旅立ち

 王への謁見から二週間後、ユースティア王国王都サルファス城門に燈達はいた。

 今日が出国の日なのである。


「準備は万全かい?アカシ」


「お、おう」


 燈は自分の服装を確認しながら言う。

 上半身はインナーの上に同じく魔獣の生地を使用したジャケットのような上着を羽織っていて下半身は同じく魔獣の生地を使用したズボン、レザーブーツを履いている。


 何かこういう格好をするといよいよ異世界に来たんだなって実感するな。


 慣れない手触りの服に手を当てながら燈は思った。


「バアルもサイズは大丈夫?」

「は、はい。丁度いいです」


 同じようにバアルも燈のように旅立つための相応の格好をしている。


「よし、じゃあ最後にこれだ」


 ティーゴがそう言うと馬小屋から連れてきた馬に荷台を付けた。


「これがこれから君たちの足になる馬だ。名前は自由に決めていいよ」


 燈はこの二週間、馬に乗るための訓練だけを重ね続けた。それにより何とか普通に乗馬できるだけのスキルを手にしたのだ。


「この子は雄と雌どっちだ?」

「雄だよ」

「雄か…うーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん」


 燈は腕を組み唸る。真剣に名前を考えているのだ。やがて彼は口を開き名を付けた。


「よし、じゃあウマコだ」

「結構長い時間悩んでそれかい?しかも何かどことなくメスの名前のような気がするんだが


 ティーゴは燈のネーミングセンスの無さに驚いた。


「これからよろしくな。ウマコ」


 ウマコの首元を燈は撫でる。


「当分の食料や必要品は荷台に詰めてある」

「何から何まで助かるぜ、ティーゴ」


 この二週間、燈はティーゴに感謝しかなかった。彼が居たから地下訓練場での局面を切り抜ける事が出来ただけでなくその後も燈とバアルが不利にならないよう極力サポートを行ってくれたのだから当然と言える。


「言ったろ?僕は君たちに期待してるからね」

「けど、お前は俺と会った瞬間から俺に良くしてくれた。本当にありがとう」

「はは、ここで「何でだ」って聞かないのが君の良い所だよね」

「え、何て?」


 ティーゴのポツリとした小さな呟きに燈は聞き返すが


「いや、何でもない」


 軽くはぐらかされてしまった。


「さぁ、そろそろ出発だよ二人共」

「あ、そ、そうだバアル君」


 ティーゴに出発を急かされた事で燈は思い出す。


「な、何ですか?」

「何度も聞いちゃってごめん…でも、もう引き返せないからさ。本当に…来るの?俺の旅は多分…かなり危険なものだよ。いくら王様の命令で二人で行く事になってるとしても、俺は君が付いてこないって言うなら止めない」


 ここ数日、燈は再三にわたりバアルにこの質問をしていた。

 王の命により確かに燈とバアルの両名に神異回収は課せられた。だがバアルが自分に行かない旨を伝えるのをずっと期待していた。

 自分は弱い、バアルを守る余裕は無いと言っていい。勿論彼が危険な目にあったら燈は躊躇わず彼を助けようとするだろう。しかし願うならそもそも危険な目にあってほしくないのである。


「アカシさん。僕はまだあなたに何を返せてません。それに…僕だって、アカシさんが死んじゃうんじゃないかって心配なんです。だから…アカシさんを守るために、僕はあなたの旅に一緒に行きます!」

