覚悟
独房内で一人燈は天井を見ながら考えていた。
俺は…絶対に元の世界に戻る。その決意に揺るぎは無い、だけど…そのために誰かを踏みにじる事はしたくない…。
甘えた考えだった。目の当たりにした事実からそんな事は不可能であると彼が一番よく知っていた。
だがそれでも、燈は思わずにはいられなかった。
しかし時間は有限ではない、この世界の一日が元の世界の一秒であろうと確かに時間は前に進んでいるのだ。覚悟を決めなければならない、その事は目を背けていても燈の前に立ちはだかる。
大切な人に会うために、誰かを踏み台にしなければならない。もう、燈に選択肢など存在していない。
「…っ」
天井に向けて掲げた拳を握りしめる。爪が手の平に食い込むほどに。
俺は…やっぱり弱い。肉体的にじゃない、精神的な意味でだ。人は、大切な人や物のために真っすぐに突き進める。俺もそうだと思っていた。何よりも大切な俺の恋人に再会するためにどこまでも前に行けると思ってた。だけど、そうじゃなかった…。
この世界で過ごして、新しい繋がりを手に入れた。その繋がりで得た人達は、如何にも訳ありな俺を助けてくれた。
ルークも、リム達も、皆根は良い奴らだ…俺には、あいつ等を切り捨てるなんて事は考えられない。
思考のループ、燈の脆弱性がもたらした止めどなく不毛な思考。はっきりとしない意志の弱さは、彼をますます無能たらしめた。
そんな時である、監獄の外から大きな爆発音が聞こえたのは。
「っ!?何だ…!!」
燈はたちまち飛び起き牢の柵まで行き何が起きたのか確認しようとした。それは他の囚人たちも一緒でありほぼ全員が声を上げながら牢の外を見る。
しかし燈を含める囚人たちは何が起きているのか確認する事は出来なかった。爆発音は燈たちH~J棟ではなく別の棟で発生したものだったからだ。
「ま、また…!」
声を漏らす燈、先程同様の爆発音を耳にしたからである。約三分ほどの間隔でその音は発生し、その音は次第に燈たちの収容所に近い場所で起きている事を音の大きさから燈は悟った。
そして、その爆発はH~J棟でも起こった。
爆発により壁や天井が崩壊し、激しい風圧が燈たちを襲う。
「くっ…!」
土や小さな石が舞い散りたまらず燈は目を瞑った。
腕で目元を拭いながらゆっくりと目を開ける、するとそこに一人の少年と思しき容姿をした人間が立っていた。
「こんにちは、ガイセン監獄の囚人方。私の名前はアオ、あなた達を開放しに来ました」
アオと名乗る彼は燈たちにそう告げた。
「な、何だてめぇ!?」
囚人は当然の反応を見せた。
「今言った通りです。あなた達を…ここから出してあげましょう」
そう言ってアオは反応を見せた囚人を閉じ込める柵を触れる事無く捻じ曲げた。
「なっ…!」
それにはその場に居る囚人達全員が驚愕の表情を見せる。
「さぁ、早く。他の棟の皆さんも既に脱獄を促してあります。騎士は彼らを追う事で手いっぱいだ。ここからの脱獄は容易です」
「お、おおおぉぉぉぉぉぉ!!!マジかマジかよ!!やったぜ!!」
歓喜の様子を見せる彼は悠々と柵の捻じ曲がったそこを飛び越えた。
その様子を見ていた他の囚人達、当然次に起こす行動は決まっている。
「お、おい!!俺もだ俺も頼む!!」
「早くしやがれ!!俺を出せぇ!!」
彼らは次々にそんな言葉をアオに吐く。
「焦らないで下さい。今すぐに全員、解放して差し上げます」
そう言ってたちまちアオはH~J棟の柵を破壊していった。
「お、おいお前ら!!本当に脱獄するのかよ!?」
しかしそこで別種の声を上げるものがいた。燈である。
「あたりめぇだろ!!あんなおっかねぇ看守の監視されるなんてもうこりごりだぜ!!」
「こんなクソの掃溜めみてぇな所入れる訳ねぇだろうが!!」
しかし燈以外ここには監獄の抑圧に苛立ちを感じる者しか居ない。更にはエリスという傍若無人な看守から逃れたいという思いが一層その苛立ちや鬱憤を募らせる原因になっていたようだ。
「どけっ!!」
「っ!?いってぇ!!」
解放された囚人達がが逃げようと前方に立ち尽くす燈を無理やり弾き飛ばした。
床に叩き伏せられた燈など目にもくれず彼を踏みつけるように囚人達はアオが爆発させ開けた穴に向かって一目散に走り出す。
「くっ…!!」
痛みに呻きながら燈は立ち上がる。気付けばその場には燈しかおらずH~J棟の囚人は収容所から抜け出し、監獄からの脱出を実行しようとしていた。
「さぁ、あなたも早く」
「ふざけるな……!!」
「ん?」
ガイセン監獄の囚人達が一斉に脱獄する。それがどういった結果を招くのか、この世界に来てまだ日の浅い燈ですら理解出来た。
「こんな事をしたら、何の関係も無い人達にどんな危険があるか…分かるだろ!!!」
ガイセン監獄に収容された人間の人間性、それがどんなものかこの数か月で燈は嫌という程知っていた。だからこそ、更生もされず、鬱憤や怒りだけを蓄積された彼らが帝都に放たれたらどうなるのか恐ろしい程に想像がついた。
「どんな罪を犯そうと、人は人です。そこに大小も、優劣もありません。正義や悪ではない。私達はそんな安い言葉で測れる次元で神事を遂行しない」
私達…?神事…?何だ、何を言っているんだ……?
