束の間、俺は男女と風呂に入る

 洗体室、その名の通り体を洗うための設備。簡易的なもので入浴設備は無く浴場とは異なる。第三王宮の騎士団本部内にあるそれは多くの騎士たちが利用している。今そこで一級騎士のメルともう一人、あの場になかったルンドが居合せ会話をしていた。


「なるほどな…」

「すみません、何とかしようとしたんですけど」

「いや、相手がティーゴだったんだ。仕方の無い事だ。それに…奴も何かしらの考えがあっての事だろう」

「だといいんですけど…それにしても…」


 メルは若干引きながらルンドを見る。


「すごい血ですね…」


 というのもルンドの制服は血まみれになっていたからだ。


「あぁ、久しぶりに少し骨のある相手だった」


 第二王宮にて神人教の一人であるキイとの戦闘、キイを殺したルンドはその返り血によって一級騎士の制服が汚れてしまっていた。


「でも良かったです。ルンドさんが勝って…い、いや別にルンドさんの事を信じていなかったわけじゃあ…!」

「構わない。実際俺も何度か危ない場面があった。しかし・・・」


 ルンドは先程の戦闘を思い出していた。

 キイは強敵だった。だがそれでもルンドは見事に応戦してみせた。流石一級騎士といった所だろう。数秒後、完全に勝負は決したかに思えた。相手を殺さないようにする余裕すらも生まれたルンドだった。

 しかしそこでキイが取った行動は驚くべきものだった。自身の腰の刃物で自分の喉を切り裂いたのだ。

 ルンドを汚した血は主にそれである。


「情報を得られないようにするための手段だったんだろうが・・・それでも、心が痛む。俺が子供を殺めたのには変わりない」


 自身の手を見詰めながらルンドは悔いたような表情を浮かべた。


「しょうがないですよ。こんな事言いたくないですけど、俺が向こうの立場なら俺もそうします。合理的な判断です」

「子供がする判断じゃない。俺は…子供にあんな選択をさせるように仕込んだ黒幕を、絶対に許さない」

「はい。絶対に倒しましょう…いつか、必ず」

「あぁ…幸い、他のメンバーは生け捕りに出来たと聞いた。そこから情報が手に入る」

「はい…まぁどうやら一人は逃げてしまったみたいですけどね」


 自害したキイを除いて残るはアカ、アオ、ミドリ。アカとアオはそれぞれ燈達とエリスが殺さずに戦闘不能にさせる事が出来た。しかし議会室に居た議員たちの話ではミドリは忽然と姿を消してしまったらしい。

 議員たちは戦闘能力が皆無のためミドリの逃亡に為す術も無かった。

 しかし二人居れば情報を手に入れるには十分である。


「メル様、ルンド様!!」

「ん…どうした?」


 洗体室に慌てた様子で入ってきた三級騎士にルンドは声を掛けた。


「捕獲に成功した神人教の人間が…!!」


 その言葉に顔を見合わせたルンドとメルは捕獲した神人教のアカとアオの元へ急いだ。


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「神人教に属する二名の死亡を確認しました」


 エリナは淡々と台に乗せられた二人の死体を見て事実を述べる。


「何故だ…契約魔法の痕跡は無かった、この二人の若造は重傷だったが瀕死ではなかった。死ぬ理由

が無い!」

「ですね。やはり神人教やつらの特殊な魔法の力…なんでしょうか」

「そう考えるのが妥当でしょう。いずれにせよ、これで情報は手に入らなくなった」


 再び、エリナは事実を告げる。


「これで…三人か。今日死んだ子供は…」

「ルンド。この子供たちをただの子供と侮ってはいけません。神人教に属するこの子たちは間違いなく国を陥れようとした『脅威』でした」

「エリナ…それ以上口を開くな。我慢の限界だ」

「私は事実を言ったまでです」


 その言葉にルンドはエリナを睨み付ける。

 ルンド・イデルは五大将の中で唯一家庭を持っている。子供に対し敏感なのはそのためだ。もし自分の子供が死んだら…と子の死を目撃する度に彼の心を締めけるのである。


「ま、まぁ…それよりも今後どうするかですよね!?」


 一触即発の雰囲気に危機を察したメルは二人の間に割って入る。


「そうだ…例の二人はどうした?」

「先程ここに連れて来た後、宿舎の空き部屋に入ってもらいました。本当は監視牢に入れたかったのですが…ティーゴ様に駄目と言われて…」


 後半ボソボソと喋るエリナ、ティーゴの事に関するとその場に本人が居なくともこうなるらしい。


「アイツめ…傍若無人も程があるわ」

 

