第19話 牛頭魔人

「ヴァモオオオオオオオオオオ!!」


 魔法陣から立ち上る黒炎の中から、肌をビリビリと打つような大気を震わす咆哮が響き渡った。

 その咆哮は魔法陣の黒炎を吹き飛ばし、咆哮の主が姿を現した。

 それは真っ黒な毛に覆われた類人猿のような肉体に、牛の頭を持つ巨大な人型の魔物だった。その右手には佑吾の体よりも大きい黒色の三叉槍が握られていた。

 フシュウゥと口の端から息を漏らし、全身から魔力の波動が揺蕩う。

 一目で今まで戦ってきた魔物たちと桁違いの強さを有していることが分かる。

 突如現れた牛型の魔物の威容に、佑吾たちは圧倒された。

 

「雑魚の魂では下級の魔人が限界か……だが貴様らを殺すのには十分だァ!! 行け、牛頭魔人アルタウロス!!」

「ブモオオオオオオオ!!」

「くっ、みんなバラバラに散るんだ! まとまっているとやばいぞ!」


 アレニウスの命令を受け、牛頭魔人アルタウロスが三叉槍を構え、突進してきた。

 雄叫びとともに、一番近くにいた佑吾に向けて三叉槍を横薙ぎに振るった。

 凄まじい風切り音を伴って迫る一撃を、佑吾は何とか剣で受け流しつつかわした。しかし、完全に衝撃を殺すことができず、剣を握る手が痛みで痺れる。


(<剛体ごうたい>を使ったとしても、こいつの一撃は受け止められない!)


