監獄生活

「アカシ・カンダ、貴様を国家反逆罪でガイセン監獄へ投獄する」


 罪人の処罰を任された騎士に、燈はそう告げられた。

 ルークとの戦いの後、意識を失った彼に必要だったのはまず治療だった。骨折や打撲、出血が酷く処罰を下すにしてもまずは身体の治療が優先だった。

 二か月後、何とか日常生活に支障がきたさない程度まで回復した燈はそのまま判決を言い渡され投獄される運びとなった。

 無論、最初は反発したが燈自身に判決を覆せるわけも無く騎士達を振り切って逃げきれるわけも無かった。

 こうして燈の監獄生活が始まったのである。


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「くっそ…!重い…!!」


 投獄された燈に課せられたのは過酷な肉体労働だった。

 監獄地下にある炭鉱の採掘や地上で木材の伐採、運搬など回復直後の燈の体にとってあまりにも辛いものばかりである。

 そして肉体労働以外にも問題は顕著に見られた。


「作業終了!!さっさと戻れ屑共!!」


 看守の終了の合図を機に囚人たちは夕食のための食堂へと足を進める。その過程で洗体などがある。


「少ねぇ…」


 出された食事を見て思わず燈は声を漏らす。パンが一つ、そしてスープに少しの野菜と肉体を酷使した後に食べる物としては量も質も足りていなかった。

 しかしこんな状況で贅沢など言っていられない。


「うっ…」


 口に食事を運ぶ燈、味はとても美味しいとは言えなかったが何とか食べれない事は無かった。

 食べ物を咀嚼しながら燈は頭を回転させ、これからの事を考えた。

 考え続けて考え続けて、そして早三か月が経過した。


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「へぇーじゃあマジで新入りなんだなアカシは」


 休憩時間、看守のエリスは燈と談笑をしていた。どうやら彼女は話している内に彼の事がそこそこ気に入ったようだ。

 当然看守と休憩中に会話を重ねる囚人など周囲から奇異の目で見られた。燈は多少周りの目線を気にしていたがエリスの方は全くと言っていい程気にしていなかった。

 ここで凶悪な囚人達に目を付けられるのはとてつもなく自分の立場を追い込む事になると頭では理解している燈だったが、グイグイと距離を詰めようとするエリスに対しはっきりとNOと言えないのが彼だった。

 良い暇つぶしとして、彼女に良いように利用されているのである。


「そういうエリスだってここに来てまだ数日だろ?入った順番じゃ俺の方が先輩だな」

「言うじゃねぇか」


 エリスは口角を上げ笑みを作る。


「ま…こんな所すぐに出て行ってやるからどうでもいいけどな」

「その割にはムカついてるのが顔に出てるな」

「あぁ!?」


 耐えていたものが一瞬にして決壊したエリス。だがすぐに咳払いすると先程の調子に戻る。 


「アタシは昇進に響く事はもうしねぇ。この前痛い目見たばっかだからな」

「昇進か…。エリスは何で昇進したいんだ?」

「姉ちゃんを超えるため!」


 エリスは即答した。


「姉ちゃんってのも騎士なのか?」

「おう!それもそこら辺の三級騎士なんかじゃねぇ、一級騎士なんだすげぇだろ!!」

「お、おう」


 一級騎士というのがどの程度なのか分からない燈だったがエリスの言いようからかなりすごい役職の騎士なのだろうという事は理解出来た。


「アタシは絶対姉ちゃんを超える…そのためにはまず一級騎士に、姉ちゃんと同じ土俵に立たねぇと始まらねぇ…」


 そう言って拳を握りしめるエリスの表情は真剣そのものだった。


「お前は…すごいな。ちゃんと目的があって…」


 その様子を見詰める燈はどこかもの悲しそうな様子である。


「何言ってんだ、お前だってあんだろ?やりてぇ事がよ」

「っ!?な、何でそう思うんだ?」


 エリスの言葉に燈は驚愕した様子を見せる。

 その反応は当然のものだった。何故なら彼はエリスに自分の身の上どころかチート回収などというけったいな使命について何一つとして口外していないのだから。


「はぁ?ンなもんお前の顔見りゃあ分かる。てめぇは何かぜってぇやり遂げなくちゃいけない事がある。そんな顔してるぜ」

「……」


 自分より恐らく年下であろう少女に内面を見抜かれた燈は一瞬だが呆然とした。


「……そうか、分かっちゃうか」

「おう」


 小さく呟く燈にエリスは短くそう返した。


「お前の言う通りだ…詳しくは言えないけど俺には、しなくちゃいけない事が…ある」


 燈は唇を噛み締めた。


「俺は……自分の目的を遂行するつもりだったんだ。迷いは無かったし、迷う理由も無かった。だけど…あの時、気付いたんだ。俺のしようとしている事が…どんなに残酷なのか…俺に、そんな事を出来る資格があるのか……!」

