ルーク・アルギットという男 その1

弾性世界バウンズワールドはよぉ。空間が全部ゴム製になるなんつー便利なもんじゃねぇんだよ。これは弾性魔法と空間魔法の掛け合わせだからなぁ。壁なんかは自由に出せる。だが自分の意のままに何でもかんでもゴム化出来る訳じゃあねぇ。多少の制約や条件がある」


 アカは語る。


「俺の半径約3m、それがこの空間の床や壁の弾性を上げられる射程だ。そして今俺とお前の射程距離はその3mまで縮まってる。だからよぉ…」


 そこまでアカが言った所で、ルークは違和感を感じた。自分の放った拳が明確な致命傷に至っていない事に気付いたからだ。

 ルークは足元を見る。そこには自分の足が沈み込んでいる光景が映った。


「てめぇの足元の弾力を上げた…」

「それで…」


 腰の入った拳だったはずだった。しかし足元がトランポリンのように沈んだ事でしっかりと拳がアカに入る事が叶わなかったのだ。


「最初からこうしてりゃあ良かったぜ。てめぇがそっちから近づいて来た時によ。保有者チーターがどんなもんか楽しみたくて少し遊んじまったがもうそんな事はしねぇ。お前はここで俺にやられるんだぜ!!」

「っ!?」


 アカの言葉に咄嗟にルークは距離を取ろうとする。


 まだだ、俺はコイツを拘束してる…主導権は俺にある…!


「とか、思ってんだろ?」

「なっ!?」


 次の瞬間、ルークは目を見開いた。何故ならばアカがルークの魔法拘束を無理やり破壊したからだ。


「身体強化を少し掛けりゃこんなもんどうって事無いぜ。てかてめぇの魔法弱ぇな。それでも保有者チーターかよ」


 呆れるように言うアカは地面に足を付き足元の弾性力を上げ一気に加速、腕を伸ばしルークの首元を掴んだ。


「がはっ!!」


 首を締め付けられたルークは堪らず声を上げる。そしてそのままアカは彼を床に叩きつけた。


「お、お前……」


 ルークは上から見下ろす形になっているアカを睨み付ける。


「おーおー怖い目すんなよ」


 そう言ってアカはニヤつく。


「神人教の…手先か…」


 自分を狙い、チーターという言葉を使い、そしてこの実力最初から分かっていた事を確認のためにルークは聞いた。


「へぇ、俺達の事知ってんのかよ。来た時は平和そうで退屈そうなトコだと思ってたがそういう事はしっかり情報いってんだな」


 少しばかり感心したような声をアカは漏らす。


「…教えてくれ…」

「あ?」

「数か月前、にも…お前達は……俺に刺客を……送ったか……?」

「そんな話は知らねぇな。まぁ数か月前から仲間が準備してたみてぇだが俺達が来たのは今日が初めてだ

ぜ」

「そ、そうか……」

 

