ピンチ遭遇

 店の店主から話を聞き、燈はこの世界への理解を少しだけ深める事が出来た。


「ここはユースティア王国の王都サルファス。現在はサルス国王が統治してる。特有の軍事組織は一つだけでそれは国王直属の騎士団、名前は『明日への夜明けセイントノーツ』…王門や町、重役の護衛は勿論、住人同士のトラブルにも対応する万能の組織か」


 店主から教えてもらった情報を燈は一つ一つ丁寧に整理していた。


「それでも肝心のチート能力については知らなかったか。すごい力みたいだから有名なモンかと思ってたけどそうじゃないのか?」


 緑色の果物を齧りながら道行く人々を見る。燈が今食べている物は店を出る時

店主がくれたものだ。


「とりあえず…まずは自分の身を固めないとダメって事が嫌って程分かったな……。衣食住を安定させないとチート能力の情報も入って来ないだろうし…」


 方針は決まったがあまりの回り道っぷりに燈はがっくりと首を落とし落胆した。


「まずは金だよなぁ…。俺今無一文だし、でもこんな怪しい奴に就職先なんて見つかるのかぁ…?」


 さっきの店戻っておじいさんに雇ってもらえないかなぁ…。意外とイけそうじゃないかこれ?


 なんて事を考えながら歩いていると


「おいコラ立てぇ!!」


 そんな罵声に近い声が聞こえた。


「何だ?」


 燈は気になり声のした方へ駆け足で向かって行った。

 そして目に入った光景、それは現代日本で暮らしていた燈にとって想像を絶するものだった。


 そこでは、20代後半くらいの男が鞭を使いまだ10歳ほどの少女に暴力を振るっていたのである。


「す、すみません」

「ん、何だよ?」


 俺は近くに居た通行人に聞く。


「あれは何ですか?」

「あれ?…見りゃ分かんだろ、奴隷商人が奴隷に鞭打ってんだよ」

「奴隷って…。誰か止めないと!」

「あ?何言ってんだお前?」

「っ!!」


 男の目を見て燈は実感した。自分と男の圧倒的な認識の違いを。

 別にこの男は何の悪意も無い、ただ日常としてよく見る光景という認識なのだ。


 だが燈は違う。


「ちょ、ちょっとやめろって!!」


 気付けば、燈は奴隷の少女と商人の間に割って入った。


「あ!?何だお前は!」

「た、ただの一般人だ!何してるんだよ、この子ボロボロじゃないか!!」


 燈の言葉に商人は眉をひそめた。


「てめぇ、何の権限があって躾の邪魔してくれてんだぁ!!いいか、そいつは俺が拾ったんだ。身寄りも何も無い、そこに俺が引受人になってやったんだ。所有権は俺にあった、顔もまぁ綺麗だったから高く売れると思った…!!実際高く売れた…それなのによぉ。こいつ魔物と人間のハーフだったんだよ!!取引先の方にも粗悪品って事で賠償請求までされて突き返されちまった…。全部こいつのせいなんだよぉ!!!」

「……は?」


 まくし立てて喋る商人の言葉を最後まで聞いたが、燈には何一つ理解出来なかった。


 何だよ…それ。


 後ろに目をやる、そこには暴力を振るわれ体中傷だらけの少女がいた。

 先程から何一つ喋らない。目からも生きる気力を感じられない。


「ふ、ざけんなよ…」

「あぁ?てめぇ今なんつった?」

「ふざけんなって……言ったんだよくそ野郎!!!」


 燈は目の前の商人を睨み付けた。


「おい…てめぇどうやら死にたいらしいな?」


 商人は鞭を地面に叩きつけた。


 駄目だ…。こいつには、言ってやらないと気が済まない!!


「大人が子供をこんな一方的に…恥ずかしくねぇのかよ!!」

「子供だろうが何だろうが関係ねぇ。俺は奴隷商人でそいつは俺の所有物。俺が何しようがてめぇには関係ねぇだろうが!!……それによぉ」


 邪悪な笑みを商人は浮かべた。


「魔物とハーフって事は魔物みたいなもんだろぉ?ならよぉ…市民の方々に危険がいかないようにしねぇとなぁ…?」

「っ!!」


 気付けば燈は手が出ていた。だが


「おっと危ねぇ…なぁと!!」

「ごはぁっ!?」


 だがその拳をあっさりと止められ腹に蹴りを入れられる。燈は数メートル先へ吹き飛んだ。


「商人だからってなめてたかぁ?こういう商売してると襲われる事とかあってなぁ。色々心得てるんだよ。魔力での身体強化なんてのは…お手の物だぜ!!」

「くっ!!」


 接近する商人に燈はたちまち立ち上がり体制を立て直そうとする。


「遅せぇ!!」

「が…!?」


 次は燈の頬に鋭い拳が飛び込んだ。


 このままでは勝ち目はない、だがそんな事は彼にとってはどうでもいい。


 この男には…言わなきゃならない事がある!!


