謁見

 翌日、王に会うのに相応しい格好を支給されたアカシとバアルは巨大な扉の前に立っていた。


「ふぅーーーーーーーーーーーーーー……」

「大丈夫ですかアカシさん?」

「あ、あぁ大丈夫」

「アカシ・カンダ、バアル。王の間へ入る事を許可する」


 第一王宮の守護に従事する二級騎士が言う。、その大きな扉が開いた。

 アカシ、バアルの二人の目に入ったのは煌びやかな装飾による色とりどりの光にシャンデリアなどの数々の高級な家具。如何にも王が座っていそうな部屋だというのがアカシの初見の印象だった。

 次に目に入ったのは人である。

 ティーゴと五大将、議会の中でも権力を持つ役員数名。そして中央奥にはサルス国王陛下が座している。

 視線が燈とバアルの二人に向けられる。その多くは二人を危険因子として捉えている目だった。

 一歩ずつ、一歩ずつ二人は前に進み、王の玉座の下まで到達した。そして事前に説明された通り二人は膝を曲げうずくまるように頭を垂れる。


「話は既に聞いている…『魔族』のバアル、神異を無効化し吸収したというアカシ・カンダ。そうだな?」

「…はい」

「は、はいっ」


 サルス国王陛下の言葉を二人は肯定する。


「貴様らを呼び出したのはその処遇を決めるためだ。本来私はこういった事に干渉しないのだが、事情が事情だ。それに、今回の事件との関連性も確認しておきたい」


 言いながら、サルス国王陛下は役員の一人に目配せする。


「では、ここからは私が仕切らせていただきます…まず、アカシ・カンダ」

「はいっ」

「判定鉱石を使用した結果、ルーク・アルギットとあなたに魔力特性が確認できませんでした。よって、我々はあなたの能力が事実であると信じます。その上で…処遇を判断します」

「判断など決まっているだろ!!殺処分だ、そこの『魔族』もろともな。神異の無効化と回収だと?そんな力を持っている事が他国に知られれば戦争は必至だ。それにそんな得体の知れない力を持っている奴を生かしておく理由が無い」

「その通りだ。現在各国は神異によって均衡が保たれている。そこにいる者はそれを崩してしまう」


 別の役員の一人が口を開く。

 ユースティア王国だけに神異保持者がいるわけではない。他国にも当然同じ存在がいる。そしてその中には何の神異保持者がいるか分からない国もある。下手な動きをすれば国が滅びる。そう言った経緯により神異今、世界の均衡を保っていると言える。国々の間には確かな緊張が流れているのだ。そしてこの事実において燈という存在はそれを壊す規格外の存在なのだ。


「次にアカシ・カンダ、あなたは記憶喪失らしいですね?断片的にしか記憶を持っていないという事でしたが」

「……はい」


 燈は考えた。自分という存在がこの世界にとって如何にイレギュラーであり、不穏な存在か。

 そしてその程は今役員が話した通りだった。

 自分が別の世界から来たことをこの場で告げようかとも考えた。しかしそれは余計な混乱を招く。ただでさえ危うい立場の彼にこれ以上別の要素を付け加えるのは悪手でしかない。

 だから彼は話すしかない。記憶喪失という体で、自分で自分を分からないという体で話すしかない。


「俺は……自分で、自分の事がよく分かってません。この力、「アンチート」の事も。ですが…やらなければいけない事は…分かってます。チートを…神異を全て、回収する事です」