 先の一撃に戦慄する最中、牛頭魔人アルタウロスが佑吾に向けて、今度は三叉槍を振り下ろした。


「<剛体ごうたい>!」


 佑吾はすかさず脚力を強化して地面を蹴り、その場を離れた。

 間一髪で牛頭魔人アルタウロスの一撃を避けると、先程まで佑吾がいた場所に、三叉槍が叩きつけられ、石でできた床が粉々に砕かれた。


「<豪炎砲ディア・フレイア>!!」


 攻撃の隙を突くように、サチが牛頭魔人アルタウロスへと魔法を放った。

 サチのワンドから放たれた火炎の球体が、牛頭魔人アルタウロスの胸部に着弾して爆ぜる。

 しかし、牛頭魔人アルタウロスは何の痛痒も感じていないかのように、殺意を漲らせてギロリとサチを睨みつけると、突進してきた。


「ブゥゥモオオオオオオオ!!」

「やばっ!?」

「させない!! サチ、下がって!!」


 サチを庇うように、コハルが前に出た。

 牛頭魔人アルタウロスは、狙いをサチから目の前に飛び出したコハルへと変えて、三叉槍を薙ぎ払った。


「ふっ、てぇぇやっ!!」


 コハルはそれを跳んでかわすと、すぐに牛頭魔人アルタウロスへと近づき、その大木のような足を蹴りつけた。


「痛っ!? 凄く硬い!?」


 牛頭魔人アルタウロスの肉体は鋼のように硬く、攻撃したコハルの方が足にダメージを受けていた。氣力を込めて強化しているはずの足が、じんじんと痺れたように痛んだ。


「コハル、下がれ!」

「う、うん!」


 佑吾の呼ぶ声にハッとし、コハルがその場を飛び退く。

 そして先ほどまでコハルがいた場所に、牛頭魔人アルタウロスの巨大な左拳が叩きつけられる。

 もし佑吾が呼んでくれなかったら。

 もし自分の反応が遅れていたら。

 そう考えると、コハルはゾッとした。

 飛び退いたコハルと入れ替わるように、今度は佑吾が牛頭魔人アルタウロスの前に立った。


「食らえ、<風刃ふうじん斬り>!!」


 <剛体ごうたい>と<腕力増強アレムスト>で自分自身の肉体を強化し、<ティオル風刃ゲイルド>で、さらにブロードソードに風魔法を纏わせる。

 そして無防備な牛頭魔人アルタウロスの体に、全力の一閃を放った。


「グルルルルル……ヴァモアアアアアア!!!!」

「ぐっ、そんな!?」


 しかし、赤巨人レッドエノルマスを屠った佑吾の必殺の一撃は、牛頭魔人アルタウロスの体を薄皮一枚うっすらと斬りつけただけだった。


「ブゥアアアアアアアアアア!!」

「うっ!? <魔盾マギルド>!!」


 牛頭魔人アルタウロスが、反撃とばかりに三叉槍を佑吾に叩きつけた。

 回避は間に合わないと判断した佑吾は、ありったけの魔力を込めて魔法の盾を生み出した。

 三叉槍と魔法の盾がぶつかり、バギィンとガラスがひび割れるような凄まじいを音を立てる。

 そして三叉槍に押されるように、魔法の盾にビキビキとひびが入り始めた。


(<魔盾マギルド>で抑えきれない!?)


 佑吾は魔力を込めるのを止めて、ブロードソードを盾のように構えて、全身に氣力を巡らせた。

 佑吾が予想した通り、魔法の盾は三叉槍に打ち破られてしまった。三叉槍が、勢いそのままに佑吾へと接近する。


「ぐぅぅっ!?」


 佑吾はその三叉槍を何とかブロードソードで受け止めたが、その勢いは氣力で全身を強化しても止められなかった。

 激しい衝撃がブロードソードから佑吾の全身へと伝わり、佑吾の体がは後方へと吹き飛ばされた。


「ごっ、がっ……」


 吹き飛ばされた佑吾は、転びながらも何とか受け身を取った。

 しかし、三叉槍を打ちつけられた衝撃で全身が麻痺し、うまく立つことができずに膝をつく。

 そして追撃するように、牛頭魔人アルタウロスが佑吾へと迫り来た。


「させるかっての!! <迅雷光ディア・エレク>!!」


 サチのワンドの先から幾重もの迅雷が放たれ、動けない佑吾を守るように、サチの魔法が牛頭魔人アルタウロスへと命中した。

 迅雷に打たれた牛頭魔人アルタウロスが、苦痛の声とともに体を震わせた。


「やった!」


 サチの近くに立つコハルが、歓喜の声を上げる。


「いや、まだだ!! 二人とも気をつけろ!!」


 ライルが二人に、注意を呼びかける。

 それが正しいと証明するかのように、牛頭魔人アルタウロスがギロリと二人の方を睨みつけた。

 そしてスゥーと大きく息を吸うと、二人に向けて火炎の息を吐きつけた。


「うわわっ!?」

「ちょっと嘘でしょ!?」


 牛頭魔人アルタウロスの反撃に驚く二人を、荒々しい火炎が呑み込んでゆく。


「サチ!? コハル!?」


 荒れ狂う炎が少しずつ収まってゆく。

 二人の安否が気になり、佑吾は未だ衝撃に痺れる体を何とか動かして、二人の元へ駆けて行った。

 そして牛頭魔人アルタウロスの放った炎が完全に収まると、そこにはバスタードソードを盾のように構えたライルが立っていた。

 そしてそのライルの後ろに、サチとコハルが庇われるように屈んでいた。

 どうやら、ライルがとっさに二人の前に立ち、火炎の息を一身に受け止めてくれたようだ。


「ゲホッゴホッ!?」

「ぐっ、い、生きてる……?」


 ライルのお陰で、コハルとサチは軽症で済んだようだ。

 しかし、火炎の息のほとんどをその身で受けたライルが、がくりと膝から崩れ落ちた。

 

「ガハッ……」

「ライルさん!? 今、治します! <初級治癒キュアル>!」


 ライルはバスタードソードを支えに、何とか倒れずにこらえた。

 そのバスタードソードは、牛頭魔人アルタウロスの火炎の息の威力を物語るかのように赤熱を帯びていた。

 一体どれほどの熱量があったのか、佑吾は背筋が凍る思いだった。


「くそ、<初級治癒キュアル>じゃ間に合わない……!」


 佑吾が治癒魔法をかけるが、ライルは全身の火傷がひどく、初級の治癒魔法程度では完治には程遠かった。


(俺がもっと治癒魔法を覚えていれば……)


