第18話 呪われた魔術

「気をつけて! さっきの魔法で全部の魔物に<腕力増強アレムスト>と<脚力増強レグレスト>がかかってるわ!」

「了解!」


 佑吾たちの中で一番魔法に詳しいサチが、アレニウスが唱えた魔法を的確に説明した。

 サチの言葉を受けながら、佑吾が一歩前に出る。

 迎え撃つのは、アレニウスが召喚した中で一番の脚力を持つ四匹の森林狼フォレスウォルフだ。

 アレニウスの魔法による強化を受けて、その俊足を持って疾風のように佑吾にいち早く駆けてきた。

 森林狼フォレスウォルフは、単体では佑吾一人で難なく倒せるほど弱い。

 しかし、狼種の魔物は基本的に複数匹で群れを形成し、互いに連携して獲物に攻撃を仕掛ける厄介な特性を持つ。


「アオォォォォン!!」


 四匹の森林狼フォレスウォルフは一ヶ所にまとまらずに、一定の距離を開けて散開した。そして、一匹ずつ時間差で佑吾の両手両足を狙って、その牙で食らいつこうと飛びかかってきた。


「ふっ!」


 佑吾はまず、右腕に飛びかかった一番手前の森林狼フォレスウォルフをブロードソードで一閃した。

 付与された魔法によって斬れ味を強化されたブロードソードが、たやすく森林狼フォレスウォルフの首を切り飛ばす。


「はっ!」

「ギャウッ!?」


 次に地を這うように接近し、左足に噛みつこうとした森林狼フォレスウォルフの横っ腹を右足で思い切り蹴飛ばした。


「ガァア!!」

「はぁ!」


 次に左腕に噛みつこうと飛びかかった森林狼フォレスウォルフに対しては、ブロードソードが間に合わないと即座に判断し、腰に差したダガーを左手で素早く抜き、森林狼フォレスウォルフの側頭部に突き刺した。


「ふぅ、危なかった……っと」


 ダガーが深々と刺さるのを確認した後、佑吾はダガーから素早く手を離し、ブロードソードを両手で持ち直した。

 そして、右足に噛みつこうとしていた森林狼フォレスウォルフの胴体を、噛みつかれる前に斬り払った。森林狼フォレスウォルフの体が両断され、赤い血が舞う。


「グルルアァ!!」

「こいつで最後か」


 最後に蹴り飛ばした森林狼フォレスウォルフが、最後の抵抗とばかりに飛びかかってきたが、佑吾は難なくそれにも対処した。

 しかし、魔物たちは佑吾に安堵する暇を与えなかった。


「オアアアアアア!!」


 二体の赤巨人レッドエノルマスのうちの一体が、右腕に持つ巨大な木の棍棒を振り上げて襲いかかる。

 雄叫びとともに、棍棒が佑吾を目掛けて振り下ろされた。

 アレニウスの魔法によって強化されたためか、凄まじい速さと威力を伴った一撃だ。

 しかし、佑吾は慌てることなくその一撃をひらりとかわした。


「<剛体ごうたい>! はぁっ!!」

「グギャアアアアア!?」


 そして全身を強化して、短い気合とともにブロードソードを振り下ろし、攻撃直後のレッドエノルマスの右腕の肘から先を両断した。

 右腕が切り飛ばされ、赤黒い血が吹き出した赤巨人レッドエノルマスが、苦しげに叫ぶ。

 赤巨人レッドエノルマスは、少し前の佑吾だったら苦戦していた相手だ。

 しかし、ここまで切り抜けてきた戦闘、魔法強化された新しい武器、何より赤巨人レッドエノルマスを単独で討伐したという経験が、佑吾に自信を与えていた。


「<風刃ふうじん斬り>!!」


 風の魔法を帯びたブロードソードが、赤巨人レッドエノルマスの肉体を逆袈裟に斬り上げる。

 肉体を深く斬り裂かれ、赤巨人レッドエノルマスは赤黒い血飛沫を上げながら、仰向けに倒れて動かなくなった。




「ふー…………」

「グゲゲェ!」


 佑吾が魔物と戦うのを横目で確認しながら、サチは魔法を詠唱し、己の体の内で魔力を練り上げた。

 狙うは三体の大蜥蜴リザルパー

 本来はトカゲのように手足が短いため動きの遅い魔物だが、アレニウスの魔法による強化のせいでそれなりに速いスピードでサチの元へ向かっていた。

 しかし、大蜥蜴リザルパーの毒牙がサチを襲うよりも早く、サチの呪文の詠唱が終わった。


「<迅雷光ディア・エレク>!!」

「ゲゲゲェアア!?」


 詠唱を完了したサチが呪文を唱え、ワンドを大蜥蜴リザルパーへと向ける。

 ワンドの先からバチバチと稲光が生まれ、やがて幾重もの稲妻が放たれた。

 そして全ての稲妻が、地を這ってサチへと向かう大蜥蜴リザルパーへと命中した。

 凄まじい感電により、大蜥蜴リザルパーの体がビクビクと痙攣する。

 やがて稲妻が消えると、プスプスと焦げ臭い煙を上げるの三つの大蜥蜴リザルパーの死体が転がった。




 佑吾が森林狼フォレスウォルフ赤巨人レッドエノルマスと戦っている間、ライル、コハルもそれぞれ魔物と戦っていた。


「行くよっ!」

「ゴアア!!」


 佑吾が戦ったのとは別の赤巨人レッドエノルマスの元へ、コハルが駆けていく。それを迎撃しようとして、赤巨人レッドエノルマスが棍棒を振り下ろした。


「当たらないよ!」


 しかし元々身体能力が高く、さらに氣術でその肉体を強化しているコハルからしてみれば、たとえアレニウスの魔法で強化されていても、その動きは鈍重なものであった。

 コハルは悠々と赤巨人レッドエノルマスの迎撃をかわし、素早くその懐へと潜り込んで跳躍した。


「てやぁ!!」

「ゴガッ!?」


 そして右の拳に氣力を集中させ、跳躍の勢いのまま、赤巨人レッドエノルマスの無防備な顎を強烈に打ち抜いた。そして空中でぐるりと勢いよく体を回転させ、流れるように左後ろ回し蹴りを赤巨人レッドエノルマスの側頭部に叩き込んだ。

