第25話 狂信者の最期
魔石の臨界爆発の爆風が、佑吾たちがいる部屋中に激しく吹き荒れ、魔力生成所の建物全体を大きく揺らした。
「くっ……うわっ!?」
爆心地に最も近かった佑吾は爆風に煽られ、踏ん張ることができずに後ろへ吹き飛ばされた。
「佑吾!」
地面に転がる直前に、コハルが佑吾の体をガシッと受け止めてくれた。
「あ、ありがとうコハル。あいつは……」
佑吾が爆発に呑まれたアレニウスへと、視線を戻す。
爆炎によって生み出された煙がもうもうと立ち込めるせいで、アレニウスの姿が視認できない。その場にいた全員が、油断することなく煙が晴れるのを待ち続けた。
「ギイィィィアアアア!? アヅイィィ!! イタイィィイイイ!!!!」
煙が少し晴れると、煙の中で痛みに悶え苦しむアレニウスの姿が見えた。
「バカな、奴は不死身なのか!?」
凄まじい爆発をその身に受けたはずなのに、未だ生きているアレニウスにアーノルドが驚愕する。その動揺は、アーノルドの部下たちにも広がっていった。
「嘘、だろ……?」
佑吾たちの間にも絶望が広がってゆく。
決死の思いを込めた逆転の一撃でも、アレニウスを倒すことはできないのかと。
しかし、その中でエルミナだけが絶望に囚われることなくアレニウスを見つめていた。アレニウスから、今まで感じることができなかった嫌な気配を感じたからだ。エルミナはその気配を一生懸命に探っていき、そして目的の物をようやく発見した。
「みんなあれを見て!!」
突然上げられたエルミナの声に皆が反応し、そしてエルミナが指さす方へ釣られるように視線を移した。
「あれって……アイツが化け物になるのに使った水晶?」
サチの言う通り、エルミナが指差した先にあったのはアレニウスの泥の体から露出した、醜悪に濁ったシングルポイントの水晶だった。
その水晶は、未だ鈍い輝きを放ち続けていた。
「お父さん、あれを壊して! あれを壊せば、あの人を倒せると思う!!」
「本当か!? 分かった、任せろ!!」
「来ルナァ、私二近ヅクナァァァアアアアア!!」
エルミナの言葉を聞いて、佑吾たちは再びアレニウスへと向かっていった。
それに対するアレニウスは、窮地に立たされたことで泥の腕をがむしゃらに振り回して激しい抵抗を見せ始めた。
「ぐわっ!?」
「むぅっ!?」
アーノルドたちがアレニウスの結晶の元へ近づこうとしたが、抵抗が激しく、振り回された泥の腕に当たって吹き飛ばされてしまった。
にも、抵抗が激し過ぎてうまく近づく事ができない。
「クソ、魔法が当たらない!」
エルミナとサチが結晶目掛けて魔法を放つが、それも泥の腕によって防がれてしまう。
そして佑吾たちが追撃を加えられないうちに、再生能力で徐々にアレニウスの傷が癒えていく。露出していた結晶にも、ズルズルと泥がまとわり付いてその姿を隠そうとしていた。
「うう……これじゃ近づけないよ!」
「泣き言は後よコハル!! 何が何でもあの結晶をぶっ壊すのよ!!」
弱気になりつつあるコハルをサチが叱咤するが、状況は依然として変わらなかった。アレニウスの結晶を破壊しようと皆が奮戦するが、アレニウスの死にもの狂いの抵抗がそれを阻んでいた。
そして時間が経つにつれて、魔石の爆発で負っていたアレニウスの傷が再生能力で癒えていき、アレニウスの心は余裕を取り戻しつつあった。
「クヒャ、クヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!! ヤハリ最後ニハ正義ガ、私ガ勝ツノダァ!!」
自らの勝利を確信したのか、アレニウスが高らかに笑った。
「正義ニ盾突イタ虫ケラドモメ、グチャグチャニ潰シテヤル!! 貴様ラノ罪ノ重サヲ知レエエエエエエエ!!」
「ぐはっ!?」
「ごがっ!?」
アーノルドたちが泥の腕で力強く殴り飛ばされた。
攻撃の矛先は、佑吾たちにも向いた。
「サチ、危ない! うぐっ!?」
「きゃあっ!?」
泥の腕からコハルがサチを庇う。しかし、アレニウスの泥の腕は二人まとめて殴り飛ばした。
攻勢に転じたアレニウスの激しい攻撃に、ともに戦っていた仲間が一人、また一人と傷つき、倒れていく。
そして、数本の泥の腕がエルミナへと襲いかかった。
「エルミナ!!」
佑吾はとっさにエルミナの前に立ちはだかり、泥の腕の攻撃を一身に受けた。
魔法を詠唱するだけの時間がなかったため、ブロードソードを盾のように構えたが、それで防げたのは一、二本だけで、すり抜けた他の泥の腕が佑吾の肩や腕、太腿などを強く打ち据えた。
「がっ!?」
「お父さん!!」
遥か後方に殴り飛ばされて転がり、うつ伏せに倒れた佑吾に、エルミナが悲痛な表情を浮かべて駆け寄る。
(また……守れないのか……)
痛みで上手く起き上がれない佑吾の脳裏に、かつての戦闘が蘇る。
アフタル村の洞窟で、レッドエノルマスに敗れた時。
帝都ヴァルタールでエルミナを攫われ、ガンズにいたぶられた時。
そして、目の前のアレニウスには一度仲間を——大切な家族を酷く傷つけられた。
自分の側でエルミナが泣いている。
——もうエルミナが泣かなくていいように、エルミナを守れるように、お父さん強くなるから。だから、ずっと一緒に居よう。エルミナはここに居ていいんだ。
エルミナが泣いていた時、佑吾はエルミナとそう約束した。
それなのに自分は、また誰も守れずにエルミナを悲しませてしまっている。
(………………嫌だ)
佑吾は手元に転がるブロードソードを強く握りしめた。
(…………家族が傷つけられるのも、泣くのももう見たくない)
ブロードソードを床に突き立て、足に力を込めて立ち上がる。
(……今度こそ、俺が家族を守るんだ!!)