「大人ってのは・・・」

「は?」


 小さく息を吐きながら燈はゆっくりと立ち上がる。右腕で腹部を押さえ方で息をする。後一撃でも入れられれば、燈の意識は消えるだろう。

 だが、それでも燈の目はしっかりと商人の目を見据えた。


「魔物だのなんだの、そんなのは関係ない!!大人ってのはなぁ…子供の未来や、笑顔を守る奴の事を言うんだ…。てめぇは大人でも…ましてや人でも無い…ただの屑だ!!!」


 その言葉に、先程までの様子とは一変し奴隷の少女は目を見開いた。

 純粋に驚いたのだ。そんな風に言う人間は、今までいなかったから。


「てめぇ…もう手加減しねぇ。殺す、見たところでてめぇ…市民じゃねぇだろ?だったらよぉ…殺しちまっても別に構わねぇよなぁ!!」


 商人がそう言い放った次の瞬間、大振りの鞭が燈の頭上へと飛んできた。


「っ!?」


 思わず腕を頭上に出し防御をしようとする燈だったが、そんなものは無意味だと無意識に理解していた。

 後コンマ数秒で鞭の連撃の餌食になる。その時だった。


「いくら何でも、少しやりすぎなんじゃないの?」


 突如として、現れた高校生くらいの少年が現れた。


「え……君は?」

「大丈夫お兄さん?」

「あ、あぁ…」


 だ、誰だ…?この子。でも何か助かった…。


「ん…?おいおい、こりゃ騎士学校の生徒様じゃねぇかよ」


 少年の姿を見た商人は言った。


「お前、やり過ぎだ」

「あ?てめぇもヒーロー気取りかよくそが…!!」

「別にヒーローとかそんな大層なつもりじゃないけど」

「いいぜぇ…!!騎士候補生だろうが何だろうが関係ねぇ!!てめぇもそいつもまとめてぶっ潰してやるぜぇ!!」

「聞いてないか…」


 騎士候補生と言われた少年は呆れると手に風を纏った。


「風魔法:風切断ウィンドスラッシュ


 その手を横に振ると複数の風の斬撃が飛び商人の持っていた鞭を細かに切断した。


「なぁ…!?」

「よっと!」


 商人が切断された鞭に驚いたのも束の間、少年は懐に入り商人の腹に鋭い一撃を入れる。


「がは…っ!!」


 声も無く商人はその場に腹を押さえてうずくまる。


「まだ、やるか?」


 圧の籠った目で少年は見下ろす。それは凡そその年の人間が出せるものでは無かった。


「く、くそが…!!」


 そう言って商人は立ち上がりその場から離脱した。 


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「だ、大丈夫か!?」


 事態が落ち着き、燈は少女に駆け寄った。


「ぇ…ぁ……の」


 燈は少女を抱え起こすが少女は未だに何がどうなったのか、理解出来ないでいた。


「安心してくれ。そこのお兄ちゃんが怖いおじさんやっつけたから」


 そう言って燈は自分と少女を助けてくれた少年を見る。


「ほ、本当にありがとう。助かったよ」

「気にしなくて大丈夫だ。それにしても無茶するな、その様子じゃ魔力も使えこなせてないんだろ?」

「ま、魔力…?」

「も、もしかして存在も知らないのか…?」

「い、いやぁ…その、あははは…」


 誤魔化すように燈は頭を掻く。


「この世界で生きてて魔力知らないなんて…もしかして記憶喪失?」

「い、いや…えーと…その」


 ど、どうする!?危機は去ったけどまた新たな危機が…!!


「と、とりあえずこの子を治療出来る場所に運ぼう!!話はそれから!!」

「ま、それもそうだな。じゃあ俺が運ぼう」


 燈の提案に同意した少年は少女を抱え上げる。


「そ、そうだ。まだ君の名前を聞いてなかった。なんて呼べばいい?ちなみに俺の名前は神田あかし。燈って呼んでくれ」

「そういえばそうだな。じゃあ改めて、俺の名前はルーク・アルギット。国を守るための騎士を育成する学校、センチュリオン騎士学園の生徒だ」

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