「バアル君…」

「言うねぇバアル。まぁ確かに、今のアカシじゃあ心もとない。アカシを助けてくれる人が必要だ。それが例え子供でもね。ていうか多分アカシよりバアル君の方が強いし」

「えっ!?嘘だ!!」


 流石に子供に身体能力は負けないだろうと思っていた燈が驚きの声を上げた。


「ま、任せて下さいアカシさん!!僕が闇魔法でアカシさんを精いっぱい助けます!!」

「やめてぇぇ!?そんな堂々と子供に守る宣言されたら俺の立つ瀬無いから!!」


 会話が弾みティーゴが笑う。

 笑顔が生じる会話のやり取りはどこの世界でも変わらないのだ。


「アカシ!!!」

「ん?」


 そんな時、燈を呼ぶ声が少し遠くからした。


「ルーク、それに皆も!!」


 来たのはルーク、それにリム達友人の面々だった。


「ど、どうしたんだよそんな焦って」

「どうしたって見送りに来たんだよ。もう出国するんだろ?」

「リム先輩が明日って言ってたからさっきまで屋敷に居たんですよ私?」

「ごめんってばぁムーミちゃん!!」

「二人共言い争いは私の後にして……アカシさん」

「え、あ…何ですか?」


 レイと燈はあの日以来少しばかりしこりの残るギクシャクした関係を修復できずにいた。


「ごめんなさい」


 次の瞬間、彼女は燈に頭を下げた。


「な、何でレイさんが謝るんですか!?」

「あの時、私は冷静じゃなかった。ルークの事で頭に血が上ってあなたに酷い事をしてしまった」

「そ、それなら俺の方ですよ。俺はあの時脱獄囚…立派な犯罪者です。騎士のあなたに実力行使で取

り押さえられても仕方なかった」

「そういう問題じゃありません」


 なおも頭を下げたままレイは言う。

 そこで燈は気付いた。人が人を思うという事はどの世界だろうと純粋なのだと。尊いものなのだと。


「……レイさん、あなたはルークのために怒ったんだ。大切な人のために怒ったり、笑ったりすることは決して間違いなんかじゃない。だから…俺が許すとかどうこうの問題じゃないんだ。これは」

「アカシ……さん」

「でも、どうしてもレイさんが許してほしいって言うなら、俺の言う事一つだけ聞いてくれますか?」

「な、何ですか?」

「……レイさん騎士ですよね?てことはこれから国のために命を懸けて戦うんですよね?」

「は、はい…そうですが」

「だったら、死なないで下さい。知り合いや友達が死ぬのは多分…すごく悲しいから。それが、俺からレイさんへのお願いです」


 そこまで言ってレイはようやく頭を上げた。


「あなたは…どこまでもお人好ですね」

「そ、そうですか?」

「そうですよ…全く、悩んでいた自分が馬鹿みたいです」


 燈の底抜けの人の良さにレイはため息を吐いた。


「仲直りは済んだか?」

「仲直りって…」


 ルークの選んだ単語に燈は少し照れ臭くなった。


「ほらアカシ、これ」


 そう言ってルークは燈にペンダントのネックレスを手渡した。


「これは?」

「俺達で選んだんだ。二人の旅の安全祈願のお守りみたいなものだ」

「あ、ありがとう!すげぇ嬉しいよ!!」


 もらった装飾品を嬉しそうに燈は首に掛けた。


「アカシ、お前のお陰で俺は自分を受け入れる事が出来た。ありがとう。何時かまた…」


 ルークはそう言って手を差し伸べた。


「あぁ!絶対また会おう!」


 その手を握り返し、二人は握手を交わした。


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 ティーゴとルーク達に見送られ、燈とバアルは遂に旅立った。


 半年でようやくチートを一つ回収した…これじゃあ何年掛かるか分からないな…。でも、そんなの関係ない。例えどれだけ時間が掛かったとしても、俺は全てのチートを回収する。

 そして…絶対、お前の所に帰るからな……マキ!!


 貰ったペンダントを握りしめ、決意を新たにする燈。


「さ、最初はどの国に行くんですかバアルさん?」


 荷台から顔を出したバアルが燈にそんな事を聞く。


「ティーゴから聞いたけどユースティア王国から一番近いのはウルファスっていう国らしい」

「ウルファス…どんな所なんでしょう?」

「何でもエルフの国って聞いたよ」

「エルフ…」


 聞き慣れない、言い慣れない言葉にバアルは首を傾げた。


 エルフか…俺の想像してるので合ってるのかな?