 ガンブは呆れる。


「こうなった以上、俺達がすべき事は国王陛下の判決を待つ事のみだ!!」


 バロウの言葉に誰も返答をしなかったが、その無言は肯定と同意だった。


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「くそがあああぁぁぁぁぁぁ!!!」


 同じく第三王宮内、エリス・シュメイルは叫んでいた。それは数分前の出来事である。


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 アオを倒し捕獲したエリスは即座に騎士団本部に居た騎士にアオの身柄を渡すとその足でトムコールに会いに行った。


「よぉトムコール!!」

「ん…何だエリス、また何かやらかしたのか」


 隣町に赴いていたトムコールはタイミングよく戻って来たところだった。


「ちっげぇよ!!アタシが、神人教の奴を捕まえたの!!だから私を二級に戻せ!!」

「ほぅ…ここに戻る最中部下から要点だけは聞いたがお前だったのか神人教を捕らえたのは。よくや

ったな」

「ハハハハハハ!!そうだろそうだろ!!分かったらさっさとアタシを二級に」

「無理だ」

「何でだあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!???」


 トムコールの無慈悲な宣告にエリスは頭を抱えた。


「私はお前の戦闘面において何の不満も無い。寧ろ戦闘だけなら一級入りも時間の問題だ」

「だったら…!!」

「俺はお前の精神の未熟さから降格させたんだ。いくら戦闘での貢献をしようが私がお前に昇格の辞令を

言い渡すつもりは無い」

「てっめぇぇぇぇ…!!!」


 呻くように叫びながらトムコールに飛び掛かろうとするエリス、しかし


「トムコール様に危害を加える事は我々が許さない」

「またかよてめぇらぁ!!」


 再びトムコールの側付き騎士に無理やり腕を掴まれエリスは部屋の外へと出された。


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 と、言う訳である。

 怒りの収まらないエリスは地面を強く蹴るように歩く。昇格出来なかったのがよっぽど頭にきているようだった。


「……行くか」


 叫んだエリスは頭の糸が切れたようにそう言うと先程よりも丁寧な歩き方で通路を進んだ。

 彼女が来たのは団内宿舎の空き部屋だった。イライラした時や不満な事があった時、ここに来て気を晴らすのだ。子供が拗ねて自分のテリトリーでいじけるのに似た行動である。


「ん…?」


 しかし扉に手を掛けたところでエリスは中に人の気配を感じた。

 アタシの秘密基地に入ってるとは良い度胸じゃねぇか。

 秘密基地でも何でも無いのだが未だ子供気質のエリスはガキ大将のような心持ちで扉を勢いよく開けた。


「おぉい!!アタシの場所に無許可で入るとは良い度胸だなぁ!!……て…?」


 中に居る人物を威嚇しようとしたエリスだったがそこに居た人を見て彼女は目を丸くした。


「アカシじゃねぇか!!どうしてここにいんだよ!?」

「よ、よぉエリス。ちょ、ちょっとまぁ色々あってな」


 こうして、アカシとエリスは一時間ぶりの邂逅を果たした。


------------------


「はぁーん。そんな事がなぁ…」


 アカシの話を聞きながらエリスは常設してあるベッドの上で転がっていた。


「で、そいつが『魔族』って事か」


 だが突如エリスは身体のバネを利用して立ち上がるとバアルの至近距離まで自身の顔を合わせた。


「え…あ、あのぅ…」


「うぅぅぅぅぅぅぅぅ……ん!!!


 突然の事にあわあわとした様子を見せるバアルだったがそれもエリスが見詰める事によってまともに動けずにいた。


「バアルって言ったか?」

「は、はい!」

「もっと強くなれ」

「……え?」

「んでもって何時かアタシと戦え。魔族なんだから、鍛えりゃあかなりのモンになるだろ」

「い、意味が分からない……です。エ、エリスさんは他の騎士の方みたいに、僕を殺そうとしなくていいん、ですか?」

「あぁ?何だよその質問。アタシは別に他の奴と違って騎士の誇りとか、国を守る使命だのなんだのなんてのはどうでもいい。『強くなる』、それがアタシの目的だ。てめぇも何時かアタシの糧になれ。今のてめぇじゃあ戦ったらただの弱い者いじめになっちまう」


