転機

「お、おい……」


 ルークからすれば訳が分からない。突然涙を流す燈に対し彼は激しく混乱した。


「とうっ!」


「が……ぁ」


 だが突然の第三者からの攻撃により燈は倒れた。


「大丈夫ルーク!?」


 遠距離から水魔法:水流弾を放ったリムがルークの元へ駆け寄って来たのだ。


「リ、リム…」


「こ、こんなに訓練場がボロボロになるなんて…アカシはそんなに強かったの?」


 リムの問いに対し、ルークは返答をしかねた。

 強かったのかどうか、それで言えば弱かっただろう。だが、その尺度で測れない何かが燈にはあったのだ。


「それで…アカシは神人教だったの?」


「……」


 アカシは…。


 ルークは倒れて意識を失っている燈の涙の流れた顔を見る。

 生殺与奪、彼をどうするかの権利は今、紛れもなくルークが握っている。

 ルークの答えは決まっていた。神人教と繋がっている者を野放しにしておくわけにはいかない。ここでリムと情報を共有し判断を上に仰ぐのが最善であり最適の選択のはずだと。だが


「いや……アカシは、神人教じゃなくただのスパイだった。だから騎士の

 裁定尋問の必要は無い。こいつの処分は、俺一人でやる」

 気付けば彼の口は最適解とは全く異なる言葉を吐いていた。


「そ、そうなの…?」


 リムは何とも言えないような顔でルークを見る。真実を知るのはルークだけだ。

 そのルークが言っているのだから信用するしかないのだが、彼女には少し引っかかった。いつもルークを見ているからだろう。何か決めかねたような彼の表情や声音が彼女に一抹の疑念のようなものを抱かせた。


「……あぁ」


 短く答えるルーク、これ以上語る事は無いといったようなその態度にリムは押

 し黙るしかなかった。



-----------------


 

