第4章 獣王国ガルガンシア
第1話 旅の幸先は悪し
「佑吾、そっちお願い!」
「分かった、任せろ!」
佑吾がサチの掛け声に従って、少し離れた所にいる巨大なカマキリのような魔物──
「キシャアアア!」
「ぐっ……おわっ⁉︎」
「佑吾⁉︎」
その重い一撃を、佑吾はフレイアルソードで受け止めた。
佑吾は押し切られまいと足を踏ん張って耐えていたのだが、雨で地面がぬかるんでいるせいで、ズルリと足を滑らせてしまった。
体勢を崩した佑吾に、
「キアァァァ!」
「させん! <
「ギァ⁉︎」
「大丈夫か、佑吾!」
「はい! ライルさん、助かりました!」
その隙に佑吾は体勢を立て直し、
「はぁぁぁ!」
「ギァ⁉︎ ア……アァァ…………」
傷口から透明な体液を撒き散らしながら、
「コハル、そっちは⁉︎」
「ハァハァ……うん、こっちも何とか倒したよ」
「エルミナ、あんたは大丈夫? 怪我してない?」
「うん、大丈夫だよ、サチお姉ちゃ──くちゅん!」
「ああ、フード外れてるじゃない。しっかりかぶらないと風邪引くわよ。……しっかし本当よく降るわね、雨」
エルミナにフードをかぶせながら、サチが空を見上げる。
サチの視線の先には、どんよりと浮かぶ灰色の雲が空いっぱいに広がっており、雨が絶え間なく降り続けていた。
──リートベルタ公国を発った佑吾たちは、次の目的地である獣王国ガルガンシアを目指して、両国の間にそびえる山脈へと足を運んだ。
山脈での移動は街道を歩くのとは違って体力を消耗すると覚悟していた佑吾たちだったが、山脈には整備された山道があり、茂みをかき分けて進んだりしなくていい分、思いのほか楽に移動することができた。
しかし、思いも寄らぬものが佑吾たちの道中を苦しめた。
それは雨だ。
山脈に入って少ししてから雨が降り始め、そして現在に至るまで雨が止む事なくずっと降り続けているのだ。
雨は、旅をする上で非常に厄介な自然現象だ。
まず、雨は体温を奪う。
雨具を身につけていても、雨に打たれ続ければ徐々に体温が奪われ、体力を失ってしまう。
次に、雨は地面をぬからせる。
ぬかるんだ地面は、滑る上に踏ん張りが効かない。
故に、移動するにも戦闘するにも常に足元に気を配らなければならないため、精神的にも肉体的にも疲弊してしまう。
最も辛かったのは、火が使えなくなる点だ。
火は料理、動物避け、暖を取るなど、多くの面で旅に欠かせないものだ。
火が使えなくなるだけで、旅の快適さは一気に下がる。
佑吾たちはこの数日間、その辛さを身をもって体験していた。
幸いなのは、佑吾たちがヴィーデの市長モルドから旅に役立つ魔道具を貰っていたことだ。
特殊な素材で作られたテントのおかげで、雨に悩まされることなく睡眠をとることができ、魔石コンロのおかげで火が使えない雨の中でも温かい料理を食べることができた。
しかしそうは言っても、やはり連日止むことなく降り続ける雨のせいで、佑吾たち──特に体力が少ないサチとエルミナは、目に見えて疲労が溜まっているようだった。
「いい加減、どこか落ち着けるところで休みたいわね……」
「ああ、サチに同感だ……」
ポツリとこぼされたサチの愚痴に、佑吾が答える。
止む気配を一向に見せない雨の中、佑吾たちは山道を歩き続けていた。
サチの愚痴は続いていく。
「しかも雨で魔物の足音が聞こえないせいで、魔物の接近に気づけないし」
「そうだよね……匂いも雨で消えてるから、私も魔物が近づいて来るの分かんないし……」
今度は、コハルがサチの愚痴に答えた。
普段は耳の良いサチか鼻のきくコハルが、魔物の接近にいち早く気づいて教えてくれるため、索敵に困った事はない。
しかし、この長く降り続ける雨のせいで2人の索敵が機能しなくなっていた。
これも、佑吾たちが疲弊する原因になっていた。
「……ん? ライルさん、立ち止まってどうしたんですか?」
「お前さんら、あれを見てくれ」
「あれって……吊り橋?」
先頭を歩いていたライルがいつの間にか立ち止まっており、前方を指さした。
ライルが指さした先にあったのは、切り立った崖にかかる長い吊り橋だった。
佑吾たちが吊り橋へと近づくと、入り口付近に石の看板が建てられていた。
そこに彫られた文字を、佑吾が読み上げる。
「なになに……『定員 2名まで』?」
「となると……どの順番で渡るか考えんといかんな」
「ねえライル、本当にこんなとこ渡んの……?」
崖下を覗き込んでいたサチが、ライルに尋ねる。
崖下では川が流れており、連日の雨で水量が増したのだろう──ゴウゴウと音を立て凄まじい勢いで濁流が流れていた。
もし、足を滑らせたりして川に落ちてしまったら──そう考えて、不安になってしまうのも仕方がないだろう。
「渡りたくない気持ちは分かるが、他に向こう側へ渡る手段は無いからな」
「はぁ……そうよね……」
「それでライルさん、順番はどうしますか?」