 馬に乗りながら燈は元の世界での知識であるエルフの容姿を思い浮かべた。


「ま、行ってみれば分かるか…!」


 そう言って馬を更に走らせた。


 こうして燈とバアル、二人の数奇な旅路が始まったのだった。



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「トムコール様!!」

「どうした?」


 騎士団本部人事部統括隊長室にトムコールの部下が息を荒らしながら入って来る。


「こ、これを…!」


 息を切らしながら部下は一枚の紙きれをトムコールに見せた。


「…………あのバカが」


 紙切れに書いてある内容を見て、トムコールはその紙を握りしめた。



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「っぶはぁぁぁぁ!!??」

「「うわああぁぁぁぁぁぁぁ!!!???」」


 荷台から聞こえた声と人影に燈とバアルの二人は激しく驚いた。


「おぉもう朝か!!」

「え!?」

「あ、あなたは!」


 現れた人影、その正体に二人は驚きを隠せなかった。


「ようアカシ、バアル!!」

「「エリス(さん)!」」


 その正体はエリス、ルークやティーゴたちと同じくらい燈にとって関係の深い人物だった。


「な、何でここに…!?」

「おぉ、荷物の中に昨日の夜から隠れて寝てたんだよ。いやぁ寝苦しいったらありゃしなかったぜ」

「いや聞きたいのはそこじゃなくて!!」

「ん?」

「何でお前も一緒に来てんだよ!?お前騎士だろ、早く戻らないと…!!」

「あぁ騎士はやめる」

「はぁ!?」


 エリスの言葉に燈は開いた口が塞がらなかった。


「あそこでちんたらやってても強くなれねぇ…それよりも…」


 エリスはニヤリと笑いながら燈とバアルの肩を取った。


「てめぇらの神異回収つったか?それに付いてった方が強くなれる!!そんな気がする!!いやぁ楽しみだぜどんな強ぇ敵が出てくんだろうなぁ!!ワクワクが止まらねぇ!!」


 武者震いをするエリス、その震えが二人の身体に直に伝わった。

 これが彼女のした選択だった。決め手は間違いなくティーゴとの風呂での一件だろう。

 努力、才能…限界を感じたエリスは環境を劇的に変化させることを選んだのだ。


「ていうかやばいだろ!!早く引き返さないと…!?」


 そう言って馬の進行方向を変えようとした燈だが


「あ…?」


 エリスが所持している大剣を首筋に当てられた事でその行為は未然に終わった。


「ハイ…ワカリマシタ、イッショニイキマショウエリスサン」

「ハハハハハハ!!!分かってくれりゃあいいんだよ、分かってくれりゃあな!!」


 片言になった燈の背中をエリスは強く叩いた。


「安心しろって、別にタダで付いてこうなんて思ってねぇ。アタシが…しっかりお前らを鍛えてやる」

「「き、鍛える…?」」

「おう!お前ら二人共体力も筋肉も筋肉も無けりゃあ魔法の『ま』の字も分かってねぇだろ!!だからアタシがてめぇらにそこら辺レクチャーしてやるって言ってんだよ。これからの事考えたら、少しでも強くなった方がいいだろ?」

