第7話-2 Day-6.病院
久しぶりに、静かな夜だ。子供の泣き声も、救急車のサイレンも聞こえてこない。目が覚めたときから夜を待ち望んでいたからか、今日は一段と時間の流れが遅かった。昨晩の不思議な体験は、夢ではないという確証が、マリアにはあった。主治医の大上先生に話したら、脳腫瘍のせいにされてしまったから、夢だということにしておいたのだけれど。
看護師に用意してもらった「きらきら星変奏曲」のCDをぎゅっと抱きしめ、少女は父親によく似た声の持ち主を待っている。その顔は、まるで家族や大切な人を待つかのように喜びにあふれていた。
明日は、腫瘍を取り除く手術がやってくる。何時間もかかる大きな手術だと大上先生は言った。そのまま目が覚めないほうが幸せなのだろうかとも思う。だったらせめて、最後に彼と話がしたいのだ。時折襲ってくる急激な睡魔に耐えながら、ただひたすらに訪問者を待っていた。
カラカラ、と扉が開く音がする。小さな心臓がどきりと跳ねた。
「パパ?」
「やあ、こんにちは。」
待ち望んでいた声が、マリアの耳に届く。
「本当に来てくれたのね!」
「昨日来るって、約束したからね。」
ほら、やっぱり夢じゃなかった。パパは、マリアのことが大好きだったはずなんだから。もしかしたら、この人は本当にパパなのかもしれない。そんな希望すら湧いた。
「でも、お仕事は?忙しいんじゃないの?」
パパも、とても忙しい人だった。毎月いろんな国に呼ばれて、ピアノを弾いていた。
「お仕事は、お休みしたよ。」
「ほんとに?」
「本当さ。」
マリアが、かつて聞いた言葉。ピアノのコンクールを見に行くと言ってくれたときに聞いた言葉と同じだった。ああ、きっとパパは、きらきら星変奏曲を聞きにお空から帰ってきてくれたのだ。
「うれしい!今日はね、一緒に聞いて欲しい曲があるの。」
「曲?なんの曲だい?」
パパなら、わかっているはず。
「去年のピアノの発表会、覚えてる?」
……パパなら。
「ピアノ……?」
パパとよく似た声の人は、ピアノの発表会のことを知らないようだった。
マリアの小さな希望は消えてしまった。けれど、父親と同じ声の人がとても優しい嘘をついてくれている事は、今のマリアにとって救いとなっているのも事実だった。それならば、この嘘に甘えよう。明日は手術なのだから、神様だってそのくらいは許してくれるに違いない。
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