プロローグ -裏ー
「よっし!」
逸る気持ちで俺は会社の廊下を走っていた。
エレベーターのボタンを連打し自分の階の到着を待つ。ランプが点滅している最中も気持ちは抑え切れずそのまま足を上下に動かし続けていた。
「っ!」
チーンという音を立て到着するエレベーター、すぐさま乗り込んだ俺は再びボタンを不必要に押し続けた。
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自分の所属部署である広報部に続く廊下を最短距離で走り抜ける。さながらアメフトのアタッカー、ランニングバックのように。
「おわっとぉすみません!」
だが俺にそんな技術力は無い。激しくではなかったが微かに通りすがる人にぶつかってしまった。
いつもの俺ならば立ち止まって頭を下げるが今日に限ってはそれもせず通り過ぎ様に謝罪をしただけだ。
「ただいま戻りましたぁ!」
「おぉ
そう言って俺の名前を呼ぶのは上司である佐田係長だった。俺がここに入社してから随分と世話になっている恩人だ。
「はい!今日は特別なんで!」
「そういやそうだったな。気張ってけよ!」
「押忍!」
今日が俺にとって何の日か把握している係長はそう激励を送ってくれた。
「あれ神田先輩今日早いですね。いつもは誰よりも仕事が遅く、誰よりも帰りが遅いのに」
「福森、男はな大事な事のためならいくらでも己のスペックを上げる事が出来るのさ」
去年入社してきた後輩に軽く馬鹿にされてはいるが今日の俺はさらっと言い返せるだけの度量を持ち合わせていた。
「仕事は毎日大切だと思いますけど?」
「……」
俺は何も言い返せずただ黙って退社の準備を進める。
「先輩?」
ニヤニヤしながら福森後輩は俺に近づいてくる。
「福森、先輩後輩とは言え女の子が不用意にこんなに近づいちゃいけません!」
正直自分では言いたくないが俺はあまり有能でもないし出来た上司でもない。
だがそれでもこうして福森は俺に好意的?に接してくれる。ありがたい話だ。が、それでもやはり先輩後輩。立場や関係ははっきり示さなければ。
という事ではっきりとした意思表示を持って引き剥がそうとする。
「頑張ってくださいね。今日のマキさんとのデート」
だが、今回俺に近づいてきたのはこれを言いたかっただけらしい。
「福森…うぅ、ありがとう!」
可愛い後輩の応援に俺は思わず涙する。
「お前にも色々助けられたなぁ。色々アドバイス、サンキューな…結婚式は絶対呼ぶから…!」
「はいはい、期待してます。でもまずは今日のプロポーズを成功させなきゃでしょ?」
「っ…あぁ、そうだな」
ゴシゴシと涙を拭きながら顔を上げる。
そう、俺は今日二年間交際を続けた彼女…片瀬マキに結婚を申し込む。
高級レストランやホテルの手配は全部手配済み、準備に抜かりは無い。
「じゃあ俺行くよ。係長、福森、皆さんお先に失礼します!」
俺は笑顔で部署の仕事仲間に挨拶をして仕事場を後にした。
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「ふぅー…燈の一世一代の正念場、こっちまで緊張してくるな」
「大丈夫っすよ。しっかりアドバイスしましたし、まぁ後は先輩の気の持ちようっすね」
燈が居なくなった数秒後、再び燈についての会話が佐田と福森によって開始された。
「きゅうけーい終わりーっと。何ですか二人して神田の話ですか?」
「あーそういえば今日、神田君彼女さんにプロポーズするんだよね」
話に花を咲かせていると休憩室から燈の同僚が出て来た。
神田燈は事務仕事は大して得意では無かったが広報宣伝先の会社の社長などからはとても気に入られている。
彼に人間性は不思議と人を不快にはせず、逆に引き寄せるのかもしれない。
本人が居ないのにその話題だけで会話が広がり人が集まって来るのがその人間性の証明だろう。
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「服装良し!髪型良し!荷物良し!」
一回家に帰った俺は自室で自分を圧倒的に着飾っていた。
マキとは既に半同棲のような状態でここで鉢合わせになるという懸念は無い。
何故なら今日は普通にデートと言ってある。マキは普通に仕事帰りに合流する形で現れるだろう。
「オーケー!いざ出陣!」
準備が完了した俺は勢いよくマンションの扉を開けて待ち合わせ場所に向かった。
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日は傾き始め辺りは暗くなり始めていた。
「ふんふーん♪」
緊張はしている。
だがそれよりもマキとの結婚生活に既に頭がいってしまい緊張する暇が今の俺に無い。
正直今の俺はこの道行く人々の誰よりも幸せな自信が、誰よりも生きているのが楽しいという実感がある。
目的地までのルートを進み少し広めの交差点まで来た。
「にしてもここら辺、道が広い割に人通りも車通りも少ないよなぁ」
目に映る景色に思わず俺はそう呟いた。
時刻は八時前、このくらいの時間なら帰宅ラッシュに巻き込まれてもおかしくないのだがそういった状況には陥らない。
まぁ服にしわが入ったり荷物を落とす心配がかなり減るためとても有難い事ではあった。
なんて考えていると
プウウゥゥゥ!!!!
右前方からけたたましいクラクションの音が聞こえた。
「え……?」
音が聞こえ瞬間、俺は思わずその音のする方へと走りながらも顔を向けたのだ。
だが、俺の目に映る光景は到底理解出来ないものだった。
クラクションを鳴らしたであろうトラックが、俺の眼前にあったのである。
「うぁ……」
思わず俺は変な声が出た。
あまりにも一瞬の事で、何が何やら分からなかった。
そして刹那の時の中で俺の頭の中に今までの記憶が駆け巡った。
次の瞬間、一瞬の鈍い痛みを感じた俺は倒れ伏していたのだ。
「……ぁが」
体に力が入らない。それどころか体中の感覚が消失した。痛みすら感じなくなったのだ。
しかし、辛うじて耳だけはまだ聴力が機能していた。
沢山の人の声が耳の中に入り込む。
だめ…だ。こんな……所で、俺は……。
必死で体を動かそうとする。だがそれは叶わない。
マキ……!!
俺は愛する人の名前を心の中で叫んだ。顔を思い浮かべた。
だが、どれだけ抵抗しようとも俺の意識は刻一刻と薄くなっていく。
後数秒で意識が消える事が、分かりたくなくとも分かってしまう。
「な…んで……」
そして、意識が消失した。
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「ふんふんふーん」
鼻歌を歌う女性、彼女は待ち合わせをしている男性を待っていた。
「そろそろね。燈ったら、電話越しでちょっと声震えてたし…これは期待しちゃっていいのかなー♪」
如何にも毅然としたキャリアウーマンのような彼女、顔立ちは非常に整っておりクール系美女というに相応しい容姿だろう。
そんな彼女がとても機嫌が良さそうにしている。うきうきとした様子で携帯を眺めていた。
マキが燈の死亡を知ったのは、それからすぐの事である。
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