 自分の力不足を嘆きながらも、佑吾は必死にライルの治療を続けていた。

 そんなライルの体に、黄金色の光が降り注ぐ。


「この光……エルミナ?」

「大丈夫だよお父さん、みんなの傷は私が治すから!!」


 その言葉通り、黄金の光はライルの火傷をみるみるうちに治療して行った。火傷を負った皮膚がポロポロと剥がれ落ち、その下から綺麗な真新しい皮膚が姿を見せる。


「ぐっ……」

「ライルさん、大丈夫ですか!?」

「……ああ、エルミナのお陰で助かった」


 痛みで体を丸めるように屈んでいたライルが、ゆっくりと上体を起こす。

 どうやらエルミナの治癒の力のお陰で、体を動かせる程度には回復できたようだ。

 さらにエルミナはライルだけでなく、佑吾たち三人も回復してくれたようだ。牛頭魔人アルタウロスから受けた傷が、綺麗に無くなっていた。

 しかし、状況は依然として悪い。

 佑吾たちの攻撃は何一つ牛頭魔人アルタウロスを仕留めるには届かず、反対に牛頭魔人アルタウロスの攻撃は、たった一撃もらうだけで佑吾たちには致命傷になりうるからだ。

 今の佑吾たちに、牛頭魔人アルタウロスを倒す手立ては思い浮かばなかった。

 そんな佑吾たちに追い討ちをかけるように、牛頭魔人アルタウロスが雄叫びを上げながら再び佑吾たちへと突進してきた。


「ブオオオオオオ!!」

「させない、お父さんたちを傷つけないで!! <光弾レブル>!!」


 エルミナの右手から、光の弾丸が放たれる。

 それは今までエルミナが放った<光弾レブル>よりも一回り大きく、そして普段の真っ白な光の中にエルミナの持つ黄金色の魔力が混じっていた。

 光魔法は威力は劣るが、その分速度に秀でた魔法だ。

 故に牛頭魔人が佑吾たちに攻撃を仕掛けるよりも早く、エルミナの光魔法が牛頭魔人アルタウロスへと着弾した。


「グゥモォォォオオ!?」


 光の弾丸は牛頭魔人アルタウロスの右肩に着弾し、その肉を抉った。

 その痛みからか、牛頭魔人アルタウロスは悲鳴を上げ、右手に持っていた三叉槍を取り落とした。


「何!? バカな!?」


 牛頭魔人アルタウロスを支配し、佑吾たちが蹂躙される様を楽しんでいたアレニウスが、驚愕の声を上げる。

 佑吾たちの方も、突然の事態に驚いていた。

 なぜ、佑吾の一閃やサチの魔法よりも威力で負けるエルミナの魔法が牛頭魔人アルタウロスに効いたのか、その理由が分からなかったからだ。


「エルミナの黄金の魔力……それが奴には通じるのか? なら……」


 その中で、エルミナの魔法をしっかりと見ていた佑吾がいち早く状況を掴んだ。

 そして、その可能性に賭けて、仲間たちに指示を飛ばした。


「エルミナ、魔力を最大まで練って、いつでも魔法を打てるようにするんだ!! そして奴の頭を狙ってくれ!! その隙は、俺たちが作る!!」

「うん、任せてお父さん!!」

「ライルさん、手伝ってもらえますか?」

「全く無茶を言う……だが無茶を聞いてやるのが、年長者の務めか」


 佑吾に支えられながら屈んでいたライルが、覚悟を決めたようにゆっくりと立ち上がった。


「……あんたら二人じゃ頼りないわ。あたしもやってあげる!!」

「うん、私も頑張るよ!!」


 サチとコハルも、それぞれの武器を構えて立ち上がった。

 エルミナの魔法に一縷の望みを賭けて、佑吾たちは牛頭魔人アルタウロスへと再び立ち向かっていった。

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