国

 燈達が馬車を走らせると森のすぐ傍まで来た。


「ち、近くで見ると余計に大きく見えるな……」


 言いながら燈は上空を見上げた。太く巨大な大樹が立ち並んでおり、見上げても全てを視界に収める事が出来ない程の大きさである。


「こ、これは門でしょうか…?」


 大木ではなくバアルは目の前に建つ門を見詰める。

 木々を柱として利用したそれは間違いなく門と言えたが、見慣れないデザインのためバアルを含め燈も「どうだろう」と声を漏らすばかりだ。


「うだうだ言ってても仕方ねぇだろ。うおぉぉぉぉぉぉい!!!」


 燈とバアルのまどろっこしい姿勢に痺れを切らしたエリスは大声でその門に向かい叫んだ。


「おいいきなり何言ってんだよ!?さっき慎重にって…!」

「うるせぇ!!知るか!!」

「ひどい!?」


 そんな風にエリスが一方的に燈を罵倒していると城門の上に位置する見晴らし台から一人の影が顔を覗かせた。


「何者だ!!」


 恐らくこの門を見張る守衛であろう。声からして男性である事が三人には即座に理解出来た。


「す、すみません。わ、私達旅の者でして…!数日間この国での滞在をしたいのですが…!!」


 恐る恐るだがしっかりと上に届くような声量で燈は言う。

 

「旅の人間か……」


 その言葉を皮切りに沈黙が流れた。


「「「……」」」


 え、何この空気?滅茶苦茶緊張するんだけど…!!


 燈は訪れた空気に耐え切れず手を微かに動かすがその手は空を切るだけだ。


「おい長ぇよ!!早く入れろって!!」


 もう一人この空気に耐えられなかったエリスが再び大声を上げた。


「おいエリス……!そんな風に言ったらダメだろ。これから入国しようって時にそんな野蛮な態度じゃ危険人物とみなされて入国拒否されるかもしれないぞ……!」


「あぁ?そん時は勝手に入っちまえばいいだけだろ。入れてくれなかった向こうが悪い」


「こ、コイツ…」


 この一か月、燈はエリスと共に旅をしてきて分かっていたつもりだったが、改めて彼女の傍若無人ぶりを再認識した。


「大体お前はなぁ、細かい事が多すぎなんだよアカシ。もっとこう広い心を以てアタシという存在を受け入れろ!!」

「うるせぇ!!いくら俺が寛大な心を持っていてもなぁ、お前の場を搔き乱しさ加減には我慢の限界があるんだよ!!」

「あぁ!?何だよそれ、ほら見ろバアルを見習え!!こんな状況でも言葉も発さず事の成り行きを見るほどの事なかれ主義っぷり!!てめぇに足りないもんだ!!」

「バアル君を引き合いに出すな!!俺ら大人二人がこんな風に言い合ってて子供のバアル君が会話に入れるわけないだろ!!」

「それは言い訳だぜ。時に人って奴は自分で流れを変える絶対的な強い意志が要る!!今がその時だ!」

「何かすごいカッコいい事言ってるけどこの状況で言っても何にも様にならないからな!?てか何だこの話どこに着地する気だよ!!」


 ギャーギャーと大の大人二人による子供のような言い合いが続く。不安げな表情でその成り行きを見詰めるバアルの方がよっぽど成人のようである。

 そんな時、バアルにとっては助け船だったろう。見晴らし台に居た守衛が声を上げた。


「いいだろう。一先ずの入国を許可する」

「え?いいんですか!?」

「っしゃオラぁ!!」


 守衛の言葉に燈は驚きを隠せなかった。国境の門の前でこんな無様な言い合いを晒して入国許可が下りるとは思わなかったからだ。


「『一先ず』だ。妖精の力を借り、貴様らに悪意が無いと判断しての事である事を忘れるな」

「よ、妖精…?」


 聞き慣れぬ言葉に燈は首を傾げた。


「あぁそういや居たなそんなの」

「お、おいエリス聞いてないぞ。何だよ妖精って」

「ん、アタシも見た事ねぇから見た方が早いだろ。ウルファスに入れば嫌でも見れるんじゃねぇか」

「そ、そうなのか……」


 エリスの言葉に燈は微妙ながらも納得した。


「それでは、開門する!!」


 守衛がそう言い放った次の瞬間、燈達の目の前にある巨大な門がゆっくりと、重低音を利かせた音を放ちながら開いた。


 ユースティア王国の時は最初からあそこに転移したけど、こうやって別の国に入るのは初めてだ。そもそも俺元の世界でも日本から出たのって修学旅行でフランス行った時だけだし異世界で別の国に行くのって考えてみたらすごい事だよな…。