 燈のその言葉に役員全員がざわついた。当然の反応だろう。


「全神異の回収だと!?ふざけた事をぬかすな!!そんな事出来るはずが無いだろう!!」

「危険な道のりな事は分かっています。ですが、俺はそうしなければならない。そんな気がするんです」

「気がするだと?記憶喪失だか何だか知らないがそんな曖昧な目的意識で愚行を犯そうというのか!?」

「それでも信じてもらうしかない!!!」

「っ!?」


 燈の大声に役員は思わず腰が引けた。


「サルス国王陛下」


 立ち上がる燈、すぐさま五大将が飛び掛かろうとするがティーゴがそれを制止する。

 気張れ俺、ただでさえ記憶喪失って嘘ついてるんだ。これくらいしないと覚悟が伝わらない。それに…。

 燈は先程の役員の言葉を思い出した。神異によって、世界が緊張状態にある事に。

 神異が原因ならばそれを無効化し回収できる自分ならそれを何とか出来る。彼はそう思ってしまった。


「最初俺は王都で、奴隷の子を見ました。多分…初めて見る光景だったと思います。周りはいつもの事かのように呆れてそれを見る人や、関わらないように通り過ぎる人がいた。すごく嫌な気分になりました。その後も、その子は魔族という理由で騎士の人に殺されそうになりました。何で子供を殺そうとするのか、俺には何も理解出来なかった」


 そうだ、それでいい。アカシ。


 ティーゴは燈の紡ぐ言葉を満足気に見ていた。


「あなたの目から見ても、俺は得体の知れない存在かもしれません。ですが、そんな事知った事じゃない。俺は全ての神異を回収します……そして、願うならその先に平和な、魔族とか何にも関係なく誰もが笑っている未来があるって信じます。ですから……俺とバアル君に自由を下さい!!」


 燈はそう言って頭を下げた。それは彼が営業の交渉事で度々している所作である。

 数秒、しかし燈にとっては一生に感じるほどの沈黙が流れた。


「……顔を上げろ」


 サルス国王陛下が遂に口を開いた。ゆっくりと、燈は頭を上げる。


「ふ、ふふふ……ふははははははははは!!」


 その声が、王の間中に響き渡った。声の主は当然サルス国王陛下だった。


「まさかひざまずかずにそこまでの大言壮語を述べるとはな。アカシ・カンダ、貴様の覚悟確かに受け取った」

「王!?一体何を!!」


 役員の一人が堪らず叫ぶ。


「記憶喪失で身元も分からない、礼儀もままならない…が……本物だ。お前のその言葉には確かな覚悟とやり遂げようとする決意が見える」

「僭越ながら失礼します陛下、この男の言葉の真偽はともかくとして、この男を国外へとやるおつもりか?神異を無効化する者が現れたとなれば各国が放っておくはずがない。あまりにも危険すぎます!」


 今度は別の役員が口を開いた。そしてその者の言っている事は確かにその通りだった。


「貴様の言い分は理解出来る。だが…神人教に対抗するためにはこれしかない」

「なっ!?」


 サルス国王陛下の言葉に口を挟んだ役員は目を見開いた。


「今回の事件、あの神人教の子供たちは中枢人物とは言えないだろう。だが…その子供たちは役員の一人に化け情報を操作、取得し上級騎士と渡り合う程の戦闘力を備えていた。たった四人の子供によって国が危険に陥れられたのだ。この事実、重く受け取らなければなるまい」

「で、ですが…!!」

「ここ数か月で、奴らの動きが活発になっているとも聞く。奴らの目的は神異保有者の捕獲、ならこちらも相応の対抗馬を用意するしかない」

「それが…こいつらだと?」

「あぁ、報告ではアカシは今回襲撃に来た神人教の特殊な魔法を無効化したと聞いた。神異を無効化、吸収するアカシ。そして高い戦闘力を秘めているバアル。彼らに各国を回らせる。リスクのある選択だが…事はこの国だけの問題ではない」

「それでも…!!」

「あぁ、彼らが神人教に捕らえられる可能性は否定できない。だが…それでも、このまま来る事態を受け入れるだけでは限界だ。神人教が他国の神異を集めればこの国にいずれ恐ろしい未来が待っている」


 この言葉が決定打となった。反論をする者はいなくなった。


「アカシ・カンダ、そしてバアル。貴様らにはこれから国々を回り神人教に対抗し、神異を回収してもらう。これは勅命である、拒否権は無い。分かったな?」

「はい!!」

「は、はい…!!」

 

 あ、あれ…?いつの間にか僕すごい事に巻き込まれてる…?

