来たる最強
「はぁ…はぁ…はぁ…!!」
バアルは地下訓練場までの道を走っていた。
燈とルークのために、助けを求めに行った彼は脱獄した囚人達を全て捕らえ本部に戻って来ていた五大将に助けを求めた。
当然アカが発生させた爆音と施設の破壊を目にしていた五大将は現場に向かうつもりだったが、そこにバアルが口添えをしたような形になった。
彼ら五大将は危険だからこの場に居ろという事のみをバアルに伝え、地下訓練場に急いだ。
しかしバアルはそこで動いた。自分も燈とルークを助けに向かいたかった。自分に何が出来る訳でもない、だがそれでも彼は動かずにはいられなかった。
そして五大将に遅れて、そこに到着したのだ。
「な、何で…」
だがそこで見た光景は一瞬にしてバアルを混乱させるものだった。
バアルが見た光景、それは燈とルークが四人の騎士に囲まれ、あまつさえその一人が燈に剣を向けているというものである。
どういう事…?何であの人達がアカシさんに剣を…!?
バアルは理解していなかった。燈が脱獄囚であり五大将は国を守る最高戦力の一角、その関係性を。
バアルは知らなかった。燈が『アンチート』という能力を持っている事を、そしてそれが五大将に燈という存在に疑念を抱かせるという事まで考えが及ばなかった。
「アカシさん!!」
ぼ、僕の…僕のせいだ…。僕のせいでアカシさんが…!!
違う、どちらにしろ五大将はこの場にどうあれ駆け付けた。決して避けられない事態、バアルのせいではない。
だがバアルはまだ子供だった。そう考えられなかった。彼は自分が燈を窮地に貶めてしまったと決めつけ今激しい動揺と罪悪感に包まれていた。
僕はただアカシさんの手助けがしたいだけなのに…何で、こうなるの…?
無力、圧倒的無力さをバアルは自覚した。
アカシさんは見ず知らずの僕を助けてくれた。僕はその恩を返したい、なのに僕は何も出来ない。それどころかこのままじゃアカシさんが死んじゃう…!!
今度は…今度は僕がって…思ってたのに…これじゃあ思ってるだけ…!!
何で僕は何も出来ないの?
アカシさんが居なかったら、僕はあのまま痛い思いをずっと続けてた。
アカシさんがルークさん達にお願いしてくれなかったら、今僕はちゃんとした服を着る事も、おいしいご飯を食べる事も、ぐっすり寝れる場所も手に入らなかった。
嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ!!!!!
バアルの中で確かな思いが強さを帯びる。
見据えるのは当然、燈と五大将だった。
「む、あの
「え、あの子男なの?知り合いガンブ?」
「先程が初対面だ。だがそれでも分かるだろう、あれは間違いなく男だ」
「…相変わらずなんか気持ち悪いねガンブ」
「黙れメル。しかし危険だから来るなと言ったはずなんだが、何故来たんだあの童」
「さぁ?……ていうかあれ…」
「「「っ!!」」」
メルの言葉に他の五大将も反応した。彼らが見る方向は、バアルの方だった。
「うううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……!!!!!」
異常は起きていた。バアルの身体を漆黒の闇が覆い始めたのだ。
「アカシさんを、ルークさんを……放せえええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
そしてその闇は身体から放出された。一直線に、四人の騎士達に向けて。
バアルの攻撃、そう認識した四人は一斉にその場から散開する。しかしその認識は間違いだった。
「うわぁっ!?」
「何だ…!?」
闇は燈とルークを包み込む。そしてそれはバアルの元に引き戻された。
「はぁ…はぁ…はぁ…大丈夫ですか二人共…?}
「あ、あぁ…」
「バアル…これは」
「わ、分からない…です。二人を…助けてたいと思ったら……」
息を切らしながらバアルは答える。
「闇魔法……」
エリナがそう呟く。
「これは…さっきよりも、緊急事態だね」
「あぁそうだな!!」
「即殺対象だ」
同調するように他の三人も意見を固める。
「お、おい…さっきよりも状況が悪化してないか…?」
燈は汗を流しながら素人でも分かる明確な四人の殺意を感じ取る。
「まずいぞ…このままじゃあバアルが…」
ルークは燈以上に事態に深刻さを理解していた。
「え、あ…あの…?」
そしてバアルは理解していなかった。自身に向けられる殺意を。
「ルーク・アルギット、その子供…いや、ソレは一体どういうことですか?」
「……」
エリナの問いに、ルークは答えられなかった。
「ま、待てって…!!お前ら何でバアル君にそんな目を向けるんだよ…!!!」
その問答になっていない問答に堪らず燈は介入する。
「この世界には、魔物や魔獣といった人々の危機を脅かす存在が居ます。それらの姿形は様々、醜い獣も居れば我々のように人型のものも居ます。ここまでは誰もが知っている。しかし…それらを超越した魔の一族が存在します。『魔族』と呼ばれるそれらの特徴は二つ、一つは人型である事。そしてもう一つは……『闇魔法』を使う事です」
「バアル君が…そうだって言うのか?」
「君も見たでしょ?後ろに居る子が使った魔法を」
メルが言いながら後方のバアルに指を差す。
「ぼ、僕が…『魔族』?な、何ですか……それ、僕は…」
当のバアルは『魔族』という存在も、自分がそうであるという事も分からないようだった。
「『魔族』は魔獣や魔物以上に人に危害を加える。現に『魔族』によって数え切れない国や人が犠牲になってきた」
マズイ…。バアルが『魔族』?そんな……。
ルークは横目を向けながらバアルを見た。
今五大将が危険視しているのはアカシよりもバアルの方だ…!
