戦いの後

 力なく倒れている敵、そして同様に力なくその場で足を曲げる男達。

 男達は全力を出し切りった。その証拠に言葉も出ず、数秒互いの呼吸音だけが微かに耳に届いていた。


「……ルーク」


 しかしそんな偽りの静寂を打ち破ったのは燈だった。息が途切れ途切れの彼は重りを付けているかのようにその口がプルプルと小さく動く。


「俺は…全ての、神異を…チートを……集めなくちゃならない。例え、その道がどれだけ困難だとしても……」

「アカシ……」

「ずっと…監獄で、考えてた。俺のしようとしている事は、お前の努力を……お前の今までを、否定する事に他ならない。俺にそれをする権利なんて、無い。俺がやろうとしてる事は……結局、そこで倒れてる奴と、何にも変わらないんだ」


 燈の言う通りである。燈とアカの目的はチートの回収、多少の差はあれど根本は同じだ。


「だから…俺の言う事は自分勝手で、傲慢で、どうしようもなく独りよがりなものだけど……それでも、俺はやらなくちゃいけない。進まなきゃいけないん。だから…!!」


 言って、燈は自身の唇を噛み締める。しかし最後まで言い切らねばならない。例えそれがどれだけ彼にとって最も言いたくない言葉だとしても、言わねばならないのだ。


「お前の、チート……もらうぞ……!!」


 燈は涙を流しながら精一杯の悪役面をルークに見せた。悪行をするに相応しい面をした。

 ルークの魔力は底をついている。つまり燈から逃れようと思えば純粋な体力勝負に出るしかない。しかしその体力も互いに消耗し、逃げる事は叶わない。計算した訳ではないが、意図せずルークは燈にとって良い条件のフィールドに立たされていた。

 ルークに向かい燈は手を伸ばす。


「あぁ、分かった」


 だが、ルークの反応はあまりにも呆気ないものだった。


「え…?今、なんて…」


 予想外の反応に燈は思わず声を漏らす。


「何だ聞こえなかったのか?構わないって、言ったんだけど」

「い、いや…そういう事じゃなくて…」


 当然だ。燈が言いたいのはそんな事ではない。


「お、俺は…お前から、お前の力を奪おうとしてるんだぞ…!?奪うのは、初めてだけど…それでも、そうしたらもうお前があの力を使えなくなるのは分かる…!!なのに、なんで…!?」

「大切なのは、力じゃない。どれだけ困難な道のりでも、どれだけ挫けそうになろうとも…前に進む、それが一番大切だったんだ。お前はそれを気付かせてくれた。俺のこの選択が、俺の道を過酷にするのは間違いないだろうな…けど、そこに後悔は無い。俺にはかけがえのない友達が居る。大切な場所がある。胸を張って今こう言える俺なら…大丈夫だ。だから…この力は、お前に託す」

「い、いや…それは…」


 燈は激しく混乱していた。あまりにも想定と違う展開に頭が追いついていなかった。


「い、いいのか…?」


 だが、やけに冷静なルークに感化され燈もまたまともな返答が出来る程度には頭が落ち着いた。


「何度も言わせるなって。お前も、これから行くんだろ?困難な道のりを。なら友達として俺に少しはその手助けをさせてくれ」

「で、でも俺は…お前に何を本当の事を言えてない。俺の事を、俺の本当の目的が何なのか何も話せてないんだぞ…?そんな俺に…」

「きっと、お前自身の事とお前のその本当の目的って奴は深くつながってるんだろ?なら、その内教えてくれればいい。今は…ただ、受け取ってくれ。これは、俺の一つのケジメなんだ」


 最早、それ以上の追及は不要だと燈は悟る。

 ならば自分のすべき事は決まっている。意を決して燈は今度こそルークに手を伸ばした。


「ありがとう……ルーク」


 その言葉に、ルークは微かに笑った。


 

 神田燈、チート:全属性特性ラウンズオブマジック 回収



「そ、そうだ……アイツのチートも、回収しないと……」


 燈はそう言いながらゆっくりとアカに近づき手をかざした。しかし


「あ、れ……?何で……」

「どうした、アカシ?」

「回収できない……こいつのチートを、回収できないんだ?」

「何だと……?」


 な、何でだ……?俺の『アンチート』はチートを無効化して回収する能力じゃないのか?一体どうして……そういえば、こいつの能力を打ち消した時感じたあの違和感もよく分からないままだし……あれと何か関係あるのか?