 じゃあ…俺は、やはり……。


 アカの返答にルークは何とも言えない表情を作る。そして自分のしてしまった過ちに唇を噛み締めた。


「御託はもういいか?じゃあもうお休みの時間だ。意識飛ばさせてもらうぜ」


 握り拳を作るアカ、身体強化で向上されたそれを無防備な状態で食らってはひとたまりも無い。


 俺は…どうして、こんなに……弱い。


 自分の無力さを痛感するルーク、誰かを守るため処か自分を守るためにすら満足に戦えない。

 それに…傷つけるべきじゃ無い人を、傷つけてしまった。

 ルークの頭には数か月前まで短い期間だが心の許せた人間の顔が浮かぶ。

 だがもう彼に謝れる機会は二度と訪れない。それを彼はルークは自覚していた。

 力も、心も……何て未熟で、醜くて、弱いんだ。

 意識を失う間際、アカが拳を振り下ろす寸前、ルークは己が劣等感に憔悴する。



 ルーク・アルギット、彼は他の人間とは違う特異な力を持って生まれてきた人間である。

 今から語るのはその彼の今日までの軌跡である。


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「こ、これは……」


 騎士学校では一定の年齢を迎えた子供に適正特性が無いか調べるために一回騎士志望ではない子供もそうでない子供も一回は行かされる。

 学校の教官の監視の元、騎士が体内に内在する魔力に反応する特殊鉱石を用いて一人一人丁寧に子供の魔力特性を調べるのだ。

 そして今調べている子供の魔力特性に騎士は思わず声を漏らした。


「ど、どうしましたか?」


 ルークの住む孤児院の院長が恐る恐る聞く。


「す、すごい…普通特性は持っていても二種類なのに…この子は全ての特性を持っている!!」

 その一言が、ルークの人生を大きく変えた。


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「はい、それじゃあいよいよ明日ここから卒業するルーク君の門出を祝って、頂きましょう!」


 孤児院の子供の引き取り手が見つかり院を出て行く前日の夜はそれを祝うために普段よりも豪華な食事が夕食に振る舞われる。

 仲の良い孤児が出て行く時はその食事よりも悲しさの方が勝り少しばかりお通夜のようになるが俺はこの時誰一人として友達と呼べる人が居なかったため皆が皆何の気兼ねも無くその豪華な食事に貪りついた。


「……美味しい」


 子供ながらに俺は呟いた。

 こういった食事は提供回数が少ないため、やはり美味しい。だが、この時の俺には何処か少し物足りなく感じた。


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「ふぅ…」


 孤児院の子供たちは四人一部屋だ。二段ベッドが二つあり俺はその一つの内下段で寝ていた。

 だが院を発つ前の最後の夜のこの日ばかりは目が冴えわたり眠れないでいた。


 コンコン


「…ん?」


 そんな時、部屋の扉を叩く音がした。

 他の三人は既に就寝しておりこの時この音を聞いたのは俺一人。この音に応えるかどうかの判断も俺一人に委ねられていた。


「……」


 俺はこの音に応えるという選択を取った。ベッドから抜け出しなるべく足音を立てないようにゆっくりと歩き扉のノブに手を掛けた。


「誰?」


 ゆっくりと扉を開けて俺は顔を出した。そしてそこに居たのは全く想像していない人物だった。


「あ、よ、良かった…。まだ寝てなかったんだ…」

「お前は…えーと、確か名前は」

「リ、リム。私の名前」


 少しどもりながら自分の名前を言ったリムは俺を見た。


「あ、あの…。少し外…出よ?」

「え…?」


 リムの提案に俺は少し面食らってしまった。

 本来は今は就寝時間、院長の見回りを掻い潜るのは容易だろうがそれでも規則を破る気は俺にはならなかった。


「わ、分かった」


 だがそれは今までならばの話だった。

 明日ここを発つ身の俺は、この時ばかりは何かルールを順守するという事に対し何か頓着が無くなっており、いともたやすくリムというほぼ話した事も無い少女の提案を受けた。


 孤児院を抜け出すといっても別に敷地外に出るという話ではなかった。

 俺はリムに案内されるがままに歩いた。リムが案内したのは屋根裏だった。屋根裏は物置になっており普段から人っ子一人入る事も無い。そしてその屋根裏から更に上がり俺達は屋根の上にまで来たのだった。


「ここ。私の秘密の場所」

「へぇ…」


 そう言って笑うリムを横目に俺はそこから見える景色を見た。丁度良い夜風を肌で感じながら見るその景色は、月が照らしている事もありとても輝いて見えた。


「あ…」


 しかしそれよりも息を呑むような景色が俺の目に入った。それはふと上を向いた時に一気に目に流れ込んだ。

 星である。夜空に無数に散布する星々が空を彩り、何とも形容し難い程の美しい景色を作り上げていた。


「すごいでしょ?晴れてる空をここから見ると、すっごいキレイなんだー」

「す、すごいな。本当に…きれい。でも何で、俺をここに?」


 ここでようやく俺は、抱いていた疑問をリムにぶつけた。

 孤児院時代、俺は積極的に人と関わるという事をしていなかった。だから勿論、人間関係は軽薄を超えた軽薄なものになっており今ではあれだけ仲の良いリムともこの時はまだほぼ接点が無いと言って良かった。