放たれた言葉から推測と思考を重ねようとする燈だったがそれをするにはあまりにも情報が不足していた。
「私達の目的に則さぬ行動をするものは必要ない。ここを抜けださないのならば……消えろ。念動魔法:サイキックバウ」
そう言ってアオは燈に向かって手を伸ばした。瞬間、燈は悟った。
こいつさっきの柵を捻じ曲げた能力…魔法を俺に向かって放つつもりか…!!まずい、そんな事されたら…!!!
すぐにその場を離脱しようとする燈だったが、既に遅かった。アオの魔法は発動し、燈の肉体は先程の金属の柵のように捻じれる…かに思われた。
「……え?」
数秒経ち何も起きない事を燈は認識した。肉体には何の変化も無くただそこには数か月彼が使用している肉体そのものが存在していた。
「何…?」
燈に魔法が効かなかった事に、流石のアオも少しだけ冷静さを欠いた。
「お前…何者だ?俺の魔法が効かないなんて、只者じゃない」
俺がアイツの魔法を無効化したのか?つまり、あの魔法はチートって事か…?でも、何だ何かルークの時とは違う気がする。
ルークの時同様、魔法を打ち消せた事を認識した燈は前回との違いにふとした違和感を覚えた。
でも、これなら…何とかなるかもしれない。だけど……。
何とかなったとして、その後…俺はどうすればいい?
再びこの数か月思考していたものに燈は直面した。
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情けないわね。
何だ、これ…これは…。
ふと最愛の人の幻聴を燈は耳にする。それは記憶、記憶から再生されたマキの声だった。
『アンタは馬鹿なんだからそんなに迷ったって何時までたっても結論なんて出ないわよ』
「違うんだマキ…何時もなら俺が愚直に頭を下げて、ぶつかって…だけど会社の取引とは訳が違う。そういう事じゃないんだ…これは」
『なら、何もしないの?』
「それは…」
『アンタが出来る事なんて、真っすぐぶつかっていくことだけでしょ?』
「ひ、ひどいな…」
『いつも真っすぐ進んできたじゃない。そんなあなただから会社の上司も、部下も、あなたに好意的な感情を向けてる』
「でも……俺は、皆より何も出来ないんだ。だから努力して、何とか大学に入って、何とか就職して…それで、今度はよく分からない所に来て…元の世界に戻るために何とか頑張ったんだ…でも、そのためにはルークを…」
『うじうじ煩いわね。いいからさっさと行きなさいよどうせこの数か月脱獄の手立ても考えずにうだうだ悩んでただけしょ。出るチャンスよ』
「酷くない!?もうちょっとこう彼氏を励ますとかないの!!」
『今のそんな状態のアンタを励ましたら余計駄目になるから言わないの!!数年彼女やってんのよ。あんたの情緒の状態なんて手に取るように分かるわ!!』
「そんなぁ…」
『いい、燈。これからあなたにはきっと色々な事が待ってる。でも、その過程で絶対にその優しさを忘れちゃ駄目よ。その誰かを思いやる気持ちを失ったら、私あなたのこと嫌いになるから』
「えぇ!?何だよ突然!!」
『自分の事が懸かってるのに誰かの事を考えられる。それは誰にも出来る事じゃない、それは紛れも無くあなたの才能よ。あなたは無能なんかじゃない、常にだれかの事を考えて真っすぐに進むあなたの事を悪く言う奴が居るなら、私がそいつの事を許さない』
「…っマキ」
『はい、覚悟は決まったでしょ。ならこんな所に居ないで早く戻って、あなたの『現実』に」
何だかんだ励ましてくれる彼女に燈は一筋の涙を流す。すぐさまそれを拭き取った彼は言った。
「なぁ、なら一つ頼んでいいか?」
『何?』
「送り出してほしい。それで、俺は前を見て歩くよ」
燈の言葉に少し苦笑したような笑みをマキは零した。そして彼女は言った。
『行ってらっしゃい』
「………行ってきます!!!」
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燈は拳を握りしめた。
「……俺は、ただの人間だよ。それ以上でも、それ以下でもない」
ルークにどう向き合うか、それはまだ答えは出ない。でも、決めた。
俺はアイツにもう一度会う、会わなきゃならない。もう迷わない!!!
そのためにまず、目の前のコイツを止める。コイツを倒す…!!
戦う姿勢を取る燈は真っすぐに目先のアオを見詰めた。
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