 あまりに豪快で快活な態度のエリス、見た事の無いタイプの女性にバアルはポカンとしていた。


「気持ちは分かるよバアル君。俺も初めて会った時はそんな感じだった」


 同情しながらアカシはバアルの肩に手を置いた。


「それでよぉ、お前らここで何してんだ?」

「エリナって人に、ここで待機って言われたんだ」

「あぁ!?てめぇら姉ちゃんと会ったのか!!」

「ね、姉ちゃん?」


 言いながらアカシはようやく気付いた。


「エリナ・シュメイル…そうだ、シュメイルってエリスも確か…!」

「おう!!一級騎士エリナ・シュメイル、紛れもねぇアタシの姉ちゃんだ」

「言われてみれば、似てる。性格以外は」

「おいどういう意味だよ」


 アカシの言葉にエリスは半眼を向ける。


「ってかズリィな。アタシ姉ちゃんと暫く会ってねぇよ」

「家族なんだから、会えばいいんじゃないのか?それに同じ騎士なんだし会う機会は多いと思うけど」

「……姉ちゃんはアタシの事なんて見向きもしねぇよ」

「え…な、何でだよ」

「強くねぇから」


 一言でエリスは済ませた。


「い、いやそんな理由で…有り得ない。だって家族だろ?」

「姉ちゃんが興味を示すのは自分より強い奴だけだ。昔からな」


 初めてエリスから少し気弱な雰囲気をアカシは感じ取った。


「だからアタシは…強くなる。絶対にな」


 監獄生活でエリスと何度も会話を重ねたアカシ、彼女と他愛ない話をする中で何度か姉の話題になった事があった。しかし『姉を振り向かせるために強くなる』という『強さを求める』理由を聞いたのはこれが初めてだった。

 アカシは初めて、エリスの本質に少し触れた気がした。

 何と言葉を返せばいいか分からず沈黙が続く。

 しかし気まずさが頂点に達した時、彼は現れた。


「やぁやぁ二人共!陛下との拝謁の日取りが決まったよ!!なんと明日だ!!まぁそれはさておいて戦いやら何やらで随分汚れてるだろう。浴場を貸し切ったから入ろう。僕も長い遠征から帰って来たから汗を流したいんだ!」

「ティ、ティーゴさん」

「いいよ。ティーゴで、年同じくらいだろ?」

「わ、分かった。ティーゴ」


 アカシがそう名前を呼ぶとニコリとティーゴは笑った。


「……」

「ん、君は二級…いや今は三級騎士だったね。エリナ」


 ティーゴの登場にエリスは口を開き、一言も言葉を発せていなかった。


「固まってるね?どうしたんだろう…まぁいいか。じゃあ浴場に行こう。アカシ、バアル」

「ま……待て!!」

「ん?」


 一秒前まで固まっていたかと思えば八ッとした様子で叫ぶエリス。


「アタシも行くぜ浴場!」

「お、そうかい。なら一緒に行こう。女性用の浴場も使えるから問題ないよ」

「ちげぇ!!アタシは、てめぇらと入る!!」

「え!?」

「…?」

「ん?」


 エリスの言葉にアカシ、バアル、ティーゴは三者三葉の反応を見せる。


 ティーゴ・エバレンス。特級騎士で姉ちゃんより強い、そして姉ちゃんが好きな男。コイツの強さの秘密を知れればアタシはコイツ以上に強くなれる!!そのためには風呂だ、風呂は人間って奴を赤裸々にする。コイツに強さの秘密を聞き出してやる!!


