VSゴム人間 決着

 少しマズイ。


 アカは置かれている状況に汗をかいた。問題なのはたった今この瞬間、本格的に1対2になったからではない。

 得体の知れない能力を有したアカシという男に対して警戒心を抱いているからだ。


 まぁ考えたって仕方ねぇか!!


 先程の悪態はどこへやら、いつものテンションの高さに戻ったアカは考える事をやめた。


 とりあえず何だろうと俺の目的は保有者チーターの捕獲、それに変わりはねぇ。例え不穏分子がいようがな!!


弾性形態バウンズモード!!!」


 アカがそう叫ぶと彼の体中に不気味な刻印が浮かび上がる。それは全身を侵食し彼の肌の色を焦げ茶に変貌させた。


「一分だぁ…今度こそ確実に終わらせるぅ…!!!!」

「来るぞアカシ!」

「あぁ!!」

弾拳ひだん!!」

「なっ…!!」


 弾力を最大限に利用し、速度と威力を上げたアカの拳がルークに恐ろしい勢いで向かった。


「土魔法:土流壁ランド・ウォール!!、土武装ランド・アーム!!」


 土壁を自身の前に設置するルークだったがその壁はいともたやすく打ち破られアカの攻撃はルークへと直撃する。だが辛うじて土魔法による装甲を纏った腕を前に出し防御に成功した。


「ぐぅ…!!」


 それでも数メートル先まで吹き飛ばされ腕にダメージを負ったのだが。


「くっそ…」


 その様を見ている事しか出来なかった燈は思考する。


 どうする、俺がどうやってこの状況で役に立てる…?


 燈は恐る恐る自分の手を見た。


 さっき、あの部屋のドアに手を掛けた時何かを打ち消した感覚がした。俺なら今のアイツの魔法を消せるのか…?


 先程の空間魔法を消した燈は半信半疑だった。しかしそれには理由があった。


 監獄での時、そしてさっき。明らかにルークの魔法を消した時と違う違和感がある。まるで元を絶った気がしなかった…。


 ルークの時とは違いまるで虚空をなぞるような感覚に燈は戸惑いを隠せなかった。そしてその戸惑いが敵の攻撃を無効化出来るのかという疑念に繋がっているのだ。


 考えてる暇は無い…!!


 燈は拳を握り絞めた。


 ルークは一緒に戦ってくれと言った。それは俺を信じたからこそ言った言葉だ。その言葉を無下には出来ない、それにここでコイツを倒さなかったら恐らく事態もっと悪化する。

 恐らく奴は俺のアンチートを警戒してる。だから俺に攻撃を加えてこなかった。ルークを無力化させるのを最優先にする気だ…!!!


「もうイッパァツ!!!」


 来る!! 次の攻撃、連続でルークに向かうのはマズイ!! 俺が止めないと!! 防げるかどうかなんて関係ない、俺は今ここで動かなきゃならない!!


 アカの同じ攻撃が再びルークに向かおうとした。


 足を動かせ、腕を伸ばせ…!!!


 動きのモーションを見た燈はその時既に走り出した。そうしなければ間に合わないからだ。


弾拳ひだん!!」

「うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!」


 アカが技名を叫んだ瞬間、燈はアカとルーク二人の間に立っていた。そして真っすぐに手を伸ばす。


「あぁ…?」


 理解出来ない状況にアカは声を漏らす。

 アカの攻撃、弾力によって高められた速度と威力は燈の一手に集約され打ち消された。

 更にそれだけでは終わらなかった。


「な、何だああぁぁぁぁ!?」


 今アカの腕は尋常でなく伸びている。しかしその腕が瞬間的に縮み始めたのだ。それも伸びた自分の腕の先にある拳、つまり燈の手に集約するように。

 身体の部位の伸び縮みは確かにアカ自身で調節が可能である。しかしこれはアカの意図しているものではない。彼の腕は無理やり元に戻されているのだ。

 アカはその腕の戻る勢いによってかなりの速度で燈の元へと向かった。


 くっそ何だコレ…!! 魔法の制御が効かねぇ、というか弾性魔法が発動しねぇ!!


