第14話 強さへの憧憬
「これは……数が多すぎてどれを選べばいいか分からないな」
「色々適当に持ってみて、しっくり来たのを選べばいいんじゃない?」
「だな。気になる装備があったら、手に取るといい」
「私、これが良い! これにする!」
「子どもでも使えるもの、あるかなぁ?」
佑吾たちは思い思いに武器庫を物色し、自分たちに合う装備を探した
「これにしよう」
佑吾は斬れ味強化の魔法をかけられたブロードソード、硬度強化の魔法がかけられた鋼鉄の軽装鎧、さらに腰には左手で抜けるように横向きにダガーを装備した。
「悪くないわね」
サチは月光樹という魔力の満ちた環境のみで成長する特殊な樹木から作られたワンド、防御魔法が込められたフード付きのローブを身につけた。
しかし猫耳の邪魔になるのか、フードはかぶっていなかった。
「うん、これが良い!」
コハルは肘まで覆うグローブを身につけていた。
籠手の部分は魔力の込められた糸とフォレスベアルの毛皮で作られ、拳が当たる部分は鋼鉄でできていた。
また、全身も強靭なフォレスベアルの毛皮でできた身軽な防具を装備した。
「私は、これしか見つからなかった……」
エルミナの装備は大きく変わらなかった。
というのも、兵士庁舎の武器庫には大人用の装備しかなかったからだ。
だから、服装はいつもの薄い桃色のワンピースのままだった。しかしそれでは心許ないので、装着者を守る魔法が込められたネックレスを拝借した。
「良い武器だ」
ライルはいつも使っている弓矢を置き、背中に佑吾のブロードソードよりも大きいバスタードソードを背負った。
百八十センチメートルを超えるライルの身長に匹敵するほどの大剣だ。
ライルは身軽さを重視して、佑吾のように鎧は身につけなかった。
「貴殿ら、準備できたか。兵士たちももう集まっている。付いて来てくれ」
武器庫で装備を整えた佑吾たちは、手に風魔法の魔道具を持ったアーノルドと一緒に兵士庁舎の外へ出た。
そこには、アーノルドと同じ制服を着て腰に剣を下げた男たちが十人居た。ヴィーデの兵士たちだろう。
「これより魔力生成所へと向かう! 皆、準備はいいな!」
「「「はっ!」」」
アーノルドの号令に、兵士たちが短い掛け声とともに敬礼で答える。
兵士の士気に満足したアーノルドは、佑吾たちの方へと振り返った。
「今から、この風魔法の魔道具で空を飛んで魔力生成所へと向かう。落ちることはないのでご安心を」
そう言ってアーノルドは、右手に持つ魔道具を目の前に掲げた。
魔道具は地球儀のような形をしていた。中央の球体の部分に大きな魔石が用いられている。
アーノルドが魔道具に触れると、魔石が緑色に発光して魔力が流れ出し、魔石の周囲にいくつもの魔法陣が浮かび上がった。
そして魔力の流れとともに魔法陣が輝き出し、佑吾たちの周囲に風が渦巻き始める。
「うわっ!?」
そして渦巻いた風は、佑吾たちの体を持ち上げ始めた。
いきなり体が浮いてバランスを崩しかけたが、何とか姿勢を元に戻す。
「きゃっ!?」
「おっと、エルミナ大丈夫か?」
「うん……ありがとうお父さん」
バランスを崩したエルミナを何とか受け止めた。そのままエルミナを抱えたまま、佑吾は周りを見てみる。
アーノルドたち兵士は、慣れているのか誰一人姿勢を崩すことなく風魔法を受け入れていた。
ライルも両腕を組んだままバランスを崩すことなく、風魔法に従って浮いていた。
「わっ、わっ!? 浮いてる!?」
「大丈夫だよサチ。落ち着いてー」
サチとコハルはというと、突然体が浮き始めてパニクっているサチを、コハルが抱きとめて宥めていた。