 ゴクリと唾を飲み込む燈はそんな所感を抱きながら馬の手綱を握りながらエリス、バアルと共にエルフの国ウルファスへの入国を果たした。


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「改めて、ウルファス南の森の国境門を守護しているダイナーだ」


 門をくぐるとそこには先程まで門の上部の監視塔で燈と会話を重ねていた守衛が降りて来ていた。

 その姿は人間と差異が無い。ただ唯一違うとすれば耳が長く尖っているという所だろう。元の世界でもエルフという用語と姿は知っていたので燈はそこまで驚かなかった。 


「あ、あてもなくた、旅をしています。燈です。こっちは一緒に旅をしているバアルとエリス」


 燈はそう言いながらバアルとエリスを紹介した。


「バ、バアルです。入国させていただきありがとうございます!」

「エリスだ。よろしくな!」

「あぁ」


 二人の自己紹介にダイナーは素っ気無く答える。


「そ、そう言えばさっき『妖精』って言ってたんですけど…何の事ですか?私達が入国できたのはそのお陰って言ってましたよね?」

「何だ、妖精を知らないのか?」

「は、はい。聞いた事も無いです」


 ハハハと乾いた笑いを燈は漏らす。


「そうか、旅の者と言ったがこの近辺の国出身ではないのだな」

「そ、そうなんですよ!」


 近辺の国出身であるならば単語くらいは知っているがそうでなければ知らないのはしょうがないだろうというダイナーの意図をすぐに理解した燈は肯定の返事を返した。


「いいだろう。ではこの国を少し知ってもらうという意味で見せる。これが……『妖精』だ」


 そう言ってダイナ―は自身の手の平を燈達に見せるように開いた。そこには紋章のようなものが描かれており、次の瞬間彼の手の平が光るとそこから


『どうもぉーこんにちわー!』


 妖精が現れた。


「こ、これが妖精ですか?」

『そうです妖精ですよぉー!私の名前は「ミーシェ」!気軽にそう呼んで下さいねー!』


 軽快な口調でミーシェは燈達に笑顔を向ける。


「わ、分かった。よろしくミーシェさん!」

『「さん」付けって……アハハハハ、面白い人ですねぇ!』


 初めての妖精をこの目で目撃した燈はどう接していいのか分からず混乱していた。

 この世界に来て色々な人に出会い、この一カ月の旅では魔獣を見てきた。流石に少しは慣れただろうと思っていた燈。

 しかし目の前の妖精の彼女は綺麗な羽根を生やし、ダイナーの手の平に乗る事が出来るほどに小さい。童話の本で見た事あるようなまさに『妖精』に相応しい姿をしてそこにいた。

 色々なものを見てきた彼だったが、それらとはあまりにベクトルの違う『妖精』という存在にたじたじだった。


「我々エルフは妖精たちと共生し、互いに助け合い生きている」

『うん。細かい仕事とかは私達の方が適任だしぃ、空も飛べるから色々出来るんだよぉ私達』

「あぁ、そしてそんな妖精の中でも特異な能力を持っている者がいる」

『そ・れ・が……私でぇーす!』


 ダイナーの言葉にミーシェは大きく手を挙げた。


「妖精は人間の善意や悪意にとても敏感だ。そしてその力が強い妖精は明確にその善意と悪意を分別する事が出来る」

「善意と悪意の分別?」


 バアルは言っている意味が理解出来なかった。


『例えばぁーこの国に商人が来たとするでしょー?でも妖精ってその商人さんの自分が儲けたいって気持ちを全部悪意として感じ取っちゃうの。それじゃあ意味ないでしょ?でも私は違うの。その儲けたいって気持ちから更に純粋な商売をしようとしている人なのか本当にこちらに不利な商売をしようとしている人なのかを判別出来るって訳!』

「な、なるほど」

「私が貴様らを通したのもミーシェが、貴様らに悪意は無いと判断したからだ。感謝した方が良い」

「「ありがとうございます!」」


 燈とバアルは揃って頭を下げた。


「へっ、まぁアタシは元騎士だし正義の化身だから通れたのは当たり前だな」

『えーあなたはちょっと怪しかったよぉ』

「ンだとぉ!?」

『アハハハハ、冗談冗談♪』

「て、てめぇコノヤロー……!」


 ミーシェにからかわれたエリスはわなわなと拳を握り絞めた。


「まぁミーシェの判定を突破したお前らだ。私は信じる。例え悪人面でもな」

「おいそれ私の事かおい!!!」

「落ち着けってエリス。確かにお前は怖いけど俺は人は中身だと思う」

「ぼ、僕も中身が大事だと思います!」

「何のフォローだてめぇら!?」

「さて、それではこれからについてだが私は引き続きこの門で守衛を務めるという責務がある。よってここからは別のエルフに任せる」


「てめぇもさらっと話を進めてんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


 エリスのそんな叫び声が森に響き渡った。

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