アンチート炸裂

「うわぁっ!!?」


 ルークからの手から発射された火の玉は真っすぐに燈に向かった、そのため燈は何とか横へ跳躍する事でその攻撃を回避する。

 訓練場の扉は耐久性を重視しているため厚い金属製のものだったが、ルークの魔法が直撃した事でその扉は激しく球形にえぐれた。


 あんなの一発でももらったら…。


 自身が直撃した事を思わず想像してしまい燈は血の気が引くのを感じる。


「ルーク、一体どうしちまったんだよ!!いきなりこんな…!!」

「いきなりだと…?アカシ、俺は言ったよな。お前を信じてるって」

「あ、あぁ」


 そうだ、ルークは例え俺が記憶喪失でなくとも信じると言ったんだ。


「お前は見ず知らずの人、しかも奴隷だったバアルを身を挺して助けた。そんな事をするような奴はよっぽどの世間知らずか、よっぽどの馬鹿だけだ。子供を損得考えずに助けようとしたお前を、俺は信じたんだ。例え何か目的があっても、そんな事をする奴が何か悪事を働く訳がないってな。だけど、熱心に神話大戦の事を調べるお前を見て、少しその考えに疑問が生じ始めた。お前はひょっとして、神異の保有者について知りたいんじゃないかってな。だから俺はお前を試す事にした。ムーミにお前を家に招待させ、あのメモ書きにお前を誘導させた」


 燈はここで、ずっと引っ掛かっていた違和感の正体に気付いた。燈がここまで一人で調査をしていた時、調査進捗はあまり芳しくなかった。だが、ムーミやルークが関わった事でとんとん拍子に燈に新たな情報が入っていった。

 燈は異世界人のルーク達の協力が調査を進めたと思っていた。だが違ったのだ。この二日間、彼はそうなるように誘導されていたのだ。

 これが違和感の正体だ。

 誘導されているという事に気付かなかった燈だが、それを違和感として感じていたのだ。


「昨日までお前が神異について調べているかは半信半疑だったが、今日お前がムーミの父親にメモ書きの事を聞いているのを聞いて俺はお前が神異の所持者について調べているという事を確信した」

「神異の所持者を調べる。それが…きっとタブーなんだって事はお前の態度で分かった。だけど、それだけでこんな…」

「お前、神異の事を…『チート』って言ったな?」

「っあ、あぁ…でもそれは!!」


 燈はすぐさま言おうとした、自分の事情を説明しようとした。だが


「本当はお前とは穏便な会話で済ませたかったんだが、お前があの単語を言った事で方針が変わった」

「な、何でだよ…?」


 待て、というかルークのこの態度は「チート」って単語を知っている?この世界じゃ神異って呼ばれているんじゃないのか…?


「神異の事をそう呼ぶのは『神人教』の人間だけだ」

「し、神人教?ま、待てって俺はそんな宗教みたいなの入ってない!!」


 初めて聞く名前の団体名に燈は大慌てで否定する。


「神人教は有属性や無属性の枠から外れた規格外の魔法を使う。お前は無意識下で操られているんだ。身一つで奴隷だった少女を庇う程の男、だが『チート』という言葉を知っている。そしてそれについて知ろうとしている。それがお前が操られている事を証明している」


「ま、待てって俺は操られてなんかいない!!」


 無駄である、もうルークは決めていた。燈の意識をここで絶つつもりなのだ。


「土魔法:土篭ステルス・ロック


 ルークがそう言うと燈の周りに石の破片のようなものが無数に現れた。


「まずは、拘束する」


 開いていた拳を握りしめるルーク、するとたちまち破片が燈に向かい収束していった。


「うわあぁぁぁぁ!!!!」


 燈の叫び声と共に破片は彼の体中に付着し、包み込んだ。


「拘束完了」


 事象の終わりにそう言葉を漏らすルーク。だが


 パラ…パラパラ…。


 そんな音と共に破片は崩れ落ちていき次の瞬間には弾け飛ぶように全ての破片が燈の体から消え去った。

 燈の姿が再びルークの視界に入る。


「なっ…」

「ん…!?どうなってんだこれ…!?」


 事態の異様さにルークは勿論燈も動揺した。二人共何が起こったのか分からなかったのである。

 だが、ルークは燈よりも早く事態を解釈した。

 やはり、神人教から魔法を授けられている。

 ルークなどの魔法に長けた経験者は相手が素人かそうでないか分かる。それで言えば燈は圧倒的に前者なのだ。そんな彼が魔法を無効化した。

 それは神人教から魔法を与えられているという結論に至るに十分な判断材料だった。そしてそれは同時に、燈と神人教が繋がっているという事を示す。


 土魔法は無効化された。なら、これならどうだ!!


