第17話 作戦会議
牢屋に囚われた翌日、佑吾たちは朝からどうやって脱獄するかを看守の目を盗んで話し合っていた。
しかし、今のところ良案は無かった。
「定番な所だと……穴を掘ってそこから脱獄するとか?」
「難しいな。ここの土は硬い上に、何より掘るための道具が無い。実行するとなると、かなりの時間がかかるだろう。それに、掘った土の隠し場所も無いしな」
佑吾が昔見た海外ドラマであった方法を提案してみたが、ライルにあえなく却下された。
確かに、コハルを助けるために急ぐ必要があるため、この方法は適していないだろう。
「看守さんにレオルドさんを呼んでもらって、私たちは何も悪いことしてないって、もう一度お話するのはダメかな?」
「うーん、レオルドのあの態度的に難しいと思うわ。そもそも来てくれなさそうだし。それより佑吾、あんたその手錠壊したりとかできないの?」
「一応、鉄格子にぶつけてみたりはしたけど、傷一つ付かなかったな……これを壊す前に俺の腕が壊れると思う。ライルさんは、何か思いつきました?」
「……多少賭けではあるが、佑吾が病気のフリをして看守を牢屋内に誘い込み、隙を突いて俺が倒す、とかしか思いつかんな」
「……今のところ、ライルさんの案が一番可能性がありそうですね」
「やるだけやってみればいいんじゃない? 万が一ライルが仕留め損なっても佑吾が加勢すればいいし、失敗しても何も無いだろうし」
サチの言葉で、全員が佑吾の方を見た。
「……分かった。演技に自信は無いけど、やってみる」
◇
しばらく待っていると、看守の足音が聞こえた。朝の巡回だろう。
看守が佑吾たちの牢屋に差し掛かるのに合わせて、佑吾は腹痛の演技を始めた。
「う、うーん。は、腹が痛い。看守さん、助けてくれー」
「ああ?」
我ながら酷い棒読みだったが、看守は反応した。
佑吾は恥ずかしさをかみ殺して、演技を続けた。
「看守さん、は、腹が痛くて辛いんだ。医者の所に、連れて行ってくれないか?」
「…………」
看守は、無言で佑吾の方をじっと見ていた。
さすがに演技がバレたか、と佑吾が焦っていると、看守は佑吾たちを見てせせら笑いを浮かべた。
「ハッ、嫌なこった。そんな無駄なことしてられっかよ」
「ちょっとあんた! そいつが死んだらどうするつもり!?」
向かいの牢から、サチが佑吾の演技を助けるために叫ぶ。
それでも、看守は笑みを崩さなかった。
「そいつが死のうが知ったこっちゃないね。だってお前らは、終身刑になったんだからよ」「ハァッ!? ふざけんじゃないわよ! 裁判もろくにしてないじゃない!」
「ふん、上がそう決めたんだ。なら、俺はそれに従うだけよ。だから、お前らが病気になろうが俺は何もしない。終身刑の奴を治したって、薬が勿体ないだけだしな。むしろ、病気で早死にした方が楽なんじゃないか? ハハハ!」
そう馬鹿にしたように看守は笑うと、来た道を戻ってその場から去ってしまった。
佑吾は演技を止めて、立ち上がった。
「クソ、病気のフリ作戦は失敗か……」
「あの看守……こっから出たら絶対にぶっ飛ばしてやるわ……」
「で、でもサチお姉ちゃん、どうしよう……このままじゃ一生ここから出られないよ……」
「くっ……あ~もう! この手錠さえ無けりゃ、鉄格子なんかあたしが魔法でぶっ飛ばしてやるのに!」
「確かに、こいつさえ外れてくれたら話は簡単なんだけどな……」
佑吾は、自分の手にはめられた手錠を悔しげに見つめた。
サチの言う通り、これさえ無かったら魔法なり氣術なりで脱獄できるというのに。
魔力でも氣力でもない、何か別の力があれば、話は別だが――
「…………うん? 待てよ……」
そこまで考えて、佑吾は思い至った。
そう、ある。自分にはあるじゃないか。
魔力でも氣力でもない別の力――魔氣力が!
