左遷された先で

「エリス・シュメイル。貴様に三級騎士への降格処分を言い渡す」

「はああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!????」


 サルス王宮内『明日への夜明けセイントノーツ』騎士団本部、そこで一つの火花が切られようとしていた。


「ふざけんじゃねぇぞてめぇ!!何でアタシが降格なんだよ!!降格すんのはアタシと一緒に遠征に行った他の無能共だろ!!!」


 そう言ってエリスは目の前に座するトムコールが使用している机を叩きつけた。


「今回だってアイツ等は何にも出来なかった!!魔物を殺したのは全部アタシだ!!アタシが居なかったらアイツ等は死んでたんだぜ!!?」


 そう熱弁するエリスにトムコールは一瞬考慮したような表情を見せる。


「エリス、お前は独断専行が過ぎる。仲間の事を考えられない奴は要らないんだよ」

「あぁ!?そんな理屈が通るかよ!!騎士団に入った奴らには自分の命を懸ける義務が生まれる、弱い奴は殺される。仲間だのなんだのそんな甘ったれた事言ってられるかよ!!」


 だがトムコールの意志は固かった。そしてエリスの今の発言が、彼の意志を更に固いものにした。


「俺から話す事はもう何もない。とにかく、処分はさっき伝えた通りだ。下がれ」

「おい!!ざけんな、納得出来ねぇおい!!」


 今度は実力行使でトムコールに掴みかかろうとするエリスだったが、それはトムコールの側付き騎士に

それを阻まれた。


「何だよお前ら離しやがれ!!」

「「トムコール様に危害を加える事は我々が許さない」」


 二人の巨体の男に無理やり腕を掴まれエリスは部屋の外へと出された。


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「エリス・シュメイル。三級騎士アニマス・ブイオンだ。元二級騎士だが何だが知らないがここでは俺が上官だ」


 新たな職場に来たエリスを迎えた第一声はそれだった。


「ちっ…」


 エリスはそれに舌打ちで返す。


「おいなんだその態度は」

「…あー、はいはい分かりましたよろしく願いしますくそ野郎」

「貴様…!!」


 止まらぬエリスの悪態にアニマスは流石に怒りを覚えた。だが彼はそんな事で規律や行動を乱す男ではなかった。


「まぁ、何を言われようと貴様は今日からここでの任務に従事する事。それがお前に課せられた使命であり義務だ…この、ガイセン監獄でな」


 サルス王国内に設立されているガイセン監獄、ここでは国内で犯罪を犯した人間に施設内で強制労働を行わせている。エリスはここで看守の仕事を任されたのだ。


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「このH棟からJ棟がお前の担当だ。ここには大罪を犯した受刑者が集まっている。犯罪者共が何か妙な動きをしないように見張るのが、一先ずのお前の仕事だ。元二級騎士としての腕を存分に発揮するといい」


