第一章 努力の在り処

ようこそ異世界

「ん……」


 意識が覚醒する。

 あの暗闇に落ちてから、暫くは意識を保っていたがどうやら途中で気絶してしまったらしい。

 体を起こし、目を開ける。すると先程までの殺風景な景色ではなくとても人の営みを感じられるような世界がそこにはあった。

 匂いが、音が、自分がこの世界に存在しているのだという事を実感させる。

 自分の現状を確認する燈、まずは自分が何処に居るのかそれを確認した。


「ここは…裏路地か?」


 燈は道の上で倒れていた。道幅は約3メートル程、両脇には三階建ての建物があった。そして


「ってうおぉ!?」


 自分が全裸だという事を燈は認識した。


「何で裸なんだよ!!」


 慌てて局部を両手で覆う。裏路地のため誰一人として見ている者は居なかったがそれでも思わず隠してしまった。


「で、でもこれは…」


 自分の体をまさぐりながら燈はそのあまりの質感に驚く。

 肌ざわり、そして爪、局部、それらは自分が元の世界で生活していた時の肉体そのままだったのだ。

 魂はその者の記憶、経験、そして肉体全てに通じる。

 魂は自身の肉体がどうなっているか、内部構造は何なのかを正確に把握しており器を燈の姿形、臓器などの内部構造まで完璧に再現しつつ、この世界の法則に則った肉体に造り上げたのだ。


「と、とりあえずまずは着れる物を…」


 キョロキョロと周辺を見回し衣服として使用可能な物は無いか探す燈。

 そしてそれは意外とすぐに見つかった。


「うえ…で、でも背に腹は代えられないか」


 そう言って燈は路地にあったゴミの山から大きめの布を引っ張り出した。


「気持ち悪いなぁ…」


 布を肩から腰にかけて巻きまるで古代のローマ人のような服装を燈は纏った。


「っこれで大丈夫か俺?」


 自分の恰好に疑問を持ちながら燈は路地裏の向こうを見る。

 薄暗い今居る場所とは違い目を向ける先には光が差し込んでおり、人の喧騒も

そこから聞こえる。

 まず人の居る場所に出ようと足をその方向へと進めた。


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「いよっ!!安いよ今日はデトラうおが二割引きだ!!」

「もう一声っ!」

「最近西の方は魔物が多いみたいねぇ」

「うちの主人の駐屯地の近くなのよ。心配だわぁ…」


「……マジかよ」


 燈が出た先は大通りだった。食品や装飾品を売っている店が立ち並び老若男女様々な人が通りを歩いている。

 木製の店、RPGのゲームでしか見ないような一般人の服装。これらが燈を完全

に異世界に来たのだという事を理解させた。


「ど、どうすんだよ俺。こんな訳の分からん所でチート回収とか訳分からん事、本当に出来るのか…?」


 頭を抱える武人、会社のインターンで慣れない環境に不安とかそんなレベルの話ではない。恐らく文化圏も倫理観も違うであろうこの世界で自分が目的を達成する事が出来るのか、考えただけでもどれだけそれが困難かが分かる。

 ここには自分の友達も、先輩も後輩も居ない。恐らくだがスマホも無ければネットも無い。

 21世紀青年の燈にとってここはあまりにも過酷だった。


「…いや、出来るか出来ないかじゃない……やるしかないんだ!}


 燈は自身の両頬を両手で叩いた。

 彼には帰る理由がある。最愛の人に会う、そのために元の世界に帰る。

 だったら後ろを向いている暇はない。前を向かなければ。

 どんな環境だろうが、そんなものは関係ない。


 待ってろよマキ、絶対お前の所に帰るからな…!


