ルーク・アルギットという男 その2
院から出た俺はセンチュリオン騎士学校中等部へと配属された。
「はあぁ!!」
「っと!!」
中等部へと来てから既に半年、今行われているのは教官の監視の元のみ許される実戦形式の訓練である。
互いに自身の魔法を使いながら戦闘不能もしくは降参するまで続けられるこの訓練は当然緊張感の高いものになっていた。
「それでは本日の訓練はここまで!!」
『ご指導ありがとうございました!!』
教官の言葉に俺達騎士候補生は頭を下げ教官が退席するのを待った。
「ルーク。やっぱり強いなお前は」
「いや、そっちもかなり強かったよ。あのタイミングで魔法を使ったのには驚いた」
「はは、お前に褒めていただけるなんて光栄だな」
ルークと対戦相手だった同い年の騎士候補生は談笑する
ルーク・アルギットはこの半年で学内での自分の地位を確固たるものにしていた。
中等部内で誰よりも強く、彼を慕う人は増え続け学内のヒエラルキーは中等部から入った新参者ながら他の追随を許さぬほどだ。
「ルーク今日こそ勝つ!!」
「ルークさんここなんですけど」
「お前は何でそうなんだ!!少しはルークを見習え!!」
半年もすれば周囲の俺を持ち上げる事に対し俺自身が慣れてしまった。
今まで誰にも関わろうとせず、誰も関わろうとしなかった俺だったが、それとは天と地の差程に俺は周囲から好意を向けられた。
今まで閉鎖的に過ごしてきた人間だったが、周囲が俺を慕い続ける事で徐々に感覚が狂っていった。どうしたのだろうか、そう・・・俺は圧倒的な優越感に、自覚無しに浸っていたのだ。
何と質の悪い事だろうか、当時の俺を殴り飛ばしてやりたい。
今更悔いても仕方の無い事だが、それでも悔いたい。悔いて悔いて・・・悔い尽くしたい。
学内トップに君臨し続けた俺、そこから一年俺の学内順位は揺らぐ事が無かった。
つまり、一年後・・・事が起こったという訳だ。
そこで俺は、自分がどれだけ矮小な人間かを、器の小さい人間かを知った。
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「そこまで!!」
教官が制止の言葉を放つ。
その言葉を機に俺と相手は戦闘を中断した
「……はぁ、はぁ…はぁ」
「よっし!!」
俺が尻を地面に付き、相手が俺を見下ろすという構図。俺は学園で初めて敗北した。
「いやぁやっぱ強いなルーク」
「はは、勝っといて何を言ってるんだよ」
「辛勝だよ。辛勝。ほら」
「あぁ、ありがとう」
差し出された手を俺は何の躊躇いも無く取った。
その日を境に、俺は負け始めた。
神異を持っているのに、全ての特性の魔法を使えるにも関わらず、俺は負けた。
理由は簡単だった。俺はただ、神異を持っているだけの無能だったからだ。
体内の魔力量、魔法の質や操作能力、そのどれもが俺は平凡以下だった。
俺が強かったのは、俺が勝てていたのは、ただ神異の力に頼っていたからだと痛感させられた。
周囲と開いていた差は、周囲の努力によって、瞬く間に埋められたのだ。
多くの同期が俺を超えていった。
その事実に、俺の心は少しずつ、少しずつ壊れていった。
神異を持っていなければ、辿らなかった道。元々俺は騎士になるつもりなんてなかった。
事なかれ主義、面倒事には関わらない。勝った負けたなんてくだらない事でいちいち感情を揺さぶられない。それが俺だ。俺の…はずだった。
だがいつの間にか、俺は変わってしまっていたらしい。
強大な力を持っていた事、それで周囲を圧倒していた事。それが俺の心の在り方を変化させていった。
俺は無意識にこだわり始めていたのだ。勝つ事に喜びを見出し、負ける事に屈辱と悔しさを見出し始めたのだ。
そこから、俺は転落していった。
羨望の眼差しは消え去り、周囲の俺を見る目は失望と侮蔑に満ちるようになった。
俺は強がった。
元々一人だったのだ。それがまた一人になっただけ。元通りになっただけ。
そう必死に思い込んだが、心と身体は正直だった。
「……っ」
涙が止まらなかった。
心は、強い方だと思っていた。だが自分がこんなに弱い人間だと自覚し、俺はまた涙を流した。
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俺が入学し、二年が経過した。
この頃になると誰も俺に期待を抱く事が無くなった。教官たちは勿論、同期の生徒からもだ。
「……」
周囲が俺に向ける白い目にも慣れてしまった。
