第5-3話 エルミナの修行 前編

 「それじゃあエルミナちゃん、私と一緒に行きましょうか〜」

 「は、はい、オレリアさん!」


 エルミナはオレリアに連れられて、ある建物へと入って行った。

 入り口には看板が掛けられており、『診療所』と書かれていた。


 「ここはね、怪我した人を治療したり、病気の人のために薬を作っている場所なのよ〜。私は普段ここで働いているの〜さぁ入って入って〜」

 「お、おじゃまします……」


 エルミナが診療所に入ると、ツンとした薬の匂いがした。

 オレリアが『診察室』と札がかけられた部屋に入っていったので、エルミナも

その後をついていく。

 診察室の中には机と椅子があり、その反対側には患者が横になるための診察台が置いてあった。部屋の隅には机や薬ビンが並んだ戸棚、本棚などが置いてあった。


 「それじゃあ今から治癒魔法の授業を始めま〜す。準備は大丈夫かしら〜?」

 「はい、よろしくお願いします!」

 「はい、いいお返事ね〜。じゃあまずエルミナちゃん、まずは私に治癒魔法をかけてみてくれる〜?」

 「え? 分かりました……<初級治癒キュアル>」


 オレリアから突然そう言われたエルミナは、困惑しながらも言う通りに魔法をかけた。オレリアの体がエルミナの黄金の魔力に包まれる。

 治癒魔法の光が消えると、オレリアはう〜んと考え込み始めた。

 そして何か思いついたのか部屋の戸棚の方へ向かった。戸棚をしばらく漁って「あったあった〜」と何かを見つけると、エルミナの所へと戻ってきた。


 「オ、オレリアさん……その手にもってるの……」


 エルミナの視線がオレリアの右手に注がれる。そこには小さなナイフが握られていた。


 「これ? これは薬の調合の時に使うナイフだよ〜。これを〜えいっ」


 エルミナの質問に答えると、オレリアはいきなり自分の左手の手のひらを切った。


 「ひゃっ⁉︎ オレリアさん、何してるの⁉︎」

 「エルミナちゃん、もう1回治癒魔法をかけてみて〜」


 エルミナの狼狽をまったく気にせず、オレリアが左の手のひらを見せてくる。傷は浅く、線のような傷からうっすら血がにじんでいた。

 エルミナが慌てながら<初級治癒キュアル>をかけてその傷を治す。それを満足そうにオレリアが眺めていた。


 「うふふ、ありがとう〜。それじゃあ……えいっ」

 「ええっ⁉︎ せっかく治したのに⁉︎」


 何を思ったのかオレリアは、エルミナが治した手のひらをさっきと同じようにまた傷つけた。


 「じゃあエルミナちゃん、今度は私が魔法をかけるから傷痕をよ〜く見ててね〜<初級治癒キュアル>」


 オレリアが傷口をエルミナに見せながら治癒魔法をかける。

 オレリアが何をしたいのかが分からず困惑していたエルミナだったが、オレリアの魔法を見て驚きに目を見張った。


 「わっ……傷が治るのがわたしの魔法より速い!」


 オレリアの手のひらの傷がみるみると塞がっていく。

 オレリアの治癒魔法は、目に見えてエルミナよりも早く傷を治した。


 「うふふ、実はこれ、すぐに出来るようになるわよ〜」

 「えっ、そうなんですか?」

 「そうよ〜エルミナちゃんは治癒魔法をかける時に相手の全身にかけてるでしょ〜?」

 「はい、かけてます。それが普通じゃないんですか?」

 「いいえ、それが普通の方法よ〜。でも、別のやり方もあるのよ〜。それが『傷口にだけ魔力を集中させる方法』なの〜」


 説明に聞き入っているエルミナに対して、オレリアは優しく説明していく。


 「健康な所に治癒魔法をかけても何も効果が無いでしょ〜? だから全身に魔法をかけるのは魔力がもったいないのよ〜。今回みたいに治療するところが分かっているなら、傷口にだけ治癒魔法を集中させる方が効果的なのよ〜」

 「そうなんだ! すごい……」


 オレリアの説明に感動していたエルミナだったが、「あ、でも」とある事に気づき、それを尋ねた。


 「それじゃあ私がいつもやってるやり方は、もうしない方がいいのかな……」

 「いいえ〜全身を怪我した時とか体の内部を損傷している時とかは、全身にかけた方が手っ取り早いし確実に治療できるわ〜。だから状況によりけりね〜」


 オレリアの説明をエルミナが真剣に聞いていると、診療所の入口の方からドタバタと慌ただしい音が聞こえてきた。その音は段々と近づき、部屋の扉がバタンッと荒々しく開いた。


 「先生ぇ助けてくれ! 若いのが間違って毒キノコを食っちまって苦しんでんだ!」


 診察室に入ってきたのは、若い男を背負った中年の男だった。

 背負われた若い男は、苦しそうに呻いていた。


 「あらあら、それじゃそこに寝かせてね〜」


 若い男が診察台に寝かされる。男は腹が痛いのか両手で押さえて体をくの字に曲げていた。


 「すぐ治してあげますからね〜<毒治癒ポイゾ・キュアル>」


 オレリアが男に向けて両手をかざして魔法を唱える。

 男の全身が若草色の光に包まれる。

 数秒後、呻き声を上げて苦しんでいた男の表情が和らぎ、全身の力を抜いて一息ついた。どうやら毒の治療が完了したようだった。


 「もう大丈夫よ〜お加減はどうかしら〜?」

 「すんません先生、助かりました……」

 「いいのよ〜体調が戻るまで奥にある部屋のベッドで休むといいわ〜」


 オレリアがそう言うと、毒キノコを食べた男は礼を言って付き添いの男に連れられて診察室を出ていった。


 「ふぅ、エルミナちゃんごめんね〜急にバタバタしちゃって〜」

 「いえ、大丈夫です! それよりもオレリアさんの治療、スゴかったです!」

 「あら、そう〜? じゃあエルミナちゃんも毒の治療を覚えてみる?」

 「……はい! 覚えたいです!」


 キラキラとした目で自分を見上げてくるエルミナを微笑ましそうに見つめながら、オレリアは説明を始めた。


 「毒の治療には<毒治癒ポイゾ・キュアル>っていう魔法を使うの〜。患者の全身に魔力を浸透させることで毒がどこにあるか分かるのよ〜。それで、毒がある場所に魔力を集中させて解毒すればOKよ〜」

 「え、ええっと……?」

 「う〜ん説明だけじゃ分かりづらいかしら〜。あ、そうだわ〜エルミナちゃん、ちょっと待っててね〜」


 良いことを思いついたと表情を明るくしたオレリアが、診察室を出ていった。

 何故かエルミナの胸中に、そこはかとなく嫌な予感がした。

 少しして、オレリアが紫色の草を片手に戻ってきた。


 「オレリアさん、その手に持ってるの何ですか……?」

 「これはドクバミ草って言ってね〜薬の材料になるんだけど、生のままだと少しだけ毒性があるのよ〜これを……はむっ」


 ふむふむと話を聞いていたエルミナの目の前で、オレリアは自分で毒があると言ったドクバミ草を口に入れて、躊躇なくゴクリと飲み込んだ。


 「ひゃっ⁉︎ オ、オレリアさん何してるんですか⁉︎ は、早く吐き出してください⁉︎」

 「死ぬような毒じゃないから大丈夫よ〜。いざとなったら自分で解毒できるしね〜。それじゃあエルミナちゃん、解毒の魔法の練習を始めましょうか〜」

 「え、えぇ〜〜…………」


 オレリアの突飛な行動に振り回されながらも、エルミナは解毒の魔法の練習に取りかかった。



 ある日、怪我をした村人の治療を終えたエルミナに、オレリアがある提案を持ちかけた。


 「おくすりの作り方、ですか?」

 「ええ、エルミナちゃんさえ良ければ教えるけどどうする〜?」

 「知りたいです! 教えてください!」


 食い気味にそう答えるエルミナ。

 それを微笑ましげに見つめたオレリアは、調合室と書かれた部屋にエルミナを連れて行った。

 調合室は診察室よりも狭く、それでいて植物の匂いで満ちていた。

 その匂いに気を取られながらも、エルミナはオレリアに部屋の奥の調合台の元へと連れられた。


 「それじゃあまずは低級の治癒水薬ポーションから作りましょうか〜。材料はきれいな水とヒアルばなの葉っぱ3枚、それにアプレたけが2本よ〜」


 オレリアが1つ1つエルミナに見せながら調合台へと並べていく。


 「じゃあまずは〜きれいな水をお鍋に入れて沸騰させま〜す。そしてその間に、ヒアルばなの葉っぱとアプレたけを細かく刻んですり潰しま〜す」


 そう言うとオレリアは、材料をナイフで細かく刻んですり鉢の中へとポイポイ投げ込んでいく。

 材料を入れ終わると、すりこぎを持って材料を細かくすりつぶし始めた。

 しばらくすりつぶし続けると、すり鉢の中の材料は緑色のペーストになっていた。

 それと同じくらいに、火にかけていた鍋の水も沸騰し始めていた。


 「ふぅ。それじゃあお湯も沸いてるみたいだし火を止めて……すりつぶした材料をお鍋に入れま〜す」


 オレリアがペースト状の材料を、トポトポと鍋に落としていく。

 エルミナはというと、しっかり手順を覚えようとオレリアの一挙手一投足を真剣に見つめていた。


 「材料を入れ終わったらこれをゆっくり混ぜま〜す。煮汁の色が均等になったら冷めるまで待ちま〜す。これで9割がた完成よ〜」

 「えっこれで終わりなんですか?」

 「そうよ〜。後は冷ました煮汁を瓶に詰めて治癒魔法を込めるだけよ〜。簡単でしょ〜?」

 「こんなに簡単に作れちゃうのに、何であんなに高いんだろう……」


 エルミナが以前街で見かけた治癒水薬ポーションの値段を思い出す。

 1番安いものでも大銀貨1枚。

 街で食べる料理が青銅貨3~5枚ぐらいで、大銀貨1枚あれば最低でも20食は買うことができる。そう考えると、治癒水薬ポーションはとても高価なものなのだ。


 「治癒魔法を使える人は普通の魔法使いより少ないから、あんまり作れないのよ〜。それに治癒魔法しか使えない人もいるから、材料を自分で採取せずに取ってきてもらう人もいるから高くなっちゃうのよ〜」


 つまりは治癒水薬ポーションが高くなるのは、人件費のせいだと言うことだ。


 「だから、自分で材料が取れて治癒魔法も使えるなら自分で作っちゃった方がお得なのよ〜」

 「そうなんですね! あの、材料のヒアルばなとアプレだけってどこで採れますか?」

 「その2つは森のあちこちに生えてるから簡単に採れるわよ〜。でも、見た目が似ている毒草とかもあるから気をつけてね〜」

 「は、はい! 気をつけます!」


 その後、エルミナは煮汁が冷めるまでオレリアから水薬ポーションについて色々と教わった。

 例えば今回作った治癒水薬ポーションには、<初級治癒キュアル>しか込められないこと。<初級治癒キュアル>以上の魔法を込めたいのであれば、他の材料も加えたより等級の高い治癒水薬ポーションでないとダメなんだそうだ。

 もし低級なものに無理やり<初級治癒キュアル>以上の魔法を込めようとした場合、中の成分がダメになってしまうそうだ。

 次に効能の期限について。

 治癒水薬ポーションの効能は、魔法を込めてから2週間までなんだそうだ。

 それ以上過ぎだものを服用すると、治癒の効果がほとんど無い上にお腹を壊すから絶対に飲んではダメだと教わった。

 そして、エルミナがオレリアから数時間ほど色々と教わった後、煮汁がようやく冷えた。オレリアは煮汁をガラス瓶に移した後、コルクでしっかりと栓をして、合計3本の治癒水薬ポーションが完成した。


 「それじゃあエルミナちゃん、これに<初級治癒キュアル>を込めてみてくれる?」

 「はい。<初級治癒キュアル>」


 ガラス瓶を両手で包み込むように握り、魔法を唱える。

 ガラス瓶が黄金色の光に包まれた後、中の水薬が魔力に反応してキラキラと光った。


 「きれい……」

 「ふふっ、エルミナちゃん、良かったらそれあげるわ〜」

 「え? いいんですか?」

 「もちろんよ〜。ほらエルミナちゃんのお父さんとお姉さんたち、いつも修行で傷だらけで戻ってくるでしょ? だからみんなに使ってあげたらどうかしら?」

 「あっそうですね! ありがとうございます、オレリアさん!」


 エルミナが思い出す限り、佑吾とコハルはよく全身に打撲や擦り傷を作って帰ってくる。サチに限ってはなぜかおでこが真っ赤になっているのだが、理由を聞いても教えてくれなかった。