「そ、それはまぁ…そうだな」


 エリスの言う事は一理あった。確かにこのままでは神人教には敵わない。これから戦わなければならない相手の事を考えれば、燈とバアルの戦闘能力向上は急務であった。


「だろ!!よしじゃあ決まりだなぁ!!方向的に行くのはウルファスだな!!なら一カ月くらい掛かる、まずは一か月バシバシしごき倒してやるぜ!!!」

「お手柔らかにお願いしまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁす!!!!!?????」


 燈の断末魔が風に乗って響き渡る。


 チートを回収する旅路、その開始十数分で仲間が一人加わった。


---------------------


「………ん?」

「んだよどうした?」


 突然何かを疑問に思ったように口を開いた燈に荷台で寝転がってるエリスは聞く。


「い、いや……そう言えばあの時…何か…違和感が…」


 燈の言う『あの時』とは、出国する際のルーク達とのやり取りであった。


「何か……忘れてるような……」


 そう言って自分の頭に手を当てる燈。


 ルーク、リム、ムーミ、レイさん、ティーゴ……皆俺の出国を見送りに来てくれた。だけど…何だ、この違和感…。


「っつぅ…!!」


 その違和感、骨が喉につっかえたような気持ちの悪い感覚・・・その正体を探ろうと記憶を探ろうとした瞬間に電気の走るような頭痛が燈を襲った。



 時同じくしてユースティア王国の王都では帰りの道すがらルークとリムがこんな話をしていた。


「あ、そうだルーク。来年度から新しい医療の先生来るらしいよ?」

「何だようやくか…。代わりの先生が居なかったって、今思うとすごいな」



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 とある大聖堂


「ご苦労だったシスターミリンダ、いや…ミリンダ先生と言った方がいいのか?」


 ヴルムは正面に一人の女性を見据える。


「やめてよ恥ずかしい」


 シスター服を着た彼女はそう言ってベンチタイプの椅子に腰かけた。


「まず言っておく。お前、報告を怠り過ぎだ。お前をあの国派遣して一年、その内最初の報告は五か月前。七か月間何の音沙汰もも無いのは度が過ぎている」

「定期的に報告しろとしか言われてなかったもの」

「『定期的』の意味をもう一度頭に入れなおしておけ。まぁ、お前の事は信用していたから今回はこの事については目を瞑る」

「あら優しいわね」

「お前のお陰で情報の攪乱と操作が上手くいったのは事実だ」

「そうね…まぁ、作戦自体は失敗したけど」

「そうだな。全属性特性ラウンズオブマジックの保有者、ルーク・アルギットの捕獲には失敗した」

「どうするの?手駒も失って」

「キイが死ぬ事は想定内だったが、アオとアカまで失うのは想定外だった・・・まぁまた駒は作り直せばいいだけだが」

「辛辣ね」


 ミリンダは足を組み直す。


「もっと言えば、ティーゴ・エバレンスの到着も早すぎる。ミドリを役員に化かし内部に潜入させ予算会議でティーゴ・エバレンスを単独魔物領遠征に向かわせたにも関わらずだ。奴ならば数時間もあれば魔物領からユースティア王国まで戻れるだろうが……そもそも国の一大事を奴はどうやって知った?」

「そうね。その件についてはあの国の王が怪しいと思ってるわ」

「やはりか……」

「えぇ。私ですら尻尾を掴めない。相当のやり手よ彼は」


 あっけらかんとした様子でミリンダは言う。


「今これ以上ユースティア王国について探る時間は無い。結論は一先ず後回しだ……チートの回収には失敗したが…収穫はあった。それ以上のな」

「確かに…それはそうね。アカシ・カンダ、チートを無効化し回収できる人間。一体何者なのかしら

彼、あんな存在は書でも見た事がないわ」

「俺もだ。だからこれから調べる。一先ずは神父へ今回の件を報告に行く。お前は次の指令があるまで休暇をを取れ」


 言いながらヴルムは踵を返し暗闇へと消えていった。

 静寂、微かに聞こえる風の音のみが大聖堂内の空間を彩る。ミリンダはおもむろに葉巻を取り出すとそれに火をつけ、吸い始めた。


「ふぅーーー…」


 吹かした煙が上空へと舞っていく。


「人智を超えた力を狩る、出過ぎた釘を打つ者…ね。何て皮肉なのかしら」


 そんな呟きが大聖堂の中にポツリと放たれた。



                 第一章 了

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