三回生となった俺だが、普通の生活に戻りたくなっていた。
国から特殊な支援を受けている手前、俺はこのまま高等部へと進学し魔法の訓練を続けなければならない。だが神異を持っているだけの無能な俺に、これからの成長の見込みなど存在しない。
自身の気持ちと神異を持つ者としての義務責任が板挟みとなり俺の心を苦しめる。
そんな時だった。
「居た!!」
その声に俺は即座に振り向いた。聞き慣れた声ではない。だが、再び聞きたかったその声が俺をそうさせた。
「お前……何で……」
俺はその姿に目を見開く。声で正体は分かっていたが、それでも実際に目にすると驚きは十分に俺に与えられた。
「へへ」
リム・バートンははにかむような笑いを向ける。
「どうしてここに居るんだ?」
「え、えっとね…実は……私来年から高等部に進学するの!!」
「なっ…!?」
俺はまた驚いた。何故なら高等部から騎士学校に入学する事は、並大抵の事ではないからだ。中等部からの編入ならばまだしも、高等部からの編入となると通過しなければならない試験の難易度が格段に跳ね上がる。何故なら初等部、中等部と訓練を重ねた人材と同じような潜在能力、もしくは実力を試験では見せなければならないからだ。
それを少女は乗り越えたというのだ。
「……すごいな」
俺はただただ感心した。それと同時に、心が痛くなった。
「何で…ここに?」
呟くように言葉を出す。最もな疑問である。理由が見当たらない、リムとの面識は限りなく薄いがそれでもここに彼女が来た理由を知りたかった。
「そんなの決まってるよ!」
リムはそう言うと俺を指差した。
「ルークに会うために、ここに来たの」
「俺に会うためって…」
その言葉を俺は理解出来なかった。こんな俺のために、こんな無能のために、ここに来た?
「ふざけるな……」
「ん…?」
不思議と怒りが沸いてくる。あまりのくだらない理由に憤りを抑えられない。
「ここは…そんな理由で来て良いような場所じゃない!!分かってるだろ…!!」
俺もだろ、何の目的も意味も見出せていない。ただ周りよりも優れていたっていう優越感に浸っていただけだ。そしてもう、それすらも無くなった。
「国のために戦う。人を守るための騎士になる奴がここに来るんだ!!」
だから黙れって俺。何が国のため、人のためだ。一度だって俺はそんな事思ったことないだろ。
リムに言葉を向ければ向けるほど、鋭利な刃物となってそれは俺に突き刺さる。
だが喋らずにはいられない。一度放った刃を俺は止められなかった。自分の脆弱さを、自分の醜さを覆い隠すように言葉を並び連ねた。
「ふふ…はははは!!」
しかし、そんな俺の言葉に対しリムはただ笑っただけだった。
「……」
意味が分からなかった。
「何、笑ってんだよ」
思わず、俺はそう聞いていた。
「だ、だって…ルークすっごい変わってるんだもん!」
笑い過ぎて出た涙を手で拭いながらリムは言う。
「そ、そういうお前だって…」
リムの雰囲気にやられたのか、俺もたじろぎながら言い返す。リムと最後に会話したのは二年以上前だ。その時と今目の前に居る彼女を比較すると今の彼女は明らかに明るく、快活そうな少女になっていた。
「そりゃあ変わるよ。あの時から二年経ってるんだもん。それに、あの時ルークにちゃんとお礼を言ったから私はまた前に進めたんだよ。新しい目標に向かって」
「それが…俺を追って、ここに来る事だって事か」
「うん!今なら言える。ルーク、私は君の事が好き。だから付き合って下さい!」
「っ…!」
言われて全てを理解した。そして思い出した。リムが自分の事を好きだという事を、そしてその返事を今はしなくていいと二年前に言われた事。
彼女は、自分を高めたのだ。俺に相応しい人間になるように、努力しここまで来たのだ。
あの時返事はまだしなくていいと言っていたのは、そういう事だったのだ。
「お前は…」
すごいな、そう言う資格すら俺には無かった。
何故なら俺は彼女に相応しくないからである。努力し、自分を磨き変えた彼女に俺はあまりにも釣り合っていない。
好きや嫌いを言える立場ではない。
純粋無垢な眼が俺の目を見る。向けられる好意の視線に俺は耐えられず、思わず目を逸らす。
「お前は…俺の事を、知らなすぎる。俺は……お前の思うような男じゃない。カッコ悪いし、弱いし、何も無い。人から好かれる権利も、無い」
卑屈な言葉、つまり単純明快な事実を俺は言った。
「何で……そんな事言うの?ルークは、カッコイイよ。だからそんな事言わないで!!」
