笑うなよ

 ドゴォォォォン!!!


 激しい音を立てて燈とルークは地面へ激突する。


「っと。あぶねぇ」


 両者の顔面を押さえ続けていたアカだったが何かを思い出したように二人から距離を取った。

 保有者チーターじゃねぇ方、あの良く分からねぇ奴の良く分からねぇ力の警戒を忘れてた。頭に血が上って距離を詰めちまってたぜ。アブねぇアブねぇ。

 脳内で反省をしながら激しく土煙の立ち込める燈とルークの居る場所を見た。


保有者チーターの方に死なれるとまずいから大分手加減はした。もう片方は死んでてほしいけどなぁ」


 嘆くアカ、やがて土煙は消え二人の姿形がアカの方から目視できるようになった。


「ってぇ……え?」


 燈は今まで生きてきた中で感じた事の無い降下感を味わった。それに加え地面に激突した事で本来なら死んでいたはずだ。だが今彼は生きており上半身を起こす事も出来た。


「無事か、アカシ」


「こ、これは…」


 隣に居るルークに声を掛けられた燈は自分の身体より下にある物体、その感触に気が付く。


「お前が魔法を使えないのは知っていたからな。咄嗟に、土魔法でお前に土を纏わせて落下の衝撃を減ら

した」

「サ、サンキュー…助かった」


 九死に一生を得た燈は自分が未だ自分が助かった事に現実感を得ていないのか、空虚な返事をした。


「こ、ここは…」


 燈は周囲を見渡しながら言う。


「第二王宮地下施設、『地下訓練場』だ。名前の通り騎士達が訓練のために使う」

「んだよぉ。死んでねぇのかそっちの方は」


 燈とルークが会話を交わす中、とても残念そうにアカは言う。


「まぁ関係ねぇ、関係ねぇ。今からすぐに片をつけるからな」


 アカはニヤリと笑いながら二人を見据え構えた。


「アカシ、逃げろ」

「は、はぁ!?何言って」

「いいから逃げろ!!」

「っ!?」

「何故お前がここに居るのか、ここに来たのか、それは問わない。俺はそれに関して一切関与しない…だから、だから今度は…………逃げてくれ」

「ルーク…」


 燈の悲しそうな表情を見る間もなくルークはアカに向き直る。

 ルークの言葉、それは彼なりの贖罪の言葉だった。それで罪の意識から解放されるなどという事は彼自身到底考えていない。だがそれでも、ルーク・アルギットは数少ない友の一人に報いたかった。

 自分のしてしまった過ちの選択で友を傷つけてしまった罪悪感を抱えたまま、これからを生きる。燈との離別、それがルークの選択した行動だった。


「わりぃが時間がねぇから手荒になるぜ!!手足の二、三本は覚悟しろよぉ!!」


 来る!!


 再戦の狼煙がアカの言葉によって上がる。ルークは相手の攻撃パターンを予測し迎撃の構えを取るが


「よっとぉ!!!」

「は…!?」


 アカの攻撃はルークのパターン予測を遥かに超越していた。

 簡単に言おう、アカの腕が伸び一瞬にしてその拳がルークの眼前に現れたのだ。


 腕が伸びた!?どうなってる…!?


 事態を飲み込めないルーク、だが次の思考プロセスに移行する前に拳が顔面に直撃しルークは吹き飛んだ。


「かは…!!」

「ルーク!!」


 壁に激突し吐血するルークを見て燈は堪らず叫ぶ。


「空間魔法はよぉ、誰にも侵入出来ねぇバレねぇって感じで便利だけど自分の魔法がちょっと制限されるっていうデメリットがあるんだわ。なるべく他の騎士が大勢来ねぇように空間魔法を使ったけどよぉ、もう手段は選んでられねぇ。見せてやるぜ、俺の魔法の真骨頂をなぁ!!!」


 そう言ってアカは自分の両腕をゴムのように伸ばした。その腕は壁にめり込んでいるルークに向かっている。そして到達した日本の腕はまるで紐のようにうねりルークの身体を縛り付けた。


「いくぜぇ!!!」


 アカは自分の腕を振り回す。縦横無尽に腕は壁に、地面に激突する。当然その腕と同化していると言ってもいいルークはその激突衝撃によるダメージを受けた。


「ぐあああぁぁぁ!!!」

「ルークゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!」

「さっさと行けぇぇぇぇ!!!!!!アカシィィィィィィィィ!!!!!!」


 未だ逃げていない燈に対し堪らずルークは叫ぶ、それはここに居れば騎士に捕まる以前にアカに殺されてしまう事が分かったからこその叫びだった。


 この腕…ほどけない!!身体強化魔法で無理やりほどこうとしてもそれ以上の力で締め付ける!!それに絶え間なく来る衝撃と浮遊感の連続でまともに属性魔法が使えない…!!