アカシはあちら側から見ればまだ得体の知れないが、この数秒のやり取りで自分達とアカシとの力関係を把握している。いつでも無力化が可能と認識している。そこには彼らの思考や理性によって生殺与奪を図る余裕が存在する。だけどバアルの場合は話が別だ!!
五大将程になれば相手の力量が分かるのは先に述べた通りだ。だが『魔族』に限ってはその限りではない。その理由は『闇魔法』にある。闇魔法はこの歴史上で幾度も世界を脅威に陥れてきたのだ。人間側で闇魔法の才が見出される事はないため未だ闇魔法の解明は進んでいない。神異:
よって騎士の間において、魔族が脅威なのは共通認識だ。
更に、彼ら五大将の内二人は『魔族』との戦闘を経験している。通常の騎士たちよりも『魔族』の恐ろしさを良く知っているのだ。
早い話が騎士にとって、五大将にとって『魔族』は忌むべき存在であり、そこに殺す事を躊躇う余地などないのである。『魔族』を殺す事は民を守る事に繋がる。民を守るために存在する騎士たちが魔を滅するのは至極当然なのだ。
五大将は全員が剣を抜いた。その理由は決まっている。『魔族』であるバアルを殺すためだ。
「やめろ!!バアル君が例えその『魔族』って言ってもまだこの子は何をしていない!!!そしてこれからも無闇に人を傷つけたりなんかしない!!」
「んー信用できないなぁ。その子がこれまで何もしてないっていうのも、これからも何もしないっていうのもね」
「バアル君は…この前まで奴隷商人に飼われてたんだぞ!!そんな子が人を殺したりなんかしてるわけ無いだろ!!」
「全く証拠になってないねぇ」
燈の物言いに呆れるようにメルは溜息を吐く。
「ぼ、僕は何もしてません!!誰かを殺すなんて…そんな!!」
「それは今対象のあなたが言っても何の説得力もありません。それに、何を言おうが関係ない」
エリナの剣が炎に包まれる。
「『魔族』であるあなたをこの場で仕留めるのは決定事項です。そこに一切の揺らぎは存在しない。我々には人々を、国を守る責務がある」
炎の色が変化する。燃え盛る熱さを醸し出す炎から、冷酷さをも感じ取れる蒼い炎に。
「ルーク・アルギット。そこの囚人を連れて直ちにそこから離れなさい。あなた方にはまだ聞きたい事がある」
「ちょ、ちょっと待って下さい!!確かに『魔族』は脅威です。ですが、バアルはそんなんじゃない!!半年間この子を見てきたから分かります!!この子は優しい子です!!」
「ルークさん…」
「そうだ言ってやれルーク!!おいアンタら、さっきは分かった風に言ってたけど実際俺は『魔族』がどんだけ恐ろしいかなんてあんまり分からない、だけど…俺から見れば今一人の子供を殺そうとしてるお前らの方がよっぽど『魔族』だぜ!!」
「若造…今なんと言った?」
ガンブが額に青筋を見せる。
「落ち着けガンブ!!今はやる事がある!!」
言って、バロウは地面を蹴った。
「なっ!?」
「お、おい!!」
彼は一瞬にして燈達との距離を詰めた。そして燈とルークの二人を抱えてその場を離脱したのだった。
「ふむ!!あの『魔族』、戦闘経験が非常に浅いな!!簡単に人質を奪い返せたぞ!!」
二人を降ろしながらバロウはバアルを見た。一度あの闇魔法を体験し、バロウはすぐに適応したのだ。
「上出来です、バロウ」
「ま、待て!!やめてくれ!!!バアル君はまだ子供なんだぞ!!!それを…!!!」
「そんな事関係ないよ。『魔族』は底の知れない脅威、殺さなきゃ」
「だったら…先に俺を殺せよ!!俺の能力だって未知だろうが!!」
「確かに未知だけど…優先順位が変わった。それに考えてみれば、そこまで君は脅威じゃない。君の体の傷を見れば分かる。さっきの神人教との戦いでの傷だろう?つまり君の力は未知だが、その程度って事だ」
燈は察した。話し合いは無駄だと、バアルを攻撃しないようには出来ない事を。
燈は振り返る。そこには剣を振り上げるエリナ、その十数メートル先には恐怖で震えているバアルが居た。
「っ!!」
それを見た時にはもう、燈は走り出していた。
だが頭の中で彼は理解していた。自分の力ではあの攻撃を無効化出来ないと。それでも彼は一目散にバアルの元へ向かう。
「豪火魔法:
エリナが蒼炎の一撃を放つ。
「くっそがあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・!!!」
燈はコンマ数秒前よりも早く足を前に出す。先程の戦闘で体は憔悴しボロボロである。体の限界はとうに超えているのになぜここまで動けるのか、それはひとえに彼のバアルを助けたいという気持ちからだ。
救いたいという思いが彼に火事場の馬鹿力に近い筋力を与えているのだ。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!!!!!!!