 事態を把握するアカだがどうする事も出来ない。彼は今弾性魔法が無効化され発動できないという事象の先に訪れる結果を受け入れるしかなかった。


「ど、どうすりゃいいんだよこれ!!」


 近づいてくるアカを目前に燈は混乱する。だが、その混乱は一瞬だった。すぐに解を得たからだ。


「く、くらいやがれえええええぇぇぇぇ!!!」


 右手でアカの手を抑えている燈、左手の拳を握りしめるとアカが射程圏内に入った所にカウンターを決めるように


「おりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「っ!!??」


 拳をアカの頬に叩き込んだ。


 その瞬間燈は右手を放す。アカは勢いよく後方へと飛ばされた。それは自身が腕を元に戻す勢いの強さを利用された事によるもので燈のパンチの力によるものではない。


「で、出来た…」


 アンチートが発動した事に燈は安堵する。


 よ、よし。コイツの魔法を俺は確実に打ち消せる。これなら、戦える…!!


「ってぇなぁ……」


 くっそが、やっぱり邪魔だなアイツ。空間魔法だけじゃなく俺の弾性魔法も消しやがった。やっぱり考えなしに戦うのは無理かぁ…。


 アカは体中をゴムのように伸縮自在に操る事が出来る。そしてそれを攻撃や移動の速度と威力の向上に繋げる事が可能であり、それが彼を強力な魔法使いたらしめているのだ。

 起き上がりながらアカは次の手を思案する。


 アイツナニモンだよ? あんな奴見た事ねぇ、とりあえず任務を達成したらヴルム様に報告しよう。てかその前にアイツをどうするか考えねぇとな。


 これまでの戦闘を振り返り打開策を探すアカ、そうして彼は一つの事実に気付いた。


 ん……ちょっと思いついたかもだぞ俺…。成功するかどうかは分からねぇが…。


「やってみる価値はあるかぁ!!」


 そう言ってアカの手は炎に包まれる。


火球ファイア・ボール!!」


 火の球が燈に向かう。


「また来たな、だけど…!」


 先程と同様に燈は手を前に突き出す。しかし


「う、あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!?????」


 その魔法は消す事が出来なかった。とてつもない熱量が、熱が燈の手の平を襲う。その熱さに手を放す燈だったが、そのすぐ近くの足元にそれが着地し爆発、その余波により床を転げまわる結果となる。


「ぐ、ああああああぁぁぁぁぁ痛てぇぇぇあああああ!!!!!」


 手を広げたまま唸る燈、痛みで手を動かす事が出来ないのだ。今までの人生で感じた事の無いタイプのとてつもない激痛に悶絶する事しか今の彼には許されていないのである。

 手の皮膚は爛れプスプスという微かな音がしている。焦げた手を見ながら燈は涙を流した。


「予想通り、普通の魔法は効くみてぇだなぁ!!」


 嬉しそうにアカは叫ぶ。


 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い………!!!!!!!!!


