第16話 私のせいで
佑吾たちと離ればなれになった後、コハルはレオルドとその部下の二人の兵士に連行されていた。
王宮から少し離れた場所まで連れてこられると、前方に塔のような建物が見えた。
塔の中へと連れられ、階段を昇っていく。
やがて最上階に着くと、そこには頑丈な金属製の扉が付けられた部屋が一つだけあった。 レオルドが扉を開く。扉が重いのか、かなり力を込めているようだった。
「お入りください」
扉が開き、レオルドにそう促されて、コハルは大人しくそれに従った。
部屋は、一家族で暮らせそうなほどにかなり広かった。
しかも、寝台やテーブルだけでなく洗面台や風呂なども併設されており、ここだけで生活できそうな部屋だった。
「ここは……?」
「コハル様が、今日からお過ごしになる部屋になります」
「えっ、どういうこと?」
「言葉通りの意味になります。それから――」
レオルドはコハルに歩み寄ると、その首元に手をやった。
そこには、コハルの宝物である佑吾から貰った黒い首輪があった。
レオルドはそれを掴むと、するりとコハルの首からそれを外した。
「あっ……か、返して!!」
「止まれ! レオルド様に近づくな!」
レオルドに宝物を奪われ、コハルは慌ててそれを取り返そうとした。
しかし、レオルドに近づこうとしたところで側にいた兵士に止められて、コハルの手は空を切った。
「申し訳ありません。これを付けるために邪魔だったものですから」
「あっ……」
レオルドが、奪った首輪を後ろへと放り投げる。
投げられ、床に落ちていくそれをコハルは悲しげに目で追った。
「レオルド様、こちらを」
「ああ」
そして、もう一人の兵士がレオルドに何かを手渡した。
レオルドはそれを持ってコハルに近づき、再び彼女の首元へと手を伸ばした。
ガチャリ。
重々しい金属音が響いた。
「な、何これ……」
それは、無骨で寒々しい金属の首輪だった。
首に付けられたそれを、コハルは両手で引き剥がそうとした。いつものように氣力を使えば、難なく壊せるはずだ。
しかし、いざ氣力を練り上げようとしたところで、何故か集めた氣力がかき消されてしまった。
「何で……力が、入らない……」
「無駄ですよ。その首輪を付けている限り、あなたは魔力も氣力も使えません」
レオルドがコハルに付けたのは、『封力の首輪』と呼ばれている魔道具だった。
コハルは知る由も無いが、それは地下で佑吾たちが付けられている手錠と同じ効果を持つ首輪だった。
「それでは、どうぞごゆるりとお過ごしください」
「あ…………」
レオルドはそれだけ言うと、部下を引き連れて部屋を出た。
扉の外から、施錠する音が響く。
ぽつん、と一人取り残されたコハルは、レオルドに捨てられた首輪の元へトボトボと歩いていった。
床に座り、そっと優しく首輪を拾い上げ、自分の首に付け直そうとする。
しかし、封力の首輪が邪魔でうまく付けられない。
「う、うぅ~~~~」
何度も何度も何度も、大切な首輪を付け直そうとする。
しかし、その度に無骨な首輪がそれを邪魔した。
コハルは、元から自分で首輪を付けるのが得意ではなかった。
だから、お風呂などで首輪を外した後は、佑吾かサチに付け直してもらっていた。
しかし、今その二人はコハルの側に居ない。
「佑吾……サチ……みんなぁ、どこぉ……?」
いつも一緒に居た、大好きな自分の家族たちがいない。
どこにいて、どうなっているのかも分からない。
コハルには、それがたまらなく寂しくて、そして怖かった。
自分の頭を撫でてくれるあの優しくて暖かい手が、今何よりも恋しかった。
「佑吾ぉ……助けて……」
部屋の中ですすり泣く音が響いた。
見知らぬ部屋に取り残されてからしばらくして、コハルは目を覚ました。
「あれ……私、寝ちゃってた……?」
泣き疲れたのか、首輪を握ったまま床で寝てしまったようだった。
窓を見ると、もう日が落ちているようだった。
コハルは目元に残っていた涙を乱暴に拭うと、立ち上がった。
(こんな所でウジウジ泣いてちゃダメだ……早くみんなを助けに行かないと!)
