議会炸裂

 帝都サルファスにあるリース王宮、この王宮は帝都内に三つ存在する。『明日への夜明けセイントノーツ』騎士団本部がある第三王宮、国内で権力を持つ人間たちが会議をする場に利用される第二王宮、そしてユースティア王国の最高権力者である国王が座す玉座のある第一王宮である。


「あら、どうしましたあなた?」


 そう言うのはサルス国王の妃、ミルザ王妃である。


「いや…少しな」

「あらあら、その水晶…」


 ミルザがサルスの持っていた水晶の惨状に思わず声を漏らす。

 彼が持っていた水晶にはヒビが入り、そこから破片が零れ落ちるという有様だった。


「これは、まずい…」

「まずいって何がです?」


 深刻そうなサルスとは対照的にキョトンとした様子でミルザは彼を見た。


「ミルザ、玉座を頼む。私はしなければならない事が出来た」

「えっあ、あなた?」


 ミルザに玉座を預けたサルスは立ち上がるとそのまま歩き出し王の間を後にする。


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 第一王宮、その地下にはサルスのみが知っている秘密の地下室が存在した。


「なるべく、ここには入りたく無かったんだがな…」


 地下室内には様々な装飾品など主に手に収まる程度の小物が陳列されていた。

 その中にあるペンダントを一つサルスは手に取り蓋を開けた。ペンダントの中は鏡が付いており、他にこれと言って特出すべきものは付随していない。


「ティーゴ。私だ」


 だがサルスはその鏡に向かい声を掛けた。傍から見れば頭のおかしい人間に見えるだろう。


「はい、サルス国王陛下。本日はお日柄も良く」


 そう声を掛けた数秒後、そんな声が鏡を通してサルスの耳に伝わった。


「挨拶はどうでもいい。首尾はどうだ?」

「現在魔物領へ入り三日が経過しました。討伐した魔物は三百体。帝都付近で凶暴な魔物発生の原因を調べるためにこのまま更に魔物領を北上する予定です」


「そうか…状況は理解した。それを承知で命令する。ティーゴ、数時間以内に帝都へ戻れ」

「サルス国王陛下、議会で決議された今回の魔物領への遠征には相当の金と私という『最高人材』を投資しています。何の成果も挙げずにこのまま戻るのは、如何なものかと」

「もう一度言う、これは帝都の最高権力者である私が下す命令だ。後の責任は私が持つ、戻ってきてくれ、ティーゴ」


 サルスの鬼気迫った声音にティーゴは何かを察したようだった。


「……承知しました。三時間以内に戻ります」

「ありがとう。感謝する」


 サルスはペンダントの蓋を閉じ、同時に通信は終了した。



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 第二王宮 議会室


「それでは、これより第93回予算案の決定を行う」


 この会議は王宮役員と呼ばれる者が執り行う。規定以上の財力と地位を確立している者の中から推薦や自主的な立候補など様々な形で三十名の人間が役員入りを果たすのだ。


「まず、現状最も危惧すべきは帝都付近での魔物の増加だ。地方の三、四級騎士だけではいい加減限界がある」


「私も同意見だ。魔物が周辺の農作物や湖の魚を食い荒らし、酷い場所では死者も出ている。この事態を一刻も早く収束させなければ…」

「出現が続く魔物は全てが共通して凶暴化している。魔物研究棟の者の調べによるとあそこまで凶暴なタイプは魔物領に生息するものである可能性が高いとされ、調査のために戦闘に秀でている騎士を向かわせることになっていたはずだが…まさか、ティーゴ・エバレンスを単独で行かせるとはな」

「魔物領にはまだまだ我々の知らない要素が多すぎる。実力のある騎士が調査に行くのは必然だった。だががよりにもよって彼を行かせるとは…他の一級騎士でも良かったのではないですか?」


 そう言って役員の一人は同じように席についている一人の役員に目をやった。

 同様に、他の役員もその役員を見る。


「クルーザーさん。あなたですよね、二か月前の会議でティーゴ・エバレンスを魔物領への単独調査に向かわせる案を出したのは」

「ははは…、私だけをそこまで責めるのはお門違いというものじゃないですかな?私の案に賛同した方々は居たはずだ。そしてあの案が可決されたという事は、あの段階で過半数の賛同を得ていたという事になりますが」