物は試しとばかりに、佑吾は魔氣力を体内で練り始めた。体の中心にある丹田で魔力と氣力を混ぜ合わせ、混ざり合ったエネルギーを全身に循環させていく。
ちらりと手錠を見ると、魔力と氣力をかき消す魔方陣は発光しておらず、魔氣力が消える気配も無かった。
行けるかもしれない。
「<
佑吾は魔氣力を指先に集めると、出力を最小限に絞って風の魔法を唱えた。
すると、指先にビーズのように小さい風の球体が現れた。
「できた!!」
球体はすぐに弾けてしまい、周囲に風をまき散らした。
その風にいち早く反応したのは、同じ牢に居るライルだった。
「佑吾、今のは……!?」
「はい、魔法です! 俺の魔氣力なら、この手錠を付けていても魔法が使えるみたいです!」
「よし、でかした! 手錠は破壊できそうか?」
「やってみます。自分のは狙いにくそうなんで、ライルさんのでもいいですか?」
「ああ、頼む」
ライルが、手錠が見えるように両手を突き出した。
佑吾は射線上にライルが入らないように気をつけながら、人差し指で狙いを定めて魔法を放った。
「<
佑吾の指先から小さな風の刃が放たれて、狙い通りに手錠に命中した。
チュイン。
「はっ? 危なっ!?」
魔法が当たった瞬間、手錠がキラリと光って魔法を反射した。
佑吾がとっさに避けると、先ほどまで頭があった場所を反射された<
冷や汗が遅れて頬を伝った。
「い、今のは一体……?」
「魔法が反射されたみたいだな……。この手錠、そんな機能まであるのか?」
「これじゃあ、手錠は壊せませんね……先に鉄格子の方を何とかしますか?」
「そうだな……佑吾、さっきと同じ威力で、試しに鉄格子に魔法を撃ってみてくれ。ただし、反射には気をつけろよ」
「分かりました。<
ライルに言われたとおり、魔法が反射しても当たらない位置に移動してから魔法を唱えた。風の刃が、鉄格子に命中する。
その結果、手錠と同じように<
「試してみて良かったですね……」
「ああ、全くだ……」
どうやら、鉄格子にも魔法反射の機能があるようだ。
もし、試さずにいきなり鉄格子を壊せるほどの威力の魔法を放っていたら、牢の中は大惨事になっていただろう。
ライルの慎重さに救われた。
「ちょっとあんたたち、さっきからコソコソ何やってんの?」
「ああ、実はこの手錠をはめていても、俺の魔氣力なら使えることが分かったんだ」
「魔氣力……って、あんたがイルダムたちとの修行で身につけた力だっけ。あれ、何につかえんの?」
「魔氣力は魔法に使えるんだ。魔力と一緒に氣力も消費するけど、普通の魔法よりも強い威力の魔法が撃てるんだ」
「へー……ん? 今、魔法が使えるって言った? あんた、それならさっさとこの手錠なり鉄格子なりぶっ壊しなさいよ!」
「い、いや、実はもう試したんだ。ただ、この手錠と鉄格子、どうも魔法を跳ね返してくるみたいなんだ」
「何よそれ……せっかく脱獄できるとおもったのに。はぁ……」
サチは目に見えて落胆し、両膝を抱えてうずくまってしまった。
佑吾が何か慰めの言葉をかけようとした時、通路の奥から看守の足音が聞こえた。
こっちに近づいてきている。佑吾は、慌てて口をつぐんだ。
いつの間にか、次の巡回の時間になっていたようだ。
看守は佑吾たちの牢の前で立ち止まると、ジロリと二つの牢を睨み付けた。
そして佑吾の姿を見ると、あのバカにしたような笑みを浮かべた。
「何だ、腹の調子はもう良いのか?」
「……ええ、お陰様で」
「そいつは残念だったな。牢屋暮らしが長引いて」
「……ふん、何よ。偉そうに」
「何だぁ? まだ、反抗的な奴がいるな。そう言えばお前、さっきも俺に口答えしたよな」
「お、おい、サチ!?」
悪態をついたサチに看守が反応し、サチとエルミナがいる牢の前までズカズカと歩いて行った。
看守は牢の前まで来ると、何を思ったのか座り込んでいるサチをじろじろと見た。
その視線にどことなく不快なものを感じたサチは、隠すように自分の体を抱きかかえた。
