第15話 異形の怪物

 アーノルドの先導に従って佑吾たちは、魔力生成所の奥へと進んで行った。

 生成所の中は広く、佑吾たちが今進んでいる廊下も病院や研究所を想起させるような作りになっており、清潔感を感じさせる真っ白な色合いをしていた。

 しかし、そのきれいな内装には今は真っ赤な血が所々に飛び散っていた。

 入り口の時同様に、魔力生成所の職員のものなのだろう。廊下を進むたびに、彼らの死体も目に入った。


「っ!? 止まれ!!」


 十字路に差し掛かったところで、アーノルドが片手を上げて、全員に静止をかけた。それに従って皆その場に止まり、息を殺して前方の気配を伺った。

 前方には何も無い。

 ならばと、佑吾たちは十字路の曲がり角の方へと意識を向ける。


「アッ、アア……オァァァ……」


 しばらく待つと、曲がり角から人の呻き声のようなものが聞こえ始めた。

 それと一緒に、何か大きなものをズルズルと引きずりながら、ぺたぺたと裸足で歩いているような足音も聞こえた。

 周りの仲間にもその音が聞こえたのか、全員固唾を飲んで十字路の曲がり角を凝視した。

 間もなくして、その音の発生源が姿を表した。


 それは、“異形の怪物”だった。


 二メートル半に近い巨体。

 紫色の斑点が浮かんだ暗緑色の肌。

 人間と同じようにそれぞれ二本の腕と足を持っているが、全身が歪にボコボコと膨らんでいた。

 引きずっていたのは右腕だ。左腕と比較して異様に長く、そして丸太のように大きい。

 その右腕の先にある手ももはや人間のそれとは異なり、五本の指ではなく巨大な杭のような爪を持つ三本の指が生えていた。

 その爪の先には、人間のものと思しき血と肉がこびり付いていた。


「何だ、この化け物はっ……!?」


 いつも佑吾たちに色々な魔物の知識を教えてくれるライルでも、この怪物は見たことがないようだった。

 いや、この場にいる誰もが、こんな怪物を見た事が無かった

 “異形の怪物”は曲がり角からゆっくりと歩き、十字路の中心で立ち止まると、ぐるりとその顔をこちらに向けた。


「人間の顔……!?」


 サチが、困惑したような震え声を上げた。

 “異形の怪物”の顔は歪んでいて分かりづらかったが、それは確かに人間の男の顔だった。目は真っ白に濁っており、顔は苦悶の表情に歪んでいた。


「バートン……? その顔、お前、バートンか!?」


 “異形の怪物”の顔を見たアーノルドが、その巌のような顔に困惑を浮かべた。

 信じられない、信じたくないとその表情が物語っていた。


「オアアアアアアアッ!!」


 そんなアーノルドの心情も知らずに、“異形の怪物”は雄叫びを上げて襲いかかってきた。

 その巨大な右腕を引きずりながらアーノルドに接近すると、遠心力を利用するように右腕を振って、その杭のように太い爪をアーノルドへ叩きつけようとした。


「ぐっ!?」


 しかし、アーノルドは間一髪のところで、それを剣で防いだ。

 硬質な音が響き、アーノルドは後ろへ大きく吹っ飛ばされた。


「大丈夫ですか、アーノルドさん! <初級治癒キュアル>!」


 佑吾が地面に仰向けで倒れたアーノルドへと駆け寄り、治癒魔法をかけた。


「ああ、私は大丈夫だ。しかし、あれは一体……」

「あの化け物……いや、あの人を知ってるんですか?」

「ああ……ラチナの街に住んでいる古い友人だ。この前の魔物の襲撃以降、姿が見えないと聞いていたのだが、一体何が……」


 “異形の怪物”が、行方不明の人間と似ている。

 その事実に、佑吾の頭の中に閃くものがあった。


 ——奴らを捕らえる

 ——ほう、あの男は思ったよりも強いな、良い素材になりそうだ

 

 ラチナの街で戦った、正神教団の戦士風の男の言葉だ。

 行方不明、素材、人間の顔をした化け物。

 それらの単語が生み出す事実に、佑吾の背筋が凍った。


 「あの正神教団の男が言っていた、“素材”ってまさか……」

 「……あの“異形の怪物”を生み出す素材にするということか。何という、非道なことをっ…………!!」


 佑吾が至った答えに、アーノルドも気づいた。

 その言葉から、彼が激怒していることが分かった。

 佑吾が治癒魔法をかけ終えると、アーノルドはすぐさま立ち上がった。

 自分の目の前に立つ“異形の怪物”となった友人を見て、アーノルドの全身は怒りに震えた。

 そして、右手に持つ剣をキツく握り込んだ。


「奴を殺すのか?」


 “異形の怪物”の前に進み出るアーノルドに、ライルが問いかけた。

 