 あまりにも邪で短絡的な考えだが、エリスは至って真面目である。


「い、いやそれはダメだろ!!」

「あぁ何でだよ!?」

「女の子と風呂なんて入れるか!!」

「だったらてめぇは女風呂入ってろ!!今てめぇに興味はねぇ!!」

「ンな無茶苦茶な!?」


 捲し立てるエリスに堪らず燈は叫んだ。


「まぁまぁ落ち着いて二人共。それなら良い案がある」

「「良い案?」」


 ティーゴの言葉に二人は顔を見合わせた。


-------------------


「で、これのどこが良い案何だティーゴ?」

「完璧だろう?僕とバアルは彼女の裸体に欲情する事は無い。問題だったのは欲情する燈だけだ」

「俺は欲情なんてしねぇよ!?」

「だったら君に目隠しをしてしまえばいい。我ながら完璧な作戦だ」

「俺の話を聞けぇ!!ていうかこれじゃあ俺上手く体洗えないぞどうすんだよ!!」

「アカシ、その点における解決策を僕が考えていないとでも思っているのか?」

「え…?」


-------------------


「で、これのどこが解決策なんだティーゴ?」

「完璧だろう?僕とバアルで満足に身体を洗えない君の身体を洗う」

「し、失礼しますアカシさん!」

「バアル君も乗らなくていいよ!?無理しないで!!」

「む、無理だなんて・・・僕はアカシさんのためなら何でもします!!」

「その善意が今はただただ心苦しいよ!!」

「ここは汚いから入念に洗わないとね」

「え、ちょ…お前そこは……ダメェェェェェェぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!???」

「何やってんだお前ら?」


 三人の横で体を洗うエリスはその奇妙なやり取りに首を傾げていた。


-------------------


「ふぅーーーあぁ……」


 何とか男二人による洗体を耐え抜いたアカシ、ティーゴに手を引かれ風呂に浸かると堪らずそんな声を出した。


「風呂なんて、数か月ぶりだぁ…気持ちいぃ……」

「それは良かったね。あ、そうだ。今回捕縛した神人教の二人…そのチートは回収出来たかい?」


 ティーゴの問いに燈は首を振った。

 

「いや…俺とルークが戦った奴のチートは五大将が来る前、回収しようとしたけど出来なかった。ここに来て拘束されていたもう一人の方のチートを回収しようとしたけど…結果は同じだった。五大将の人達も見てたし、余計疑われちゃったかな…」

「ははは、まぁ彼らの信頼は君がこれから地道に積み上げていくしかないよ。チートが無効化出来たけど回収出来なかったって言うのも、これから考えていけばいいさ。今はこの気持ちの良い湯に身を任せようじゃないか」

「……あぁ、そうだな」


 ティーゴと燈は頭を浴槽の縁に預けた。目隠しをしている燈は元より、ティーゴも目を瞑ろうとする。


「ティーゴ・エバレンス!!」


 だがエリスの声に、ティーゴの瞼は閉じ切る寸前で開いた。


「ん、何だい?」

「アタシがここに来たのは他でもねぇ。てめぇに強さの秘密を教えてもらうためだ!!さぁ教えろ、何で

そんなにてめぇは強い?」

「んー、才能と絶え間ない努力?」

「アタシが聞きてぇのはそんな事じゃねぇ!!」


 暢気に答えるティーゴにエリスは叫ぶ。


「てめぇの強さはそれだけじゃあ説明できねぇ!!なんかあるはずだ!!アタシにねぇ何かがなぁ!!」

「買いかぶり過ぎだよ。僕には才能があって、それに驕らず努力を重ねただけだ。僕より弱いって事は、才能が無いか努力が足りないか、もしくはその両方だね」

「アタシは才能は姉ちゃんより無いかもしれないけど努力だけは誰にも負けちゃいねぇ!!強くなるために、アタシは今日まで自分を鍛え続けてきた!!それを侮辱すんじゃねぇ!!」

「侮辱なんてしていないよ。仕方の無い事なんだ。僕の圧倒的な才能と圧倒的な努力はそこらの人では追いつけないからね」

「てめぇ…いい加減に!!……ってうぉ…」


 激昂して遂には立ち上がるエリス、しかしそうしたかと思えば身体がふらつき仰向けに水面に落下し

た。


「ん、何だ今の音!?」


 音だけで物事を判断している燈は通常では聞かない音に思わず目隠しを取った。


「あらら、頭に血が上っちゃったのかな?気絶してるよ」


 風呂という場所に、心拍数や血圧の上昇が重なりエリスは倒れてしまったのだ。


「よっと…」


 全裸のエリスを何のた躊躇いも無く抱えたティーゴは浴室を後にしようとする。


「ティーゴ」

「ん、何だい?」


 燈が読んだ事でティーゴは足を止めた。


「今のは言い過ぎだろ」

「そうだね。今思い返して、自分でも少し大人げなかったと思うよ」

「だったら、後でちゃんと謝れよ」

「うん…でも、僕は自分の言った事を間違いだとは思っていないよ。この子には僕より強くなってもらはないと困るからね。そのために挑発したんだ」

「それでも…もっと言い方があるだろ」

「ああ言うのがこの子にとって一番心を刺激する。僕は最適解を選んだに過ぎない」

「……」


 燈は悔しいが納得してしまった。エリスの性格ならば、ああやって挑発するのが最も彼女の向上心を刺激するのは誰の目に見ても明らかだった。


「後…君たちにも期待しているんだよ」

「俺…たち?」


 思い出したように言うティーゴ、燈とバアルはその言葉に何か腑に落ちないものを感じた。 


「いつか来る…その時までに、君たちは僕を超えてないと困る。だから・・・明日は気合を入れてね。こんな所でつまづいてちゃ駄目だよ」


 そう言い残してティーゴは歩き出した。


 彼のその言葉の真意が明らかになるのは、それから随分と先の事だった。 

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