第20話 正義の化け物
「無駄な足掻きを、行け
アレニウスが命令を飛ばすと、エルミナの魔法で怯んだ
強烈な殺気を叩きつけられながらも、佑吾たちは臆することなく、エルミナが魔力を練る時間を稼ぐために
始めに前に出たのはコハルだった。
コハルはその突きを横にステップを踏んでかわす。
攻撃をかわしたことで
そのコハルの行動を見て、佑吾とライルは互いに目を合わせて頷いた。
コハルは自らを囮にして、
それを理解した二人は、お互いとコハルから離れた位置へと移動し、三人で
「あなたの相手は私だよ!」
コハルの打撃は
「ヴァモアアア!!」
「うっ……くぅ……」
ひらひらと踊るように攻撃をかわすコハルに苛立ったのか、
必死に攻撃をかわしていたコハルだったが、次第に攻撃がかするようになり、危うい場面が増え始めた。コハルの呼吸がどんどん激しくなり、息切れで苦しそうに顔を歪める。
「食らえ!」
「こいつでどうだ!」
コハルを助けようと
そしてそれと同時に、エルミナの攻撃の隙を作るための一撃を加えるために、二人は己の体内で氣力を練り上げていった。
中々仕留められない三人に業を煮やしたのか、
「させるか! <
「ブモッ!?」
サチのワンドから迅雷が放たれ、
ガハッと
コハルが注意を引きつけ、佑吾とライルはコハルをサポートしつつ、
各々がそれぞれの役割を全うすることで、誰一人致命傷を負うことなく、
生死がかかった場面、気の遠くなるような時間を体感していた佑吾たちに、エルミナの澄んだ声が響いた。
「お父さん、魔力溜まったよ! いつでも魔法打てるよ!!」
「ナイスだエルミナ! ライルさん!!」
「おう、行くぞ!!」
エルミナの魔法の準備が整った。
その言葉を聞き、佑吾は
「「はああああああああっ!!」」
そして佑吾とライルは、今まで練り続けた氣力を一気に全身へと巡らせ、それぞれの剣を大上段に構え、
「グゥオッ!?」
「ぐぅぅぅぅぅ!!」
「おぉぉぉぉぉ!!」
佑吾のブロードソードとライルのバスタードソードが、
二人は歯を食いしばりながら、必死に剣にかかる抵抗に抗った。
「「あああああああああっ!!」」
そして裂帛の気合いとともに、佑吾とライルはそれぞれの剣を振り抜いた。
「グモォォォォォォォォォ!?!?」
両足に力が入らず、体を支えることが出来なくなった
「今だエルミナ!!」
「うん——<
エルミナは、最大限に溜めた黄金の魔力を自らの魔法に込めた。
エルミナの両手から黄金の魔力を纏った巨大な光の砲弾が生み出され、
床に両手をついて倒れ込んでいる
光の砲弾は、狙いあやまたず
凄まじい爆音が室内に響き渡り、その頭部を煙が覆う。
やがてその煙が晴れると、
頭部を失った体が、ずしゃりと床に沈んだ。
「勝てた……?」
「やったよ佑吾! 私たちが勝ったんだよ!!」
「うわっ、ちょっ、コハル!?」
床に倒れた
突然飛びつかれたことに驚きながらも、佑吾はブロードソードを持っていない方の手で、コハルを抱き留めた。
ライルはバスタードソードを杖代わりにしてやれやれと言いたげに疲労した体を支え、サチは左手を腰に当てて体に溜まった疲労を噴出するかのように、盛大に溜め息を吐いた。
そして
「エルミナ!? 大丈夫か!?」
「はぁ、はぁ…………」
苦しそうに喘ぐエルミナの元に、皆が駆け寄る。
「多分、魔力を一気に大量に使ったせいね。体から急に魔力が抜けて、虚脱状態になってる」
一番近くにいたサチがエルミナの側でしゃがみ、エルミナの様子をそう診断した。
「それは大丈夫なのか……?」
「大丈夫よ佑吾。少し休めば魔力が回復して落ち着いてくるわ」
「そうか……良かった……」
「そんなバカな……有り得ない……」
安堵していた佑吾たちに、動揺したアレニウスの言葉が佑吾たちの耳に届いた。
「バカな、有り得ない、有り得ない、有り得ないぃぃぃ1? なぜ私の正義が為されない!? なぜ誰も私の正義を理解しない!? なぜ私の正義を邪魔する!? なぜだなぜだなぜだなぜだなぜだぁあああああ!?!?!?」
アレニウスは怒り狂い、両手で頭を掻きむしりながら絶叫する。
ガリガリガリガリと出血するのもお構いなしに掻きむしり、体をかがめ、激しい怒気の籠った声で叫び続けた。
「許されない……こんな事は許されんのだ!! 正義が為されぬなど絶ッ対にあってはならんのだ!!」
興奮してまくし立てるアレニウスは、自分の真っ黒なローブの内側に右手を突っ込み、そして何かを取り出した。
アレニウスの右手に握られていたのは、シングルポイントの水晶だった。
しかし、佑吾が知っている水晶のような透き通るような美しさは無く、アレニウスが握る水晶の内部は、醜悪によどんだドブのようなもので満たされ、濁った輝きを放っていた。
「偉大なる我らが神、グレイスネイア様!! 我が信仰、我が肉体、我が魂ィ!! その全てを御身に捧げましょう!! そしてどうか、脆弱な我にどうか正義を為すための御力を!!」
そう叫ぶと、アレニウスは水晶を自らの胸に当てた。
すると、水晶はスゥーっとアレニウスの体の中に徐々に沈みこんでいった。
水晶が完全に埋め込まれると、アレニウスの足元を中心に巨大な魔法陣が浮かび上がった。
「何だこの魔法は!?」
「クヒャ!! クヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!!!!!」
狼狽する佑吾たちを尻目に、アレニウスは狂ったように高らかに嗤った。
そして、アレニウスの足元の魔法陣が一際強く発光し、魔法が発現した。
魔法陣の上にあった佑吾たちが倒した魔物たち、そして
その死骸の泥が、アレニウスの元へ引きずられるように集まっていく。
そしてその死骸の泥が、ズルズルと足元からアレニウスを包んでいく。アレニウスは未だ嗤い続けていた
やがて、アレニウスの肉体は完全に死骸の泥に包まれた。
そしてまるで粘土をこねるように死骸の泥が激しく蠢くと、死骸の泥は完全な球体を形成して静止した。
一体何が起きたのか、事態をまるで把握できない佑吾たちが、固唾を飲んで静観していると、球体となった死骸の泥がドロリと溶け落ち——
「グヒ、グヒャァハハハハハァ!!!!!!」
——そして、醜悪な化け物が産まれ落ちた。
ドロドロに溶けた泥の山から、人間や魔物の腕が無造作に何本も生え、さらに腹と思しき場所には鋭利な牙が光る巨大な口があり、そしてその口の上にアレニウスの顔の右半分だけが生えていた。
アレニウスの顔に人間の知性は欠片も残っておらず、獣のような狂気だけがその顔に浮かんでいた。
突如現れた化け物のあまりのおぞましさに、佑吾たちの背筋が凍る。
「世界ヲ平等ニィィィ、正シキ世界ヲ、私ノ正義ヲ示スノダァァァァァァァァァァァァァァ!!」
かつてアレニウスだった化け物は、そう叫んだ。
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