そう自らを奮い立たせたコハルは、この部屋から出る方法を探し始めた。
手始めに、部屋の扉へと近づき、ドアノブをひねった。
「ダメだ……鍵がかかってる。それなら……うぅ~ん!」
コハルは無理やり扉を開けようと、ドアノブを力一杯ひねったり、扉を押したり引いたりしてみた。
しかし、扉は頑丈でどれだけやってもビクともしなかった。
「やっぱりダメだ……この首輪が無かったら良かったのに……」
普段のコハルならいざ知らず、今のコハルは封力の首輪のせいで氣力が使えない。
普段体の奥底から湧き上がってくるようなあの力が、今は感じられないのだ。
そうなってしまうと、今のコハルはどこにでもいるいたいけな少女と変わらなかった。
「窓からは……今の私じゃ降りられないよね」
窓は自由に開け閉めできるようになっているが、その先は手で掴める取っかかりが全く無い絶壁だった。
今の状態のコハルがこの絶壁を手で伝って降りるのは、あまりに危険だ。
「どうしよう……どうすればいいんだろう……」
いつもだったら、みんながどうすれば良いかを教えてくれた。
コハルは、みんなの指示に従って頑張っているだけで良かった。
でも、そのみんなは今ここには居ない。
それを再認識してしまったコハルは、寂しさがまた込み上がってきてしまい、膝を抱えてうずくまってしまった。
頭の中で必死に部屋から出る方法を考えようとするが、アイディアとは言えないものが浮かんでは消えてを繰り返すだけで、思考がぐるぐると空回りするだけだった。
コンコン。
うずくまっていたコハルの耳に、ノックの音が響いた。
「…………誰?」
「コハル、我だ」
「……ガレル?」
「そうだ。入るぞ」
ガレルはそれだけ言うと、扉の鍵を開けて入ってきた。
もしかしたら、私がレオルドにここに閉じ込められたのを知って、助けにきてくれたのかもしれない。
そう期待したコハルは、嬉しそうに立ち上がってガレルへと駆け寄った。
「ガレル! 良かった、レオルドがいきなり私たちを捕まえて、私だけここに閉じ込められてたの。助け――に……」
ようやくこの部屋から出られる。みんなとも会える。
そう思ってガレルを見ると、彼は薄く笑みを浮かべて、虚ろな目でコハルをじっと見ていた。その目つきが、どことなく怖かった。
(ガレルって、こんな人だったっけ……?)
静かに佇むガレルの雰囲気に異様さを感じて、コハルの足が止まった。
「ガレ、ル? どうかしたの……?」
「コハル。我はお前を助けに来たわけではない。そもそも、お前の仲間を地下牢に幽閉し、お前だけこの部屋に連れてくるようにレオルドに命令したのは、我だからな」
「えっ……ど、どういう事? 何でそんな事するの?」
「決まっている。コハル、お前を我の
「え……」
ガレルは微笑みながら、そう言い切った。
コハルには、ガレルの言っていることが理解できなかった。
だって、その話は昨日断ったはずだ。ガレルも、悲しそうにしながらもそれを受け入れてくれたはずだ。
それなのに、目の前のガレルはそれを忘れているかのように、嬉しそうに微笑んでいる。
何かが変だ。
理由は分からない。けど、コハルは本能でそう感じた。
ガレルの変貌が怖くなり、コハルは一歩後ずさった。
それに合わせるようにガレルが一歩進み、言葉を続けた。
「コハル。我はお前が欲しい。お前が我の事を拒もうとも、それでもずっと我の側に居て欲しいのだ。だから、お前を旅へと連れて行こうとするあの男たちを捕らえたのだ」
「そ、そんな理由で、みんなを連れて行ったの!?」
「そうだ。そうすれば、お前は我から離れられないだろう? 優しいお前のことだ。大切な仲間を見捨てて、一人で逃げたりはできないはずだ」
「そんな……私の、せい……?」
ガレルの言葉に、コハルは愕然とした。
みんなが捕まったのは、自分がガレルの告白を断ってしまったからだと思い至ったからだ。
「………………じゃあ、私がガレルの番いになったら、みんなを解放してくれるの?」
「それはできん。あいつらは必ずお前を助けようとするだろうからな。あいつらは死ぬまで地下牢にいてもらう」
「……っ!」
ガレルの言葉に、コハルはたまらず駆け出した。
自分のせいで、大切な家族が牢に囚われているのは耐えられなかった。
助けにいかなくちゃ。そう思って飛び出したが、ガレルの横をすり抜けようとしたところで腕を掴まれてしまった。
「うくっ……放して!!」
「ダメだ。奴らに会うことも、この部屋から出ることも許さん」
ガレルの腕から必死に抜け出そうともがくが、氣力の使えない今のコハルでは、それは叶わなかった。
「きゃっ!?」
ガレルに腕を引っ張られ、そのまま投げ出された。
幸い、投げられた先にはベッドがあったため、その上に尻餅をついただけで怪我は無かった。
「まだ、お前と話していたいが、生憎と執務が残っている。今日はここまでだ。では、また明日な」
「ま、待って!」
コハルが追いかけようとするが、それよりも早くガレルは部屋の外へと出た。
コハルは扉にすがり、急いでドアノブをひねるが、既に施錠された後だった。
「ガレル! ここを開けて! この部屋から出して!」
コハルが扉をドンドンと叩きながら、必死に叫ぶ。
しかし、どれだけ叫ぼうとも、扉の向こうから返事が返ってくることは無かった。
どれだけ頑張っても目の前の扉が開くことは無いと悟ったコハルは、ペタリと力無く座り込んだ。
「私のせいで……みんなが…………」
ぽたり。
拭ったはずの涙が、またあふれ出した。
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