第16話 正義の信徒
魔導士の教徒たちが使用したのは、自爆魔法だ。
自らの全ての魔力と命すらエネルギーに変換して発動する捨て身の魔法だ。
「ぐっ!?」
爆風によるおびただしい熱波が、佑吾たちの元にまで届く。
佑吾たちは目を閉じ、両腕で自分の顔を覆うことで何とかその熱波をやり過ごした。
やがて爆炎がおさまり、佑吾たちが目を開けると惨憺たる有様が目に飛び込んできた。
「嘘だろ……?」
魔術師の教徒たちの姿は見えず、彼らがいた場所には黒ずんだ影しか残っていなかった。
彼らと相対していたアーノルドの部下たちは、鎧はボロボロに崩れ、全身には酷い火傷を負い、四肢の一部は爆風で吹き飛んで無くなっていた。
見るからに瀕死の有様だった。
しかし、唯一アーノルドだけが倒れず、片膝を突くにとどまっていた。
爆発の直前、自らの剣を手離したことで教徒から何とか距離を取ることができたのだ。
それにより致命傷は避けられたものの、彼もまた軽度の火傷を負い、左腕の肘から先を失っていた。爆炎で焦げた床に、切断面から零れた血が滴り落ちる。
「アーノルドさん、大丈夫ですか!?」
佑吾がアーノルドの元に駆け寄り、<
「…………よい、佑吾殿」
「でも、怪我が……」
「<
「でもっ!」
「その代わり……頼む。私たちの代わりに、正神教団を止めてくれ。私たちの代わりにヴィーデを、民を守ってくれ……頼む…………」
アーノルドが残った右腕で、佑吾の左肩を掴んだ。
その手は痛みで震えながらも、アーノルドの意志を表すかのように力強く佑吾の肩を掴んでいた。
「頼む、どうか……」
「…………分かりました」
左肩を掴むアーノルドの右手に、佑吾は自分の右手を重ねた。
「任せてください。アーノルドさんたちの分まで、俺たちがヴィーデを守ってみせます!」
「かん、しゃ、する…………」
絞り出すように言葉を発した後、アーノルドは気を失って倒れた。
佑吾は肩に乗るアーノルドの右手をそっと離し、彼の胸にそっと置いた。
「──行こう、アーノルドさんの想いを果たすために」
佑吾の言葉に、仲間たちが力強く頷いた。
佑吾たちは目の前にそびえ立つ両開きの大扉を開き、その先の魔力制御室へと足を踏み入れた。
制御室は、広場のようにかなり開けた部屋だった。
佑吾たちの目にまず飛び込んできたのは、巨大な魔石だった。
高さは五メートルほどだろうか。綺麗な六角柱の巨大な魔石が、部屋の中央にある台座に据えられていた。
魔石が据えられている台座から部屋の奥へと無数のケーブルが伸び、台座の周囲には佑吾たちが見たこともない魔道具や設備が規則的に配置されていた。
あれが、魔力生成所の要となっている魔石なのだろう。
そしてその巨大な魔石の前に、豪華な装飾があしらわれた真っ黒なローブを着た細身の男が、一人静かに立っていた。
「…………何やら騒がしいと思えば侵入者ですか。やれやれ、信徒たちは
少しだけ不快げに呟きながら、細身の男が佑吾たちの方へ振り向いた。
くすんだ紺色の髪にこけた頬、黒縁の眼鏡の奥の目は落ち窪んでいた。しかしその不健康そうな見た目に反して、目の中には異様な生気が漲っていた。
「いや、これもまた信仰を捧げるための試練ということなのでしょう。ならば全身全霊を持って試練に臨み、偉大な我らが神にその信仰を捧げるとしましょう!」
細身の男はまるで佑吾たちが眼中に無いかのように振る舞い、その枯れ枝のような腕を振り上げて虚空に吠えた。
「グレイスネイア様……この、アレニウス・ジャスティがこの街に巣食うあまねく命を貴方様に捧げましょう!! そのためならば、私の前に立ち塞がるどんな障害をも退けてみせます!! どうか、我が信仰を見届けてくださいっ……!!」
そして細身の男──アレニウスは祈るようにその両手を胸の前で組んで跪き、敬虔な信徒のように祈りを捧げた。
異様な言動するアレニウスに対し、佑吾は近づいて剣を構えた。
「……お前が今回の騒動の主犯なのか?」
目を閉じて祈っていたアレニウスは、佑吾の声に反応して目を開き、ゆっくりと立ち上がった。
そして佑吾の問いに対し、首を傾げた。
「はて、騒動とは?」
「しらばっくれてんじゃないわよ! ヴィーデを魔物に襲わせて、さらにここからヴィーデ中の魔石を爆発させるつもりなんでしょ!」
「……ああ、なるほど。どうやら認識の違いがあるようですね」
サチの責め立てるような言葉を受けても、アレニウスは涼しい顔で諭すかのような口調で話し始めた。
「我々が今回あの街に対して行ったのは、罪の浄化、すなわち愚かな罪人たちへの救済行為に他なりません」
「……救済行為? たくさんの人を傷つけておいて……ふざけるな!!」
「ふざけてなどおりません。罪深き魂を、我らが神に捧げることで罪が許されるのです。罪人どもの魂を捧げることで我らが神が復活し、神の手によって正しき世界が作られるのですから!」
