第23話 反撃開始

「総員、あの化け物を抑え込め!!」

「「「うおおおおおおおお!!」」」


 アーノルドの号令で、佑吾の後ろからどこから来たのか、兵士たち十数人が剣を抜いて、アレニウスへと向かっていた。


「佑吾殿、何とか間に合ったようで良かった」


 アレニウスの相手を部下に交代すると、アーノルドは満身創痍で動けない佑吾へと近づき、安堵した表情を浮かべた。


「アーノルドさん……何で……」


 佑吾の疑問は当然だ。

 アーノルドは、正神教団の魔術師の自爆魔法によって瀕死の重傷を負っていたはずだ。そんな彼を佑吾たちは治療することができず、泣く泣く置いていったのだ。

 だから、彼を治療できる者はその場にいなかったはずなのだ。


「あの後、気を失ってどれほど時間が経ったかは分からんが、私の部下が駆けつけて、これを使って治療してくれたのだ」


 アーノルドは剣を腰の鞘に収めると、腰に下げた二つの袋のうち、大きめの袋の方を佑吾に渡した。

 佑吾は剣を床に捨て、ボロボロの体を動かして両手でその袋を受け取った。袋は思ったよりも重く、ガチャリとガラスどうしがぶつかる音が、袋の中から響いた。


「これは……?」

「緑のやつが治癒水薬ポーション、青いやつが魔力水薬ポーションだ。 今すぐ、佑吾殿の仲間たちにも飲ませて回復させるんだ。そのための時間は、私と部下が稼ぐ!」

「あ、ありがとうございます!」


 アーノルドはそう告げると、再びアレニウスとの戦いへと戻って行った。

 佑吾が袋の口を開けると、アーノルドの言う通り緑色の液体と青色の液体がそれぞれ入ったガラス瓶が何本も詰め込まれていた。

 きっとアーノルドはこの治癒水薬ポーションというのを使って、あの瀕死の重傷を癒したのだろう。

 佑吾は袋の中から緑色の液体が入ったガラス瓶──治癒水薬ポーションを取り出し、コルクを外して口に含む。独特な青臭さと苦味で顔を顰めるが、それを一気に飲み干した。

 すると若緑色の光が傷口に集まり、佑吾の怪我が癒やされていった。折れたあばら骨もしっかりとくっついたようで、もう痛みは無かった。


「すごい……本当に傷が治った……。エルミナ、サチにもこれを飲ませてくれ!」

「うん、分かった!」


 全快した体でエルミナの元へ行き、サチとエルミナの分の治癒水薬ポーションと魔力水薬ポーションを渡した。

 そしてすぐさま、最も傷の重いライルへと駆け寄った。

 ライルは全身に酷い火傷を負っており、焦げ臭い臭いが佑吾の鼻についた。

 あまりの怪我の酷さに気が遠くなりそうになるが、佑吾は頭を左右に振って気を持ち直した。そして袋から治癒水薬ポーションの瓶を取り出し、コルクを抜いてライルの口元に近づけた。


「ライルさん、薬です! 飲んでください!」

「……………………」


 佑吾が声をかけるが、ライルから反応は返ってこなかった。

 口の中に治癒水薬ポーションを流し込もうとしても、意識のないライルが薬を飲み込む気配は無く、口の端からこぼれていった。


「ライルさん飲んでください! ライルさん!」


 佑吾が必死に呼びかけるが、依然として反応は無い。


「薬を傷に直接かけろ! それでも効果はある!」


 自らの部下とともにアレニウスと戦いながら、アーノルドが佑吾にそう叫んだ。

 それを聞いて、佑吾はすぐに持っていた治癒水薬ポーションをライルの体へと振りまいた。アーノルドの言葉通り、治癒水薬ポーションが掛かった箇所の傷が、若緑色の光を帯びて回復していく。

 しかし、それでもライルの怪我は重く全快には至らなかった。

 佑吾は急いでもう一本治癒水薬ポーションを開けると、先ほどと同じように振りまいた。


「…………うぐっ……これは……?」

「ライルさんっ! 良かった…………」


 傷が十分に回復したのかライルが意識を取り戻し、佑吾は安堵した。

 しかし、今はそれを喜んでいる時間は無い。


「ライルさん、この魔力水薬ポーションも飲んでください。俺はコハルの元に行きます!」

「ああ、分かった。あの化け物は──」

「アアア邪魔ヲスルナァ!! 罪人ドモガァァァァァァ!!!!」

「ぐあっ!?」

「ギャッ!?」


 アーノルドたちと戦っていたアレニウスが怒号を上げる。

 そして、自分の周りでちょろちょろと動いている鬱陶しい兵士たちへ激しい攻撃を繰り出した。ある兵士は鎧がひしゃげるほど殴り飛ばされ、またある兵士は魔法による火球で吹き飛ばされた。


