火の女

「来い!!」


 何だあいつは、数秒前とはまるで別人みたいだ。さっきとはまるで目が違う。


 冷静にアオは目の前の青年の豹変ぶりを認識する。


 俺の魔法は間違いなく発動した。だが、奴には何の変化も起こっていない。無効化されたんだ。原理やどうやってかは分からないがそれは間違いない…。有属性魔法でも、無属性魔法でもない…奴のあれは何なんだ?


 思考を重ねるアオだが答えは出ない。突如現れた得体のしれないそれに対し、明確な解を得る事が出来ないでいた。


 とりあえず、全ての魔法は奴に効かないと仮定しよう。その上での有効打は…。


 アオは即座に腰の剣を抜くと一目散に燈との距離を詰める。


 純粋な物理攻撃ならどうだ?


「なっ…!!」


 剣の刀身が目前に迫る燈は思わず声を漏らす。だが時既に遅く、それは彼の頭部めがけて振り下ろされようとした。


「っとぉら!!!」


 だが燈の頭が真っ二つに分断されることは無かった。


「よぉ、アカシ…面白そうな事になってんじゃねぇか!!」


 笑顔でそう言いながらアオの剣を背に担ぐ大剣で受け止めるエリスが現れたからだ。


「エリス!!」

「誰だお前は?」

「人が休憩してる時によぉ…随分と物騒な状況にしてくれたもんだなぁおい」


 首を曲げ剣に力を篭めるアオをエリスは見据える。

 そして次の瞬間、彼女は大剣の柄を握ると勢いよくそれを振り抜いた。


「っ!?」


 振り抜いた衝撃でアオは後ろへ下がる事を余儀なくされ、否応なく詰めた距離は再び戻された。


「燈、端的に情報を教えろ」


 大剣を片手で持ちながらエリスは言う。


「あ、あぁ。突然アイツが現れて囚人達を皆逃がしちまった、多分ここだけじゃない全部の棟の囚人が一斉に脱走した…!」

「状況の認識はアタシと同じか。ここに来る途中、他の看守が急いで話してるのを耳に挟んだが…どうやらマジで結構ヤバイみてぇだな……つーわけで」


 エリスはそこまで言うと燈の顔を見て笑った。


「燈、てめぇも自分がしてぇ事をしに行け」

「…え?」


 彼女の言葉に燈は訝し気な表情を浮かべる。


「言葉の通りだ、ここに居ても構わねぇ。他の奴らみてぇに出てっても構わねぇ。そう言ってんだぜ」

「そ、それが仮にも看守の言う言葉かよ?」

「こうなっちまった以上、誰がどれだけ逃げようが今更だ」

「それはそうかもしれないけど…!」

「あぁ?まだアタシに何か言うつもりかてめぇ…。アタシはお前の顔がやる事決まって、決意してるやつの顔だからここまで言ってんだぜ…?ただここから逃げ出したいだけの奴にこんな事言わねぇよ」

「エ、エリス…」

「さぁ…さっさと動けよ。アタシの気が変わらない内にな…!」


 エリスの言葉の真意を理解した燈は先程囚人達が逃げ出した穴に向かって走り出した。


「逃がしません…!」


 奴のあの未知数な力、あんな不確定要素を野に放つわけにはいかない!!


「おっとてめぇの相手はアタシだぜ!!」


 再びアオの剣にエリスの大剣が衝突する。


「邪魔ですねあなた。どうやら…随分常軌を逸してるようだ。改めて間近で見てそう思う。発言も到底この国の騎士に準じてる人間のそれとは思えない…どう教育を受けたら、こんな騎士が育つのやら」

