第5-2話 サチの修行 前編
イルダムから魔法の特訓を受けることになったサチは、村の奥まった静かな場所で特訓を受けていた。
サチは芝生の上で座禅を組み、瞑想していた。
その集中しているサチの周りを、イルダムが退屈そうにあくびをしながら風魔法でフヨフヨと浮いていた。
そのまま静かに時間が過ぎていくように思えたが──周りの茂みからガサガサと音が鳴り、静寂を打ち破った。
その物音にサチの黒い猫耳がピクリと反応する。
物音はしばらくガサガサと鳴り続き、やがて鳥が1羽飛び立っていった。
飛び立つ時もバサバサと羽ばたく大きな音がして、今度はサチの尻尾がピンと立った。
その様子を見ていたイルダムは静かにサチへと人差し指を向けると、風の魔法を放った。無音の空気の弾は、サチの額をしたたかに打ちすえた。
「あだぁっ⁉︎」
魔法を受けたサチは衝撃でのけぞり、そのまま芝生の上へと倒れた。
額を両手で押さえてしばらく痛みに悶えていたサチは、怒りに声を荒げながら起き上がった。
「だ・か・らぁ〜! 瞑想してる時にいきなり風魔法打ち込むなって言ってんでしょ! 痛いじゃない!」
「かっかっか。集中を切らす方が悪いんじゃ。あの程度の物音に動揺しよってからに」
「音に反応するなって言う方が無茶でしょ! 敵の動きにも反応するなって言うの⁉︎」
「いんや、別に敵の動きに反応してもええし目で追ってもええ。ただし、それで魔力の練り上げが乱れるのがいかんのじゃ。例えば、さっきのお前さんみたいにのう」
「うぐっ……」
図星だったのだろう。サチが言葉に詰まる。
「ほれ、分かったらさっさと瞑想に戻る」
「……ていうかこの特訓何なのよ! あたしはもっと強い魔法を教えてもらえると思ったのに……」
「それは後じゃ。お主には今足りんのは魔法を発動するための基礎訓練じゃ」
「何で今さら基礎なのよ。あたしはもう魔法を使えるのよ?」
「それはただ使えてるだけじゃ。正しく効率よく使えとらんのじゃ」
「正しく、効率よく?」
「そうじゃ。ええか、魔法を発動するための工程は①魔力の練り上げ、②魔力の属性変換、③魔法陣の構築、④魔法陣に魔力を流す、⑤魔法が発動となっておる。ここまではええか?」
イルダムが指を説明に合わせながら立てていく。
その説明に、サチは頷きながら答えた。
「ええ、問題ないわ」
「この各工程の練度が重要でのう。何故か分かるか?」
「……魔法の発動時間に関わるから?」
「半分正解じゃな。この工程は発動時間だけじゃなく、魔法の威力にも関わってくるんじゃ」
「魔法の威力? 威力は練り上げた魔力量で決まるんじゃないの?」
「違う。正しくは『魔法陣に込めた魔力量』で決まるんじゃ」
「……? それって同じ意味じゃない」
「全然違うわい。お主の言う『練り上げた魔力量』は工程で言えば1番目の所じゃ。それに対して『魔法陣に込めた魔力量』と言うのは4番目の工程じゃ。実はのう、練り上げた魔力は完全に魔法に変換できんのじゃ。少量は各工程の中でロスしていくんじゃよ」
「……つまり魔法陣に込められる魔力量は、練り上げた魔力量よりも少ない?」
「その通りじゃ。花丸をやるぞ」
イルダムが指をくるくると回して、丸を描いた。
「そこでお主が基礎訓練をやる意味なんじゃがな、お主はこの魔法発動の工程がとにっかく雑なんじゃ。そのせいで魔力がダダ漏れで魔法の威力がしょぼくなっとる。じゃから基礎訓練をしっかりやることが、魔法の威力向上に繋がるんじゃよ」
「……所々むかつく言葉はあったけど、理由は分かったわ。ところで一つ気になったんだけど」
「何じゃ?」
「その工程を丁寧にやる意味は分かったけど、丁寧にやればやるほど時間がかかって魔法の発動が遅くなるんじゃないの? そうなったら本末転倒だと思うんだけど」
「かかっ、良い目の付け所じゃな。お主の言う通り、丁寧にやれば時間がかかる。じゃがそれは、繰り返しやればやるほど慣れて早くできるようになるんじゃ」
「へぇーなるほどね」
「おうとも。じゃから今日から魔力切れになるまでひたすら基礎訓練じゃ」
「はぁ⁉︎ 冗談でしょ⁉︎」
魔力切れになると、ひどい頭痛と倦怠感に襲われる。
サチは初めて魔法が使えるようになった頃、調子に乗ってバンバン魔法を使って魔力切れになった経験がある。あの時のしんどさは尋常じゃなく、もう二度と魔力切れは起こさないようにしようと誓ったほどだった。
