証明

王国騎士団、明日への夜明けセイントノーツには騎士の強さによる階級がある。それは一級から五級まで数字が若いほど騎士の格は上がり、一級の者は五人しかおらず総じて『五大将』と呼ばれる。

 ……ここまでは先に述べた通りだ。

 しかし、この騎士制度には一級よりも上の階級が一つ存在する。

 その階級は『特級』、騎士団の中で最も戦闘に長け人格が優れている者ただ一人に与えられる。権限は騎士団長以上の行使、下手をすれば王宮役員以上の権限の行使が可能…つまり騎士団において最高位に位置する存在だ。

 このティーゴ・エバレンスの戦闘力は一級騎士五人の比ではない、更に誰よりも人を慈しむ聖人君主のような性格から国王により『特級』の座を与えられたのだ。


「この威力、完全に殺すつもりだね…穏やかじゃないなぁ」


 暢気な口調でティーゴは先にいる四人の騎士を見る。


「ティーゴ様…!?どうしてここに…!!」


 その姿を見たエリナは驚愕した。


「色々あってね。ちょっと早めに帰って来た」

「どけティーゴ…!」

「ん?どうしましたガンブさん、そんな深刻そうな顔をして」

「深刻だから深刻な顔をしているんだ」

「ティーゴさん。さっさとそこを離れて下さい。あなたが今守ったソレは『魔族』、加えて神異を無効化しルーク・アルギットの神異を回収したなどと宣っている良く分からない男です」

「そうだったのか。ありがとうメル、でも僕は…ここをどくわけにはいかないな」

「ど、どうしてですか!!」

「この状況、君の言う通り確かにこの子は魔族でもう一人の青年は得体の知れない人間なんだろう。だけど、そうは言っても僕にはこの二人が一概に害を成すものには見えないな」

「何を言ってるんですか!!そんな主観的な物言いで国を、人を危険に晒す訳にはいかない!!」

「ははは、手厳しいね」


 メルの言葉にティーゴは苦笑する。


「ティーゴ!!同期としてお前に加勢してやりたいのは山々だが少々強引が過ぎるぞ!!それでは俺も、俺以外も納得など到底しない!!」


 バロウは変わらぬ口調で同期であるティーゴに言葉を掛けた。


「そうかなぁ……よし、じゃあ証明していこう。一つ一つね、全部は無理だけど」


 そう言ってティーゴは燈を見た。


「まず彼だ。君名前は?」

「か、神田燈…」

「カンダ…いや、下の方が名前かな?アカシ」

「あ、あぁ」


 ティーゴの変わらず清涼感をまき散らし続けたままでの喋りに燈は気圧されながらも答える。


「アカシの力が本当かどうか、それは今は置いておこう。無効化、回収したのかどうかは僕達騎士は誰も見ていないし、アカシやルーク達が本当だと言っても君たちは信じられないだろう。判定鉱石を使えば可能だろうけど、今は無いししょうがない」


 淡々と、だがそれでいて理路整然とティーゴは話を進めていく。


「だからもうアカシが善なのか、悪なのかの判断を君たちに委ねる」

「なら話は早い。『得体の知れない』、『危険を及ぼす可能性がある』。更に言えばそもそもその男は囚人だ。二択ならば『悪』だろう」


 ガンブは自分の見解を述べ、燈を『悪』と断定した。


「なるほど、じゃあエリナは?」


 ティーゴがエリナに話を振ると彼女はビクリと肩を震わせた。


「わ、私は……ティーゴ様の判断に……任せます」

「何それ、ホントにティーゴさん相手だとふにゃふにゃだねエリナは。やっぱり好…」

「黙りなさいメル!!」


 エリナはメルに剣を突き立てた。


「怖い怖いって!!目がマジだよ!!」

「仲が良いね。二人共」

「「違います!!」」


 な、何だ…?ティーゴさんがこの場に現れてから、場の雰囲気が変わった?


 依然として燈とバアルは五大将から危険視されている。しかし先程までの殺伐とした、一色触発のような緊張感は消え去っていた。


 これが…『特級騎士』ティーゴ・エバレンス……。


 ルークは改めてこの国で最も強く、国民から希望と言われる男の偉大さに感服した。


「ティーゴ、エリナはお前の何らかの好意的な感情を抱いている!!公正な判断を下せない人間に話を振

るのは卑怯だと俺は思う!!」

「なあぁ…!?」


 バロウの言葉にエリナは顔を真っ赤にした。


「ごめんごめん、確かにそうだ。じゃあ僕の判断だけを述べるよ。アカシは『善』・・・というか『良い奴』だと僕は思う。理由はこの光景、かな」

「光景だと?」


 ガンブは訝し気な表情を見せる。


「一人の子供の命を助けるために、自分の命を顧みずに走り出す。これは誰にでも出来る事じゃない。騎士の中でもこれが出来るのはそういない。最後の最後で、恐怖に勝てない。でも彼は勝った。そこの少年が『魔族』だと知っても、自分が死んだとしても、例え運よく死ななかったとしても待っているのは自身の悲惨な未来しか無かったはずだ。なのに、彼は動いた。少年を庇った。この事実だけで彼に敵意や悪意は無いと証明するには十分だと、僕は思うよ」

