異世界チート回収記 ~『アンチート』でチートを回収、異世界を駆け巡る!~
三氏ゴロウ
序 終わりとハジマリ
プロローグ -表ー
「はぁ…」
体が疲れているのを感じる。
会社に入社して早二年、今日まで俺は社畜としてこの身を会社のために捧げてきた。
何もなかった平凡な俺が辿る道としては当然のものと言える。
「納得はしてるけど…やっぱ疲れるなぁ」
正直、もう嫌だった。ここ一年はもう生きている心地すらしない。
朝早くに家を出て、一日中机でシステムの開発、残業は当たり前で帰るのは日付が変わる手前くらい。
何のために生きているのか、いやそもそも俺の生きてきたこの人生に目標なんてものがあったか。
なりたいもの、したい事、そんなビジョンを持った事は一度も無い。
ただ何となく勉強して、就活して、会社に入って、このざまだ。
多くの人間が何となくで生きている事は分かっている。そこまで馬鹿じゃなかった俺はそれを理解していた。だが、今考えれば分かる。
俺は、逃げていただけだ。面倒臭がってただけだ。
「皆そうしてる、皆だってそうだ」、それを免罪符にして何もしなかったのだ。
言い方は悪いが、俺よりも基本的なスペックが低い人間なんて沢山いる。だけどそんな奴らの中にもいるのだ。好きなもののために頑張り続けられる奴が。
いくらそいつよりスペックが高くても、そいつよりそつなく物事をこなす事が出来てもその心意気だけで俺はもう負けている。
正直…羨ましかった。何かに夢中になれる、何かに熱中出来る。今の俺にとってそれはどんな才能よりも魅力的に感じるのだ。
「っと、はぁーー終わった」
なんて事に思いを馳せながらも体は依頼されたシステムの開発を行っており、今その依頼を完遂した。
「久しぶりだな。こんな時間に」
デスク上のデジタル時計に目をやると時間はまだ八時にもなっていなかった。
他に締め切りを迫られている案件も無い、つまり今日は業務終了である。
「まぁ帰ってもネット徘徊したりアニメ観るくらいしかやる事ないけどな」
そう呟きながら机に散乱している荷物をリュックに詰め始める。
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「はーぁ、今日の飯どうしよっかな。たまには外で・・・いや家にまだ残りあったな」
夜の献立を頭で考えながら帰路についた。
一応自炊を多めにしている。コンビニの弁当を食い続けると体に良いとは言えない、なんてのは建前の理由で体調を崩して会社を休んでしまった日にはそのしわ寄せが洒落にならないってのが本音だ。最近は幾らでも家で惰眠を貪りたい欲求に常に駆られている。
「……」
視界の信号機の赤表示に従って足を止める。
一応都会だが都心からは少し離れており人通りも車通りもあまり多くは無い。多少の喧騒が耳に届くと本当に今日は早期帰宅出来た事を実感した。
そんな時だった。
「あ…?」
俺の横から突如として人が飛び出した。
そいつは俺の隣に立っていた訳ではない、今俺の真横まで走って来て俺を抜き去ったのだ。
意味が分からなかった。何故ならまだ信号は赤だったから。
いや、それでも車が通っていないタイミングで渡るのなら法律的にはアウトだがまだ分かる。しかしそうではない。そいつはトラックが丁度横断歩道を横切ろうとする手前で走りこんでいったのだ。
そんなものまるで…自殺ではないか。
……。
って何してんだ俺?
気付けば俺も飛び出していた。手を伸ばして先に飛び出した人を掴もうとしていた。
いや、いやいやいやいやいや…。らしくない、らしくないぞ俺。
俺は死んだ事は無い、だが死の恐怖は重々承知している。死に方は様々で楽なモノから苦痛なモノまで様々だ。
今もし俺が死ぬのなら、その死に方はとても惨いモノになる。
トラックに轢かれるのだ。内臓がぶちまけられ、大量に出血し、見るも無惨な光景が広がる。そしてそれを体験する俺はとても苦痛な思いをするだろう。
見ず知らずの人間を助けるために、自分の命を懸ける。そんな事が出来るのはヒーローだけだ。当然俺はヒーローじゃない、死ぬ覚悟も出来ていないどころか痛みを負う覚悟すらない。
だけど何で俺は、行動した?