「え、えーっと…それは…」


 聞かれたリムはもじもじとしながら両手の指を合わせた。やがて意を決したように俺に向き直る。


「ル、ルーク…君が……好きだから」

「…………え?」


 リムの口から放たれた突然の告白に俺は面食らってしまった。


「え、あ、あの…えーっと」


 子供の中でも中々に大人ぶっている方だと子供ながらに自覚していた俺だったが、この時ばかりは顔を赤らめるだけで何と答えれば良いか分からなかった。


「ルーク君がここから出て行くって知って、すぐに気持ちを言わないと離れ離れになってからじゃ遅いって思って、でも中々言う勇気が出なくって…それでも、これじゃダメだって勇気出して…それで」

「ま、待って」


 語り出すリムを俺は止めた。それはこれ以上聞きたくないからといった理由からではない。


「な、何で……俺?」


 これが聞きたかったからだ。先も述べた通り俺とリムにはほぼ接点が無い。リムが俺を好きになる要素は皆無のはずなのだ。


「そ、それは……覚えて、ない?」

「お、覚えて無い……ごめん…」


 俺は罪悪感を体中で感じながら頭を下げた。


「あ、あははしょ、しょうがないよね。二年くらい前の事だもん」

「二、二年前…?」


「うん。まだ私がここに来たばっかりだったころ。泣き虫でずっと泣いてた私をずっと慰めてくれた」

「え……あ、あぁ」


 そこまで言われようやくこの時の俺は思い出した。確かにリムの言った通り、俺は泣いていた彼女をずっと泣き止ませようとしていたのだ。

 だが別にそれは俺が親切心でやったとかそういった訳ではない。外で遊んでいた子達を除き、一人で過ごしていた俺のような奴は同じ部屋に集められそこで時間を過ごさせられる事を強いられていた。その事に対し何一つ不満は無かったがリムが来てからその不満のようなものが少し生じた。さっき言った同じ部屋に集められた奴、そこには俺とリムしか居なかったのだ。しかもアイツはずっと泣いていたため俺は何かをした訳ではないが、とても居辛く満足に本も読めなかった。

 よって俺は彼女を慰め続けた。そして暫くしてようやく笑う事が多くなったリムは外で遊ぶ元気で模範的な子へと成長を遂げたのだ。


「で、でもそれだけで……」

「『それだけ』じゃないよ!」

「っ!?」


 ここまで時間帯や人に見つかる事を気にして声を抑えていたが、それをここでリムが破った。


「私にとっては…ホントにスゴイ…嬉しかったんだよ。ルーク君の言葉が……私を、助けてくれたんだもん」


 リムの言葉に俺はますます何を言っていいか分からなかった。

 俺はリムを恋愛対象として意識した事など無い、それに俺はここを出て行く身の上だ。答えは勿論『NO』だろう。

 だがそれは自分の気持ちを優先させた場合だ。折角俺なんかに対して向けてくれた好意を無下にするのはどうなんだと俺は俺に問うた。


「い、いや……俺は……」

「うん、分かってるよ。こんな急に言われても困っちゃうよね」

「え…」


 俺の真意を見透かしたようにリムは言った。


「返事は今じゃなくていいよ。何時かまた、その時に改めて聞かせて!」

「あ、改めてって……」


 いつだそれ…。


「じゃあもう戻ろう!あんまりここに居ると院長に見つかっちゃうかも」

「え、あ、おい…」


 せこせこと屋根裏へと戻ろうとするリムに俺ば置いてきぼりだった。

 この場を納められた事に一抹の安堵を迎えると共に安堵感を覚えてしまった自に罪悪感を抱いた。

 でも、仕方ないだろう。俺は誰かに好きなんて言われた事、今まで無かったんだから。

 こうして、この日は孤児院生活で俺が最も心揺さぶられた日となった。 


「……」


 俺は自分の胸に手を当てた。

 安堵感や罪悪感を感じていた俺の心だったが、人から向けられた好意に対しその当時の自分では言い表せない感情が微かに俺の中に生じた事を実感したがその時の俺は明日へ備えるために寝室へ戻ると、無心となって寝た。 

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