反乱伝播

「っ!!」


 直後、エリスの身体が硬直する。

 アオのサイキックバウは先程の金属の柵などの無機物に対しては少ない魔力で発動する事が出来るが人や植物などの有機物に対しては相応の魔力を消費する。が、それでも人一人を簡単に殺害できるこの魔法は十分使い勝手が良かった。


 くっ…、さっきの男にサイキックバウを使ったのは間違いだったか…。最初から刺殺という選択肢を取っていればこの女と対峙する必要も無くこの場を離脱できたというのに。


 自分の選択の誤りに対しアオは後悔した。しかし今の彼にそこまで悔やんでいる暇は無い。ともかく到達してしまった現実として彼は受け入れる。

 対峙するのは強敵、アオにとって念動魔法を使わない理由は無かった。


「弾けろ」


 アオはそう言って手に力を篭める。


 ざけんな…。こんな所で死ねるかよ…。


 自分の体内が歪曲していくような奇妙な感覚に、死の感覚をエリスは悟る。


 だ、駄目だ…。こいつ…私より強ぇ…。


 一瞬の事だ、エリスは負の側面へと思考を落とそうとした。しかし、その時彼女の頭には超えねばならぬ人の顔が思い浮かんだ。


 あぁ…。そうだよな…、こんな所で…終われねぇよなぁ…!!!


「……おお、おおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」


 エリスの身体は散乱しない。体中に力を篭め、叫びを上げ、その場で固まった。


「なっ…!?そんな事出来る訳が…!!」


 その様子にアオは冷静さを欠いた。


 こいつが…俺より格上だというのか…!!!


 彼の念動魔法には弱点がある。それは彼より格上の者には使用しても本来の効果が得られない事だ。

 事実として、アオの師匠であるヴルムやヴルムと同等の強さを誇る教徒達には彼の念動魔法は通用しない。

 だがエリスのような同格以下の相手ならば、通用するはずなのだ。その見込みがあったから彼はこの魔法を放った。しかし直面した現実は予測とは遥かに異なっていた。


「お、お前…!!何をした!!」

「あぁ…?何もしてねぇだろうが…!!!てめぇが訳分かんねぇ魔法掛けやがったから、耐えてる……ただそれだけだ…!!!」

「有り得ない…。お前の強さじゃ俺の魔法に耐えれる訳が…!!」

「そ、そりゃあ…数秒前の……アタシの、話しだろ…!!」

「っ!?」

「い、今のアタシはなぁ…その数秒前より…強ぇ!!!だから、こんなもんなぁ…!!!」


 エリスは更に力を篭める身体強化の魔法を掛け、それに加え自身が鍛え上げた筋肉を酷使する。

 彼女は覚悟した。死と隣り合わせの戦闘において、必ず生き残るという思いで挑んだ。それが彼女に限

界を超えさせた。


「き、きききき効かねぇんだよぉぉぉぉぉ!!!!」


 そしてエリスの身体強化が、鍛え上げた筋肉が、アオの魔法を凌駕した。

 大剣に再び火が灯る。その火は先程よりも確かに熱と量を増していた。


「くっ!!ウォーターバリア!!」

「無駄だ!!もうてめぇの魔法じゃあ今の私に勝てねぇ!!!!アタシはこの瞬間、完全にてめぇを超えたぁ!!」

「ふざけるな…!!ヴルム様の弟子である俺がお前なんかにぃぃぃ!!!!」

「火魔法:超火炎ぶった斬りスーパーフレイムスラッシュ!!!!!」


 エリスの攻撃はアオの水魔法を突破しその斬撃が遂にアオに届いた。


「ぐがあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 勝負が決した。斬られたアオはその場に倒れ、大剣を背中に戻したエリスが立っていた。