 思慮を重ねる燈、しかし答えは出ない。


 そ、そうだ…あの監獄に来た男、俺が無効化出来たって事はアレもチートのはず。でも奴のチートを無効化した時も同じ違和感を感じた。つまり回収出来ないって事か?ていうかそもそもエリスは大丈夫だよな…。回収出来るのか確かめるためにまずエリスアイツと合流した方がいいか。


------------------- 


「「っ!?」」


 燈が思考を重ねるその刹那、その音にルークを含めた二人は反応した。


「第二王宮で爆発があったという報告があり、早急に来てみれば…どういう状況ですかこれは?」

「いやぁー上穴空いちゃってるよぉ」

「元気がいい!!派手にやったな若者たちよ!!」

「若造共…簡潔に事態を説明せよ」

「あ、あの人達は……」


 現れた四人の騎士達にルークは言葉を失った。


「い、一体誰なんだ。あの人達?」

「五大将だ…」


 現在のユースティア王国の騎士で一級騎士は五人しかいない。その五人は敬意と畏敬の念を込め五大将と呼ばれているのだ。


「そ、そんな人たちが何で四人もここに…?」


 燈はそう言いながら訪れた強者たちの面々を見る。


「んー何か、キョトンとしてるみたいだね」

「まずは適切な距離に互いを置かねば、という事でしょうか」

「うむ!!ならば!!」


 快活で清潔感あふれる男の騎士がそう言った次の瞬間


「なっ…!?」

「……!!」


 五大将の四人は瞬きをするような一瞬のスピードで燈とルークの二人を囲うような位置まで移動した。


「これで話せるな。若造共」

「よし!!まずは自己紹介だ!!我々から名乗ろう!!五大将が一人、バロウ・ベルクだ!!よろしく頼む!!」


 言いながらバロウは他の五大将を見た。そして仕方ないと言わんばかりに次々と五大将は自己紹介を始めた。


「同じくメル・マスティ。よろしくね」

「ガンブ・ジェムだ。頭に刻め若造共」

「エリナ・シュメイルです」


 シュメイル…?どっかで聞いたような…。


 最後の一人、その場で唯一の女性の自己紹介に燈は引っかかりを覚えた。


「今度はそちらの番だぞ!!まぁ、ルーク君は勿論我々は知っているから今更という感じだがな!!」


 チーターであるルークは勿論騎士達に知られている。知られていないのは燈だけだ。


「え、えっと…神田燈じゃなくて……アカシ・カンダです」

「アカシ君か!!了解した!!さて、それでは聞かせてもらうか!!一体ここで、何があったのか!!」


 バロウはルークの顔面に顔を極限まで近付け質問をした。


「え、えーと…」


 マズイ…。


 すぐにルークは状況の深刻さを理解した。下手すれば先程までの命懸けの戦いよりも厳しい局面に立たされている事実に気付いたのだ。


 どうする…、下手な事は言えない…!!


 そう、何があったのかを説明するという事は自身の隣に居る燈についても話さねばならない。


 いや……俺が話せば、誠実に説明すれば分かってくれる…はずだ。


 ルークがそう考えるのには明確な理由があった。

 

 燈の格好を見て、彼らは燈がガイセン監獄から脱獄した人間だと分かってるはずだ、それでも彼らが燈を即殺しないのは、それだけの理性を持ち合わせているという事だ。

 考えろ、考えながら話続けろ。燈を守るんだ!!