「そうだな……まずは俺が1人で渡ろう。この中だと俺が1番重いからな、1人で渡る方が安全だろう。ついでに橋の強度も確かめておく。俺が渡り終えたら、次は……コハル、エルミナを連れて渡ってくれるか?」
「うん、まっかせて!」
「うう……ちょっと怖いけど頑張る!」
「てことは、あたしと佑吾が最後?」
「ああ。渡るのを待っている間に、待っている側が魔物に襲われるかもしれんからな。さっきの
「なるほど、分かりましたライルさん」
そうして話し合いの結果、ライル、コハルとエルミナ、佑吾とサチの順番で吊り橋を渡ることになった。
初めにライルが慎重に渡り始めた。
たまに立ち止まって、足で橋板の強度を確認したり、橋を吊り下げているロープに異常が無いかを手で確認したりしながら渡り、ライルは無事に向こう岸まで渡った。
ライルから渡っても大丈夫だと合図が来たので、次はコハルとエルミナが渡り始めた。
エルミナが渡る直前まで怖がっていたため、コハルがエルミナをおぶって渡ることになった。エルミナは、コハルが渡り終わるまでずっと目をぎゅっとつぶって、ひしっとコハルに力強く抱きついていた。
そして、2人がもうすぐ渡り終えるというところで──事件が起きた。
「佑吾っ、後ろ!」
「っ魔物⁉︎」
「キュウゥゥゥッ……」
コハルとエルミナが渡り終えるの待っていた佑吾とサチの背後の茂みから、3本の尾を持つ紺色の毛並みの狐の魔物──
「見た事ない魔物……サチ、気をつけろ」
「言われなくても分かってるわよっ……」
「キュウゥゥゥ‼︎」
「なっ⁉︎」
佑吾たちを視認した
すると、
「サチ、危ない! <
佑吾はとっさにサチの前に立ち、魔法の盾を生み出した。
「ぐっ、ぐぅぅ……」
魔法の盾にヒビが入っていく。
佑吾は魔力を込め続けて、何とか
やがて最後の一撃を何とか受け切ると、佑吾の後ろにいたサチが
「<
「ッギャウ⁉︎」
しかし──
「キュルルル……!」
「くそ、雨のせいで威力が落ちてる……」
──降り続く雨のせいで、サチの火の魔法は威力が落ちていた。
自分がやるしかない。
しかし、佑吾のその決意を挫く光景が目に飛び込んできた。
「新手っ⁉︎」
佑吾たちの目の前にいる
「ちょっと……いくら何でもこれは……」
「ああ、まずいな……」
ドシュ‼︎
佑吾たちがどうするべきか迷っていると、自分達と3体の
その矢に、佑吾たちは見覚えがあった。
突然の攻撃に
「佑吾、サチ! 俺が何とか足止めする、早く橋を渡れ!」
「ライルさん!」
矢を放ったのはライルだった。
ライルが持つ翠風の魔弓に込められた風魔法により、雨の中でも矢は鋭い速さを持って放てるようだった。
「サチ、行くぞ!」
「ええ!」
標的が逃げた
しかし、ライルがそれを許さない。
ライルの翠風の魔弓から放たれる矢が、
ギャウと悲鳴を上げて、1匹の
残りの2匹は、倒れた仲間などまるで意に介さずに佑吾たちを追走し続けた。
ライルは続けて、残りの2匹に狙いを定めて矢を放とうとした。
しかし──
「ぐっ、しまった⁉︎」
──弓の弦が雨で濡れているせいで指が滑り、狙いがずれて矢は明後日の方向に飛んで行ってしまった。
「っ危ない! 佑吾、避けてーーー‼︎」
コハルの必死な叫びを聞いて、佑吾は後ろを振り向いた。
眼前には、こちらに向かって飛びかかってくる
「くっ⁉︎」
佑吾は、反射的に左腕にくくりつけたライトシールドを突き出した。
「くそっ、はな……れろぉ!」
「キャウン!」
佑吾はブンブンと左腕を振り回して、ライトシールドにかじりついた
しかしホッと安堵したのも束の間、佑吾がもう1匹の
「まず……⁉︎」
今にも水の刃が放たれんとするその刹那、ライルが放った矢が
「ギャッ⁉︎」
「ふぅ……間に合ったか」
「は、はぁ〜〜助かった〜〜」
危機的状況から抜け出した安堵から、佑吾は胸を撫で下ろした。
しかし、佑吾はまだ危機的状況にいた。ライルの矢で左目を貫かれた
そして、最期の足掻きとばかりに佑吾に目がけて水の刃を1つ撃ち出した。
「お父さん、危ない‼︎」
「えっ?」
目に入ったのは、自分の首元を目がけて飛来する水の刃。
(これは避けられ──)
「何、ボーっとしてんのよ!」
「──うわっ⁉︎」
佑吾は一緒に吊り橋を渡っていたサチから肩を掴まれて、思い切り後ろに引っ張られた。吊り橋の上で、2人一緒にそのまま倒れてしまった。
佑吾が倒れる刹那、狙いを失った水の刃は佑吾の目の前を通り過ぎていった。
しかし、佑吾の不運はまだ続いていた。
狙いを失った水の刃が吊り橋を支えるロープへと直撃し、ロープを切断してしまったのだ。
支えを片方失ってしまった吊り橋が、ガクンと大きく傾く。
「え、ちょ……嘘でしょっ⁉︎」
「う、うわああああああ⁉︎」
急に傾いた吊り橋から佑吾とサチは滑り落ち、2人はそのまま濁流で荒れ狂う川へと落ちていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます