第15話 投獄
「はっ……? 国王、暗殺未遂……?」
「とぼけても無駄です。既に証拠は押さえておりますので」
「証拠……? 待ってくださいレオルドさん!? 一体、何の話をしてるんですか!?」
「先ほど申したでしょう、佑吾殿。今、あなた方全員に国王暗殺未遂の容疑がかけられています。隣の部屋にいる女性方の所にも、同じように兵士が突入しています」
「みんなの所にも兵士が……!? レオルドさん、国王暗殺なんて俺らは知りません!! 信じてください!!」
佑吾がそう必死に嘆願するも、レオルドはそれを聞き入れることなく、冷たい声で話を続けた。
「容疑がかけられている以上、皆様を拘束せねばなりません。詳しい調査は、その後に行います。ですので、大人しく投降してください。抵抗する場合は、武力でもって制圧します」
言葉を言い終えると同時に、レオルドから氣力の圧が発せられた。
氣力の奔流が、佑吾の肌をビシビシと叩く。
レオルドは、本気で自分たちを拘束するつもりだ。佑吾は、本能でそう理解した。
レオルドの周りに居る兵士たちも、佑吾とライルを捕らえようとジリジリと包囲を狭めて、プレッシャーをかけてきた。
二人が怪しい動きでもしようものなら、今にも斬りかかってきそうな気迫だ。
「……多勢に無勢、か。佑吾、ここは大人しく従うほかなさそうだ」
「ライルさん!? でも、俺たちは何も……」
「分かっている。だが下手に抵抗すれば、隣の部屋にいるあいつらにも危害が及びやもしれん。そうしないためにも、ここは従うべきだ」
「それは……くっ、分かりました……」
大切な家族にも危険が及ぶかも知れない。その可能性がある以上、ライルの言葉通りここは従う他なかった。
佑吾とライルは手を掛けていた武器を床に落とすと、両手を挙げた。
「よし、では彼らを牢屋まで連行しろ」
「はっ!」
「ぐっ……」
兵士たちに剣を向けられながら、佑吾とライルは部屋の外に連れ出された。
部屋の外に出ると、隣の部屋にいたエルミナたちも同じように連れ出されていた。
エルミナは剣を向けられた恐怖からか、涙目になっていた。
「お父さんっ!」
「エルミナ! 三人とも無事か!?」
「う、うん。誰も怪我してないよ!」
「貴様ら! 無駄なおしゃべりはするな!」
「きゃっ!? ご、ごめんなさい……」
「ちょっとアンタ! 子どもにそんな言い方――」
カチャリ。
兵士が、サチの首に剣をあてがった。
兵士が少しでも腕を引こうものなら、たやすくサチの喉を切り裂けるだろう。
「うっ……」
「サチ!?」
「無駄なおしゃべりはやめろ。そう言ったのが聞こえなかったか?」
「………………分かったわよ」
「ふん、黙って着いてこい」
サチが不承不承押し黙ると、兵士は納得したのか剣を離した。
そして兵士たちは、牢屋へと連行するために佑吾たちを剣で脅しながら歩かせた。
それに無言で従ってしばらく歩いていると、一番後ろを歩いていたレオルドから制止の声がかかった。
「待て。そこの犬人だけは特別牢行きだ」
「え? わ、私?」
「そうだ。彼女をこちらへ」
「え? え?」
レオルドがそう言うと、佑吾たちを取り囲んでいる兵士の内の二人が、コハルの腕を掴んで無理やりレオルドの元へと連れて行った。
突然のことに、佑吾はレオルドに食ってかかった。
「待ってください、レオルドさん! どうしてコハルだけ!」
「貴様! 勝手に動くな!」
とっさに飛び出そうとした佑吾を、兵士たちが武器で進路を塞ぐようにして押さえた。
危うく剣にぶつかりそうに、佑吾はたたらを踏んだ。
そんな佑吾を意に介さず、涼しげな視線を向けてレオルドは淡々と言い放った。
「彼女だけ特別牢に連れて行くのは、彼女に今回の暗殺未遂の主犯の疑いがあるからです。兵士たち、その四人は地下牢に連れて行け」
「はっ!」
「待ってください! コハルはそんな事をする子じゃない!」
「佑吾!」
「耳障りだ。早くその男たちを連れて行け」
「コハル、大丈夫だ! 必ず迎えに行く! だから待っててくれ!」
二人の叫びも空しく、佑吾たちとコハルは引き裂かれるように別々の場所へと連行された。
コハルと離ればなれになった後、佑吾たちはレオルドの言葉通り、地下牢へと連れて行かれた。
到着するやいなや、武器や防具などの装備品、持っていた道具類を全て没収された。
佑吾たちは今、支給された薄手の囚人服だけ、身に纏っている状態だった。
「ほら、入れ」
牢屋は男女で別々だった。
兵士は佑吾たちをそれぞれの牢屋に入れると、ガチャンと重そうな錠前を付けて去って行った。
「ったく、朝起きていきなり牢屋に入れられるとか、一体何だってのよ!」
