第3話 再会と意外な勧誘

 食事を取り終わった佑吾の元に、ウリカが腰の曲がった老いた男を引き連れて戻ってきた。

 男の白髪の中には、黒い羽根のようなものが混じっていた。

 烏人からすびとと呼ばれる獣人だ。


 「おうおう、目ぇ覚めたみたいで良かった。儂はイルダムっちゅうんじゃ。よろしくのう」


 男は見た目にそぐわない朗々とした声でカラカラと笑いながら、佑吾に挨拶した。笑う老人に、エルードが声をかける。


 「…………親父、どうかしたのか?」

 「おうとも。何か村に変な一行が来てな。人間2人に犬人いぬびとの女っちゅう組み合わせでな。何でもが川に落ちたから探してるそうだ。おぬしら、心当たりはないかのう?」


 エルードの言葉に答えながら、イルダムが探るような目つきで佑吾とサチをじっと見た。見つめられた佑吾たちの方はと言うと、イルダムの言葉には心当たりしか無かった。


 「多分、俺たちの仲間です。ここまで連れてきてもらえませんか?」


 佑吾がそう言うと、イルダムは「よっしゃ」と言って部屋から出ていった。




 イルダムが部屋を出てから少したって、ドタドタと慌ただしい足音とともに、佑吾たちがいる部屋の扉がバンと開かれた。


 「コハル、エルミナ……」

 「ゆ」

 「ゆ?」

 「ゆうごぉ〜〜〜〜‼︎‼︎‼︎」

 「コハル、ちょっと待っ──ごふっ⁉︎」


 扉の前で立ち尽くして目一杯に涙を溜めていたコハルが、感情が爆発したのか佑吾に向かって凄い勢いで飛んで抱きついてきた。

 胸に凄まじい衝撃を受けて、佑吾は咳き込んだ。


 「ちょっとコハル⁉︎ 佑吾は病み上がりなのよ、離れなくちゃ」

 「ゆうご、ゆうごぉ…………」


 普段ならサチから怒られれば素直に聞くコハルも、この時だけは言うことを聞かずに、佑吾の胸でぐすぐすと子どものように泣き続けた。


 「お父さぁん……良かったよぉ…………もう、ヒック、会えないんじゃ無いかって…………」


 いつの間に部屋に入ったのかエルミナが横から抱きつき、佑吾の腕に顔を埋めて泣き始めた。

 エルミナもコハルも、綺麗な髪はくすみ、装備は泥で汚れ、顔には擦り傷が所々にあった。きっと自分達を心配して、急いで探してこの村を見つけたのだろう。

 2人への申し訳なさが込み上げてくる。


 「心配かけてごめんな、2人とも」


 佑吾は2人の頭を優しく撫でた。

 2人はしばらくの間、泣き続けていた。


 「ったく、もう……いい加減泣き止みなさい、2人とも」

 「ゔ、ゔぅ〜〜〜〜サチィ……サチも心配したよぉ〜〜!」

 「ちょっ、あんた鼻水拭きなさい! その顔で抱きつくなぁ!」

 「サチお姉ちゃん!」

 「エルミナ、あんたも顔を拭い──きゃあ⁉︎」

 「あはは……」


 騒ぐ3人に佑吾は苦笑した。

 すると、扉の付近で静かに見ていたライルが佑吾の元へやって来た。


 「容態はどうだ?」

 「まだ少しだるいです。でも、もう少し休めば大丈夫だと思います」

 「そうか……安心した」


 ライルがホッと息を吐く。

 心なしか、ひどく疲れているように見える。

 ライルも自分とサチのことを心配してくれていたのだろう。佑吾はそう感じた。


 「すみませんライルさん……そんなに疲れるまで苦労をかけてしまったみたいで」

 「ん? ああ、気にするな。どちらかと言えば、焦って1人で突っ走ろうとするコハルを止める方が大変だったさ」


 冗談混じりにそう言うライルに、佑吾は笑った。


 「ほらほら皆さん、怪我人に無理させちゃダメですよ。それに皆さんもお風呂に入って綺麗さっぱりして休まないと」


 ウリカがパンパンと手を鳴らしながら、皆に呼びかけた。


