第4.5話 川に落ちてから──サチの場合
「ん……」
サチはゆっくりとまぶたを開いた。
突然光が入ってきて驚き、一度閉じてから再びゆっくりとまぶたを開けていく。
「ここは……? あたし、どうしてこんな所に……?」
気づいたら見知らぬ部屋のベッドで寝ていた。
体を起こそうとするが、体が異様なまでに重く気だるかった。ズキズキと頭痛までする。
それでもサチは何とか上体だけ起こし、痛む頭を右手で押さえながら、自分が眠る前の記憶を掘り起こし始めた。
「ええっと……確かみんなで山の中を進んでいて……吊り橋を渡ろうとして……それで魔物に襲われて、佑吾と一緒に、川に落ちて…………そうだ、佑吾は⁉︎」
何が起きたか思い出したサチは、顔を上げて部屋を見渡した。
すると、自分の隣のベッドで眠る佑吾の姿を見つけた。
「佑吾……良かった…………」
穏やかな寝息から、佑吾が生きていることが分かる。
ホッとして、ため息を吐く。
サチが安心しているのも束の間、サチの猫耳が部屋の外から聞こえる足音をとらえた。その足音は徐々にこちらへと近づいているようだった。
手元にワンドや魔導書は無い。
それにこんなに疲弊した体じゃろくに戦えない。サチは警戒心を高めながら、部屋の扉を凝視した。
まもなく、部屋の扉がカチャリと静かに開いた。
「あら、目が覚めたのね〜。良かったわ〜」
最初にサチの目に入ったのは、真っ白なうさぎ耳だった。
部屋に入ってきたのは、優しそうに微笑む
そんな人畜無害そうな女性相手でもサチは警戒を緩める事なく、ワンドなしでも魔法を放てるように身構えていた。
「あんた誰?」
「ふふ、私はオレリア。よろしくね〜。お腹空いたでしょ、ご飯食べられる〜?」
「………………」
「あらあら、怖がらせちゃったかしら〜」
オレリアと名乗る女性を、サチは無言で睨みつけた。
するとオレリアは「ちょっと待っててね〜」と言い残して、部屋を出てしまった。
少しの間待っていると、オレリアが戻ってきた。
さっきと違うのは、両手で木のトレーを持っていることだ。トレーには湯気の立つ美味しそうなスープと飲み物が乗っていた。
サチが突然料理を持ってきたオレリアに面食らっていると、オレリアはサチの布団の上にトレーを優しく置いた。ちょうどサチの太ももがあるあたりだ。
「はい、どうぞ〜」
「………………」
オレリアが食べるようすすめてくれるが、サチは無言でトレーを凝視した。
(こいつの目的は何? ここが一体どこなのかも分からないし、佑吾も目を覚ましていない。何が入っているか分からない食べ物なんて口にするべきじゃないわね)
「ん〜食べないの〜? あ、もしかして」
そう言うや否や、オレリアはトレーのスープと飲み物を一口ずつ口に含んだ。
「ちょっ、何してんの⁉︎」
「ふふ、あなたが警戒してるようだったから〜。別に毒物なんて入ってないわよ〜。もしあなた達に悪いことするなら、わざわざここまで運んだりしないし、呑気に寝てる間に済ませてるわよ〜」
「それは……そうだけど、でも……」
ぐぅ〜〜〜〜
気の抜けるようなお腹の音が、部屋に響いた。
オレリアが驚きで、ぱちくりとまばたきをする。
そして、音の発生源であるサチは恥ずかしさで顔が真っ赤になっていた。
それを見たオレリアは、優しくそして可笑しそうに微笑んだ。
「うふふ、体の方は正直みたいね〜。ほら、どうぞ〜。あ、食べられないならあーんしてあげましょうか〜」
「いい! 自分で食べられるわよ!」
恥ずかしさを誤魔化すように大声を上げて、オレリアからスプーンをひったくる。そして、美味しそうな匂いのスープを口に運んだ。
「
サチは自分が猫舌だったことを忘れていた。
サチが目を覚ましてから1日後。
佑吾の方は未だに目を覚ましておらず、むしろ高熱を出して症状が悪化していた。ベッドの上で苦しそうにうめいている。
「すごく体力を消耗してた上に、川の水で体が冷えちゃったのが原因ね〜」
オレリアが佑吾の額に濡らしたタオルを置く。
今、この部屋にはサチとオレリア以外に、黒い狼の耳を持つ獣人のエルード──後から聞いたがオレリアの夫らしい──がいた。
何でも、自分と佑吾を助けてくれたのがこのエルードらしく、佑吾の容態が気になったのだそうだ。
「……そう言えば、何であたしは佑吾より早く目が覚めたんだろ」
ふと気になったことが口からこぼれた。
自分は泳げない。厳密には、この人間の体での泳ぎ方が分からない。
川に落ちた時も、泳げなくてパニックになってよく覚えていない。そんな自分よりなぜ佑吾の方が消耗しているんだろうか。
そのサチの疑問に答えたのは、エルードだった。
「…………彼が君を抱えて泳いだからだろう。君を助けるために。俺が2人を見つけた時も、彼は君の事を助けるように俺に願った。随分と大切にされているんだな」
「……そう言うことね」
エルードの言葉で理解したサチは、自己嫌悪に陥る。