そして佑吾は、目の前の敵を見据えた。
それに対してアレニウスは、立ち上がる佑吾に向けて怨敵に向ける眼差しを返した。
「ソノ目……オ前ダケガイツモ私ノ前ニ立ツ……オ前コソガ正義ニ逆ラウ諸悪ノ根源!! 私ノ前カラ消エ失セロォォォオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
そんな佑吾へ向けて、アレニウスの無数の泥の腕が襲来した。
「お父さん、避けて!!」
先ほど佑吾が殴り飛ばされた光景がフラッシュバックし、エルミナが必死に叫ぶ。しかし佑吾は、悠然とブロードソードを両手で握り込むと、向かってくる泥の腕をまとめて斬り上げた。
「はぁぁぁああああああ!!」
「ナッ……馬鹿ナ!?」
佑吾の放った一閃が、自分に向かってきていた無数の泥の腕を全て斬り飛ばした。
アレニウスの目が驚愕に見開かれる。
その視線は斬り飛ばされた自分の腕ではなく、それを為した佑吾のブロードソードへと注がれていた。
「ナゼ……ナゼ、貴様ガ聖女様ノ力ヲ使エテイルノダッ!?!?」
佑吾が持つブロードソードの剣身が、エルミナが持つ黄金の魔力と同じものを纏っていた。その黄金の魔力がアレニウスの泥の腕を吹き飛ばしたのだ。
佑吾は狼狽するアレニウスを睥睨すると、ブロードソードを下段に構えて駆け出した。
「ヒッ……!? 来ルナ、来ルナ来ルナ来ルナ来ルナァァァァァァ!!!!!!」
黄金の魔力の力をその身で持って痛感しているアレニウスは恐慌に陥り、周囲への攻撃を止めてすべての攻撃を佑吾へと集中させた。
「皆、佑吾殿を守れ!! 彼の活路を切り開くのだ!!」
「「「オオオッ!!」」」
佑吾よりもアレニウスの近くにいたアーノルドの掛け声に、まだ動ける兵士たちが答え、襲いかかる泥の腕から佑吾を庇っていった。
「クソ、虫ケラドモガァ!! <
物理攻撃では埒が明かないと判断したアレニウスは、残り少ない魔力でありったけの魔法を唱えた。
無数の火球が、佑吾に向かって降り注ぐ。
「やらせないよ!!」
コハルがアレニウスの放った魔法へと突っ込んでいき、グローブの鋼鉄の部分で、次々に火球を弾いていった。
「ケダモノ風情ガァ、邪魔シヤガッテェエエエ!!!!」
魔法を阻まれたアレニウスは、怒りの声とともに
バスタードソードを抱えたライルだ。
盾のように構えたライルのバスタードソードに、その拳が炸裂する。
激しい音ともに襲う衝撃にライルは顔を顰めたが、アレニウスの放った一撃を完全に受け止めた。
「ナニッ!?」
「どうやらさっきの爆発を受けて、だいぶ弱っているようだな。動きが鈍いぞ?」
挑発するような言葉とともに、ライルはフッと口元に笑みを浮かべた。
そして背後に庇ったコハルとともに、何かに道を譲るように左右にズレた。
「<
そしてライルたちが譲り渡した道を、幾筋もの雷光が駆けていく。
「ナッ……ギィィィィィィィアアアアアア!?!?」
とっさに泥の腕を前にかざして盾がわりにしたアレニウスだったが、泥の腕に直撃した雷光はアレニウスの全身を巡り、アレニウスの体を焼き尽くしていく。
「<
「グアアアアアッッッ!?」
そして未だ盾代わりにかざしていた泥の腕が、エルミナの黄金の魔力を込めた巨大な光の弾丸によって全て吹き飛ばされた。
今ここに、アレニウスを守るものは全て取り払われた。
その無防備なアレニウスに、黄金の魔力を纏ったブロードソードを構えた佑吾が駆けていく。
「マ、待テ、ヤメロ!! 私ハ正シキ世界ヲ作ラネバナランノダ!! 私ガ、私コソガ、正義ヲ示サネバナランノダァアアアアアアア!!!!」
泥の体にへばりついた顔を恐怖に歪めたアレニウスが、必死に命乞いをする。
その勝手な言い分に、佑吾は腹の底から怒りが湧いた。
「多くの人を傷つけて、命を弄び、奪おうとするお前に、正義を語る資格は……無い!!!!」
佑吾は、全身全霊の力を込めてブロードソードを振り抜いた。
その一閃は、泥の体に埋め込まれた水晶もろともアレニウスの体を両断した。
ピキィンという甲高い音とともに、アレニウスの水晶は粉々に砕け散った。
「ア……ガァ…………、グレ、イ、スネイア、様……オ許シヲォ…………」
己の全てを捧げた神に懺悔の言葉を述べると、正義に狂った狂信者の体は砂と
なって消滅した。
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