「お前…さっき言っただろ。俺だって変わったんだよ。仮にあの時の俺がお前の言うカッコ良い俺だとしても、もうその俺はここには居ない。存在しない」
「そんな事ない!!」
「っだから!!」
その言葉に、流石に少し憤りを感じた。癇癪を起した子供のような反応が俺の神経を逆なでしたのだ。
「え…」
反論しようと言葉を並べようとした。だが、それはリムの顔も見て喉奥に押し込められた。
リムは涙を流していた。先程のような笑いから出た涙ではない。そうではない感情が彼女から涙を流させていた。
「……泣くなって、泣きたいのは……俺の方だ」
神異なんて、要らなかった。欲しくも無かった。こんな力のせいで、俺は自分の惨めさを嫌という程痛感させられてしまったのだから。
何とも言えない空気が俺達の間で流れた。
今すぐこの場から逃げ出したい。背中を向けて走り出したい。だが、そんな行為は無理だと分かっていた。
やがてリム・バートンは、俺を好きだという少女は腫れぼったくなった目元を見せながら口を開く。
「だったら…頑張ろうよ」
「頑張るって…無理だろ。そんなの」
「無理って言うから無理なんだよ!いっぱい頑張って、皆を見返せばいいじゃん!!」
「別に、俺は見返したいっていう願望なんて無い」
「嘘!だったらさっきの泣きたいってのは何だったの?」
「うっ…」
すぐにバレる嘘は即座に見破られた。
リムの言う通りだった。俺は悔しかった。
そもそも自分より格上の人間に馬鹿にされる行為に対し、才能が無いからと自分に必死に言い聞かせている奴は大概が内心で激しい悔しさを抱えている。それを俺は自身の体験で知った。
「……あぁ、今のは嘘だよ。本当はな……すごい、悔しいさ!!俺よりも才能のある奴が羨ましいし、俺よりも一生懸命になれて、強くなってく奴の背中を見るのが辛い!!!」
その言葉は、今までよりも激しくつらつらと口から放たれた。今まで溜め込んでいたのだと、俺は自覚した。
「ほらやっぱり!」
「……」
言い終わり、俺の顔は熱くなった。鏡を見なくても、顔がどうなっているのか分かる。
「だったら、道は一つだね!」
リムは俺の手を取った。
「いいのか…?俺は、昔の俺とは違うんだぞ」
恐る恐る俺は聞く。
「いいよ。頑張るって決めたルークは、昔と同じくらいカッコイイ!」
「ははは……何だよ、それ」
リムの言葉に思わず俺は笑ってしまった。そして改めて俺は彼女に向き直った。
「リム。頼みがある」
「何?」
「俺が、挫けそうな時。投げ出して逃げ出してしまいそうな時、俺を引っ叩いて元の道に戻してほしい。
そのために、と、とりあえず……俺と……友達に……なってくれ。」
俺は手をリムの前に差し出した。
余りにも言い慣れていない言葉に再び顔が紅潮する。
「……うん。とりあえず……友達として、ルークの隣に居る!!」
彼女は元気良く快諾の返事をし、俺の手を握った。
俺は弱い。
だけど、そんな俺にも意地が出来た。
落ちぶれた俺に好意を向けてくれる人、俺に期待してくれる人、その人の思いを裏切りたくない。そう思うようになった。
その人が俺に掛けてくれた思い、俺に掛けてくれた時間、それらは無駄じゃないって周りに証明したい。
それが、ルーク・アルギットがする事の出来る唯一の恩返しだ。
その日から俺は死に物狂いで足掻いた。
自分に足りないものを補うように思考力を鍛え、元々才能の無い面の強化を怠らなかった。
そうしていく内に、少しずつ、少しずつだが俺の周りにまた人が増え始めた。
リム、ムーミ、レイ先輩やミリンダ先生。俺に好意や期待を向けてくれる人達が現れた。
冷めていた心が再び暖かさを取り戻していった。
こうして俺は、本当の『居場所』を『目的』を見出した。
・・・・・・・
「オラァ!!!」
アカの拳がルークの眼前へと迫る。
その時だった。
「「っ!?」」
パリィンと言うようなガラスを割るかのような音が周囲から響き渡った瞬間、アカとルークの二人は元の場所へ、トムコールの使用する一室へと戻った。
「ど、どうなってる…!?」
これには流石のアカも動揺したようで周囲を見回している。
「ルーク!!」
「っその、声は…」
その声音に仰向けのままルークは首だけを声のした方向へと向けた。
ルークは入り口の扉に現れたその姿に目を見開いた。
「アカシ……!」
「ははっ、久しぶりだな」
まるで久方ぶりに友人と再会したかのような返事を燈は返した。
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