「かっかっか、冗談なもんか。ほれつべこべ言わず、さっさと瞑想に戻れ。それとも、もう音を上げるか? 強くなれんでもええんか?」
「なっ! 〜〜〜〜誰が音を上げるってのよ! やればいいんでしょ、やれば! もしこれで強くなれなかったらぶっ飛ばすからね!」
そう言って怒りながら、サチは再び芝生の上で座禅を組み瞑想を始めた。
「ゔぅ〜〜頭いったぁ……寝れない……」
その日の夜、寝床に着いたサチは魔力切れによる頭痛に悩まされていた。
ズキズキと頭が痛むせいで、疲れているのに眠れない。
「はぁ……のど渇いた」
サチは台所へ向かうために、一緒の部屋で寝ているコハルとエルミナを起こさないように静かに布団を出た。
その時、コハルの布団がベッドから落ちているのが見えた。多分、寝ぼけて蹴飛ばしたのだろう。
「まったくもう、コハルったら……」
コハルの布団を拾い上げてそっとかけ戻すと、サチは台所へ向かった。
飲み物を用意しようとすると、サチの耳に人の声と物音が聞こえた。
どうやら庭の方からだった。
(こんな時間に一体誰が……)
「275……276……」
サチが庭に出ると、そこで佑吾が木剣で素振りをしていた。
サチが来たというのに、佑吾は脇目も振らずに木剣を降り続けていた。かなり集中しているようだった。
「298……299……300……」
しかし、それにしてもやり過ぎだ。
佑吾だって朝から特訓していたはずだ。それなのに今300回以上も素振りをしているのは明らかにオーバーワークだ。もう止めた方が良いだろう。
「佑吾!」
「……サチ? どうしたんだこんな遅くに」
「それはこっちのセリフよ。もう休まないと、明日に響くわよ」
「……そうだな。ちょっとやり過ぎたよ」
誤魔化すように笑う佑吾。
サチは佑吾の様子がいつもと違うことを何となく感じた。
「何でそんなに無茶して頑張ってんのよ」
「…………強くなりたいんだ、もうみんなを危険な目に遭わなくて済むように。ヴィーデの時も山で川に落ちた時も、俺が弱いせいでみんなが危険な目に遭った。だからもう二度とそんなことが起きないように、少しでも早く強くなりたいんだ」
そう言って、佑吾は優しく笑った。その目には隈があり、表情には疲れがにじんでいた。
その表情を見て、サチは言いようのない怒りのようなものを覚えた。
こいつは、佑吾はいつもそうだ。
誰かが傷つくのが嫌で、優しくて、誰かを助けるために無茶をして自分を犠牲にする。例え自分が大怪我を負ったとしても、相手を助けれられたならこいつは「無事で良かった」って笑うんだろう。
でも、それで救われた方は手放しで喜べないのよ。
救われた方は──あたしは、川で溺れているあたしを助けてくれた佑吾が目を覚まさなくて死ぬほど不安になった。
あたしを助けたせいで、佑吾が死ぬんじゃないかって。
あんな思いは二度とごめんだ。
助けられたくせに、ひどく我が儘なことを思っている自覚はある。
それでもあたしは、こいつにもっと自分のことを大事にしてほしいのよ。
でも、そうこいつに言ったところで、こいつは困ったように笑うだけで直そうとはしないだろう。
だから、あたしが言うべきなのはきっと──
「──1人で何でも頑張ろうとするんじゃないわよ」
「えっ?」
「だから、もっとあたしやみんなを頼れって言ってんの! みんなあんたに守られるだけの柔なやつじゃないわ。みんな、あんたと一緒に戦える。だから、あんた1人じゃ無理だって思ったら、遠慮なくみんなを頼りなさい! 分かった?」
「サチ……そうだな。俺は1人じゃないもんな」
「そうよ。安心しなさい、あたしは魔法でしっかりあんたをサポートしてあげるから! 大船に乗ったつもりでいなさい!」
「ははっ、そっか。それは頼もしいな……サチ、これからもよろしくな」
「ふふ、しょうがないわね。見てなさい、これからの特訓でみんなが驚くほどの魔法を身につけてみせるんだから!」
そうしてあたしたちは、それぞれの寝床へと戻った。
もう頭痛で寝られないなんて言ってられない。早く眠って明日に備えないと。
明日からの魔法の特訓も頑張らないといけないんだから。
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