「…………今は一刻を争う。それにあいつを治療する方法も、無力化して捕らえる道具も、今ここにはない」


 硬い口調で淡々と事実を述べるアーノルド。

 しかし、その横顔には感情を必死に耐えているような苦渋の色があった。


「……俺が代わろうか?」

「お気遣い感謝するライル殿。しかしあいつを葬り、あのような姿から解放するのは、友である私の役目だろう」


 アーノルドが、一歩前へ進んだ。


「ァァアアアアッ!!」


 “異形の怪物”は唸り声を上げると、自分に近づいてくるアーノルドへ、再び巨大な右腕を叩きつけた。

 それに対してアーノルドは、先程の困惑した状態で攻撃を受けた時とは打って変わって、剣を怪物の巨腕に対して垂直に構えてその攻撃を受け切った。

 そしてその巨腕を剣で弾いて、“異形の怪物”へと接近すると、躊躇うことなく剣を一閃した。

 鋼鉄の剣の鈍い輝きとともに、怪物の血が舞う。


「ギッ……ア、アァ……!」


 断末魔が響き、“異形の怪物”は倒れた。


(ありがとう……アーノルド)


 その刹那に友であるバートンの声が聞こえた気がしたのは、きっと自分の心の弱さが聞かせた幻聴なのだろう。

 アーノルドは、静かに剣に付いた血を振り払った。


「この先にもし同じ怪物が現れたのなら、躊躇うことなく一刀のもと斬り伏せよ。それが、守れなかった彼らに対して唯一我らができることだ」


 アーノルドの言葉に、感情は込められていなかった。

 しかしその言葉を聞いた佑吾や兵士たちには、アーノルドの思いがしっかりと伝わっていた。

 友人を手にかけるしかなかった悲しみが、何より非道な行いをした正神教団への怒りが、ここにいる全員には理解できた。


「先へ進もう」


 アーノルドの背を追うように、佑吾たちは再び魔力生成所の奥へ進み始めた。




 その後も魔力生成所の最奥へ向かう道中で、佑吾たちは“異形の怪物”とたびたび遭遇した。

 最奥へ近づくほど“異形の怪物”の数は増えていき、同時に多数の怪物たちと戦う羽目になった。

 さらに戦闘音を聞きつけて、更なる“異形の怪物”が佑吾たちの元に集まり始め、佑吾たちは休む間もなく、怪物との戦闘を強いられた。

 一人、また一人と兵士たちが“異形の怪物”の手にかかって倒れた。

 佑吾たちがようやく戦い終えると、兵士の数は最初にいた十人から半数以下の三人にまで減ってしまっていた。

 佑吾たちもまた、氣術と魔法で応戦したために氣力、魔力ともに消耗していた。

 戦闘を終えて、佑吾は歩きながら皆の安否を確認した。


「みんな、大丈夫か?」

「ええ、なんとかね」

「まだまだ頑張れるよ!」

「私も大丈夫だよ、お父さん」


 サチ、コハル、エルミナの三人が、それぞれ疲労の色を見せながらも気丈な様子を見せて答えた。

 それに安堵した佑吾は、ライルはどうだろうと視線を向けた。


「俺も問題は無い。しかし……」


 佑吾の視線に気づいたライルが、バスタードソードを背中の鞘に戻しながら答えた。

 そして心配するように、自分の後ろにいる兵士たちの方を見やった。

 アーノルドは大きな怪我もなく、未だ余力があるように思えた。

 しかし、残りの三人の兵士たちは既に疲労困憊となっていた。

 彼らは、佑吾たちやアーノルドほど魔物との戦闘に慣れていないのだろう。“異形の怪物”との戦闘のたびに負傷していった。目の前で仲間の兵士が殺された、精神的なダメージもある。