そうしているうちにも、佑吾たちの体は風魔法でどんどん上昇していき、ついには街全体が一望できるほどの高さに到達していた。
そして上昇が止まると、今度は佑吾たちの後ろから風が吹き始め、佑吾たちを前方へと運び出した。
佑吾たちのスピードは風でどんどん加速していく。
鳥にでもなった気分だ。
「見えた。佑吾殿、あれが魔力生成所だ」
アーノルドが指をさす。
周囲の建物から孤立するように立っている石造りの巨大な建物が、佑吾の視界に入った。
風で運ばれ、グングンと建物が近づいて行く。
やがて、魔力生成所の入り口前の上空に到着し、佑吾たちはゆっくりと風に支えられながら降下した。
役目を終えた風魔法の魔道具から魔法陣が消え、魔石の光も消えて風が止んだ。
「これから、魔力生成所の中へと突入する。中には正神教団の奴らがいるはずだ。皆、決して油断するなよ!」
アーノルドが皆へ注意を促し、魔力生成所の入り口の扉をゆっくりと開けた。
「……こ、これは!?」
「うっ……!?」
「エルミナ、見ちゃだめ!」
扉の先の光景を目にして、アーノルドは面食らい、佑吾は吐き気を覚えて口に手を当てた。
サチがいち早くエルミナの前に立ち、その光景がエルミナの視界に入らないようにした。
「こいつは……酷いな」
ライルが呻く。
その後ろにいたヴィーデの兵士たちも、その光景を目にすると恐怖を顔に浮かべた。
佑吾たちの目に入った光景は──大量の血溜まりと惨殺死体だった。
床には大量の血が流れ、壁や天井にまで血痕が飛び散っていた。
死体にはまるで巨大な獣に引き裂かれたような爪痕があり、腕や足が欠損して近くの床にぐちゃぐちゃに転がっていた。
一体、何人殺されてしまったのかも分からない有様だった。
鉄臭い血のにおいと少しの腐臭が漂い、一層吐き気を催した。
「……魔力生成所の職員だ。一体何が……?」
兵士の一人が慄きながらそう呟いた。その顔には、恐怖がありありと刻まれていた。
その呟きに、アーノルドが答える。
「正神教団の仕業だろう、先へ進むぞ」
「お、お待ちください! 応援を呼ぶべきでは!?」
「人員が足りない。それはお前も知っているだろう?」
「そ、それは……」
アーノルドの言葉を兵士は否定できない。ヴィーデが正神教団に襲われ、その対応に人を割いていることを、ここに来る前から知っているからだ。
「この奥に、このような非道な行いをした者がいるのだ。そしてそいつは、次にヴィーデの全ての民にその毒牙向けようとしている」
アーノルドが死体の側にしゃがみ込み、その死体の恐怖に見開かれた目をそっと優しく閉じさせた。
「我々の大切な人々が傷つくやもしれんのだ。それを防げるのはここにいる我々だけだ。我々が人々を守らねばならんのだ!」
アーノルドの言葉に、問いかけた兵士は息を呑んだ。
そして恐怖に支配されていた他の兵士たちの顔に、使命感に似た覚悟がみなぎっていった。
アーノルドが立ち上がり、兵士たちの方へと振り向く。
「民を守るために、我々の命を賭して正神教団を討つ! 行くぞ!」
「「「はっ!!」」」
兵士たちが力強く答える。その声にもはや恐怖の色は無かった。
「すごい……」
その光景に、佑吾は感嘆の声を漏らした。
アーノルドの兵士を奮い立たせるその頼もしさに、何より大切な人々を守るというその覚悟に。
家族を守りたいと願う佑吾にとって、それは憧れるものだった。
この通路の先には、この凄惨な光景を作ったものたちがいる。
そんな非道な連中から、大切な家族を絶対に守ってみせる。
アーノルドの勇姿に憧憬を抱きながら、佑吾も覚悟を決めた。
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