「よし…!」


 燈は腕を組んだ。これから自分がどう行動すべきか、どう立ち回るべきか、必死で考えた。

 やがて、結論が出た。


「まずは情報収集だな」


 この世界があまりにも元の世界と違うのは分かるが、実際この世界の政治や、経済の仕組み、それに肝心のチート能力を持っている人物が誰なのかも分からない。

 この世界について、何も知らないんだ。

 だから何をしようにも情報が不足し過ぎていた。


「そうと決まれば!」


 燈は意を決したように近くの店の主人に話し掛けた。


「す、すみません!」 

「あん?何だぁ兄ちゃん。けったいな恰好だなぁ」


 燈の服装を見たガタイの良いおじさんは目を細めた。


「は、ははは。あ、あのちょっと聞きたい事があるんですけどいいですか?」

「ん?何だ?」


 よ、よし…。聞こえた話し声が日本語だったから大丈夫とは思ったけど俺の

言葉は通じる。


「え、えっと…」


 な、何だまず何を聞く?ここで変な事言って警察みたいなのに捕まるとか勘弁だぞ…!!


「い、いい天気ですね?」

「兄ちゃんどした?」


 よ、よし!こっから何とか盛り上げていこう!!盛り上げれば多少変な質問をし

ても大丈夫なはず、この神田燈、営業では先方の人に気に入られる事で定評がある

んだ!!


「良い体ですね!!」

「おっ?そうかい…?」


 燈のあからさまな適当な褒め言葉に店のおじさんは逞しい二の腕を見せつけた。


「プロレスラー顔負けですね!」

「プ、プロレスラー?何だそりゃ、拳闘士みたいなもんか?」


 こ、この世界レスラー居ないのか。


 動揺しながらも燈は言葉を続けた。


「え、えーっとそんなカッコいい店主にお聞きしたいんですけど」


 これくらい機嫌が良ければ多少「は?」みたいな質問をしても何とかなろうだろう。  


「店主?俺は手伝いだぜ」

「あんたバイトなのかよぉ!!?」


 思わずノリで燈はツッコんでしまった。


 ま、まずい…今まで構築してきた良い感じの空気が壊れたか…?


 恐る恐る手伝いのおじさんの顔を見る。


「ははははは!お前面白いな。何だよオヤジに会いたいんならそう言やいいのによ。おーいオヤジ!!」


 先程まで店主だと勘違いしていたおじさんがそう言うと店の奥からひょろひょろのおじいちゃんが現れた。


「何じゃい」

「この兄ちゃんがオヤジに聞きたい事があるんだとよ」

「い、いやぁ別に店主さんに聞きたかった訳じゃ…」

「何じゃい小僧、聞きたい事あるならさっさとせい」

「え、えーっと」


 ど、どうしよう…。すっごい頑固そうな人が出て来た…!しかもこのまま何か聞かなきゃいけない雰囲気だしどうしれば…。


 焦る燈、だが下手に沈黙を貫けば店主の機嫌を損ねるかもしれない。


 そんな思いが彼に無理やり口を開かせた。


「何か聞いたら色々答えてくれる場所ってありませんかね?」

「お前さんそんな事聞きたかったの?」

「い、いやあの…あはは…」


 誤魔化すように燈は笑う。だが店主はそんな様子の彼を見て再度口を開いた。


「まぁ見た所、お前さんどうやら訳ありそうじゃな。それなら騎士にでも話を聞いた方が早いじゃろ」

「騎士?」

「何じゃ騎士も知らんのか。この国を守っている騎士団に所属する者たちじゃよ」

「その騎士ってのはどこにいるんすか!?」

「この市街の見回りをしている騎士も居るが、確実に会いたいなら王宮にでも行けばいいんじゃないか?」

「お、王宮…」


 やばい、何かすごいロイヤルな話になってきた。


 マジ?俺王宮行かなきゃならないの?大丈夫か?不審者扱いされないかこのままだと…。


 そう思いながら燈は背中に視線を感じた。


 実は最初から感じていたのだが、必死で気付かないようにしていたのだ。

 そう、先程から行き交う一般人の服装と燈の服装には凡そ1000年程の差があるのだ。燈の服装は嫌でも通行人の目を止めた。

 しかも住所不定、無職。怪しさの塊である。


「間違いなく捕まるな…」


 しかも捕まったら何をされるか、分かったものじゃない。


「そのー…騎士以外でお願いしたいんですけど」

「ふん…というかお前さんそもそも何を聞きたいんじゃ?」

「い、いや…何というか…その…」


 もう聞くか?このおじいさん、頑固そうだけど結構話せばわかるタイプの人みたいだし…。

 意を決した燈は店主に質問した。


「お、教えてほしいんです。この世界について」

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