 燈脳内がその単語で埋め尽くされる。それ以外何一つ考えられなかった。


「先にてめぇを殺るぜぇ!!」


 アカは先程と同じ魔法を燈に放った。


「アカシィィィィィ!!!」


 だがルークが攻撃よりも早く燈を抱えその場を離脱する。


「大丈夫か!?」


 回復魔法を燈に掛けながらルークは問う。


「あ、あぁ……。今ので大分な…。だけど、ヤバイぞアイツ……!!」

「分かってる。いいか、アカシ。奴は未知の魔法を使う。だがそれはお前が防げる。そして通常の有属性

魔法は俺が何とか出来る。必要なのは確実な連携だ」

「連携…」

「闇雲に当たっても勝機は無い。だけど…俺達が連携出来れば奴を倒せる」

「そ、そうは言っても俺は魔法の戦闘経験なんてほとんど無いから上手く出来るか分からないぞ?」


 不安そうな声を燈は漏らす。


「安心しろ。お前は俺の言った方向に信じて走ればいい。それ以外の事は俺が何とかする。さっきは不意を突かれたが、もう大丈夫だ」


 ルークは笑う。弾性形態バウンズモードの一撃を受けて、実感して尚この表情が可能なルークは間違いなく精神的に成長したと言っていいだろう。


「そうか…お前が大丈夫って言うなら……信じるよ」


 燈も笑う。手の痛みは未だ癒えておらず激しい痛みが襲っている。だが、それでも彼は信じる事にした。『友』の言葉を。


「うだうだ喋ってんなよぉ!!!」

「アカシ、右回りに走れ!!」

「あぁ!!」

「へっ、別々に動いて俺を攪乱しようってか…!! そんなの無意味だぜぇ!!」

 

 さっきのアカシに使った回復魔法でもう俺の魔力はほとんど残っていない。次大技を放てば、俺は動けなくなる…。チャンスは一回、必ずモノにする…!!


「水魔法:水粒ウォータースプラッシュ!!」


「そんなチンケな魔法効かねぇぜぇ!!」


 あっちの無効化する奴は保有者チーターから離れた今脅威じゃねぇ!!狙うのはこっちだ!!

 アカはルークに向かって走り出す。

 無数の水滴がアカを襲うがその全ては彼の体に一瞬沈むと


「はあぁ!!」


 全てはじき返された。弾性形態の彼は身体がゴムのようになる。生半可な攻撃は効きはしない。


「くっ…!」


 水滴が水流カッターのようになり、ルークに切り傷を与える。


「来たぜゼロ距離ぃ!!」


 身体強化!!


 腕に強化魔法を施したルークは拳による高速打撃をアカの身体に叩き込んだ。


「だから効かねぇよぉ!!」


 しかしアカの身体に拳は沈むだけでダメージを与えられている感触は一切無い。


「身体強化ぁ!! からの……弾拳連弾ひけんれんだん!!!」


 弾性力に加え身体強化による強化、二つの相乗からなされる音速に近い拳の応酬がルークを襲う。


 マズイ、これは防御しても死ぬ!!……だが、ここしかない!!!!!!


 すぐに相手の技の危険さを理解したルーク、彼が取った行動は


「らあぁ!!!」


 身体強化した拳で地面を殴る事だった。

 ルークとアカの足元の地面が割れる。それによってアカは体制を崩し大技が途中で中断させられた。


 今だ…!!


「おぁ…!!」


 ルークは素早くアカの懐に入り込むと、顎にアッパーを食らわせた。身体強化が施されている拳は容易くアカを上空に飛ばした。


「っ!!」


 そしてルークも跳躍する。

 接近するルークを上から見ながらアカは思考した。


 空中戦、無効化野郎は介入して来ねぇ!! 何故ならここまでの戦闘から奴が純粋な魔法を使ってねぇからな…もし使えんだとしたら俺の攻撃をもっとまともに防ぐはずだ…!!


 刹那の中、冷静な判断と決断をアカは下す。


 1対1!! それなら俺は負けねぇ!! ここでコイツを潰してすぐに下の奴を殺す…!! そんでさっさとここから脱出だぁ!!


 段取りを頭で組んだアカは技を繰り出そうとする。


「光魔法:光槍ライト・スティグマ!!」


 左手から輝く槍を生成したルーク、伸びるアカの攻撃に対抗して射程を少しでも縮めようと選択した攻撃である。


「俺の、勝ちだぁ!!」


 勝ちを確信したアカ、再び技を放とうとする。


「いや…お前の負けだ!!」


 だが対峙するルークもまた勝ちを確信していた。


「てめぇ、何言ってやが…!?」


 そこまで言ってアカはようやく気付く。自分の背後に、この場に居てはならない存在が居る事に。


「何で…てめぇがここに!!!」


 首を回して後ろを見る。そこにはアカが『無効化野郎』と称した燈が居た。


「らぁ!!」


 燈は飛びつくようにアカにしがみついた。


「てめぇ放しやがれ!!!」


 弾性魔法が使用不可能になっているアカ、通常の有属性魔法か無属性魔法で燈を引き剥がすしかないが有属性魔法はこの距離で使えば自身にも甚大な被害がくる。よって身体強化で無理やり離脱を試みようとするが


「今だルーク!!!」


 それは間に合わない。


「よくやったアカシ…!!!」

「っ!?」


 アカはその光景に目を見開く。ルークが保持していた槍は分解され拳全体に集約される。そしてそこに

火、水、風、土、闇の五属性が追加されルークの拳がどの属性のものとも言えない輝きを放つ。


 これが残りの魔力で放つ俺の全力だ…!!!