サチが苛立たしげに、目の前の鉄格子を拳で叩いた。
それが思いのほか痛かったのか、叩いた手を押さえて「くぅ……」とうめきながら、うずくまった。
サチと一緒の牢にいるエルミナも、突然暗い場所に連れてこられたせいか、不安そうに身を縮こめていた。
「私たち、何か悪いことしちゃったのかな……」
「いや、俺たちは何も悪い事なんてしちゃいない。レオルドさんが言ってた国王暗殺なんて知らないし、その主犯がコハルだなんて有り得ない。一体、何が起きているんだ……まさか、誰かが俺たちに濡れ衣を着せたのか?」
「ハァ、濡れ衣? 誰が、何のために?」
痛みが治まったのか、サチが立ち上がった。
しかし、その顔はまだどこかイライラしているようだった。
サチの詰問に、佑吾はバツが悪そうに答えた。
「それは…………分からないけど」
「はぁ……あのねぇ、憶測で物を言わないでよ。ただでさえ、訳の分かんない状況だってのに」
どこか棘のある言い方に、佑吾はかちんと来た。
「それはそうかもしれないけど、だからってそんな言い方は無いだろ」
「ふん。適当なこと言ってるあんたが悪いんでしょ」
「なっ!?」
「お父さん、サチお姉ちゃん……ケンカしないで……」
エルミナが泣きそうな顔で二人の口げんかを止めようとそう言ったが、頭に血が上っている二人の耳には届かなかった。
「ふん、じゃあ何か? サチみたいに人や物に八つ当たりし続ければ、この状況が解決するとでも言うのか?」
「ハァッ!? 誰が八つ当たりしたって言うのよ!」
「お前だよ。鉄格子をバカみたいに叩いたりしてたじゃないか」
「なぁっ!? 誰がバカよ、この優柔不断男!」
「ゆうじゅ……それを言うならお前だって――」
「いい加減にしろ!! お前さんら、少しは頭を冷やせ!!」
ヒートアップした二人の口論を見かねて、ライルが一喝した。
冷や水を浴びせたように、場が静まりかえった。
「今は喧嘩をしている場合じゃないだろう。コハルを助けるために、これからどうするかを話し合うべきだ。違うか?」
「…………いえ、ライルさんの言うとおりです、すみません……サチもごめん、酷いことを言った」
「…………あたしも悪かったわよ。エルミナもごめんなさい。怖かったわよね」
「うぅ……ひっく……ぐすん」
サチが、あやすようにエルミナの頭を優しく撫でた。
ライルの一喝のおかげで、頭に血が上っていた二人は、ようやく冷静になれた。
どうやら、佑吾もサチもこの突然の事態に動揺し、思った以上に余裕を無くしていたらしい。
「……それにしても酷い場所だな」
気持ちが落ち着いたことで、佑吾は改めて牢屋の中を見回した。
中は、控えめに言っても人が住める環境では無かった。
牢屋は、土壁をくり抜いて作った洞穴を、鉄格子で塞いだつくりになっている。
その中はかなり湿気が酷く、土が濡れているような感触がして、少し気持ち悪かった。
中に置いてある物としては、湿気で腐った木製のベッドに、所々カビの生えた薄っぺらい布団があるだけだった。
「ああ、もう最悪。こんな所、さっさと出たいわ」
「うん、こんな所にずっといたら病気になっちゃいそう……」
「そうだな……ライルさん、これからの事なんですけど……」
「ああ、どうする?」
「俺は何とかしてここから出て、一刻も早くコハルを助けに行きたいです」
「なるほど。つまり、脱獄するということか」
「はい」
ライルの言葉に、佑吾は覚悟を決めたように頷いた。
「分かった。なら、脱獄方法を考えよう。と言っても、こいつのせいで、俺たちは今魔力と氣力の両方が使えんから、簡単では無いがな」
「この手錠のことですね……」
ライルが、佑吾に見えるように両手を持ち上げた。
その両手には、金属製の手錠がはめられていた。同じ物が、佑吾たちの両手にもあった。
手錠には、魔方陣のような物が刻まれている。
ライル曰く、この魔方陣には着用者の魔力と氣力の流れを阻害する効果があるらしい。
つまり、この手錠がはめられている間は、魔法も氣術も使えないということだ。
試しに、佑吾が魔力を練り上げようとすると、手錠の魔方陣が薄く発光して、練り上げた魔力が霧散してしまった。氣力の方でも、同じ結果になった。
「本当に両方使えないんですね……」
「ああ、だから人力での脱出方法を考えねばならん」
「そうですね。色々と考えてみましょう」
佑吾は、そっと拳を握った。
(ここから出る方法を絶対に見つけてみせる……! コハル、どうかそれまで無事で居てくれ……)
薄暗い牢屋の中で、静かにそう祈った。
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