 そう言ってクルーザーは役員を見渡す。クルーザーの言う通り彼に賛同した者は前回の予算案会議で確かに居た。


「帝都周辺の魔物を狩るための騎士を派遣、同時に原因の究明。それが前回の議論でとりあえず出した策だったはずでしょう?」

「帝都周辺の警備を強化するため魔物領へは少人数で対処、そのために戦闘に長けた騎士を魔物領へ向かわせるのは合理的だが、あまりにも極端すぎる。少なくとも一級騎士数名で構成された少数部隊を編成すべきだった」

「ティーゴ・エバレンスだけを向かわせるのはやり過ぎだったと?」

「彼はこのユースティア王国の最高戦力であり、市民の希望だ。その希望が不在に加え周辺の状況…いつ暴動が起こってもおかしくない」


 深刻な顔で役員の男は言った。


「しかし、国と人を守るために一級騎士の各地配備は必須要項だった。今更、もしもの話をしても仕方ないですよ。それよりも、これからの話をすべきでは?」


 薄っすらと笑みを浮かべるクルーザー、確かに彼の言う通りだった。第92回予算案会議の際、この事態に対処すべく出す人件費や魔物領への遠征出費、そう言った面においてただ一人の騎士を向かわせるというのは経済面においてとてつもなく魅力的に役員たちには思えてしまったのだった。

 クルーザーの意見に賛同した者は、皆誰かのせいにしたいのである。自分の賛同の重さを少しでも軽くしたいのだ。


「これからの話を、話しを…はなしを…ハナシをしましましましましましましましょう」

 突然だった、クルーザーの様子がおかしくなったのだ。まるで壊れた機械仕掛けの人形のように同じ言葉を連呼し、頭を軽く揺らし始めた。


『?』


 当然だがその場に居たクルーザー以外の役員の誰もが彼の様子に違和感を覚える。


「お、おいどうしたクルーザー?」

「私…私は私は私は……ワタシはぁ……」


 立ち上がるクルーザー、だが次の瞬間彼の肉体は爆発し大量の血飛沫が役員たちの服や顔面を汚した。


『は…?』


 あまりにも唐突に突きつけられた状況に一同は理解出来なかった。いや、理解を脳が拒んだ。


「んぅーーーあぁ…やっぱ限界だったかぁ…今ので無理やり使い過ぎて壊れちゃった」


 飛び散った肉体、だがそれでもクルーザーの居た場所には何故かまだ人が立っていた。


「な、何だお前は!?」


 辛うじて状況に対処しようと役員の一人がそんな声を出す。


「え…?僕、僕はミドリだけど…」


 ミドリと全裸の少年は名乗った。体中血まみれの彼は皮膚に付着した血を舐め取りながら質問に答える。


 あまりにも異常な光景にその場に居た誰もが呆然とそれを見詰める事しか出来なかった。


「まぁ僕の仕事はこれで終わりだしー。後はアオ達がやってくれるよねぇ…」

「な、何だこいつは…!!ともかく外で待機を命じている騎士をここへ!!」

「それはぁ、無理なんじゃないかなぁ…?」

「ど、どういう事だ!?」


 ミドリの発言に一同は動揺した。


「その騎士の人たちはぁ…きっと今僕の仲間の相手をしているよ?」


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 第二王宮 蒼茫の間


「何だお前は…?」

「お前が、一級騎士のルンド・イデル?」

「答える義務は無いな…。ただ、ここへ来たという事は…」

「うん、来るまでに襲ってきた騎士は皆倒した」


 その言葉を聞き、ルンドは腰の剣を抜いた。


 アオの話じゃ、ここは役員の偉い人を守るための護衛騎士、そのリーダーの一級騎士が居るって話だった…この圧、間違いなさそう。


 ルンドの圧に彼が一級騎士である事を確信したキイは真っすぐに彼を見据える。


 ここで、この人を足止めするのが仕事、きっちり、やらないと…。


 キイもまた剣を抜いた。


 コイツ…かなりのやり手だな。王宮正門口の騎士たちを返り討ちにしたというから分かってはいたがこれほどとは……あの年頃の子供が持っていい圧じゃない。


 ルンドもまた、一瞬にしてキイの実力のほどを知った。


 第二王宮で激戦の火蓋が切られようとしている。だが、その波紋は帝都中に広がろうとしている事をこの時まだルンドは知る由も無かった。

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