「水魔法:水竜巻ウォーター・ストーム!」


 ルークの付近に水流で構成された複数の竜巻が現れ、それらは一斉に燈へ向かっていく。


「今度は水かよ…!」


 死の恐怖、だがそんな中燈はヒトリの言葉を思い出していた。


「『アンチート』、チートを無効化する力…」


 もしさっきみたいに魔法を無効か出来たら…!いや、絶対に無効化しないと…!!出来なかったら、水に飲まれて俺は死ぬ…!!


 覚悟を決めた燈は来る水流に向かって走り出した。


「うあああああああああ!!!!」


 頼む、発動してくれ!!


 水流巻の一つが燈の伸ばした手に触れる。その瞬間、それは大気中に霧散した。


「よし、これなら!!」


 次いで残りの水流巻に触れ全ての魔法を消す。


 いける…!いけるぞ…!!


 燈はルークに接近しようと走り出した。


 こうなったらルークの持っているチートを回収して、ここを脱出するしかない。無事脱出できるかどうかは今考えるな、ルークからチートを回収する事だけを考えろ!!


 土魔法、水魔法も無効化。一体どんな魔法だ。魔法の威力も上げてみたがさっきと同じように無効化された。一定の威力を超えたら無効化出来なくなるとかではなさそうだ。


「火魔法:火球乱ファイア・エピタス


 ルークの背後から火の玉が上空へ飛び上がる。そして


「おいおいおいおいおい!!!」


 それらは全て燈の走る地面へと落下していった。


「やばい…!うがあぁ!!」 


 自身に直撃するモノは全て無力化した燈だったが、その付近地面に直撃したモノは無効化していない。直撃によって生じた衝撃波が燈を襲った。


「がはっ…!いってぇ…!!」


 体に多数の擦り傷を作る燈、だが彼は止まらない。


「っ!!」


 燈には選択肢はないからだ。ここで立ち向かうという選択以外彼が生存権を勝ち取り未来へ進む道は残されていない。

 火属性魔法も無効化された。これは有属性魔法は効かないと考えた方が良いな。だけど今みたいに処理しきれない魔法を放てばアカシを戦闘不能に追い込める。


 質や威力より量で…!!


「雷魔法:雷電ライトニング・ボルト


 雷特性、遠方の島国の者しか授からないとされている魔法特性も持ち合わせているのも神異:全属性特性をルークが持っているからである。

 燈の頭上に今度は雷が降り注いだ。


「はぁ!!」


 直撃する攻撃を無効化しながら燈は走る。


 作戦は決まった。もっとだ…もっと撃って来い!!


 ルークが戦略を練ったように、走りながら燈もまた戦略を考えていた。そして既に結論は出ている。


 この策は、俺がどれだけ止まらず走り続けられるかに掛かってる!!足を止めるな、さっきみたいに吹き飛ばされるな!!


「ってうわあぁ!!」


 くっそ、意識した傍から…!!


 されど、燈は立ち上がる。自分が出来る事を考えた上で唯一の対抗手段、それはこれしかないから。


「うおおおおおおおおおおお!!!」


-------------------


 ルークの猛撃が開始され、既に五分が経過した。最初は衝撃波に翻弄されダメージを負っていた燈だったが徐々に対応に慣れていく。


 く、くそ…。このままじゃ駄目だ。いつの間にか俺が後手に回っている。流れを、流れを変えるんだ…!

 もっと、もっと強力でこの訓練場一帯を埋め尽くす魔法を・・・!!


