第17話 聖女

「正義を冒涜する罪人どもめ、死をもって贖えェェェ‼︎」

「ゴアアアァァッ!!」


 アレニウスが三体の“異形の怪物”を思念を飛ばして指示を出し、佑吾たちに襲い掛からせた。

 “異形の怪物”が、雄叫びを上げながら佑吾たちへと向かってくる。


「<麻痺付与パルシクル>!!」

「グガァッ!?」


 サチが素早く魔法を唱えると、ワンドから放たれた小さな電撃が“異形の怪物”の一体に命中した。

 電撃が体中を巡り、体を麻痺させてその動きを止めた。

 しかし、残りの二体はサチの魔法を全く意に介さずに突進してきた。先ほど自分たちを攻撃してきたサチが狙いのようだ。

 サチはというと、魔法を放った直後で隙だらけだった。

 そんなサチを守るように、佑吾とライルがそれぞれ一体ずつ受け持つように前に出た。


「はあああっ!」

「ふっ!」

「ガッ!?」

「ギャアッ!?」


 佑吾とライルは、二人とも<剛体ごうたい>で自らの肉体を強化し、会心の力を込めて、“異形の怪物”を斬り伏せた。


「でえぇぇぇぇぇやっ!!」

「グゴォッ!?」


 麻痺して動けないでいた最後の“異形の怪物”の方は、コハルが素早く接近すると、その勢いのまま縦にぐるんと回転して、胴回し回転蹴りを放った。コハルの長く白い髪が鮮やかに翻る。

 コハルの踵が、“異形の怪物”の頭頂部に深々と食い込んだ。

 氣術で強化されたコハルの一撃は、“異形の怪物”の頭蓋を完全に破壊し、その命を奪った。


「……なるほど。ここまで来れただけあって、あなた方は中々お強いようだ」


 先ほど激怒していたのが嘘のように、アレニウスは落ち着きを取り戻していた。自分が召喚した怪物たちが倒されたというのに、妙に落ち着き払っており、その顔には微笑すら浮かべていた。


「ならば、この数ではどうでしょう?」


 そう言って、アレニウスは両手を広げた。

 その動きに追従するかのように、アレニウスの左右の床にいくつもの魔法陣が浮かんでいき、次々にその魔法陣から“異形の怪物”が姿を現していった。


「なっ……!?」


 佑吾の口から、驚きの声が漏れる。

 アレニウスが大量に召喚した“異形の怪物”たちが、佑吾たちの視界いっぱいに広がり、咆哮を上げる。


「グオオォアアアアアア!!」

「これは、流石に……」


 佑吾たちにとって、いつも頼もしいライルでさえ、敵の多さを見て険しい表情を浮かべた。

 そんな絶望的な状況の中、ただ一人、エルミナだけが悲しげに“異形の怪物”たちを見つめていた。

 そして、その目に涙を浮かべながら、悠然と笑うアレニウスに問いかけた。


「あなたは……あなたはどうして、こんな酷いことができるんですか……?」

「酷い? 一体何のことでしょう?」

「この人たちは、ずっと苦しんでいます。ずっと、涙を流しています」

「苦しむ? 涙? もしかして……この者たちのことを言っているんですか?」


 アレニウスが、怪訝な表情を浮かべながら、自らの側に立つ“異形の怪物”たちを指さした。

 エルミナは、痛ましそうな顔でゆっくりと頷いた。


「何を言うかと思えば……この者たちが涙を流す? そんな事は有り得ません。なぜなら、彼らは──既に死んでいるのですから」

「はっ……?」


 アレニウスの言葉に、佑吾は言葉を失った。

 仲間も同じように、信じられないといった表情を浮かべていた。

 そんな佑吾たちの顔を見て、アレニウスは嬉しそうに笑った。


「我ら正神教団の教主様が、私に授けてくださった素晴らしい力によるものです! 死した愚かな罪人どもに仮初の命を与え、私の命令を聞く忠実な下僕となるのです。正義を執行する私の補佐をさせることで、彼らに罪を償う機会を与える慈悲深き力なのです!!」

「死体を弄んでこんな姿にして……何が慈悲深い力だ!! ふざけるな!!」

「この力の素晴らしさが理解できぬとは何と愚かな……もういい。下僕どもよ、そこの愚昧な罪人どもを叩き潰して上げなさい」


 佑吾の言葉に失望したような表情を浮かべたアレニウスは、側に控える全ての“異形の怪物”に、佑吾たちを攻撃するように指示を出した。

 “異形の怪物”たちが、怨嗟のような呻き声を上げながら、静かに佑吾たちの元へと向かってくる。


「クソっ!」


 絶望的な状況の中、それでも佑吾は家族たちを守るために剣を構えた。

 他の皆も決死の覚悟を顔ににじませて、それぞれの武器を構えた。

 しかし、エルミナだけはただ静かに立っていた。


「…………うん、もう大丈夫だよ。私がみんなを解放するから」

「……エルミナ?」


 一番近くにいたサチがエルミナの様子を不審に思い、声をかける。

 エルミナはぼんやりとどこか遠くを見るように、誰かに話しかけていた。そして目を閉じて、静かに両手を胸の前で組んだ。

 エルミナの体の中で、暖かな力が駆け巡っていく。

 かつて帝都での事件で感じたのと同じ力だ。ただあの時とは違って、得体の知れない力が溢れようとするのではなく、優しく暖かな力が川のせせらぎよのようにエルミナの中を巡っていた。