 ぼきりと骨の折れる音がして、赤巨人レッドエノルマスの首があらぬ方へと向き、やがてその巨体が地に沈んだ。

 それを一瞥して確認すると、コハルはすぐさまライルの元へ向かった。




「後、二体か……」

「ブオオオォォォ!!」


 ライルは三体いる森林熊フォレスベアルのうち、一体をすでに仕留めていた。そして続けて別の個体と相対していたが、そのライルの背後を突くように、もう一体の森林熊フォレスベアルがライルに襲い掛かろうと、その腕を振り上げていた。


「させない!」


 剣すら弾く強靭な森林熊フォレスベアルの爪が、ライルの肉を抉り取ろうと迫り──爪がライルに突き刺さろうとするその刹那、その森林熊フォレスベアルの腕をコハルが蹴り上げて弾いた。

 突然の乱入者に、森林熊フォレスベアルが驚く。


「よくやった、コハル」


 その様を見て、ライルが薄く笑う。

 ライルは、森林熊フォレスベアルが自分の隙を突こうとしていることに気づいていた。知っていて、その対処をコハルに任せたのだ。

 自分が鍛えたコハルなら、必ず間に合うと信じて。

 一対一の構図になれば、森林熊フォレスベアルごときはコハルとライルの敵ではなかった。ライルは氣術で強化した一撃でその首を跳ね飛ばし、コハルは氣術で強化した拳でその胸を殴打して、森林熊フォレスベアル心臓を破裂させて倒した。

 まるで示し合わせたように、森林熊フォレスベアルの死体が二つ同時に地面に転がった。




 そしてコハルとライルは最後の一体、土塊人グォルムへと視線を向けた。

 視線の先では、一足早く魔物を倒していた佑吾が土塊人グォルムと戦っていた。


「ゴゴ……!」

「くっ……」


 土塊人グォルムが土でできた巨腕から、佑吾を打ち抜かんと拳を放った。

 佑吾はブロードソードを盾のように構えながら、その一撃をかわした。土塊人グォルムの拳は硬質な床に当たり、短く甲高い音を響かせた。

 コハルは直感で、佑吾が持つブロードソードじゃ、土塊人グォルムには刃が通らないと判断した。助けようと佑吾の元へ駆け出そうとして──ライルに手で止められた。


「ライル?」

「大丈夫だ。ほら」

 

 不思議そうにコハルが顔を向けると、ライルが自分たちの後ろの方を顎で示した。

 コハルが後ろに顔を向けると、そこにはいつも頼りになる自分の家族──サチがいた。


「佑吾!」

「ああ!」


 サチが佑吾の名前を叫ぶ。

 それだけで全てを察した佑吾は、土塊人グォルムの攻撃を避けた直後に、すばやく距離を取った。


「<豪炎砲ディア・フレイア>!!」

「ゴッ……!?」


 直径二mほどの大きな火炎の球体が、土塊人グォルムの胸部に着弾する。

 大きな爆発音とともに火の粉が爆ぜ、土でできた土塊人グォルムの体がバラバラに崩れ、地面へと投げ出された。

 佑吾たちは、アレニウスが召喚した全ての魔物を打ち倒した。


「次はお前だ、アレニウス!!」


 佑吾が、アレニウスへと剣を向けて吠えた。

 しかし、手駒を失い、不利となったはずのアレニウスの顔には、最初会った時と同じく狂気的な笑みが浮かんでいた。


「配下にした全ての魔物を失うとは……ああ、これがグレイスネイア様が私に課した試練……これほど困難な試練だとは。しかし! この試練を乗り越えることができれば、私は正義を!! 偉大な正義を為すことが出来る!! はは、ふははははハハハハハハァ!!」


 アレニウスが狂ったように哄笑を上げる。

 そしてアレニウスが両腕を広げると、佑吾たちが倒した魔物の死骸たちから、青白い人魂のようなものが浮かび上がり、アレニウスの両手へと集まり出した。


「あれは、もしかして魔物の魂か……?」

「魔物の魂? そんな物を集めて何を……まさか!?」


 ライルの言葉を聞いたサチが、アレニウスが何をしようとしているのかに思い至る。昔読んだ魔導書のとある一ページが、サチの脳裏に浮かび上がった。


「クハハハハァ!! 正義を冒涜する罪人どもめ、死んで詫びろォ!! <邪命降誕グラトーニア>!!」


 呪文の詠唱の完了とともに、アレニウスが両手を叩きつけるように組んだ。

 両の手のひらに集まっていた魔物の魂が爆ぜて一際強い光を放つと、アレニウスの眼前の床に巨大な黒色の魔法陣が浮かび上がる。

 アレニウスが行使したのは、禁忌魔法と呼ばれるものだ。

 生物の命、魂といった生命エネルギーを糧に発動する、呪われた魔術だ。

 床の魔法陣が明滅し、魔法陣の中からどす黒い炎が吹き荒れる。

 ゆらめく黒炎の中──牛頭の魔人がその姿を現した。

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