第二章 エルフの兄妹

新たな風

 ウルファス 聖地内神殿


「がああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!」

「救いを、救いを……!!!」

「死ぬ、死ぬぅぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 夜も深まった頃、そこは阿鼻叫喚で溢れかえっていた。

 声を発しているのは身体に重傷を負っているエルフの衛兵たち。

 腹に穴を空けられている者もいれば、腕や足を欠損している者もいる。

 地面は血でまみれ、悪臭を放ち、まさに地獄絵図と言うのが相応しい光景だった。


 コツコツ…コツコツ…


 そんな時、叫びを上げる兵士達の耳に確かにそんな音が聞こえてきた。それは階段を降りる際に足と地面の接触から発される音である。

 兵士たちの居る場所には大きな階段がある。夜であり火による灯りはそこには無いため姿は見えないが、確かに誰かが階段を降りていた。

 そして兵士たちの誰もが、見えずともこれから鮮明に姿を見せるその者が誰なのかを理解していた。


「サーラ様!!」

「サーラ様!!慈悲を!!我々に慈悲の光を…!!」

「サーラ様!!!彼らを、救って下さい……!!!」


 負傷している者、そんな彼らをここまで連れてきた者らは皆姿を見せたサーラという女性に懇願した。


「……」


 サーラは無言だった。だが、彼女はゆっくりと重傷を負った一人の兵士に向かい歩く。そして仰向けに倒れているその兵士の前にしゃがみ込んだ。


「返り咲け」


 短くサーラはそう呟きながらその兵士の損傷個所、穴の開いている腹部に手をかざした。すると見る見る内に生気がそこに吸い込まれるかのように損傷個所が修復されていく。

 その様を眺める他の兵士達、まるで神の御業を見ているようである。


「次です」


 措置が終わったのか、再び短く呟いたサーラは立ち上がるとまた別の兵士の元へ向かう。

 まるで単純な作業であるかのように、食事や睡眠のような当たり前の行動とでもいうかのように淡々と、サーラは兵士たちを治療していった。

 腹部に穴が空いていようが、足や腕が欠損していようが関係なく彼女の力によって兵士は全快していく。


「これで、全員ですか?」

「は、はい…!!ありがとうございます……!!!」


 兵士を率いていた大隊長のエルフはそう言って膝を曲げ、頭を垂れる。


「では、私はこれで」


 サーラはそう言って歩き出し、来た階段を上る。再び暗闇で彼女の姿が見えなくなっても、兵士たちはその階段を見つめ続けた。


---------------------


「お疲れ様です。聖女様」


 自分の間へと戻るサーラ、そこには一人男性のエルフがいた。


「いえ…これが私の使命ですから」


 当然の事のように言うサーラ、だがその表情には微かに曇りが生じている。


「もう寝ます」

「了解しました。それでは、私は部屋の前での護衛に移ります」


 そう言ってエルフの男は退室しようとする。


「あ、あの…カグさん」

「はい?」


 カグと呼ばれた男はサーラに呼び止められた。


「い、いえ…何でもありません」


 しかし呼び止めはしたがサーラはその後の言葉が続かない。何か言いた気だが口を少し振るわせるだけでそこから音声が発される事は無かった。


「では、自分はこれで」


 サーラの様子を見て、カグは再び歩き出し部屋を後にした。

 扉の閉まる音を最後にサーラの室内に静寂が響き渡る。


「……ん」


 やがてその静寂の中でポツリと、言葉としても聞き取れない何かがサーラの口から吐き出された。



-------------------------



「ていっ!」

「んーーーーーー!!!???」

「『待った』は無しだよ?」

「わーってるよ!!ああああーーーーー……、ああああーーーー……」

「それズルだよヒューマ」

「うるせぇ!!『待った』って言ってねぇだろうがもうちっと考えさせろ!!」

「だからそれ『待った』と一緒だってぇ!!」


 神人教の教徒であるヒューマとテノラは言い合いをしながらボードゲームに興じていた。

 床に盤を敷きその上で駒を動かしながらそんな事をしているものだから子供のように見える。


「テノラ」


「あぁ!?テノラあっちにお前の大好きなケーク(ケーキ)が!!」

「えぇ!?どこどこ!!」

「よいしょっと」

「ねぇ何処にもないじゃんケークなんて!!嘘ついたねヒューマ!!」


「テノラ」


「ワリィワリィ。見間違えだったわ。さ、そっちの番だぜ」

「あれ?何か様子おかしくない?」

「は、はぁ!?そんな訳ねぇだろさっさと打てよ!?」


「テノラ」


「んーまぁいいや……て、ヒューマ私の駒勝手に動かしたでしょ!!」