 それでも兵士たちの目は死なず、正神教団の陰謀を止めるために、アーノルドに続くように魔力生成所の最奥を目指し続けた。

 やがて、前方に両開きの大扉が見えた。


「あそこだ。あの扉の先に、生成した魔力を送るための送魔力線の制御室がある。だが……」


 アーノルドが言葉を切り、前方を強く睨んだ。

 その理由は、一目瞭然だった。

 なぜならその大扉の前に、黒い装備を身に纏った正神教団の教徒が、八人も待ち構えていたからだ。

 教徒たちは前に立つ四人——戦士の教徒がそれぞれの武器を構えて佑吾たちへと向かってきて、残りの四人——魔導士の教徒たちは魔法の詠唱を始めた。


「来るぞ!! 総員戦闘準備!!」

「おおっ!!」


 向かってくる戦士の教徒四人に対し、アーノルドが兵士三人とともに迎え討った。


「俺たちは奥の敵を狙うぞ!」


 戦士の教徒たちはアーノルドたちに任せて、佑吾たちは詠唱している魔導士の教徒たちへと向かっていった。

 魔導士の教徒の一人が、佑吾に向かって魔法を放った。


「<火球フレイア>」

「<魔盾マギルド>!」


 魔術師の教徒の手から、拳大の火の玉が放たれる。

 佑吾はそれに合わせて、魔力で形成される盾の魔法を唱えた。

 佑吾の手のひらから透明な円形の盾が現れ、そこに火の玉が着弾した。多少の熱は感じたが、佑吾は無傷で敵の魔法を防いだ。

 そして、その佑吾の横をコハルが疾走する。

 ぐんぐんと接近してくるコハルに対して、教徒たちが魔法で迎撃する。


「<風刃ゲイルド>」

「<水矢ウォテル>」


 風の魔法と水の魔法が、コハルに向けて放たれる。

 しかしコハルは持ち前の俊敏さを発揮して、その魔法を難なく回避した。


「やぁっ!!」


 そして未だ詠唱を続ける教徒に向かって走っていき、その拳を放とうとした。

 しかし、それよりも早く教徒の詠唱が完了した。


「<召喚アズトレイル>」

「オアアアアアアッ!!」

「なっ……あの化け物を召喚したのか!? コハル、危ない!」


 魔導士の教徒の目の前の床に魔法陣が浮かび上がり、そこから“異形の怪物”が現れた。現れた“異形の怪物”は、目の前で拳を放とうとするコハルにその巨大な右腕を叩きつけようとした。


「<魔盾マギルド>!」


 怪物の右腕がコハルに届く直前、佑吾が唱えた魔法の盾が現れ、その攻撃を防いだ。

 しかし、衝撃まで完全に殺すことができず、コハルは通路の壁へと吹っ飛ばされた。


「がはっ!?」

「コハル!!」


 佑吾が声を荒げて、吹っ飛ばされたコハルを目で追う。

 コハルは背中を壁に打ち付け、そのまま地面に倒れた。起きあがろうとするが、呼吸が上手くできないのか、苦しそうだ。

 そしてその隙を突くように、魔導士の教徒たちは再び魔法の詠唱を始めようとした。

 しかし、それを許さない者がいた。


「させるかっての!! <迅雷光ディア・エレク>!!」

「ぐあっ!?」


 長い詠唱を終えたサチが、ワンドを突きつけて魔法を唱えた。

 ワンドの先から電撃が放たれ、そして数え切れないほど細かく枝分かれして広範囲に放電する。

 多数の電撃が教徒たちに襲いかかり、彼らの魔法の詠唱を無理やり中断させた。さらに彼らを守るように立ちはだかった“異形の怪物”にも電撃は多く直撃し、電撃による肉体の麻痺でその動きを止めていた。

 その隙に、三人が動いた。

 初めにエルミナが、“異形の怪物”に弾き飛ばされたコハルをエルミナの治癒の力で癒した。

 次にライルが背負ったバスタードソードの柄を握りながら、“異形の怪物”へと接近した。

 最後に佑吾がそのライルに向けて<腕力増強アレムスト>の魔法を使い、ライルを強化した。


「隙だらけだな」


 “異形の怪物”はライルが近づいて来るにも関わらず、身動きが取れない。

 サチの魔法による電撃の影響で、肉体が麻痺しているからだ。

 何の危険もなく“異形の怪物”に接近できたライルは、魔法による強化を受けた体でバスタードソードを抜き放ち、そのまま流れるように袈裟斬りを放った。

 肩から腰にかけて深く斬り裂かれた“異形の怪物”は、血飛沫を上げて膝から崩れ落ちた。


「ちっ!!」


 “異形の怪物”が倒され、魔導士の教徒の一人が舌打ちをする。

 そして、サチの魔法の影響が治まったのか、魔法の詠唱を再開した。


「させるかぁ!!」

「なっ!?」


 そこに、アーノルドと三人の兵士が駆けつけた。彼らの後ろには、彼らに倒された戦士の教徒たちが血を流して倒れていた。

 四人の魔術師の教徒に対して、アーノルドたち四人がそれぞれ一人ずつ相対し、その教徒たちの体を剣で貫いた。


「ごはっ!?」


 アーノルドに剣で貫かれた教徒が血を吐く。

 しかし震える両手でアーノルドの肩を強く掴むと、血をこぼすその口に笑みを浮かべた。


「ゴボッ、われらが、神に……栄光あれ!!」

「「「栄光あれ!!」」」

「何っ!?」


 その言葉を引き金に魔導士の教徒たちの胸に魔法陣が浮かび上がり、アーノルドたちを閃光と爆音が包んだ。

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