「合成魔法:属性圧殺撃アブソリュート・サーガ!!」


 火属性、水属性、風属性、土属性、雷属性、光属性、闇属性の広範囲攻撃魔法が同時に燈を襲った。

 訓練場にはとてつもない轟音が響き渡り、それは外にも聞こえた。何事かとすぐに人が駆けつけるだろう。

 土煙がそこら中に舞い上がり視界は悪い。訓練施設内の備品はもちろん壁の破片や瓦礫などがそこら中に落ちていた。


「はぁ…はぁ…はぁ…!」


 こ、これなら…!!


「がほ…っ、ごほ…、ごほっ…!!」

「っ!?」


 煙の中から、黒い人影をルークは補足した。見たくないものを。

 ボロボロになりながらもゆっくりと歩く燈の姿を。 


「はぁ…はぁ…はぁ…」


 土煙を吸い込み咳込みながらも燈の目はただ一点、ルークだけを見ていた。


「くっ!!」


 もう燈に攻撃を避けるだけの体力はない。後一撃、一撃入れれば燈を倒せる。

 だが、今それがルークには出来なかった。


「……っ!!」


 魔力切れである。魔法を放つ上で必要不可欠な要素、それが今の彼には欠如していた。

 広範囲攻撃の魔法を絶えず放ち続けたため、体内の魔力が底をつきたルーク。今の彼に燈をどうこうする余力は無い。


 やっぱり…。予測通りだ…。


 歩きながら燈は自分の作戦を思い起こす。

 ルークが疲れているのが見て分かる。魔力ってのは有限、どれだけの魔力をアイツが持っているかは分からなかったけど、使い続けてれば枯渇すると俺は考えた。


 まぁ…ルークが魔力を使い果たすまで俺が生きているかどうかは、賭けだったし、神異を持ってるアイツが魔力を切らせるのか半信半疑だったけど…ともかく、俺は賭けに勝った…!


 そして、燈とルーク。互いの距離は1メートルまで縮まった。


「魔力が無くなると…。お前も、ただの一般人みたいだな、ルーク…」

「アカシ…!!」


 燈は虚ろな目で、ルークは生気の籠った目で互いを見た。

 もう、言葉はいらなかった。

 必要なのは肉体言語、互いに魔法は使えない状況…一瞬の意識の揺れや乱れが勝敗を分ける。


「く…っ」


 先に動いたのは、いや動いてしまったのは燈だった。元よりギリギリで意識を保ち体を動かしている彼にとって活動限界が訪れたのだ。


「っ!!」


 その機を当然ルークは見逃さなかった。

 魔力切れは本来なら体を満足に動かせなくなる、だが日々鍛錬を重ねていたルークはまだ動く事が出来た。


 ルークは体をふらつかせた燈の頬に拳を叩き込もうとした。


「……っ!!」


 当たるはずだった拳、それを燈は頭を曲げて避けた。


 今度は俺が…誘導してやったぜ…。分かりやすいパンチをしてくるようになぁ…!!


 燈が体をふらつかせたのはわざとだった。ルークに油断を誘い、単調な攻撃をするように仕向けるための、燈の体を張ったトラップだ。

 攻撃を避けた燈はすぐにルークの懐に潜り込み手を彼の胸部にかざす。

 するとその部分が光を発し、二人を包み込んだ。


「な…何だこれは…!」

「言ったろ…!!俺も目的は、チートを回収する事だ…!!お前の力、もらうぞ…ルーク…!!!」


 そう呻きながら燈はルークを見る。

 彼の一連の行動が、そして生じている結果と今この時受けている事象が彼の言葉が真実で彼にはその力がある事をルークは直感した。


「ま、待て…!!やめろ…俺は…まだ!!」

「うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 力の塊が、自身の手に引き寄せられているのを燈は感じる。

 そしてそれは彼の手に触れた。その時だった。




 …………。




 二人を包み込んでいた光が消え、元の世界が戻る。


 一体何が起きた。俺は神異を奪われたのか…?


 自分の力を確認するルーク。


 奪われていない。神異は確かに俺の中にある。それは実感出来る…。


 光が無くなった事で視界が元に戻るルーク、ゆっくりと目を開ける彼が見たのは


「何を…泣いてるんだ……アカシ」


 涙を流している、燈だった。

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