Interlude


 大上総合病院の中庭、満月に近づいて大きく膨らんだ月が、冴えざえと枝の形を地面に落としている。ひときわ長く伸びた細い指のような影が、紺のマントを捉えた。冷たい月の光が少し光沢のある織物に反射して、彼女の存在を顕にしている。深い、星のない空の色をしたベロアは、誰にも見つかることのないように宵闇に紛れるためのものだった。


 夜の中から浮かび上げられた美しい輪郭が、遠い遠い空の向こうを仰ぎ見る。その姿はまるで、紫のリンドウのようにも見えた。りん、と煌めく声が中庭に響く。


「やはり、私には無理でした。貴女もわかっていらしたでしょう。どうされますか?」

何かと会話するように、ハレー彗星は天に向かった。

「……わかりました。一つ、お願いしても?……ありがとうございます。できれば、いえどうか、彼の最後の任務を見届けてください。ええ、それだけで構いません。温情、感謝申し上げます。」


す、と目を細め彗星が問う。

「……なぜ、この任務を彼に?いえ、少し疑問に思ったものですから。失礼いたしました。では、後ほど。」

深く下げた頭を戻し、もう一度底のない夜空を見上げる。反対の空を向くと、冬の大三角が月光に掻き消されることなく瞬いていた。オリオン座の右肩、あたたかく輝く赤い星に手をかざす。


「……さよなら、ベテルギウス。祝福を」


 黒のレースと紺が夜を巻き込んだ。マントの端が地に触れる頃には、その姿は霞のように消えてしまっていた。冷たい冬の静寂が戻ってくる。月の銀色が、鈍く光った。

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