「よおぉし!!!」


 勝者となったエリスは拳を握りしめ良い笑顔でガッツポーズをした。


「っててて…。くっそ強かったなぁコイツ…」


 身体の緊張が抜け痛みがぶり返したエリス、だが彼女はここで立ち止まっている場合ではなかった。


「まずはこいつを他の騎士に差し出して…まぁあそこ行きゃあ誰かしら居るだろ」


 エリスは言いながらアオが空けた穴から見える景色を目視した。

 見えるのは第三王宮、エリス達騎士が所属する騎士団の本部が存在する場所である。


「くっそ体痛ぇのに担がせやがってクソが…」


 アオを肩で担ぎながら悪態を吐くエリスはガイセン監獄を出た。



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 第三王宮


「やけに騎士の人達が慌ただしいな」


 騎士が騎士団本部から出て行く様子を横目に見ながらルークは歩いていた。

 だがそんな慌ただしい雰囲気に飲まれている余裕は今の彼には無かった。今の彼にとってそれよりも重要な事が脳内を埋め尽くしていたからだ。


「こ、ここか…」


 目の前の存在する一室、その扉の前でルークは息を整えた。

 騎士団本部人事部統括隊長であるトムコールが居る場所を目前に据えルークは緊張している。


 遂に…ここまで来た。


 ルークは胸に手を当て、今日までの思いを馳せる。

 再び、一度深呼吸。彼は扉を手の甲で叩くと「失礼します」と言って入室した。


「おぉー来た来た」

「……」


 ルークはその光景に、一瞬頭が付いていかなかった。

 結論から言えば、そこにトムルークは居なかった。代わりに、奇妙な格好をした男がトムルークの座る椅子に座り、足の踵を机の上に乗せている。


「待ってたぜ。えぇーと、ルーク……ルーク・リベリオンみてぇな名前の奴」

「誰だ、お前は…?」


 指差す男にルークは問うた。


「あ?アカ、それが俺の名前だ。って俺の名前なんてのはどうだっていいんだよ。重要なのは、今この瞬間、てめぇがこの場所に来た。ただそれだけだ」


 ニヤリと笑った男は、次の言葉を口にした。


「空間魔法:弾性世界バウンズワールド

「っ!!」


 瞬間、アカとルークの周りを謎の空間が包み込んだ。


 何だ…俺は今確かに部屋に居た。だが今のこの状況は何だ!?一瞬にして、別の場所に転移した?そんな魔法が存在するのか…!?


 自分の知っている魔法とは余りにも常軌を逸したそれにルークは混乱した。


「さぁーて、と。ここなら邪魔は入らねぇぜ」


 言いながらアカは身体を伸ばす。


 落ち着け、ここで俺がしなければいけないのはまずここからの脱出。これが魔法によるものなら、奴を倒せば出られるはずだ。


 ルークは戦闘準備に入る。


「おいおい落ち着けって、俺は別にお前を殺そうなんて思ってねぇ。ただちょっとばかし意識を無くしといてほしいってそう思ってるだけだぜ?」

「戦闘不能にするって意味では同じだろ」

「ははは!!ちげぇねぇな!!まぁもう御託はいいや、俺と一緒に来てもらうぜ。保有者チーター

「やはり、目的は俺か」


 明白だった。ルークを狙う人間の目的などそれしかない。


「悪いが俺は負けない」


 もう、あの時みたいにはな…。


 そう思いルークは数か月前まで友だと思っていた男の顔を反芻する。


「へへ、やっぱ言う事聞いちゃくれねぇよなぁ。まぁだと思ったからこの魔法を発動したんだがよ」


 アカは戦闘の構えを取る。


「来いよ。俺を倒さなきゃあここからは出れないぜ」

「分かってる」


 沈黙が二人の間に流れる。

 これから行われる命のやり取り、どちらかが一手でもしくじればあの世へ誘われる。そんな状況下に陥る。

 だが、この世界で戦う道を選択した者にとってそれは当たり前の日常である。

 保有者チーターだろうが何だろうが、関係ない。ルークにとって騎士になるという選択は、己が命を懸けるという事に他ならないのだから。

 ただ、少し命を懸けるのが早くなった。それだけの事だ。  

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