「話の要領が得れねぇな。えーっと、つまりお前は諦めたって事か?」

「それは…」


 その言葉に、燈は何も言い返せなかった。自分がどうするべきか、どうしたいか。そんな事は理解している。だが、そのために天秤に掛けるものを彼はもう度外視する事は不可能になっていた。 


「ま、てめぇが決めた事だし身内でも何でもねぇアタシにはカンケーねぇ」


 立ち上がり伸びをしながらエリスはそう言うと


「てめぇら休憩終了だー!!作業に戻りやがれ!!!」


 囚人たちに声を浴びせた。


『おっす!!!』


 エリスの担当であるH~J棟の囚人たちはとりわけ凶暴で看守も手を焼く事で有名だったが彼女がここの担当になり数日、既に彼らは彼女との力関係を理解し彼女の言葉にきっちりと従う模範囚になっていた。


「俺は…」


 重い腰を上げながら、未だ燈は思考の海に囚われ続ける。


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「んー!!あれが王都か!」


 ガイセン監獄から数百メートル離れた丘、そこに三人のローブを被った三人の人影があった。


「アカ、作戦は理解しただろうな?」

「ダイジョーブだって!バッチリだぜアオ。おっし、ヴルム様に良いとこ見せるぜ!!」

「キイも、大丈夫だな?」

「うん」

「俺達の侵入経路は既にヴルム様が確保して下さっている。後は俺達が実行し、成功させるだけだ。いいか、失敗は許されない。ヴルム様のために、死力を尽くすぞ」


 アオの言葉に同調するようにアカとキイは頷いた。


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「ルーク!!帰ったらお祝いだよ!!」

「うぅ…センパイ、ようやくですね…」

「おめでとうルーク」

「皆、でもまだ気が早いって」


 三人の祝言にルークは笑顔で返す。


「いえいえ!王宮からの呼び出しですよ!!これはもう確定ですよ!!」


 ムーミは息を荒くしながらルークに詰め寄った。


「はいはい、近づき過ぎよ」


 しかしそれをレイが首を掴み後ろへ引っ張る。


「でも、この子の言う事には賛成だわ。ほぼ間違いないと思う」


 レイもまた、嬉しそうにルークに言う。まるで自分の事のように嬉しいようだった。


「はは、だといいんですけど」

「もう!自信持ってルーク!!本人がそんなんじゃ駄目だよ!!」


 リムは彼の手を掴んだ。


「そう言ってくれると心が軽くなるな。ありがとう、リム」

「うん!」

「じゃあ行ってくる」


 踵を返し王宮へと歩き出すルーク、三人の美少女たちはその背中を見送った。

 

 三人が、そしてルークが浮足立っているのは王宮からの呼び出しがあったからだ。騎士候補生であるルークが呼び出される理由など一つしかない。それは正式な『明日への夜明けセイントノーツ』への辞令である。


「ようやく、報われるんですね…」

「何泣いてるのムーミ」

「だ、だってぇ…ってレイ先輩も泣いてるじゃないですかぁ…」

「こ、これは目にゴミが入っただけよ…」


 ムーミもレイも互いが同じ感情で涙を流している事を分かっていた。ただ照れ臭くて誤魔化しているだ

けなのだ。


「ルーク…」


 ただその中で一人、リムだけは涙を流さず未だ見えなくなった背中を見送っていた。

 彼の幼馴染であるリムは最も近くで、最も長い時間彼の事を見てきている。彼がどんな思いで訓練に励み、どんな思いでここまで来たのか。一番よく知っている。ようやくそれが報われる、その一歩を踏み出す事が出来た彼に対し涙を流すというリソースを割く余裕が無い程に彼女は万感の思いに浸っていたのだ。




 幸福に包まれた空間、だがそれが崩壊するまで後数時間の時も無かった。  

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