「めんどくせーなぁ…」


 エリスはそう言いながらそれぞれ個室の檻に入っている犯罪者達に目をやる。どの人間も凶悪な目つき

をしており大罪を犯したという事実に対して外見が見合っていた。


「ん…?」


 そんな中、エリスは一人の男が目に入った。

 本来なら気になる事は無かっただろうが、その男だけが異質だったのだ。凶悪な風体や顔の人間ばかりの中、その男だけがどう見ても普通の男にしか見えなかったのだ。

 だがいくらその男が浮いていた所で知り合いでも、身内でも無いエリスにとってその男に対する印象は『浮いているな』という認識だけで止まった。


 受刑者の食事の時間になった。それぞれの棟が三棟毎に別の場所で食事を取る。当然エリスが担当するのは先程言われたようにH~J棟の受刑者の食事だった。


 うるせぇな…。


 受刑者たちの食事の様を見るエリスが抱いた感想である。

 罵声や怒号が飛び交い、食事ではなく喧嘩をする者もちらほら居る。そしてその中には


「おいお前新しい看守なんだってなぁ?」


 エリスに絡む者も居た。彼女に話し掛けた男を皮切りにわらわらと他にも数人の男もエリスに寄って来た。


「はははははは!!こいつちっせぇなぁ!!そんな小さい体で俺達の監視なんて出来んのかよぉ?」


 エリスの身長は155cmである。女性としては少し低いくらいだが決して小さい訳ではない。男の身長に対し、相対的に小さく見えてしまうのだ。


「しかもなんだよその背負ってる剣はよぉ?そんなモンてめぇじゃあただのお飾りだぜ」


 さらにもう一人の受刑者のその言葉に他の受刑者たちは大きな声で笑った。

 確かにエリスの背中にはとてもその体躯には見合わない大きさの大剣が背負われていた。太さも相当なものであり彼女の背中と同じくらいの太さである。


「監視なんてよぉ?意味ねぇだろお前みたいな奴じゃあなぁ?それよりも俺達とイイコトしねぇ?」


 そう言ってエリ寸に手を伸ばそうとする。この時、彼らの誰もがその手に抗う事は出来ないだろうと思っていた。

 一人の少女が複数人の極悪人に囲まれているのだ。当然と言えば当然である。


「…はぁ」

「…………え?」


 だが、それは不発に終わった。

 エリスが溜息を吐いた瞬間、男の伸ばした腕が曲がってはいけない方向に曲がったのだ。


「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 捻じれた腕を抑えながら受刑者の男はその場にのたうち回る。


「てめぇ!!」


 その様を見た男達は一斉にエリスに襲い掛かろうとする。


「お、おい待てって!!」


 しかしそれはそんな声によって遮られた。


「あ…?」


 男達だけではない。エリスもその声に顔を向けた。そこに居たのは、エリスが浮いていると感じていた男だった。


「ちょ、ちょっと落ち着けって。今日来たばっかの看守さんにそんな」

「あぁ!?何だよてめぇ」

「ざけんじゃねぇぞ!!」

「ぶち殺す!!」


 血の気の多い男達は口々に言葉を向ける。


「お、穏便に行こうぜ…」

「この監獄にそんなもんはねぇ!てめぇからぶっ殺してやろうか!?」


 受刑者達の矛先は気付けばエリスではなく割って入ったその受刑者に向けられていた。

 今にもゴングが鳴ったら開戦してしまいそうな勢いだ。その様子を静観していたエリスは


「よっと」


 バコン!!!と歪な音を立てて壁に亀裂が入れた。どう入れたかは誰が見ても単純明快、エリスが背中の大剣を一瞬にして抜き後ろの壁に一太刀入れたのだ。


「「「………」」」


 男達はそれを見て言葉を失った。


「てめぇら…。アタシを無視かよ、アタシをどうこうしたいんじゃなかったのか…?威勢がいいから喋らせてやったけどよぉ。あんまり調子こいてると……」


 エリスは壁に刺さったままの剣を片手で抜き男達の前に刃を向ける。


「「「ひいいいぃぃぃぃ!!!」」」


 彼らは悲鳴を上げながら床で断末魔を上げている男を見捨てて自分の席へと逃げ出した。


「ったく」


 大剣を背へ戻すとエリスは再び監視の業務に戻った。


「ん…?」


 しかし床で転げまわっている男以外にも逃げ出さなかった男は居た。


「……」


 ポカーンと口を開けて唖然としているのはエリスを助けようとした男だった。


「アタシとあいつ等を仲裁しようとしたのは分かったが、馬鹿の行動だな。見たところ、お前くそ弱いだろ。そんなんでよく割って入ろうと思ったな」

「い、いや…あはは」


 男は笑いながら頭を掻く。


「まぁ、お前の威勢はあいつ等程醜くなかったな。ついでだし名前を聞いといてやるよ。気に入ったら覚えてるかもな」

「お、俺の名前?あ、あぁ俺の名前は」


 この場所にあまりにも似つかわしくない面構えと風体の男、無意識にだが既にエリスはその男の事を多少ながら気に掛けていた。


「神田、燈だ」


 受刑者の男はそう口にした。 


 新たな歯車が噛み合い、動き出した瞬間である。

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