「くらえ、属性圧殺超撃アブソリュート・サーガ・クライシス!!!!」

「があああああぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!!???」 


 ルークの拳がアカに直撃する。そして激しい爆音と共に地面へと落下した。


「おおおぉぉぉぉぉぉ!!!!」


 そしてそれは即ち、燈の落下も意味していた。


「くっ!!」


 ルークは辛うじて燈の手を掴む。しかしだからと言ってどうこう出来る訳ではなかった。確かに敵は倒したがこのままでは二人共地面へと激突する道しかない。


「アカシ、魔力を俺に分けてくれ…!」

「えっ、いやどうやるんだよ分からないって!?」


 ルークの突然の頼みに燈は混乱した。


「いやいやいやホントに分からないって!?」

「俺の身体に手を当てて力を篭めろ!! 出来なかったら俺もお前も下手したら死ぬぞ!!」

「無茶苦茶だ!?」


 あまりの行き当たりばったりな発言、しかしやるしかない。そう思った燈はルークに手を当て力を篭めた。


「ギリギリだな…!!」

「へっ!?今ので本当に渡せたのか!!」


 燈がそう言ったのも束の間、風が二人の身体に纏われゆっくりと着地する事に成功した。


「も、もしかして…着地するのって最初からこの方法で…?」

「……あぁ」

「博打が過ぎる…」


 燈は思わず顔が引き攣った。


 な、何でだぁ…? どうして負けたぁ……。いや、理由は分かる。だけど何であの無効化野郎があそこに居たんだぁ…?


 薄れゆく意識の中アカは消えない疑問に思考を続けていた。


 ………ん、ありゃあ…。


 アカは最早身体を動かす事が出来ない。首を動かす事さえ叶わない。だからそれが彼の視界に入ったのは全くの偶然である。


 あそこの地面…隆起してやがる……。俺との戦闘であぁなったのか……いやちげぇな……なら……。


 可能性を考えるアカ、何が起きたのかあの不自然な地面の原因はすぐに思い至った。


 そうかぁ…奴が俺の弾拳連弾を避けるようにしながら地面を殴りつけた時、俺は奴が俺の足場を崩し俺を空中に浮かせるのが目的だと……思ってた……。だが、そうじゃあ無かったのかぁ……。


 その通りである。ルークが地面に一撃を叩き込んだ時、真の目的は別にあった。それは土魔法によって地面の土を操作し燈の足場を打ち上げ彼を空中へと飛ばすのが目的だったのだ。

 燈に対してルークの魔法は干渉出来ない、しかし燈の接している地面よりも下の土を利用すれば可能だったのである。

 勿論この策は綿密に打ち合わせをした訳でも無い、話し合う時間も無かったため当然である。燈はただルークの言葉通り走っていただけだ。そこにルークが合わせたのだ。

 後はアカが体験した通りだ。燈が空中へ飛ばないという判断、先入観から燈の存在を除外し完全に警戒を怠った彼の元に燈が飛び掛かり弾性魔法を無効化しその直後に残りの魔力を全て使い切ってルークが一発で戦闘不能になるダメージを与えたのである。

 博打要素のある、しかし確かな勝利への道筋。その策を瞬時に生み出し実行したルーク、才能の無さを補おうと努力し続けた彼の思考力がこの局面を切り開いたのだ。


 やっべぇなぁ……ヴルム様に……怒られちまう……よ。


 失意の中、アカの意識はそこで途絶えた。


 こうして辛勝ながら、燈とルークは第二王宮地下訓練場での決戦を制した。

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