 唯一の対抗手段である魔法が何一つ意味を為さない。それはすなわちルークの敗北を意味していた。


「これでぇトドメぇ!!!」


 そして最も痛烈な一撃、恐らく最も力の籠った地面への叩きつけが決まった。


「ぁ……!!」


 ルークは声にならない声を上げる。そして自身で骨や内臓が内部で損傷している事を痛みから自覚した。  


「っとぉ」


 ルークの拘束を解き、腕を元に戻したアカは微動だにしないルークを見ると満足そうに笑う。


「っし、戦闘初めて一分以内に終わったぜ。ちゃんと生きてるし、後は連れてけば任務完了だな!」


 高らかに言うアカの声がルークの耳に入る。


 俺は…負けたのか。こんな…一瞬で…神異を持っていながら……手も足も…出せなかった。奴の本気に……為す術が……無かった……。


 上には上がいる。その事をルークは重々承知していた。しかしそれでも、自分の無力さを自覚しても尚彼は足掻き続けていた。


 こんな肝心な時に…俺は、何も出来ない……。これじゃあ、無能の…ままだ…。

 自嘲的な心内の言葉は止まらない。

 俺は報いたい。俺に掛けてくれた時間が、俺に掛けてくれた期待を裏切りたくない。でも、やっぱり無理なのか…。俺じゃ無理だったのか。


 身体が満足に動かない。最早抵抗は不可能。ルークは諦めた。


「まぁまぁ、才能ねぇ何にもねぇ奴がチート持っても才能がある奴には勝てねぇって事だ。良かったな、それが分かってよ。ハハハハハハハハハハハハ!!!」


 笑う、アカは笑う。嘲るように地面に仰向けに倒れるルークを見下ろす形で笑い続けた。

 その声にルークは圧倒的悔しさを覚える。彼自身それを自覚し、隠そうとしなった。唇を噛み締め、指で地面を抉り血が滲む。

 何一つ言い返せない、ただ無言の涙が頬を伝った。


「…………笑うなよ」

「あ…?」


 突然放たれた言葉にアカは反応する。当然その言葉を放ったのはルークではない、つまりこの場に居る最後の一人がその言葉を言ったのだ。


「何も知らない奴が…コイツを笑うんじゃねぇって言ったんだよ!!」


 激昂した燈は強い口調でアカに叫んだ。


「うるせぇなぁ。てめぇがどんだけ叫んでもそいつが倒れた事実は変わらねぇ。俺は今からそいつを連れてここを出る。それは揺るぎねぇ事実だ」

「だから…決めつけるなって、言ってんだろ……ルーク!!!」

「っ!?」


 突然呼ばれた自分の名前にルークは身体を微かに震わせた。


「いいのかよ、言われっぱなしで、やられっぱなしで!!お前の進んできた道は、積み重ねてきた思いと努力は……こんな奴に踏みにじられるためにあるんじゃないだろうが!!!!!」


 アカシ……。

 燈の…友の激励がルークの心に突き刺さる。それは先程まで感じた絶望、圧倒的無力感を払拭する程のものだった。

 そうだ…俺は、こんな所じゃ終わらない。終われない…!!俺が進んできた道には、俺の大切な人達の思いが乗っているんだ、俺がここで諦める事はそいつらを侮辱する事と同義だ。そんなの…容認できる事じゃない…!!!


 ルークは無属性魔法の一種、回復魔法を負傷箇所に掛ける。といっても全身に掛けては完全に魔力が切れる。掛けたのは必要箇所だけだ。体中の痛みは癒えず未だ内部と節々は悲鳴を上げている。


「っく、う……うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」


 彼は叫んだ、先程まで声を出せなかったルークがそれを出せたのは火事場の馬鹿力とでも言うべきだろうか。


 痛みを誤魔化すための叫び、彼は勢いよく立ち上がった。二本の足で再び地面を噛み締めた。


「ちっ…。まだ余力があったのかよ」


 その様を見たアカは舌打ちをして悪態を吐いた。


「アカシ…ありがとう」

「別に、俺は当たり前の事を言っただけだよ。今まで頑張ってきたのは、努力してきたのはお前だろ?」

「……俺は努力なんてできてないよ。ただ、一生懸命に、足掻いてただけだ」

「ははは、知らないのか?一生懸命足掻くって、それを『努力』って呼ぶんだよ」

「……」


 あぁ、そうか。


 ルークは気付いた。必死に足掻き続ける事で周りが見えていない事に。

 少し、周りを見れば…分かっていた事じゃないか。俺の居場所、俺を認めてくれていた人は…居た。

 堕落した俺を励まして、期待をかけてくれた人は俺の事を認めてくれたって事だ。

 そんな人たちが集まった場所が、俺の居場所になっていたんだ。

 圧倒的なまでの劣等感を抱えていた少年は元から人付き合いに慣れていなかった事もあり、分かっていなかった。

 自分のする全てを『足掻き』だと認識し、必死で周りに追いつこうとした。友の存在を認識しても尚、自分は殻に閉じこもっていた事に気付かぬまま。

 だが、もう違う。

 少年には自分に期待し、認めてくれた人…『友』が居る。

『足掻き』は『努力』、自分の行動をそう言っても良いのだとようやく自分に誇れる人間性を手に入れた。

 人智を超えた才であるチートを授かった無能の少年は、今本当の意味で殻を破った。


「アカシ」

「何だよ?」

「……今の俺だけじゃ奴に勝てない。だから俺と、一緒に戦ってくれ。本当の友達として」


 遠慮がちにではない、寧ろ少し笑いながらルークは言った。


「当たり前だろ。やろうぜルーク。俺とお前なら…」

「あぁ、俺とお前なら」


 ルーク、そして右の拳を左の手の平に合わせたアカシは対峙する敵に向き直る。


「「絶対勝てる!!」」

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