佑吾の怒声を少しも気にせずに、アレニウスが両手を大きく広げて叫ぶ。
その目には、狂信的な光が宿っていた。まるで、自分の行いは正しいと一片の疑いも持っていないようだった。
「……正しき世界とやらのために、多くの人を犠牲にするとは本末転倒だな」
吐き捨てるようにライルが反論する。
しかし、馬鹿にしたようなライルの言葉にも、アレニウスは何の痛痒も受けていないようだった。
「正しき世界への礎となれるのです。この街の住人たちも本望でしょう。それにこの街に巣食う人間どもは、皆等しく罪人です。故に、裁かねばならないのです」
「街の人たちは、何も悪いことなんてしてないよ!」
「そうです! みんな優しい人たちばかりでした!」
コハルとエルミナの言葉を聞いて、佑吾も思い出す。
佑吾たちはヴィーデの街の全ての人に会ったわけではない。それでも佑吾たちが話した人々は、みんな余所者である佑吾たちに分け隔てなく接していた。
コハルの言う通り、悪いことをしている人なんていなかった。
エルミナの言う通り、みんな自分たちに優しくしてくれた。
だからアレニウスの言う『罪人』という言葉の意味が、佑吾たちには理解できなかった。
当のアレニウスはコハルとエルミナの言葉を聞くと、はっと嘲るように息を吐き、そしてその顔を憎々しげに歪めた。
「彼らが優しい? あなた方はこの街の何を見ていたんですか。この街は『商業の街』といえば聞こえは良いが、その実態は貧しき者がひたすらに搾取され、富める者が巨富を築く不平等を体現した街だ! あなた方も見たでしょう。貧しき者たちが路地裏に追いやられ、まるでいない者のように扱われているのを! 真に優しい人間ならば、彼らを見捨てずに助けたはずだ! なのにこの街はそんな不平等から目を背け、自分さえ良ければそれでいいと弱者を見捨てた!!」
今まで冷静に話していたアレニウスだったが、言葉が続くにつれて、次第に言葉に並々ならぬ怒気がこもり始めた。
「故に! この不平等を是とする悪逆の街は滅ぼさねばならないのです!! 我らが神グレイスネイアの御名の下、私が正義の粛清を下すのです!!」
アレニウスは高らかにそう叫ぶと、憎悪のこもった目で佑吾たちを睨みつけた。
「何こいつ、理解できない…………」
サチがぽつりと呟いたその言葉は、佑吾たちの全員の気持ちを代弁していた。
確かにアレニウスの言う通り、ヴィーデの街の路地裏にたむろする浮浪者たちを、街の人々は存在しないかのように見てみぬ振りをしていた。
佑吾自身も彼らを救う手立てを持たなかったために、結果的に彼らに手を差し伸べなかった。
しかしだからと言って、多くの人々を傷つけて良い理由には絶対にならない。
「お前は自分の正義のために街を爆破するのか! 自分も仲間も巻き込んで!」
「ええそうです。そうすることで、この罪深き街は救済されるのです! そしてそれを成し遂げた我々の魂は、グレイスネイア様によって祝福されるのです!! これほど光栄な事は無い!!」
「……佑吾、もう説得は無駄だ。こいつはもう力づくで止めるしかない」
「……そうみたいですね、ライルさん」
佑吾とライルがともに、右手にもつそれぞれの剣をアレニウスに向けた。
佑吾たちの後ろに立つ三人──サチはワンドを構え、コハルはグローブを握りしめ、エルミナは胸の前で両手を組んでいつでも魔法を唱えられるように集中し始めた。
戦う姿勢を見せた佑吾たちを一瞥して、アレニウスはふぅと声に出してわざとらしくため息を吐いた。
「正義を理解せぬ愚か者どもめ、ならば貴様らの無知蒙昧も私が救済してあげましょう! <
アレニウスの周囲に、三つの魔法陣が展開する。
そしてここに来るまでに何度も戦った、“異形の怪物”が三体召喚され、その姿を現した。
「……村や街の人たちを、そんな姿にしたのもお前なのか?」
「ええそうです。我らが教主様が今回のために私に授けてくださった素晴らしき力の為せる業です!!」
顔を喜悦の表情に歪めて、誇らしげに語るアレニウス。
それを見て、佑吾の中に苛立ちに近い怒りが湧き立った。
「…………アレニウスといったか、お前は間違っている。お前の考えも行いも全て、何もかもが間違っている」
「…………間違っている? 私が? あなた今、私が間違っているとおっしゃったのですか? 正義を体現せんとするこの私に対して? ………………ふざけるな」
アレニウスの雰囲気が一変する。
「ふざけるなふざけるなふざけるなァ!! 正しき世界を作ろうとする、正義の体現者である私に対してその言葉、万死に値するっ!! 死をもって贖えェェェェェェ!!」
アレニウスが手を振り下ろし、“異形の怪物”が佑吾たちに襲いかかった。
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