 「いや、俺たちまで世話になるわけには──」

 「ええて、ええて。どうせこの村にゃ宿屋は無いし、うちが一番広いんじゃ。遠慮せんと世話になっとけ」

 「あら、そうなると夕飯と明日の朝ごはん、もう少し作っておかないと〜。あなた、手伝ってくれる〜?」

 「…………ああ」

 「いや、ちょっと──」


 ライルが遠慮して辞退する間も無く、イルダム家は皆それぞれの支度をしに行った。その結果、ライルたちも滞在することになった。




 翌日、動ける程度まで回復した佑吾はみんなと一緒にウリカたちから誘われて、朝食の席にいた。

 佑吾はスープをゆっくりと飲みながら、周りを目線だけで見渡す。

 昨日イルダムが言っていたように、ウリカたちが住む家は4人で暮らすには必要以上に広い。ライル、コハル、エルミナの分の部屋もすぐに用意されたし、今みんなが集まっているこの居間でさえ、佑吾たち5人、ウリカたち4人の計9人が座っているのに全く窮屈さを感じないほどだ。

 なぜ、こんなに広いのか。

 佑吾がイルダムにそう尋ねると、「この家は村の寄合所も兼ね取ってなぁ。人はよう集まるし、酔い潰れて帰らんやつもおってのう。そいつらのために増築してったら、こんなに広くなったわ」と笑いながら教えられた。


 「まあ〜じゃあ皆さんは帝国からこんな所まで旅をしてきたんですか〜?」

 「ええ、そうなんです」


 オレリアとライルが世間話に興じていた。

 すると、それを聞いていたイルダムが佑吾へと話しかけてきた。


 「ほぉ〜そんな遠いとこから旅してきたのに川に落ちるとは災難じゃのう。お主らの目的地はどこなんじゃ?」

 「最終的な目的地は龍王国ですが、今は一度獣王国に寄って旅支度を整えるつもりです。皆さんのおかげで体調も良くなったので、もうすぐ出発したいと思っています」

 「あらあら〜それは……」

 「…………無理だな」


 オレリアが言いづらそうにしていると、エルードが代わりに言葉を続けた。


 「えっ、何でですか?」

 「実は、この村があるレイルナート山脈はこの時期は雨季になるんですよ〜」

 「うき?」


 コハルがかくんと首を傾げた。


 「雨がたくさん降る季節ってことよ」

 「おお〜なるほど」

 「だから毎日雨が降ってたんだ……」


 サチの説明に、コハルとエルミナが納得したような表情を浮かべた。

 その表情を見て、イルダムがオレリアに続くように説明し始めた。


 「この時期に山ん中をうろうろするのは。間違いなく自殺行為じゃのう。ぎょうさん雨が降って、ロクに移動できんわ」

 「絶対無理というわけでは無いですが、この時期は山中の移動は避けた方が安全ですねえ」


 ウリカもイルダムの言葉をやんわりと肯定した。


 「それにのう、こう言っちゃなんじゃが……聞くところによると、お主ら蒼雨狐ネイヴクスにやられたんじゃろう? 奴ごときに苦戦しとるようだと、雨季じゃのうてもこの山を越えるのは土台無理じゃな。この山には蒼雨狐ネイヴクスよりも強い魔物がゴロゴロいるからのう」

 「うっ、それは……」


 イルダムの厳しい言葉に佑吾が口ごもる。

 他のみんなも悔しそうに下を向いていた。

 事実、佑吾たちがこのレイルナート山脈に入ってから、魔物との戦闘には苦慮していた。ここいらの魔物は今まで戦ってきた魔物と違い、魔法を使用したり強靭な肉体や特殊な身体構造を有しているなど、一筋縄にはいかない強さを持っていた。


 「ふむう……どうじゃお主ら、もっと強くなってみたいと思わんか?」


 イルダムがいたずらっ子のような笑みを浮かべて、佑吾たちにそう問いかけた。

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