 だから大切な家族のために持って帰ってあげよう、そしてこれからの旅のために水薬ポーションの作り方を覚えよう、エルミナはそう決意した。

 ちなみに余談だがライルはほとんど怪我をせずに帰ってくるので、ライルの分の水薬ポーションは必要ない。

 



 夜、お世話になっているイルダムの家の中、エルミナはコハルとサチと一緒に使っている部屋で佑吾の帰りを待っていた。

 コハルとサチはすでに帰ってきており、エルミナは2人に今日作った治癒水薬ポーションを渡した。

 2人は驚きながらも「ありがとう」と言って、エルミナの頭を撫でて水薬ポーションを受け取ってくれた。

 お父さんも渡したら喜んでくれるだろうか。

 そう思って、エルミナは佑吾の帰りを今か今かと待っていた。


 「ただいまー」

 「──! 帰ってきた……お父さん、おかえりなさい!」

 「おおエルミナ、ただいま」


 佑吾の声が聞こえるやいなや、エルミナはすぐに玄関へと向かい、佑吾を迎えた。玄関に立つ佑吾はくたびれた様子で、顔には擦り傷がたくさんあった。


 「お父さん、良かったらこれ飲んでみて」

 「これ……もしかして治癒水薬ポーションか?」


 佑吾はエルミナから治癒水薬ポーションの瓶を受け取り、中身をしげしげと眺めた。そして「これどうしたんだ?」とエルミナに尋ねた。


 「えっとね、オレリアさんが作ったのをくれたの。その時に水薬ポーションの作り方とか色々おしえてもらったの」

 「へぇ、エルミナも頑張ってるんだな。水薬ポーションありがとうな」


 佑吾は優しくエルミナの頭を撫でると、水薬ポーションのコルクを開けて中を飲み干した。

 すると佑吾の体にあったたくさんの生傷がたちどころに癒えた。

 佑吾の傷が全快したのを見ると、エルミナは安心したのか途端に眠気を感じ始めた。


 「お父さん……よか……った……」

 「エルミナ?」


 佑吾がエルミナの方を見ると、エルミナは眠そうに目を細めて手でこすっていた。佑吾がよくよく思い返してみると、エルミナはいつもならお布団に入っている時間だ。

 きっと自分にこれを渡したくて頑張って起きていたのだろう。

 そう思った佑吾は、エルミナのその優しさをとても嬉しく思った。


 「エルミナ、ここで寝たら風邪を引いちゃうよ。お布団に行こう?」

 「ん……んぅ……」


 佑吾が呼びかけるが、エルミナは既に半分夢の中のようだった。

 その様子を微笑ましく思いながら、佑吾は部屋に運ぶためにかがんでエルミナをおんぶした。


 「んん……お父さん……?」

 「ああごめん起きちゃったか。部屋に運ぶからちょっとだけ我慢してくれ」


 眠いせいなのかエルミナから返事はなかったが、佑吾は部屋へと向かった。

 そして、佑吾がエルミナをベッドに優しく寝かせてその場を離れようとすると、エルミナにズボンをつかまれた。

 布団の中で、エルミナが寝ぼけまなこで佑吾を見つめていた。


 「エルミナ? どうかしたのか?」

 「……お父さん……私、頑張るよ。いっぱい勉強して……みんなを守りたい。ケガしたら……治してあげたい。そうなれるように……いっぱい頑張るから…………だから……1人にしないで……」


 ポツリポツリと、エルミナは佑吾に訴えかけるように呟いた。

 エルミナの言葉に、佑吾は衝撃を受けたかのように目を見開いた。そして枕元でゆっくりとかがみ、エルミナに優しく語りかけた。


 「大丈夫だよエルミナ。何があっても俺はエルミナを1人にしない。俺もみんなもずっとエルミナの側にいるよ」


 佑吾がエルミナの頭を優しく撫でながらそう言うと、エルミナは安心したのかふにゃりと笑うと、すぅすぅと寝息を立て始めた。

 その寝顔を見て安心した佑吾は自室へと戻った。

 その日の晩、エルミナは家族みんなで楽しく過ごすとても幸せな夢を見た。

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