「さぁ、今日は月に一度の祈りの日です」


 一人の神父はそう言いながら目の前に座る人々へ言う。


「我らが神に祈りを」


 神父は後ろを向き5メートルもあろかという石像に向き直る。


 彼の声を皮切りに座っている人々は手を合わせた。どうやら偶像崇拝のようなものらしい。


「それでは、本日の贄は誰ですか?」

「はい私です!」


 そう元気に答えた女性はまだ二十代前半といった若い人間だった。


「おめでとうございます。あなたは今日、報われる」

「はい。既に心が天にも昇る心地です…」

「皆さん!今日はこの方が神の血肉となります!しっかりとその様を目に焼き付けて下さい!」


 全員が女性の方へと目をやる。


「では、いきますよ」


 神父が優しくそう言うと次の瞬間、女性の首と胴体が乖離した。


「さぁ受け取ってください。我が神よ!!あなたの信者が望み明け渡した余生とその人肉を!!あなたの糧として下さい!!」


 高らかにそう言いながら神父は既に物と化している女性の首を掲げる。

 するとその首はまたたくまに黒に染まり、粒子となって石像へと還元されていった。


「本日の祈りはここまでです。信者の皆さん、足を運んでくださりありがとうございました」


 深々とお辞儀をする神父に対し信者と呼ばれた人々もまた礼をした。


------------------


「ふぅ…」

「ははは!大変だな神父様は」


 ゲラゲラと笑いながら男は神父を見た。


「黙りなさいヒューマ…それではこれより、教徒による定例議会を始める。とは言ったものの、集まりが悪いですね」


 本来七人いるのだが四人しかいない教徒と呼ばれる者達の前でそう言い放つ

 神父、その口調は先程の時とは打って変わりとても冷徹なものだ。


「一人は使命の遂行中、残り二人は気まぐれだからな。所在は分からない」

「はぁ…」


 男の報告に頭を抱え溜息を吐く神父。だがすぐに顔を上げると口を開いた。


「仕方ありません。ここにいる者達でやりましょう。では議題のある者は?」

「では、まずは俺から」

「何かありましたかヴルム?」


 ヴルムと呼ばれた男は地面に手をかざし広大な地図を表示した。


「現在ユースティア王国に侵入している我らの宣教師より情報が入った。やはりあそこにはチーターの存在が確認された」

「何のチート~?」


 そう言うのはとても可愛らしい少女だった。のほほんとした口調と雰囲気を併せ持ちこの場に居るのがもっとも似つかわしくないと言っても過言ではない。


「全属性特性だそうだ」

「あぁ~全部の特性持ってるって奴ね。良いな~便利そ~」

「便利とか…くだらない」

「え~何でよゼナート?」

「人を…殺すのに、便利なんて…それは、人を殺す事に対する…冒涜…だ」


 ゼナートと呼ばれた男はそう言うと自身の首を爪で引っ掻き回す。


「うわぁ~始まったよゼナートの変な哲学~」

「話を逸らさせるなテノラ」

「は~い。ごめんなさいヴルム」


 テノラが謝るとヴルムは話を再開した。 


「チーターの名はルーク・アルギット。ユースティア王国直属の騎士団、『明日への夜明けセイントノーツ』の騎士候補生だ」

「てことはよぉ、国と真っ向からドンパチやるって事だよなぁ…!いいねぇ最高じゃねぇか!!」


 指を片手で鳴らしながら邪悪な笑みを浮かべるのは先程神父に軽口を叩いた男、ヒューマだった。


「馬鹿か、いくら我々でも国一つを相手取るのはあまりにリスクが高すぎる…」

「じゃあどうすんだよ?」

「チーターの回収は俺達神人教の崇高なる目的において、避けては通れない道だ。目指すは、確実な回収。だが現状、どう当たろうとも俺達はユースティア王国との正面衝突は避けれない。ならば、奴らの武力を、こちらが対応できるレベルまで下げるしかないだろう」

「あん?ンな事どうやんだよ?」

「俺に一つ、考えがある。まぁ少し時間は要るがな。奴らの武力の要、そこを落とす」

「任せていいのですか、ヴルム?」

「あぁ、問題ない神父」

「ならば、そのチーターはあなたに任せます。それでは次ですが私から」


 一つの議題が終了し、次の議題を出したのは神父本人だった。


「一週間程前、世界の歪みを観測しました。現在その歪みは消失しましたが、間違いなくその歪みによって何かが起こったと考えていいでしょう。それが我々にとって吉と出るか凶と出るか分かりませんが、皆さんこの事実を頭に入れておいて下さい。私からは以上です。では他には?」

「お前らもう議題無いよな?無いって言え、俺はもう帰りてぇ。腹減った」


 ヒューマは教徒を見渡す。


「ヒューマは本当に協調性が無いな~。そんなだから皆から嫌われちゃうんだよ」

「んだとテノラ!!もっかい言ってみろや!!!」

「やだよ~。私自分より頭悪い人に謝りたくないもん」

「てめぇ…!!」


 ヒューマは額に青筋を浮かべてテノラを睨み付ける。

 一触即発、その場で戦闘が発生しそうな雰囲気をその場に居る教徒誰もが感じ取った。


「二人共」

「っ!?」

「っ!!」


 神父の声にヒューマとテノラは肩をびくりと震わせた。


「ヒューマ、あなたは簡単な挑発に乗り過ぎです。そんな調子ではこの先勝てない。そしてテノラ、先程ヴルムに話しを逸らさないようにと注意されたはずです。私は一度他人に注意された事を再び破った者に注意の言葉を掛けるのが最も苦痛で嫌な事なんです。分かりますね?」

「…ちっ!!」

「ご、ごめんなさい…」


 ヒュームは舌打ちをして、テノラはひどく怯えた小動物のようになり互いは感情の鞘を納めた。


「では、これで定例議会を終了します」


 神父の言葉に七人の教徒たちはたちまち姿を消した。

 その場に残ったのは神父ただ一人である。そんな中、彼はどこからか一冊の本を取り出しそれを開いた。


「果てしなく、困難な道のり、ですがだからこそ、達成した時に価値が生まれる。任せて下さい。私と、教徒達が、必ず教典通りに事を進めて見せます。キバ様」


-------------------


 様々な思いが交錯し、連鎖する世界。

 燈が異世界へと来てもそれは絶えず繋がっていく。

 人の数だけ思いがあり、価値観があり、それらが世界を作っていく。

 思いの先に何があるのか、何を見るのか、それはまだ分からない。だが、必ず

 それを目にする事は叶うだろう。


 絶えず続く世界、進みは止まらない。


 そして、燈とルークの戦いから五か月が経過した。

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