「ぶちぶちうるせぇなぁ…。アタシは別にこの国のために騎士の道を進んだ訳じゃねぇ…。超えなきゃならない相手を超えるために騎士になったんだよぉ!!」


 せめぎ合っていた剣と剣のつばぜり合い、だがそれはエリスが強引に力で剣を振り再びエリスとアオの二人に一定の距離が生まれた。


「どうやら、全力でいかなければいけないらしいですね」


 二度の剣のぶつかり合いによりアオは目の前の女性が余力を残したまま戦えないのだという事を悟る。


「てめぇ…さっきと今ので分かった。かなり強いなぁおい。いいなぁ、てめぇを倒せばアタシはまた姉ちゃんに近付ける…そのための糧になってもらうぜぇ!!!」


 白い歯を見せ、にかっと笑いながらエリスは言う。彼女もまたアオの実力の程を理解し全力で挑むつもりなのだ。

 エリスは片手で持っていた大剣を両手で持ち、構えた。

 そして次の瞬間、彼女の剣の刀身が火に包まれる。


「火属性魔法の使い手か」


「行くぜ…!」


 一層大剣の柄を強く握りしめるとエリスは叫ぶ。


火炎ぶっ飛び斬りフレイムスラッシャー!!」


 剣を頭から真下へ振るエリス、すると炎の斬撃がアオに向かっていく。


「ウォーターバリア」


 その攻撃に対し、アオは水で形成した盾で応戦する。


「水魔法使えんのかよめんどくせぇな」


 その魔法を目の当たりにしたエリスは思わず舌打ちした。


「水と火、相性では俺に分がある」

「へっ…。関係ねぇなそんなの」

「さっきの舌打ちと矛盾してないか?」

「うるせぇ!!!!!」


 アタシは知ってんだよ。属性相性なんて超越する存在が居るのをな!!だから・・・。


「気後れなんてしてられねぇんだよぉ!!」


 再び距離を詰めるエリス、自身の剣の射程にアオが入った事を確認すると彼女は思い切りの良い横振りを見せた。


火炎斬りフレイムスラッシュ:横ぉ!!」


 アオは先程同様にウォーターバリアを張ろうとしたがその直前にそれではエリスの攻撃を防げないと悟る。


「っ!!」


 その結論に至ったアオは念動魔法:サイキックチェインを掛けた。


「って何だこれ動かねぇ!!」


 エリスの剣はアオの身体までは至らずその直前で止まった。


「水魔法:スプラッシュポーク」

「っアブね!!!?っつ…!!!」


 アオの攻撃反転、彼が攻撃に転じた事によりサイキックチェインによる拘束が解除された。

 だから何とかエリスも避けに転じる事が出来たのだが、それでもあまりに咄嗟の事だったため何発かアオの攻撃を食らってしまう。

 水を纏わせた剣での多数回突き、水流のような流れる動きだがそれが逆に相手の認識を鈍らせる。

 エリスは自分の損傷個所を確認した。


 右腕と左足に突き刺された穴、あの攻撃速度…あと少しアタシの反応が遅かったら体中穴だらけだった。マジであぶねぇ。それに問題はそれだけじゃない、何だアイツの魔法は…。有属性でも無属性魔法でもない…。あんな魔法は初めて見た、やっぱりコイツ…タダ者じゃねぇ。


 無属性魔法:回復ヒールを損傷個所に施しながらエリスは体制を整え直す。


 遠距離からの斬撃は水魔法の盾で防がれる、かと言って近距離で攻撃を入れようとしてもさっきの訳の

分からねぇ魔法に掛けられて逆にこっちがダメージを受ける…。


 エリスは雑把な性格だが事戦闘になると冷静に状況や相手を分析する。


 危なかった、奴の剣技…あと少し俺の念動魔法が遅れていたら…。本当ならサイキックバウで肉体を破壊したかった所だが、如何せんあれには準備が必要。よって比較的容易に発動できるサイキックチェインを使ったが…。


 アオの使用している念動魔法、これには幾らか改善点があるのだ。それらの点を未だ彼は克服出来ていない。


 だがさっきのようにダメージを与えていけば最終的に勝つのは俺だ。この戦い、確実に俺が勝った。


 遠距離戦と近距離戦この二種を先程のやり方でやっていけば勝てる。


 アオは自身の勝利を確信した。


「へへっ…。いいじゃねぇか面白れぇ!!」


 だが、エリスは笑った。自身の敗色濃厚な雰囲気に動じる事無く。 


「その気力は何処から来るんです?そのまま黙って逃げるのが最も合理的だと思いますが」

「言っただろうが、アタシは超えなきゃならねぇ相手が居んだよ。だから…こんな所で、逃げるなんて選択肢は…無しだぜ!!!」


 再び、エリスはアオに向かって走り出し距離を詰めようと試みる。


「学習しない馬鹿のようですね。いいでしょう、ここで正式に引導を渡してあげます!!」


 片手で剣を持ち、手を前に出すとアオ。先程のように咄嗟の事態ではないためその魔法は容易に発動する事が出来た。


「サイキックバウ!!」  

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