第5話 Day -3. 管理棟

 古めかしい机や椅子や本棚が博物館のように所狭しと並べられた広い部屋の天井に、無数の蝋燭の灯に映し出された影が揺らめいている。北極星の直轄地である北天、りゅう座に守られた北極点の近くに、限られた者しか立ち入ることのできない、いのちの蝋燭の管理棟がある。

 

 現世で暮らす人間はその生を受けた時、いのちの長さと輝きを示す蝋燭が現れる。北の空で「管理者」の任に就くものは、この蝋燭を管理し、燃え尽きそうな魂の元へ「星」を送る。


 おおいぬ座のシリウスは、半年前にこの任務を引き継いだばかりだった。リストと照らし合わせ、蝋と炎の確認をもくもくと進めていく。仄かな光の間を縫って歩くと、マントの風に煽られ、炎がゆらゆらと踊った。細く影が伸びる。

 巡回の業務を続けるシリウスの足がふと、一本の蝋燭の前で止まった。静かに、しかし力強く燃える炎をじっと見つめる。いっそこの手で、とあれから何度考えたかわからない。伸ばしかけた手を振り払うように踵を返して、管理棟を後にした。


 事務所の椅子に深く腰掛け、天を仰ぐ。体が重い。キイ、と音がしてドアが開いた。金髪が揺れる。

「どうした、腹でも減ったのか。」

今年で星になって三年目の若い星、こいぬ座のプロキオンは書類の束をごっそりと抱えていた。

「なんだそれ。」

「報告書です!一週間分!」


 バサッと、盛大な音を立てて机に放り投げられた報告書が散らばる。悪びれもなく、えへへと笑う顔を見て、少しシリウスの力が抜けた。

「お前ね、毎回ちゃんと出せって言ってるだろ。」

床に散乱した紙を拾い上げながら、プロキオンと向かい合う。子犬のような丸い瞳が、白ぶち眼鏡の奥を覗き込むと、くるくると表情を変えるこいぬ座の青年の顔がしょんぼりと垂れ下がった。

「先輩、ちゃんと寝てます?」


 星に睡眠は必要ない。しかし、魂の摩耗を防ぐため眠りに似た行為を取ることがある。星はまどろみの中で蝋を回復し、人間としての心を保っているのだ。プロキオンの質問にいや、と返すと顔を両手で掴まれた。頭の動きを封じられ、シリウスがもがく。

「なんだよ!」

思ったより力が強い。やっとの思いで抜け出したシリウスの頭上に、今度はふわふわしたものが降ってきた。プロキオンが連れ歩いている子犬のぬいぐるみだ。

「貸してあげます。アマデウス、先輩のことよろしくね。」


 ご飯食べに来てくださいね、と言い残して金髪が去っていく。ぽかんと口を開けたシリウスの口角が少しだけ上がる。プロキオンに掴まれたところをさすってみると、顎の骨が痛いことに気がついた。知らないうちに歯を噛み締めていたのだろう。ふ、と今度は口の端から自嘲が漏れた。

 散らかった報告書の下に埋もれた蝋燭の管理簿を拾い上げ、ため息をひとつついて、立ち上がる。奥歯のジンとした痛みが、いつまでも尾を引いていた。

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