「佑吾殿、急いでくれ! 私たちだけでは奴を完全に抑えられない!」


 アーノルドが切羽詰まった声で、佑吾を急かす。

 ライルの側に魔力水薬ポーションを置いた佑吾は、最後にコハルの元へ急いで走った。

 コハルも、ライルと同じく酷い怪我を負っていた。

 コハルの綺麗な白い長髪は血にまみれ、全身に打撲の痕と魔法による傷痕が残っていた。

 その痛ましい様子に悲痛な表情を浮かべながら、佑吾は急いで治療水薬ポーションをコハルへと振り撒いた。若緑色の光がコハルの全身を包み、傷を治していった。


「うあっ…………佑吾……?」

「コハル、大丈夫か!? 痛いところは無いか!?」

「……大丈夫、どこも痛くないよ。えへへ、助けてくれてありがとう」


 心配そうな佑吾にコハルが安心させるようにふにゃりと笑いかけ、ゆっくりと体を起こす。

 佑吾はそれを手伝って、コハルを立たせて後ろへと下がらせた。

 その際に後ろを見やると、エルミナがサチに治癒水薬ポーションをに飲ませて、サチがその苦味で咽せているようだった。

 佑吾は治療が終わったことを知らせるために、アーノルドの元へと向かった。


「<初級治癒キュアル>!」

「すまん、助かった!」


 その際に、アレニウスの攻撃から部下を庇って負傷したアーノルドに治癒魔法をかけた。


「しかし、まさか魔力生成所の奥で、こんな化け物が待ち受けているとはな……。おかげで用意した物は、無駄にならなそうだが」

「用意した物って……何か策があるんですか?」

「ああ。佑吾殿、お仲間の中に魔法を使える方はいるな?」

「え? ええ、俺とサチとエルミナが魔法を使えます」

「なるほど、それなら私の腰に下げている袋——それを、サチ殿とエルミナ殿に渡してくれ」


 アーノルドにそう言われ、佑吾は何をするのか疑問に思いながらも、剣で右手が塞がっている彼の代わりに腰の袋を取った。手にした袋からは、ゴツゴツとした感触が返ってくる。袋を開けると、そこには拳三個分ほどの大きさの白っぽい石があった。


「これは……?」

「魔石だ。そいつに臨界状態の手前まで、魔力を込めるように二人に伝えてくれ」


 臨界状態、その言葉を聞いた佑吾の脳裏に、ライルから教えられた魔石の性質が思い出された。

 ——魔石の容量を超えて魔力を込めることは危険で、容量を超えて魔力を込め続けると、魔石が徐々に赤くなって臨界状態となり、激しい爆発を引き起こす。

 佑吾は、アーノルドが何をするつもりなのかを理解した。 


「分かりました!!」


 佑吾は去り際にアーノルドに<腕力増強アレムスト>をかけて、サチとエルミナの方へ向かった。


「サチ、エルミナ!!」

「お父さん!」

「んっ、んっ、ふぅ……それで? あたしたちは何をすれば良いわけ?」


 佑吾が来るのと同時に魔力水薬ポーションを飲み終わったサチが、乱暴に口元を手で拭いながら、そう尋ねた。

 サチの様子から治療水薬ポーションで傷が癒えたことが分かり、佑吾は内心で安堵する。しかし、すぐに要件を二人に伝えた。


「この魔石に、臨界状態になるまで魔力を込めてくれ!!」

「……なるほど、魔石の臨界爆発であのクソ野郎を吹き飛ばしてやろうってわけね」

「ああ、任せたぞ!」

「ええ」

「うん、任せてお父さん!」


 佑吾の言葉で、サチは全てを察してくれたようだ。

 魔石をサチとエルミナに託すと、佑吾は再びアーノルドの元へと戻った。今度は、サチとエルミナが魔石に魔力を込めるまでの時間を稼ぐためだ。


「アーノルドさん、俺も加勢します!」

「ああ、頼む!」

「私もやるよ佑吾!」

「俺も微力ながら手伝おう」


 怪我から回復したコハルとライルも、戦線に加わった。


「死ニ損ナイノ罪人ドモガァァァ……正義ノ裁キを受ケ入レロォォォォォォ!!!!」


 アレニウスの怒りの咆哮が、部屋全体に響き渡った。

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