 

 こうして、燈とバアルの王への謁見は事なきを得た。

 二人は自由を獲得したのだ。


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「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ緊張したぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 謁見の後、ピンと張りつめた糸が途切れるように燈は脱力した。


「お疲れ様アカシ。はい」


 ティーゴはそんな燈を労うように飲み物を手渡した。


「サ、サンキューティーゴ」


 渡されたものをすぐさま燈は口から胃へと流し込んだ。


「いやぁこれで一件落着だ!僕は君ならここを突破してくれると信じてたよ!!」

「ホントに心がやばかった。王様と話すとか多分生まれて初めて…」

「でもこれで晴れて二人は自由だ。出国は決まり次第報告するよ。その前に」

「ん?」


 首元に違和感燈は違和感を感じた。


「ア、アカシさん…それ僕と同じ奴が」

「え?」

「アカシ、バアルに掛けた契約魔法の範囲を君にも拡張した。これで二人は僕の契約者だ。君が自由を獲得した段階でこうする事は決定事項だった。君の監視も当然必要な事だと陛下はお考えだ」

「そりゃ、そうだよな」


 納得のいった燈は自身の首に付いているであろうバアルと同じ印を受け入れた。



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「これでいよいよ後に引けなくなっちゃったね」


 五大将の面々は王宮内の廊下を進みながら会話をする。


「陛下がまさかあのような決断を下すとは…」


 ガンブは少しばかり不満そうな声を漏らす。


「何、陛下も予防線は張るだろう!」

「どういう事だ?」

「俺の推測だが、アカシとバアルの旅には騎士は同行させない!してしまえばそれはユースティア王国の遠征部隊と思われてしまうからな!そもそもユースティア王国の使節団として奴らを派遣し、神異との接触を容易にさせる事も無いだろう、理由は同様だ!!」

「だがあの若造共は弱い。それではすぐに敵の手に落ちてしまうぞ」

「その通りだ!恐らくだが陛下は彼らを対抗馬と考えていると同時に、一枚のカードだと思っている!神人教に対抗しうる一つの可能性としてしか見ていない!!」

「別の策を陛下がお考えだということか」

「さぁな!陛下の尊大な思考は俺には理解出来ない!!」

「全く貴様は…」

「お二人共、ここは騎士団本部ではありません。まだ王宮内部です。これ以上の私語はいくら同僚といえど看過できません」

「ははは、これは失敬エリナ!」


 エリナの注意に即座にバロウは謝罪した。


「……」

「どうしたメル?」


 何か考えているような顔をしている彼にルンドは声を掛けた。


「いや、どうも今回の件…引っ掛かるっていうか」

「先の謁見の事か?」

「いや…それも少しありますけど、全体的な話です。いくら神人教が特殊な魔法を使うとしても、議会の人間に化けて情報を操作しても昨日のように大々的な作戦を実行する事はかなり困難なはずです」


 歯切れの悪いメル、しかしいずれにしてもメルの考察によって導き出される結論は一つ、しかしそれは最も考えたくないものだった。


「……王宮内部に、裏切り者がいると?」

「……可能性の、話です…それに」


 ルンドの問いに重い口をメルは開いた。


「それに?」

「いや……これは自分の考えすぎで、何でもないです」

「今度はあなた達ですか?」


 何やらきな臭くなってきた雰囲気だったが、それはエリナの怒気を含む声にかき消された。


「い、いや違うんだよエリナ!僕はちょっと考え事を…」

「問答無用です」

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」


 駆け出すメル、それをすぐさまエリナは追いかけた。


「王宮内で走るのはダメだぞ二人共」


 ルンドの声も虚しく、二人の姿は瞬く間にその場から消えてしまった。

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