「あぁ!?何言ってんだてめぇ!!このヒューマ様がそんな卑劣な事する訳ねぇだろうが!!」

「したよほら!この駒こっちにあったのに!!私が目を離した隙に動かした証拠だよ!!はぁ~やっぱりインチキさんだったかヒューマはぁ!!」


「テノラ」


「ンだとぉ!!殺すぞてめぇ!!」

「開き直るとかいい歳してどうかと思うなぁ!!」

「俺はまだ二十二だぁ!!」


 ギリギリと互いに歯をみせ合うように睨み合う。

 所でお気づきだろうか、先程からヒューマとテノラ以外の第三者がテノラの名を呼んでいる事に。


『テノラ』


「「っ!?」」


 その声に、二人は激しい悪寒と激しい動悸を催した。顔中から冷や汗が垂れ流され気温は比較的温暖なはずにも関わらず唇が紫になっていく。

 そこまでしてようやく、二人は声の方向へと顔を向けた。そこには手を後ろに組んで立つ神父が居た。


「私の声が聞こえませんでしたかテノラ?」

「ヒューマの馬鹿が五月蠅くて聞こえてなかった!!」

「はぁ!?てめぇ何人のせいにしてんだ!!卑怯者はどっちだよ!!」

「五月蠅い五月蠅い五月蠅い!!ヒューマのせいで聞こえなかった!!Q.E.D証明終了!!」


『テノラ、ヒューマ』


「「すみません!!」」


 再び先程の背筋が凍るような声音を放つ神父に二人は爆速で土下座を決めた。それを見て神父はため息を吐くと呆れたように口を開く。


「ヒューマ、私はテノラに用があります。席を外して下さい」

「……分かった」

 神父の言う事に素直に従いヒューマは立ち上がる。そして去り際にテノラに向かい舌を出して軽く挑発しその場を後にした。


「テノラ、任務です」

「任務?」

「えぇ。エルフの国ウルファス、そこにいるチーターを捕獲して下さい」

「んー?あそこの回収ってまだ先じゃなかったっけ?」

「我らの崇高な目的に競合する対抗勢力が現れました」

「?」


 神父の言葉にテノラは首を傾げる。


「我々と同じく、チートの回収を目的としている者が現れました。名をアカシ、既にユースティア王国のチートも回収されています。次に奴が向かうのはウルファスです」

「へー、でも別に焦る必要なくない?仮にそいつがチーターを回収してもその後で奪えばいいじゃん。その方が効率よくない?」

「事はそう単純ではありません。その者は我々のようにチーターの捕獲が必要ない。チートを無効化し、チーターからチートのみを抜き取る事が可能なのです」

「何それ!?すごい!!」

「厄介な能力です。しかしまだどの程度のものなのか、全容が掴めていない。そこで、それを把握するためにあなたにウルファスへ向かいアカシへの接触と観察、そして彼のチート回収に乗じてウルファスのチーターを捕獲してほしい」

「うへぇ面倒臭そう……」

「報酬はケーク一年分です」

「やります!!やらせて!!私にしかできないその任務!!」


 テノラは大きく手を挙げながら立ち上がった。


「良い返事が聞けてよかったです。それでは今後の運びについては追って連絡します。ある程度の準備はしておいて下さい」

「は~っい!!」


 元気よく答えたテノラはその場から駆け足で出て行った。


「……チートを無効化する力。一体どれほどのものなのか、いや……それはいずれ分かる。私が考えるべきは、その存在を最近まで私自身が知らなかった事だ。チートを無効化する人間、そんな貴重な情報が今まで入ったこなかった……有り得ない。アカシ・カンダ、お前は一体何者なのだ……」



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 出国から一か月、燈達三人を乗せた馬車は遂に目的の国へと到着しようとしていた。


「いよいよですね…!!」


 緊張した様子で大きく呼吸をしている。


「エリスは来た事あるんだよな?」


 馬車を操りながら燈は後方に居るエリスを見た。


「来たっつっても近くまでってだけな。中に入った事はねぇ」


 手に持ったパンを貪り食いながらエリスは答える。


「とりあえず、俺達の目的は絶対に伏せる。下手に動かない。穏便に。これを大事にしていこう」

「はい!」

「うぃー」


 燈の提案にバアルとエリスは同意した。


「っと何だあれ!?」


 現在馬車は拓けた広地を走っている。燈達の眼前、実際は数キロメートル離れていたがそれでも認識するには十分な大きさだった。


「も、森ですか……!?」


 そう、見えたのは巨大な森。

 見た事も無いような規模の、巨大な森が燈達の視界に現れた。


「おー来たな!!」

「き、来たって……まさか!?」


 エリスの言葉に燈目を見開く。


「おう、そのまさかだぜ!!あれがエルフの国、ウルファスだ!!」


 指でその巨大な森を差しながらエリスは答えた。 

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