「それは…」


 メルがティーゴの話に、言葉を詰まらせる。


「更に言おう。彼が魔法が使えると仮定する。だけど前の戦闘で魔力も体力も無いだろう。だから自らが肉壁になるしかなかった…何か強力な魔法が使えたとしても、何か特殊な能力があったとしても、無害とは言わないが、少なくとも彼が意図的に人に危害を加える可能性は限りなく低いと言わざるを得ないだろ?」

「……うむ、なるほど!!確かにそうだな!!」

「バロウ!!」

「失礼ガンブさん!!自分、同期の言葉に納得し…説得されてしまった!!」

「馬鹿野郎がぁ!!」

「次に、彼…えーっと…?」

「バ、バアル……です」

「バアル、バアルね。良い名前だ。さっきアカシに聞いた時に一緒に聞いておけば良かったね。手間を取ってしまった…さて」


 腕を組むティーゴ、そして彼は言い放った。


「正直…一級騎士のあなた方にバアルの無害性を説くのは、無理だね…だから」


 ティーゴは自身の右親指を齧る。そしてその部分から出た血でバアルの額に一本の横線を引いた。


「なっ…!?」


 それを見たガンブは目を見開いた。


「無理やりにでも、従ってもらうよ…はつ


 未だ指からの出血は続いている。ティーゴは自身の左掌底にその指で血印を押し付けた。

 一連の所作が終わった後、ティーゴとバアルの首にマークが浮き出された。


「なんて事をしてるんですか…ティーゴさん!!」


 メルが叫ぶ。


「彼が害を成すかどうか、それはこれから証明する。もし証明できなかったら・・・この少年と僕は死ぬ。これはそういう契約魔法だ」


 契約魔法、無属性魔法の一つ。互いの間に魔力のパスを通しその間で契約、制約を交わす、もしそれを破れば魔法の発動者が定めた代償を契約者ないしは発動者と契約者の両者に支払わせるというものだ。

 この場合はティーゴが発動者であり、バアルが契約者という位置づけになる。


「今この時点を以て、僕とバアルの間に契約魔法による魔力パスが形成された。それを介し、僕は逐一彼の行動が人に害を成さないかを監視する。判断するのは僕の潜在意識だ。薄っぺらい取り繕いじゃあ誤魔化せないのは契約魔法を理解しているあなた達なら知っているだろう?…そして僕の潜在意識がバアルの行動が害を成すものと認識すれば、強制的に代償を払わされる。さっき言った通りその代償はバアルと僕の両者が死ぬというものだ」

「なんて事を…!!」


 ガンブは絶望した。

 これではバアルを殺す事は出来ない。それはティーゴを殺す事になるからだ。この国における最高戦力、そして国民の希望であり、騎士の士気を上げる重大な要である彼が死ぬ事は誰にとっても容認できることではない。

 よって、この場にいる一級騎士達はバアルを殺す事が不可能になった。

 ティーゴは己の命を懸けて、バアルの処分を覆したのだ。

 当然それは許されざる行為である。自身の影響力の大きさをティーゴ自身理解している。取って良い選択肢ではない。


「ガンブさん!!」

「あぁ…」

「俺も加勢する!!説得はされたが、流石に奴の行動はいきすぎだ!!」


 しかしそれを覆す方法が一つだけある。発動者の魔法を解除してもらうことだ。すなわち、力でティーゴを組み伏せ、魔法解除を促す事だ。


「暴風魔法:竜巻切りハリケーンスラッシュ!!」

「岩石魔法:落石降ろし!!」

「流水魔法:ウォーター・ザンバット!!!」


 三人の一級騎士が己の持つ魔法特性を進化させた上位特性による攻撃でティーゴに斬りかかる。

 三人は殺す気で向かった。そうでなければ軽くあしらわれてしまうからだ。殺す気ですら足りないくらいなのだ。


「うーん…これは、やるしかないか」


 少しばかり苦笑しながらティーゴは自身の剣の柄に手を掛けた。


「光魔法:散光」


 そして次の瞬間、微かな光が発されたかと思えば・・・決着はついていた。


「ぐぅ…!!」

「くっそぁ……!!!」

「数か月ぶりに、手合わせをしたが…鍛錬は怠っていないようだな…!!」


 メル、ガンブ、バロウの三人は地面に膝をつきティーゴを見上げるような形になっていた。当のティーゴは剣を既に納めており一体いつ抜刀したのかも素人の燈とバアルには分からなかった。