しかしそれとは別の問題があった。それは恐怖だ、先程述べたように燈はエリナの攻撃を無効化出来ない。何故なら彼女の魔法は火魔法の上位魔法である豪火魔法だからだ。チートでなければ燈のアンチートは発動しない。
本来ならば恐怖が足を竦ませるはずなのだ。何故なら燈が今している行為は自殺に等しいのだから。
だが燈の足は止まらない。足枷でも付いているかのような重さの足を無理やり奮い立たせて動かしている。そうしてバアルの元まで来た。
「アカシ…さん?」
腕を回し、庇うように包み込む燈にバアルは動揺した。
「君は死んじゃ駄目だ!!君にはこれから輝く未来がある!!こんなところで死なせない!!!」
「そ、それはアカシさんの方です…!!アカシさんは何かしなきゃならない事があるんでしょ!!だったら…!!!」
「俺だって、死にたくない!!!でも、君を死なせたくもない……!!!」
「な、何で…」
バアルはそう言わぜるを得なかった。何故なら彼と燈は約一週間しか共に時間を過ごさなかったのだから。バアルに命を懸けてここまでの行動を示す燈の意図がバアルには理解できなかった。
そんなバアルの疑問に対する燈の答えは実に明確で明瞭な物だった。
「そんなの、決まってるだろ。俺は大人なんだぜ…大人は、子供の未来を守るために戦うんだ!!」
「……っ」
気付けばバアルの頬に涙が伝っていた。
そうだ。思い出した、僕を助けてくれたあの時、あの時もアカシさんは同じことを言ってた。
バアルは奴隷商人に燈が激昂して言っていた事を思い出した。
「それに、ここで動かなかったら…俺はもう二度と、マキに顔向けできしな」
燈は笑顔を見せる。それはバアルを、子供を安心させるための精いっぱいの笑顔だ。自分が最も死の局面に差し掛かり本来なら恐怖に顔を歪ませるはずの彼がそんな顔をしているのだ。
この人は…本当に真っすぐで、なんて……カッコイイんだろう。
そうして、少年は願った。もし死んで生まれ変わるのなら自分はこんな人になりたいと。誰かを慈しみ、誰かのために走り、誰かのために手を伸ばせる人間になりたいと。
「アカシイィィィィィィィィィィィィィィ!!!!!!!」
ルークは叫んだ。
駄目だもう間に合わない!!!攻撃が、直撃する…!!!!
今度ばかりはルークにも為す術が無かった。
直撃、即ち二人もろとも『死』を迎える。その必定は避けられないものになった。
「よっと」
だが不意に、そんな呟くような声がルークの耳に届いた。
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俺は…死んだのか?
激しい爆音が耳に届いた。つまりエリナの攻撃は放たれた。燈は死んだはずだった。
しかし、燈は自身の感覚に違和感を覚える。死んだ実感が湧かないのだ。生きている時の感覚と遜色ないのである。
生きてる…生きてるのか俺!?
そこでようやく、燈は自分の生を実感した。目を開けられることが、そこから得られた景色が、体内を循環する血液が一気に情報として彼の脳に入っていった。生と死の疑似的な水面下、そこから引き上げられた。
で、でも何で……?
そう思いながら燈は後ろを向いた。つまりエリナの方を向いた。
そしてそこに、答えはあった。
「やぁ。無事かい?二人共」
爽やかと呼ぶのすらおこがましいと感じる程に清涼感漂う男がそこにいた。
「あ、アンタは…?」
何を言っていいのか分からず思わず名前を聞く燈。その問いに彼は聖母のような微笑みを作る。
「僕の名前はティーゴ、ティーゴ・エバレンス。よろしくね」
ユースティア王国最強の騎士はそう答えた。
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