ハジマリ
「そもそも、僕たちは一度に一人しか転移者を選べない。それに転移者をこちらへ来させるのも世界の調和が『丁度良い』タイミングの時だけだ。僕達のような上位存在は世界に関わる事自体、何か影響を与えかねないからね。僕も僕で悩みはあるのさ」
「つまり…どういう事だ?」
「さっきの世界への干渉で僕はもう君を異世界に送る事しか出来ない。それが終われば暫く世界への干渉を禁止される。次また世界へ干渉出来るのは干渉した事で生じた歪みが消え、また来る『機会』の時だ」
ヒトリは人智を超越した存在だ。死んだ転移者の魂を虚無の空間へ送る時、必然的に彼は世界への干渉を余儀無くされる。だが、この行為がとても危険な行為らしい。
彼が言うには世界に外部からの力が干渉する事は例えその力がどれだけ微弱であっても世界のバランスを崩しかねないものだと言う。
「だけど、それまで待っている訳にはいかない。だから…君に命令するしかないんだ」
「つまり…俺に、別の世界に行けって言ってるのか」
「その通り」
燈は拳を握りしめる。何故こんな事になってしまったのか。怒りと共にあまりの非現実に既に脳みそがキャパシティー超えそうだった。
目の前のこいつを殴りたい。だがそれも叶わない。
そもそもの話として、この段階で燈にはいくつもの懸念事項があった。
「その、チートを回収っていうのは…どれくらい掛かる?」
「そうだね。まぁ上手くいって数年って所かな?」
「数年…!?そんなに掛かってたら…!!」
その言葉に燈の全身から血の気が引いていくのを感じた。
つまり、自分が元の世界へ戻れるのは数年後という事。戻った時様々な問題があるのはさておき、一番問題なのはそれまでマキを待たせてしまうという事だ。
そんな事は断じて許容出来る事ではない。
「あぁ。そうか、人間の一生は短いんだったね。数年でも駄目なのか、難儀だな。でも安心して。君の世界と君がこれから行く世界では時間の流れが大きく違う。僕には大差ないように感じるが、君なら違いを感じれる」
「違うって、どれくらいだよ…?」
「んー。簡単に数字で言うなら、異世界で一日過ごしても、君の世界じゃ一秒って所かな?」
「そ、そんなに違うのか…」
でも…それなら…。
やれない事は無い、燈はそう思ってしまった。
「後、もう一つ。チートの回収って言うのは何だ?どうすればいい?」
「おっ、ようやく話に乗ってくれたか。助かるよ、それじゃあ話そう。君にこれから具体的に何をしてもらうのか」
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「まず異世界に散らばっているチート能力だが、これは全て人の魂に寄生している。魂からチートを取り出すために、君には『アンチート』を授ける」
「アン…チート?」
「チートを無効化し、君の体内に回収する力だ。具体的にはチートを持つ者の心臓部に手をかざせ。後はやってみれば分かる。そしてチートは君の魂に吸収される訳だ。無効化されているからチートは全て君の中に問題無く吸収出来るはず…なんだが」
「何だよ?」
「ん…何でもない。気にしないでくれ、それよりも話の続きだ。チートの数は全部で15個だ……多分」
「多分て、正確な数を言ってくれないとこっちもどうしようもないだろ!!」
「って言ってもね、さっきも言った通り僕は本来世界に干渉しちゃいけないんだ。チートの個数や誰が保持しているかなんていう情報は世界全体を調べないと分からない。そんな事僕には出来ないよ。でも、少なくともあの時は間違いなく15個だった。それだけは言える」
「あの時…?」
訝しげにヒトリを見る燈だったがそんなものを意に返さず彼は話を続けた。
「さぁそれじゃあもう行ってもらおうかな。転移者をこの空間に長く居させるのも、実はそんなに良い事じゃなくてね」
「まずは、これ」
ヒトリは自身の手から光り輝く形が定かでは無い塊を燈に押し込む。
「そして、これ」
更に彼は虚空に手を伸ばす。すると人型の模型のようなものが現れた。
「これは今から君の魂を入れるための器だ。ここに魂が入れば、この模型は君の魂の性質に沿った姿形を模し、あっちの世界の法則に従う肉体が出来上がるはずだ」
言いながらヒトリは魂だけ存在である燈を掴み模型に押し込んだ。
「っておい!?」
すると燈は人型の模型に吸収された。
な、何だ。この感覚、自分の体じゃ無いみたいだ。
燈の現在の姿はまだ模型のままだった。皮膚も無く、顔も無い。端から見ればその模型が人のような動きをしているためとても気持ちが悪い。
「適応するには少し時間が掛かる。だけど、人の形には転移中になると思うから心配するな」
ヒトリは右手を振るう。すると燈の真下に底の見えぬ穴が現れた。
「行ってらっしゃい」
「な…!?」
燈は驚いた。そして何の抵抗する暇も無いままその穴底の暗闇の中に吸い込まれた。
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「うああああああああぁぁぁぁぁ!!!!!」
落下の恐怖に燈は叫ぶ。
景色は変わらぬ暗闇、周囲には何の物体も無い。ただただ落下する感覚、まるでジェットコースターに安全装置を付けずに乗っているようなそんな感覚の身が燈を襲った。
「あ・・・う、がぁ・・・・!!!???」
だが、その時燈に変化が起こる。
突然体中に何とも形容しがたい痛みが生じたのだ。
「な、何だ・・・!?」
体が痛い。だけど・・・・・これは・・・・!!
燈は気付いた。体中の痛みと共に現れる自身の変化に。
皮膚だ、模型の腕みたいだった腕に皮膚がある・・・!
そう、燈の魂の器に皮膚が生え始めたのだ。
そして体中を皮膚が覆った次の瞬間、鼻、耳、口、目、眉という顔を構成するモノが皮膚から浮き出るように現れた。
先程まで魂で知覚していた感覚や視界、声。それらが出来上がった五官によって感じ、見え、聞こえるようになった事を燈は自覚した。
落下は続く、そしてまた燈の器の変化も続いて行った。
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「ふぅ……」
燈を異世界へと転移させ、ヒトリはため息を吐いた。
「それにしても…一体誰だ?」
世界への干渉、それも管理者である僕の妨害まで出来る者。
そしてそいつは妨害してまで何故、
「ま、そう簡単に答えは出ないか。それよりも懸念すべきは燈本人だ」
椅子を出現させヒトリは腰掛ける。
あの力と器、本来君に適合するように創った代物じゃない。いずれ限界が来る。
「…まぁ僕も、自分の心配をしなきゃいけないんだけどね」
幾ら管理者である僕に寿命の概念が無くても、君達と同じように物事の期限は
あるんだ。だから時を次の機会を待たずに君を送った。
「頼むよ、燈。管理者の汚点であり先代の転移者、
君にも、僕にも時間が無い。僕らは運命共同体だ。
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