「さて…これで、話はまとまったかな?」


 三人を見下ろしながら笑顔でティーゴは言う。


「実力行使で……負けた……最早俺に、口を出す権利は無い」


 唇を噛み締めながらガンブは言った。


「ありがとうガンブさん!!話が早い、そういう思い切りのある所僕は尊敬します!!」

「うがああぁぁぁ黙れぇぇぇ!!!貴様は本当に感情を逆なでする天才だな!!!」

「まぁ…ティーゴさんが抑止力になるって事で…たった今僕は無理やり納得しましたよ」

「うむ!!改めてティーゴ、貴様の強さを実感した。貴様がいればなんとかなる!!多分!!」

「二人共ありがとう。いやぁ僕は話の通じる良い部下を持った。幸せ者だなぁ」

「話っていうか肉体言語でしたけどね最後は」


 乾いた笑いを零しながらメルは呟いた。


「さて、それじゃあ話もまとまった事だしこれからの事だ。まず予定が決まり次第、アカシとバアルは国王様の元に出向いてもらう」

「こ、国王って…王様!?な、何で…」

「そりゃあもちろん、今回の件について君たち二人の特異性を報告しなければいけないからね。これだけの事態になれば、騎士団内での処理は不可能だよ」

「ま、まぁ確かに」


 そ、そうだ。いくらこの場が丸く収まっても、俺達の事を上に報告しない訳にはいかないよな。


「予定が決まるまでは二人共第三王宮の騎士が使用する宿舎を使用してもらう。そこに行けば医療設備もある。エリナ、アカシとバアルを連れて行ってあげてくれないか?」

「は、はい…!!喜んでその役目お受けしましゅ!!」


 さ、さっきの怖そうな雰囲気は何処にいったんだあの人・・・?


 ティーゴと対面した時の変わりように燈は混乱した。


「アカシ、君にとっての正念場はこれからだ」

「え…?」


 ティーゴの言葉に燈は疑問符を浮かべる。


「命は保証はした。だが、そこに君の身の自由は含まれてはいない。全てはこれからの…君次第だ。国王様にどれだけ君の器を示せるか。それにかかっている。期待してるよ」

「あ、あぁ…!」


 そうだ、俺にはやらなきゃいけない事がある。そのためにも…前に進むんだ!!


 国の最高位に位置し、最高権力者である王の前に出る事に一抹の緊張を抱いていた燈だが、すぐに国王との対面を決意した。


「さて…と」


 こうして一段落したかと思われたが、ティーゴはある一人に目を向け歩き出した。


「ルーク・アルギット…だね?」

「え、あ…はい」


 ルークは驚きを隠せなかった。ティーゴがルーク個人に話しかけるなど思っていなかったからだ。


「その体、随分派手にやったようだね」

「ま、まぁ…」

「僕は君やアカシの言う事が事実だと信じている。だから本当に神異はもう君の中に無いんだろう」

「はい…」


 そうだ。今の俺に、この人達が目を付けるような価値は無い。


「でも…その顔を見れば分かる。今の君は、そんな事で挫けるような人間じゃない事がね」

「ティーゴさん…」

「だから送るのは、慰めの言葉じゃない。感謝だ。もしあの男を止められなければ…君は捕らわれ、今後神人教の脅威は更に強大なものになっていた。それだけじゃない、都への被害も更に拡大していたかもしれない。だけど君はあの男を倒した、全力を賭して自分の出来得る全ての行動と選択をした。被害を抑えて、多くの命を救った。一人の騎士として僕はそれに敬意を払う…ありがとう」

「っ…は、はい!!」


 騎士候補生として、『特級』騎士からの賛辞の言葉などそうそうもらえるものではない。ルークはそれだけの事をしたのだ。


 うん…良い目をしている。


 ティーゴは自分の役職柄神異を持つルークの事を良く知っていた。だから知っていた。ルークという少年がどれだけ劣等感に塗れ、どれだけ自分に自信が無いかを。

 だから今のルークがどれだけ変化したかがティーゴにはよく分かっている。


 やっぱりいいね。後ろが育つというのは、これからが楽しみだ。


 ユースティア王国最強の男は未来ある騎士の卵、その可能性に期待を抱いた。

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