佑吾が必死に自分を助けてくれたというのに、自分はなんて呑気なんだ。
「オレリア、あたしに看病の仕方を教えて」
罪滅ぼしという訳ではないけど、こいつの面倒を見るのはあたしの責任だろう。
オレリアから看病の仕方を教えてもらったサチは、献身的に佑吾の看病をした。
その中でサチは己の無力さを悔いていた。
高熱に苦しむ佑吾の姿を見るたびに、自分がもっと強ければ、もっと色んな魔法が使えていたら、佑吾がこんなに苦しむような状況にならなかったんじゃないかという思いが強くなっていった。
「と言っても、魔導書はコハルに持ってもらってたしな……」
一刻も早く魔法の勉強がしたいのに、今の自分の手元には魔導書が無い
重いからコハルに持ってもらっていたのが裏目に出てしまった。
「ん? なんじゃサチ、お主魔法が使えるのか?」
「イルダム? ええ、ちょっとだけね」
たまたま通りがかったのだろうイルダム──エルードの父親らしい、あんまり似ていない──が話しかけてきた。さっきの言葉を聞かれたようだ。
「魔導書なら、うちに何冊かあるぞ。読むか?」
「えっ本当?」
「おう、こっちゃ来い」
イルダムに着いていくと、小さな部屋へと入っていった。
部屋の両側には本棚があり、小さいながら書庫といった感じだ。
「ほら、これじゃ」
「ありがとうイルダム! 助かるわ!」
「なんじゃったら儂が教えてやろうか?」
「え、イルダムが? ふふっ気持ちだけ受け取っておくわ」
「……お主、さては儂の実力を舐めておるな?」
「えっ、そ、そんなこと無いわよ?」
「かっかっか、正直じゃのう。じゃが安心せい。少なくともお主のようなひよっこ魔法使いに負けるほど、もうろくしとらんよ」
「何ですって?」
「信じられんなら勝負でもするか?」
「上等じゃない」
売り言葉に買い言葉で、サチは突如イルダムと魔法勝負することになった。
サチ達は書庫から庭へと移動した。
「そう言えば、この村は雨が降らないのね。山の中は土砂降りだったのに」
「山脈ん中でこの村がある場所だけ年中気候が安定しとるんじゃよ。ところでサチよ、お主の得意属性は何じゃ?」
「火属性だけど……それが何?」
「なるほど、ならこいつでええじゃろ」
雑談しながらイルダムが、岩の上に薪用の丸太をことりと置いた。
「何それ?」
「的じゃよ。まずはお主の実力が見たい。こいつに<
「……? 別にいいけど……<
ワンドが無いため、代わりに右手を前に出して<
火の玉が丸太へと飛来し、狙い違わず直撃した。丸太が燃え上が──ることは無く、火は勢いを無くしてやがて霧散した。
「は? 何で……」
「かっかっか、残念じゃったのう! 近づいて丸太をよく見るんじゃな」
「…………これ水で濡れてるじゃない! イルダム謀ったわね!」
「持った時に魔法でちょろっとな。じゃがお陰でお主の実力がよう分かった」
「こんなことで何が──」
「──お主、山ん中じゃまともに魔法が使えんかったじゃろ? 使えたとしてもほとんど威力が無かったはずじゃ」
「っ⁉︎ どうしてそれを……」
「水に濡れた木を燃やせん程度の威力じゃ、土砂降りの山ん中じゃ使えんじゃろ。そんで火属性が得意なやつは雷も得意な事が多い。じゃが雨ん中で雷魔法使うなんて自殺行為じゃ。従って、お主の魔法はこの山ん中じゃ役に立たん、じゃろ?」
「ぐっ……」
まるで見てきたかのように図星を突かれて、サチが悔しそうに下を向く。
「少なくともこんくらいは出来んと、この山を越えるのは無理じゃな。<
イルダムが丸太へと人差し指を向ける。
指の先から火の玉が飛び出し、先ほどサチがやったように丸太へと直撃した。
しかし、結果は違った。
イルダムが放った火の玉は、丸太に直撃すると水に濡れていようと関係ないとばかりに激しく燃え上がった。
ようやく火が収まると、岩の上には黒焦げの炭しか残っていなかった。
「嘘……」
「どうじゃ? これでも儂から教えてもらわんでいいのか?」
イルダムがしてやったりと言わんばかりに、ニヤリと笑った。
「──って事があったのよ……」
「へ〜イルダムってすごく強いんだね!」
「私も教えてもらおうかな……」
コハルとエルミナが、楽しそうにサチの話を聞いていた。
「しかし良い教訓になったな。魔法や氣術の練度は見ただけじゃ分かりにくい。見た目で実力を判断してはいけないという事だな」
「ぐっ……ええ、身に染みて分かったわよライル」
「それにしてもサチ」
「何よ佑吾」
「俺の看病、サチがやってくれたんだな。ありがとう」
「うっ……あんたは溺れたあたしを助けてくれたんでしょ。そのお返しよ。それだけだから」
そう言ってサチは、佑吾からぷいと顔を背けた。
しかし、その尻尾は嬉しさを隠しきれておらず、ピンとご機嫌に立っていた。
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