普段なら、普通なら、絶対にこんな血迷った事はしない。というかやろうとした所で
体が動かない。
でも出来た…。何だ、俺はひょっとして…本当に変わりたいのか?
何にも熱中出来なかった俺が、本気になっている奴を斜に構えて見ていた俺が、このまま何も為さずに死ぬんだろうと思っていた俺が…動けた。
誰かのために、誰かの命を助けるために、手を伸ばした。
「俺は…!」
伸ばした手は目の前の人の手を掴む事に成功した。そして自分の腕力を最大限まで発揮してこちら側へ引っ張る。
だがその行動が俺の運命を決定的に決めた。引っ張り引き寄せたはいいものの今度は俺の体が前方へ倒れ込んだ。前傾姿勢のまま引っ張った事でその勢いが衰えず俺だけは前進してしまったのである。
トラックのクラクション音が聞こえる。光るライトが目に入る。
減速は間に合いそうにない、横断歩道上に居る俺はもう助からないだろう。
だが不思議とそんな悪い気分ではなかった。死の恐怖なんてものは感じなかった。
助ける事が出来て、良かったとさえ思った。
あぁ…。もし、次があるなら。
次、来世、そんなものは絵空事で存在しないなんて事は分かっている。
だけど、それでも…もし次があるなら…。
何か、本気でやってみたい。何か、本気で成してみたい。
そんな叶うはずのない微かな希望を胸に俺は目を閉じた。
「………………」
ん…?
俺は違和感を感じた。
当然だ、意識が途切れる感覚が何時まで経っても訪れないのである。
意識が途切れるのはトラックに轢かれる際に生じる言い表せない程の痛み、それで分かる。
だが痛みは感じていないし、意識が消えたという事も無い。まだ体の感覚があった。
どうなってる…?
俺は恐る恐る目を開けようとする。そしてその行為は可能だった。
目は開けられる、まだ自分の体は自分のものとして機能していたのだ。
薄目から徐々に慣らし、普段自分が見ている視界を確保出来るだけ目を開けた。
そこに広がる光景から自分は死んでいない事をすぐに理解した。
俺の居る場所は変わらず横断歩道上だったし後ろを見てみるとさっき俺が助けて人が泣きながら暴れていてそれを周囲の人が抑えていた。
トラックは…トラックはどこだ…?
俺が轢かれるはずだったトラックが見当たらない。俺が最後に視認した方へ目をやるとそこには急旋回したようなタイヤ痕が地面にくっきりと残っていた。
「おいどうなってるんだよ!」
「な、何でこっちに来たの!?」
「瞬間移動みたいにこっちに来たぞ!!どうなってるんだ!?」
タイヤの痕をが途切れた方向へ目をやるとそんな声が耳に入ってきた。
「なっ…!?」
トラックはあった。俺から右斜め十数メートル先、そこにあった店先に突っ込んでいた。
「は、早く救急車を!!」
「誰か跳ね飛ばされて店に突っ込んだぞ!!」
どうやらトラックは結局誰かを轢いてしまったらしい。事故が起こった現場では騒ぎの声が大きくなり、どんどん人が集まり出している。
「っ…」
俺は立ち上がった。特にこれといった負傷はしていない。打撲も擦り傷もしていなかった。
少しおぼつかない足取りで俺は歩道に引き返した。
それにしても…腑に落ちない。
どう考えても俺はあの時死んでた。
俺はあの場から動けなかったし、トラックも減速出来る距離間ではなかった。
だが、現実はどうだ。目をつぶっている間にトラックは有り得ない軌道で訳の分からない場所へ突っ込み俺は無事生き残っている。
何かよっぽど超常的な現象が起こったのとしか思えない、だが俺はその光景を見ていなかったし付近には監視カメラも無い。一瞬の事でこの場に居合わせた誰も俺が轢かれようとする瞬間を動画に収めていないだろう。
後で、話を聞くしかないな…。
俺はそう考えながら歩道まで戻ると未だ泣いて暴れている人を見た。
この人が…。
顔立ちは非常に整っており、着ているものは男性物の服だがどう見ても女性だった。
「あの…」
「あああぁ!!!ああああぁぁぁぁ!!!!」
俺が近づくなり彼女は俺の目を見て激昂しだした。
恐らく俺が自殺を止めてしまった事に対して怒っているんだろう。
どうしたものか。
俺は会話の切り口を違和感の拭えぬ頭で考えだした。
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