 ルークは話し始めた。


「では…話させていただきます。まず、私は本日要件があり第三王宮の人事部長室の戸を叩きました。そこで『アカ』と名乗る見た事も無い魔法を使う者と邂逅したのです」

「その場にトムコールは居なかったのですか」

「トムコーなら、今日は隣町に出てるよ」

「なるほど、情報が操作されていると考えるべきだな!!」


 エリナ、メル、バロウはそれぞれ持っている情報や見解を喋る。


「見た事も無い魔法…『神人教』の者と見て間違いないな」


 ガンブは倒れているアカを見た。


「彼の未知の魔法に苦戦を強いられましたが、そこでここに居るアカシに助けられました。その後彼と協力し、何とか奴を倒せた次第です」


 簡潔に、事実のみの述べてルークは説明した。だが、問題はここからである。


「なるほどねぇ。えーっと、じゃあアカシ君だっけ?神人教の人間を倒せたのは君の尽力も大きかったって事なのかな?」


 メルが問う。

 その問いに燈は思わずルークを見た。何と言えばいいのか、教えを請いたかったからだ。

 ルークは表情で伝えた。燈の力について、そしてこれからについて話すしかない事を。


「…っ」


 意を決して、燈は口を開いた。


「は、はい。そうです。俺の『アンチート』が…アイツに効いた、みたいで」

「『アンチート』…とは?」


 エリナが訝し気な表情を向けた。


「俺…チー…神異の、力を無効化出来るんです。多分敵が使っていた魔法が神異で…それで……!?」


 燈の言葉に、ガンブが彼の首筋に剣を当てた。


「ガンブ!!乱暴が過ぎるぞ!!」

「何を言っている足りないくらいだ」


 首筋に当たる剣が更に食い込み燈の首は出血した。

 それを見たルークは冷や汗を流す。


 マズイ…いくら理性的だと言ってもガンブさんはかなりの堅物で有名なんだ…!!でも、ここには他に三人の一級騎士が居る。少なくとも他の人はまだアカシという存在に対し一概的に悪と決めつけていない。ここで最後まで話すしかない…!!


「アカシ最後まで話すんだ!」

「で、でも…!!」

「いいから!!」


 ルークは発破を掛けた。  


「……そして、た、戦いの後…ルークのチートを、回収しました!!」

「回収…?」


 無効化はまだ理解出来たようだが、回収に関しては五大将の誰もが意味が分からないようだった。


「お、俺の『アンチ―ト』は神異を無効化して、それを回収する事が出来るんです!!」

「つまり……既にルーク・アルギットに神異は無く、あなたが保持している。という事ですか?」


 しかし中でも理解力が高く呑み込みの早いエリナが簡潔にまとめた。


「そ、そういう事に……なります」

「信用できませんね」

「っ!!」


 エリナの一蹴に燈は肩を震わせた。


「神異を無効化、あまつさえ回収…。そんな力の存在は今まで聞いた事がありません」

「し、信用してくれないのは…分かります。で、ですが本当に俺は…!!」

「ならば、証明して下さい」

「しょ、証明…?」

「はい。あなたの力を見せて下さい」

「そ、そんなの……どうすれば……」


 ここだ…ここがアカシの命運を分ける…。例え悪と認定されなくとも、このままじゃあどうあってもアカシは監獄に逆戻り、ここでアカシは証明するしかない、見せるしかない…自分の有用性と価を…!!!  


 しかしもうこの段階でルークの関与する余地は残されていない。彼はただ祈るしかなかった。燈自身がそれをする事を。 


「無、無理です…!俺の力は神異にしか効かない!!それに回収した神異も無効化されてるから俺が使う事も出来ない!!それにそこに倒れている男の神異も、何故か回収出来なかったんです!」

「そうですか。証明出来ないと…」

「エ、エリナ様!!コイツの言ってる事は本当です!!俺は燈に神異を渡して、もう神異保持者じゃなくなりました!!」

「あなた達は見たところ友人関係にありますね。この場で何の具体的証拠も無くその発言は、庇っているようにしか私には見えません」

「そ、それは…!そうだ…判定鉱石です!!あれを使えば、俺に何の特性も無い事が分かります!!」

「確かにそうですね。ですが、この事態ばかりは可及的速やかに対処しなければならない。国に仇為す因子は一分一秒でも早く排除しなければならない。それが我々騎士としての役目。時間はありません」


 ど、どうする。燈も、そして俺自身も…この場で決定的な証拠を見せる事が出来ない!!


「もういいだろう…エリナ。この若造は脱獄囚だ。おまけに嘘か本当か分からない世迷言まで吐いている。今後の危険性を加味し、この場で処すのが最善だ」

「んー殺すのはやりじゃない?一先ずルーク君の発言も加味して、その『アンチート』ってものを調べるために厳重拘束するのがいいと僕は思うなぁ」


 だ、駄目だ…。意見が傾きつつある…!!アカシを殺すか拘束するという意見に…!!このままじゃあアカシは一生国内で懲役を過ごすか実験材料になる…!! 


 逃げ出す体力も、魔力も無い。生殺与奪の権利を五大将に握られた燈に選択権は無い。もし、この状況を少しでも変える事が可能であるならば、それが出来るのは


「アカシさん!!」


 別の第三者である。

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