 エルミナはその力を両の手のひらに集めると、そっと空に放すように組んだ両手を解いた。

 エルミナの両の手のひらから、陽光のように煌めく黄金色の光が溢れ出す。


「お願い……みんなの傷を、悲しみを癒して」


 止めどなく溢れる黄金色の光は、この場にいる全員に優しく降り注いだ。

 最初に変化に気づいたのは、佑吾だった。


「……傷が、治った?」


 佑吾が、ここに来るまでの戦闘で負った傷がみるみると治っていく。

 さらに傷だけでなく、度重なる戦闘で疲弊していた体から、疲労や倦怠感までもが消失していた。


「あったかい……」

「嘘……この光、魔力まで回復してる?」

「エルミナの治癒の力か……?」


 コハル、サチ、ライルもまた黄金色の光によって、傷と疲労を癒やされていた。

 さらに黄金色の光は、佑吾たちだけでなく、“異形の怪物”たちにまでその影響を及ぼしていた。


「アッ……アァァ…………」


 こちらに向かっていた“異形の怪物”たちは、黄金色の光を浴びると、苦悶の声を上げながらその身を苦しそうによじらせていた。

 そして徐々にその肉体がドロドロと砂のように崩れていき、やがて空に舞う灰のように、全ての“異形の怪物”が砂となって消え去った。


「怪物たちが、全部消えた……」


 佑吾が呟くのと同時に、エルミナがガクッと崩れ落ちて、両手を床について座り込んだ。

 座り込んだエルミナの元へ、佑吾が慌てて駆け寄った。


「エルミナ、大丈夫か!?」

「……大丈夫だよお父さん。ちょっと疲れちゃっただけだから……」

「そうか、それなら良かった……」


 エルミナが無事だと分かり、佑吾とそれを聞いていた皆が安堵する。


「そうだ、アレニウスの奴は──」


 アレニウスの追撃を警戒して、佑吾たちは再び臨戦態勢を取った。

 しかし佑吾たちの予想を裏切り、アレニウスからの追撃はなかった。彼は両手を顔の前で大きく振るわせながら、その顔を驚愕に染めていた。


「おおぉ……何と、何という……今の黄金の魔力……間違いない! あなた様こそが、我らを神の元へと導いてくださる聖女様だったのですね!!」


 アレニウスは突然狂ったように歓喜を全身で示し、今までの嘲るような視線から一転、敬愛のこもった視線をエルミナへと向けた。

 そのあまりの変わりように、エルミナは「ひぅ!?」と小さく悲鳴を上げて逃げるように佑吾の背中に隠れた。


「ああ聖女様! 先ほどまでのご無礼をお許しください。我が命を持って償っても構いません! しかしその前に、聖女様、私とともに教主様の元へと向かいましょう!! そしてグレイスネイア様を復活させ、我らとともに正しき世界を作り上げましょう!!」

「グレイ、スネイア? 復活……?」

「ええそうです、聖女様! あなた様の力があれば愚かな者どもが施した封印を解き、我らが神を復活させることができるのです! そして我らとともに、平等で正しき世界を作り上げ、正義を成しましょう!!」

「ふざけるな! 誰がお前なんかに──」

「貴様は黙っていろ!! 私と聖女様の話を邪魔するな!!」


 口を挟もうとした佑吾に、アレニウスが豹変したように苛烈な言葉を投げつけた。そして再び、エルミナへ敬愛の視線を注ぎ、優しく手を差し伸べた。


「さあ聖女様、私とともに参りましょう」

「…………嫌です、あなたたちの所へなんて行きません! たくさんの人を悲しませたり、苦しめたりするあなたなんかと一緒に行きません! 私は、お父さんたちと一緒にいるって決めてるんです!」


 エルミナは、アレニウスの誘いをキッパリと拒絶した。

 その言葉に、アレニウスが絶望したような表情を浮かべた。


「ああ何と……聖女様は愚かな人間どもに洗脳されてしまっている……この街を粛清するのは後にします。まずは正義を冒涜する愚かなあなたたちを殺し、そして聖女様の洗脳を解き、我らの教団へと来ていただく! <召喚アズトレイル>!!」


 アレニウスが再び召喚の魔法を使う。

 アレニウスの周りに次々と召喚の魔法陣が浮かび、そこから二体の赤巨人レッドエノルマス、三体の森林熊フォレスベアル、四体の森林狼フォレスウォルフ、三体の大蜥蜴リザルパー、一体の土塊人グォルムなど様々な魔物が次々に現れた。


「…………あれは!?」


 現れた魔物たちに佑吾が意識を向けると、魔物たちの首元で鈍く光る銀色の首輪に気がついた。

 あれは、フォレント村やラチナの街を襲撃した魔物に付けられていた首輪と同じものだ。


「なるほど……あの首輪は魔物を操ることのできる魔道具だったのか」


 同じように首輪を見たライルは、得心が言ったように呟いた。


「それじゃあ、フォレント村やラチナの街を襲ったのは……!?」

「ああ、あいつが魔物を操って襲わせたんだろう」


 佑吾とライルの会話を聞いていたアレニウスは、それが事実だと肯定するかのように、口を大きく歪めて嗤った。


「ええ、その通りです。ヴィーデの兵力を削ぐため、そして下僕どもの素材を集めるためにそうしました」

「お前は一体……どれほどの人を傷つければ気が済むんだ!!」

「傷つける? いいえ、私が行ったのは救済に他なりません。<アル腕力増強アレムスト>! <アル脚力増強レグレスト>! さあ魔物ども、聖女を謀る罪人どもに正義の鉄槌を下しなさい!!」


 アレニウスが配下の魔物に強化魔法をかける。

 そしてアレニウスのかけ声とともに、魔法によって強化された魔物たちが動き出した。

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