すると、看守はニタニタと下卑た笑みを浮かべながら、サチに話しかけた。
「ほぉ……お前、中々可愛い顔をしているじゃないか。どうだ? 俺に媚びの一つでも売ってみろよ。そうしたら、この牢屋暮らしの中で色々と可愛がってやるぞ?」
「はぁ? あんたみたいなクソ野郎に媚びを売るくらいなら、死んだ方がマシよ」
「……生意気な。後悔するなよ?」
そう言い残すと、看守は来た道を戻っていった。
「サチお姉ちゃん……大丈夫?」
「大丈夫よ。ちょっとキモくて鳥肌が立っちゃったけど……。エルミナは怖くなかった?」
「あの男の人、ちょっとだけ怖かった……」
「そ。じゃあ、ちょっとこっちに来なさい」
サチがちょいちょいと手招きをする。
エルミナがサチの側まで近寄ると、サチはエルミナを自分の両足の間に座らせて、後ろから優しく抱きしめた。
「大丈夫、エルミナのことはあたしが絶対に守ってあげる。だから、安心して?」
「うん……じゃあ、サチお姉ちゃんは私が守るね!」
「あら、頼もしいわね。じゃあ、お願いするわ。あそこで見てるだけのへっぽこより、頼りになりそうだし」
「うっ……ご、ごめん……」
サチがいたずらっぽい目つきでそう言うと、佑吾はいたたまれなさから素直に謝った。
すると、それがおかしかったのか、サチはクスクスと笑った。
「冗談よ、冗談。それよりもさっきの話の続き。佑吾の魔氣力を使って、ここから出る方法を考えましょ」
「……その件だが、一つだけ方法が見つかったやもしれん」
「本当ですか、ライルさん!?」
佑吾が、ライルの言葉に食いついた。
なぜならそれは、佑吾たちにとって何より嬉しい言葉だったからだ。
しかし、当のライルはと言うと、どこか歯切れが悪そうに口をモゴモゴとしていた。
そして、申し訳なさそうにサチの方を見た。
「何よライル、どうかしたの?」
「……この作戦には、サチの協力が必要不可欠なんだ」
「何よ、改まって。あたしたちは仲間でしょ、協力でも何でもやってやるわ」
「そう言ってくれると助かる……。俺の思いついた作戦だが――」
ライルは少し言いづらそうにしながらも、佑吾たちに作戦の内容を説明してくれた。
◇
ライルの作戦は、非常にシンプルで分かりやすかった。
しかし、作戦の要であるはずのサチは、作戦の内容を聞いた直後、顔を真っ赤にして激怒していた。
「ライル、あ、あんたバッカじゃないの!? あたしに、そんな小っ恥ずかしい事やれって言うわけ!?」
「ああ、そうだ」
「『ああ、そうだ』じゃないわよ!! あたし、絶対そんな事やんないから!!」
「そうは言うがサチ、現状脱獄できる可能性があるのはこの作戦だけだ。それとも、他に代替案があるのか?」
「そ、それは思いつかないけど……」
「なら、この作戦を実行するしかない」
「う、ぐぐ……」
言葉に詰まったサチが、佑吾の方をギンと睨んだ。
その視線からは、「あんた、何か良い案出しなさいよ!」という言葉が聞こえてきた。
しかし佑吾もサチと同じように、ライルのものより良い作戦が残念ながら思いつかなかった。
「すまん、サチ……」
「ぐっ……はぁーーーーーー……」
サチは鉄格子を両手で掴むと、下を向いて諦めたようにため息を吐いた。
「……分かったわよ。やればいいんでしょ、やれば。ただし!」
サチが、うなだれていた頭を上げて、向かいの牢に居る佑吾とライルを睨んだ。
その眼光は、魔物と戦い慣れた佑吾やいつも冷静なライルですらたじろいでしまうほど、鋭いものだった。
「今の厄介事がぜ~んぶ片付いたら、次にあたしが欲しいと思った魔導書を、金額がいくらでも絶対に買うこと!! 良い!?」
「はい、分かりました……」
「ああ、約束する……」
サチの気迫に気圧されて、二人はサチの願いを受け入れた。
ライルの説明によると、脱獄作戦を実行するためにはある条件があるそうだ。
その条件が整うまで、佑吾たちはひたすら牢屋の中で待ち続けた。
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